167話 教育
「ただいま〜」
「おかえりなさい。少し遅かったね」
キッチンから出てきたペスラが俺見て一瞬立ち止まる。
おかしいな、返り血は拭いてきたし服の乱れもないと思うんだけど。
「血の匂いが酷いよ」
あ〜匂いかなるほど。
「いやまぁちょっと絡まれてね」
机の上にお土産を置いてカバンを隅に置く。
「お風呂行ってくるよ」
ペスラは何も言わずに頷きお土産の中身を皿に取り出してくれていた。
温かい。
「……はぁ」
頬に付いた血も温かかった。血なんていくらでも見てきたし浴びてきたはずなのに……なんで今更こんな気持ちになってるんだろう。
「多分、あれだろうな」
心理掌握で読みといた結果あの殺し屋を差し向けたのは……ウィラーだった。今日の態度が妙に良かったのもあれが原因か。どうせ俺が居なくなるから。
「はは……ははは」
風呂場に俺の乾いた笑い声が響く。しかしそんな笑い声もシャワーの音に打ち消されてしまった。
浮かれてたのか……みんなに少しづつ認められてたって、生徒達と仲良く出来るって。……期待したって良いじゃないか! なんで子供にまで醜い大人達に向ける疑惑の視線を向けないといけないんだ!
「気持ち悪い」
これから生徒とどう接していいのか、どんな顔してウィラーに会えばいいのかを考えると気持ち悪くなってくる。
「……」
考えても仕方ない、とりあえず明日の授業の準備をしなきゃ。
鉛のように重たい足をゆっくりと動かして風呂を出る。湯船があればもう少しゆっくり出来るのだが……まぁシャワーがあるってだけで普通の家とはレベルが違うんだけど。
リビングではソファに座りながら本を読むカーティオと机に食器を並べているペスラがいた。
「ミルちゃん……って凄く酷い顔してるけど大丈夫?」
こちらを見たペスラがそういうとカーティオも本を置いて俺の方を見た。
「髪も乾かしてないし、そんな格好してると風邪引くよ」
ペスラの言うことはもっともで今俺はぶかぶかのシャツ1枚と下着のパンツ以外は何も身につけてない。いやまぁバスタオルは首にかけてるけどこれは違うだろ。
「ケルロスかクイックが見たらすごく怒るだろうな」
カーティオが笑いながら言った。
そうだろうか? 大きめのシャツだから下は見えてないし髪を乾かさない位で怒るほど短気じゃ……。
「服装や髪の毛のこと言ってる訳じゃないからな」
「……」
考えていたことを読まれて驚いた俺はカーティオの方を見る。
「やっと目合わせたな。ったく……何か嫌なことがあったんだろ? 言いたくないなら言わなくていいけど助けを求めるくらいしろよ」
少しだけ呆れ、あとは怒りと悲しみ……ペスラからも似たような感情が読み取れる。
「わかった。……ありがとう」
そう言って風魔法で髪を乾かす。ペスラが取ってくれたズボンを受け取りカーティオが顔を逸らしたのを確認して服を着た。
「気を使わせた……もう大丈夫」
俺の一言に納得したのかカーティオはもう一度本を開きペスラはキッチンから料理を運び出した。
「というかカーティオ! もうすぐご飯だから手伝ってよ」
「両手塞がってる〜」
「カーティオは飯抜きかぁ」
その言葉に反応したカーティオは本を机に置いてソファから立ち上がった。
「なんでそうなるんだよ!」
「働かざる者食うべからず」
「ミッちゃんだって働いてないだろ?」
俺が反論しようとするとそれよりも先にペスラが反応した。
「ミルちゃんは主人でしょ? それに学校行って働いてるから。」
ぐうの音も出ないカーティオを無視して皿を運ぶペスラ、見た限り今日のご飯はグラタンみたいだ。これまた随分難しそうな料理を……感謝しないとね。
「あのはミルちゃんが買ってきてくれた串焼きを置いて……出来たわ」
凄い……買った串焼きがアレンジされとる。あの10分位の間で野菜を焼いて盛り付けて部位ごとにわかりやすく分けてある。
「じゃあカーティオはいらないからミルちゃん早く座っちゃお」
「え? ……あ〜まぁ」
席につきフォークとスプーンを受け取る。カーティオは本当に立ったまま動こうとしない。
「はぁ、早く座りなカーティオ」
俺が声をかけると顔を上げて元気な笑顔を見せて席に着いた。
「あんまり甘やかしたらダメだよ」
「さっき助けてくれたからね……お返しだよ」
優しく微笑むとペスラもクスリと笑いカーティオにフォークとスプーンを渡した。
美味しかった。特にあのグラタン、チーズのバランスが最高だったな。ああいうのも本に載ってるんだろうか?
「……」
幸せな一時を過ごし余韻に浸っていると先程の出来事を思い出してしまった。
「はぁ」
机に足を乗せ大きくため息を着く。隣にある小さめの机にはジュースが置いてあり足を乗せた衝撃で氷がカランと鳴った。
これから何度も殺し屋を送り込んでくるんだろうか? というか明日俺が学校に行ったらウィラーはどんな顔をするだろうか? それ考えたら面白くなってきたな。
「事件になるだろうなぁ裏道の死体……いやまぁそれを狙って放置したのはあるんだけど」
ジュースを手に取り少しだけ口に含む。甘い液体が舌の上で流れて胃に落ちていく。
「さて! 今日はもう寝よう」
椅子から立ち上がりベッドに体を沈みこませる。じっとりと疲労がベッドに流れていく感覚を味わいながら俺は深い眠りについた。
「おはよう」
「おはよ〜」
相変わらずカーティオは寝てるのか。
リビングに降りた俺はそんなことを考えながら席に着く。今日のご飯はシチューに白いパン。全体的に真っ白だな。
「いただきます」
ペスラの作ってくれた料理を食べ終え皿をキッチンに運ぶその途中ペスラが話しかけてきた。
「まぁ、昨日カーティオも言ってたけど無理しないでね」
食器を置いてペスラを見る。その顔はとても心配そうだった。
「大丈夫さ、あっでもしばらく血の匂いが連続でするかもだけど気にしないで。あと家の事よろしく、まぁカーティオとペスラなら問題ないと思うけど」
「……そうね」
少し照れてるペスラが可愛い。
「じゃあ行ってくるね」
机の下に置いたバックを手に取り家を出る。キッチンから
「行ってらっしゃい」
と声が聞こえたのを確認して扉を閉めた。
学校まで来たけれども……気が乗らないなぁ。というか殺そうとした相手に会いに行くのは誰でも気が乗らないか。あはははは!
「はぁ……笑えねぇよ」
校門の前で肩を落としていると後ろから声を掛けられた。
「大丈夫ですか?」
「エルド先生……エルド先生!?」
松葉杖を付き身体中ボロボロのエルド先生が苦笑いをしながらそこに立っていた。
「なっ!? どうしたんですか!」
「これは……まぁレオ君たちに」
レオ……まさか俺の所為で。
「レオ君達と言いましたね……他は誰ですか?」
エルド先生の腕を触り質問する。
「え? いやそれは」
「誰……ですか?」
目を合わせて真剣に聞く。その気迫に押されたのかエルド先生はボソリと呟いた。
「レオ君の取り巻きと面白がったウィラー君、あとはヴィオレッタさんもイタズラ感覚で」
……。
「そうですか、辛い質問に答えてくださってありがとうございます」
「……いえ大丈夫です」
「これはお礼です」
エルド先生に聞こえるか聞こえないかの声でボソッと話その場を後にする。
「なんだったんでしょう」
その時エルド先生は自分の異変に気付いたようで驚きの声をあげた。
「しっかり治しましたから……そして生徒達の教育は任せてください」
バッグを握る手に力が入る。今きっと俺は怖い顔をしているだろう。だけどまぁやるしかない。
心に暗い感情をぶら下げながら今日も俺は学校の中に入っていった。