168話 強さの基準
甘かった。俺が甘かった。あの子たちは自分より下だと思った人にはとことん冷酷で残酷な子達だ。俺が強者であると証明したのは悪いことではなかったがこのままでは弱い人達の気持ちが分からない化け物になってしまう。
「やるか」
今日の授業は3時間目だけだ。すぐには無理だろうがしっかり教育をしてあげないと。
少し重たい足取りで俺は問題児が集まる教室に向かった。
扉の左右、上に3人……まぁレオ達だろうな。
「はぁ」
大きなため息を付いたあと俺は扉に手を付けて魔力を込める。
「エアロ・クラッシュ」
風の魔法により扉は教室の反対側に吹き飛ぶ。すぐ近くで待ち構えていた3人は驚いた顔をして固まっている。
「どうした……獲物が来たぞ」
その声に反応したレオが真っ先に突っ込んでくる。隙だらけの攻撃だ。俺はレオの首根っこを掴み床に叩きつけた。左右にいた2人はレオが倒されたのを見て何も言わずに突っ立っているだけだった。
「お前……! 何して!」
首を掴んでるというのによくそんな偉そうに物が言えるな。
「何してるのかはこっちのセリフだ。お前エルド先生に何をした」
それを聞いたレオがニヤリと笑った。
「ははっ、そうかあいつの傷を見たんだな。まぁお前のせいだなあれは……お前が煽ったりしなければあんなことにはならなかったってのに」
クラスでクスクスと笑いが起こる。と言っても笑っているのはウィラー、ヴィオレッタあとは取り巻きくらいだ。
「何故自分より弱いやつに暴力を振るう」
俺の質問を聞いたレオは不思議そうな顔を一瞬して嫌な笑みを浮かべながら答えた。
「弱者は強者の奴隷だろ?」
……。
「そうか」
レオの首から手を離し教壇に向かう。俺はバッグを下に置き椅子に座った。
「今のレオの発言に賛成な者は?」
少しずつ、少しずつだがクラスのほとんどが手を挙げる。挙げていないのはアゼルとヴィオレッタ、そしてチグリジアだけだった。
なるほど……このクラスの異常さがようやくわかった。
「わかった、もういい」
権力でも力でもない。このクラスが異常だと言われている理由は生徒達の歪んだ思想だ。
「はぁ」
恐らくこいつらに道徳的なことを言っても無駄だろう。さてどうしたものか……ケルロスとクイックが真っ直ぐに育ってくれたのは2人の考え方が真っ白だったからだ。もう既に作られた思考にメスを入れるのはやったことがないし難易度が桁違いだ。
「弱者は強者の奴隷と言ったな……それじゃあ逆に聞くがお前達は俺の奴隷でも問題ないってことになるな」
クラスがザワザワとどよめく。その中でシュクラが口を開いた。
「先生は違うの?」
「……」
「先生は獣人だよね? 強い人に従うのは獣人の本能だよ」
確かに……シュクラの言うことは的を得ている。しかし弱者を奴隷扱いをしているのとは少し違う。
「確かに獣人は強いものに忠誠を誓うことも少なくない。だが弱者を奴隷として見るのは少し違う。ガレオン獣王国でも法律はあるだろ? 人を傷付ければ罰せられる。強い者が弱い者に暴力をふるえばしっかりとした罪としてカウントされる。弱者を奴隷扱いするのはダメなことであると法律が語っているだろ?」
シュクラは何か納得した様子を見せて考え込んだ。シュクラとガッシュは獣人の本能的な考えがこのクラスの影響を受けてねじれただけか……それならまだ修正が効くかもな。
「法律がなんだってんだ、だいたいあんたがいくら強くても俺達を奴隷扱いは出来ない」
偉そうにそう言ったのはウィラーだった。よく人に殺し屋を送り込んどいて普通に話せるものだと思いつつ話を続けるウィラーに耳を傾ける。
「強さは力だけじゃないだろ? 権力も力だ。あんたが俺達を奴隷として扱うなら俺は権力であんたを奴隷にしてやるよ」
これまた随分歪んだ考えですこと。
「その力は本当にウィラーの力なのか?」
「……どういう意味だ?」
「権力を持っているのはウィラーじゃなくてその親じゃないのか?」
痛い所をつかれたのか黙るウィラー……まぁそうだろうな自分で努力して得た地位なら話し合いの余地はあるが親に縋るような甘いヤツが権力だなんだと言っても滑稽なだけだ。
「強さ強さって言うけど俺達はまだお前に負けたわけじゃないからな!」
なにを言い出すかと思えば。
「負けたろ、ついさっき首根っこ掴まれて倒れてた奴は誰だよ」
「うるせぇ! あれは手加減してやったんだよ!」
呆れて話す気にもならない。言い訳というかもう本当になんなんだろうかこいつは。
「弱者を奴隷にすると言い切るならその価値観を自分にも当てはめろ。他者にだけ自分の思想を押し付けて不利になればこっちは嫌ですなんて通らないだろ」
静まり返る教室、俺の言ったことに納得しているかどうかは分からないけど筋は通っていると思ってくれているのだろう。
「……強くないとダメなんだよ」
小さな声でレオが言った。何か辛い過去でもあるのだろうか? しかしそれだからと言って他人を傷付けていい理由にはならない。
「……弱者は物じゃない。強い者でありたいなら弱者を守る力を付けろ。いくら強くてもその考えが変わらなければ本当の強者にはなれない」
最後の一言……俺はこの言葉をみんなに送り教室を出た。授業が終わるには多少早いが考える時間も必要だろう。恐らく納得していない者もいるだろうけど。
「教師ってこんなに大変な職業だったかな」
なったことはないので分からないが……明らかに普通の教師より疲労と精神的な面でのダメージが多い気がする。
教師用室
言いすぎただろうか? やりすぎただろうか? そんな疑問が頭の中でぐるぐると回っている。やっぱり教師なんて向いてなかったのかな。
朝の意気込みは何処へやら、テンションの浮き沈みが激しいのは俺の悪い癖だ。
「今日も殺し屋来るのかなぁ」
別に弱いしすぐ殺せるから問題は無いんだけど……今日来たら俺の話は心に響かなかったってことだろ? それはそれで辛いよ。
しかし働いている以上やらなければならないことはやる。いくら手が重たくても気分が乗らなくても片付けねばならない事はある。
カリカリ……カリカリカリカリ
時刻は16時、いつもより作業ペースが遅い。切り替えて仕事をしているつもりだがなんだかんだで引きずってしまっている。
「子供相手にこんなに沈んでどうする。俺は魔王だぞ……この位のことで負けてたまるか」
頬を強く叩き文章を書き続ける。こんなに忙しいのには理由があり、近々例のダンジョンを使ったイベントがあるらしいのだ。内容としてはクラス対抗で最も早くボスを倒したら勝ち。まぁ第1回の勝者はうちのクラスなんだけどさ……でもこんな状況でイベントとか正直めんどくさいし気が乗らない。
「でもなぁ理事長と仲が悪い訳じゃないし」
あぁもう! うじうじ考えるな! 細かく考えたってどうしようもないのは1番よくわかってるだろ!
「やれることをやる! 生徒たちを導くのが今の俺がやるべき事だ!」
机から立ち上がり自分に喝を入れる。気合いの入った俺は仕事を速攻で片付けて帰路に着いた。
帰っている途中やはり殺し屋が襲ってきたが憂さ晴らしができたと考えれば悪くないなと思ってしまった。すまない殺し屋さん達、でもまぁ散々人殺してるし殺される覚悟はあって当然だよね。魔王みたいでものすごく嫌な考え方だが今俺は魔王なのでセーフと自分の中で言い聞かせて自宅へと帰って行った。