146話 2人の勇者
「まぁいいさ誰であろうと魔王の仲間は皆殺しの予定だしな」
随分と無慈悲な勇者ですこと。
「ノーチェはやらせない!」
あっちよりこっちの方が圧倒的に勇者の貫禄だなぁ。ってあんまり冗談も言ってられないか。
「ケルロス! ルルを頼む!」
「了解!」
俺はルルをケルロスに渡してシャル元へ駆け寄る。
「敵の反応があと3つある。シャルはこいつに集中してくれ」
シャルの返事はなかった。しかし力ずよく頷いたのを見て俺は安心してここを任せられると感じた。
「せっかくだ、星天守衛六将の力を見せてもらおうか」
俺がそう言うとケルロスの後ろで控えていた5人が俺に近寄ってきた。
「かしこまりました」
「私とガスは少し前に戦ってるからな今回は違うやつらで行けよ」
「そういうことなら俺達が戦いましょう」
ガスとフローリアよりも数歩前に出てきた3人、龍人ソル・ノベリア、エルフ メア・トト、魚人ヨーレス・アクアバレルは不敵な笑みを浮かべながら戦場へと向かっていった。
「イグニス・トルネード!」
「ウォーター・スラッシュ!」
さっき剣を交わしてわかったことがある。この人単純な力は私よりも上だ。このまま戦ってても体力切れする可能性が高い。
「エア・ポンプ!」
足の魔力を込めて一気に放出する! この速度なら避けられな――
「サンダー・ダウン!」
雷で幕を作った!? これじゃあ攻撃できない……。
「まだだ! エレクトロ・ショック!」
電撃を飛ばして!?
「地獄炎!」
さっきから防ぐことしかできてない。魔法攻撃なら分があるかと思ったけどこっちもほとんど互角……。
「シャル!」
俺が2人の間に入りサポートをしようとするとシャルがそれを止めた。
「大丈夫! 私はノーチェの為に戦える!」
そういうことじゃない!
シャルの静止を無視して止めに入ろうとする。しかしそれを止めたのは隣にいたケルロスだった。
「何すんだよ! 今は遊んでる場合じゃ!」
「俺は真面目さ。今ここでシャルに手を出すのはダメだよ」
確かにケルロスの様子を見れば真剣なのは分かる。でもこのままシャルを放置してたらどうなるか。
俺が決心出来ずにいるとケルロスが俺の背中を叩き真っ直ぐとした目で言った。
「シャルの思いを信じて。大丈夫、この戦い勝てるから」
何を根拠に……なんて野暮なことは言わない。だけど俺は確証の持てない勝利を信じられるほど大きな心を。
「あぁ!」
ガシャン!
「炎琥!」
シャルの攻撃は弾かれて、躱されて、打ち消されて、圧倒的に不利なのは見ていれば分かる。相手の方が確実に強いのも見ていれば分かる。なのに……。
「負けない! 負けられないんだ!」
「なんなんだお前は!」
勝ってるんだ。負けてるはずなのに勝ってるんだ。シャルはまだ負けてない。シャルは勝てる。そんな未来を俺に見せてくれるんだ。
「はぁ……はぁ」
腕が痛い、フィーちゃんとの特訓でもここまでキツかったことはない。
「やっと……大人しくなってきたな」
魔力もだいぶ使ってる、大技はもう出せない。
「動く気がないならそのままくたばっておけ!」
私が言うのもなんだけど本当に勇者なのかなこの人! 言葉遣いがとんでもないよ!
ガチャン!
「ぐ……うぅ! ああぁぁ!!」
ってこんなこと考えてる場合じゃない。私の動きがだんだん鈍ってる。それなのに相手に決定的な攻撃が入ってない。このままじゃ……このままじゃ。負け……。
「シャル! シャルは強い子だ! 俺が保証する! だから……だから! そんな偽物勇者ぶっ飛ばしちゃえ!!」
ノーチェ。
「あ〜あ、ついに我慢できずに口挟んじゃった」
「でもまぁ手を出さなかっただけ凄いよ」
やれやれといった様子で言う2人に俺は言葉を返す。
「うっさい! 応援して何が悪い! あの子は俺達がこうなるきっかけを作ってくれた子なんだから!」
そうさ……シャルがいなければ俺達は人に対してそこまで良いイメージを抱けなかったかもしれない。今俺達がこうして国を作り仲間を守れているのはシャルっていう小さくて優しい勇者のおかげなんだ。
「負けるな! 勇者ぁぁぁ!」
私の……為に。
「もう……」
「? なんだ」
後悔したくない、負けたくない、失いたくない。
「もう! 出し惜しみはしない!」
私は今を守る為にこの力を使うよ!
「無限暴力!」
「ッ!?」
「これは私の魔力が! 体力が! 気力が! 意思が尽きるまで体を動かし続ける能力!」
そして……じぃじを殺した……力。
「力を貸して! グロウ・セレナ!!」
違和感を感じ取った偽勇者が魔力を込めて剣を振るう。しかしその剣はシャルの持つグロウ・セレナによって軽く弾かれてしまった。
「グロウ・セレナは神聖魔法の使用魔力量を10分の1にできる。無限暴力とグロウ・セレナを合わせれば活動時間は10倍になるんだ!」
さっきより体が軽い。それに力も湧いてくる。これなら……勝てる!
「くっそ!」
押せてる! このままいけば! このまま! このまま!!
「まずい」
「? 何が」
俺が呟くと隣にいたクイックが聞いてきた。
「シャルの力は魔力や気力、そして勝ちたい気持ちなどがそのまま戦闘継続を可能にしている。これは聞くだけだと一生戦い続けられる最高の能力に聞こえるけど」
そこまで言うとケルロスが何が理解した様子で話し出した。
「体が追いつかねぇのか」
「そう。限界を超えた力で戦い続けられるから気付かないかもだけど……このまま力を使い続けたらシャルの体が」
「ライトニング・ジャガー!」
避けられる……あんなに沢山いる虎も今の私なら全部見える! 分かる! 躱すことができるんだ!
「なぜ当たらない! 俺よりも弱かったはずなのに!」
「もっと! もっと! 早く! 強く!」
加速する! 加速する!
偽勇者の体に傷が増える、明らかに不利になりつつある偽勇者しかし……シャルは自分の体に起こっている異常に未だ気付いていなかった。
「……!! ……!!」
偽勇者が口をパクパクさせてる……一体何してるんだろう。それに視界が赤くなってきた? ……ううん! そんなことはどうでもいい! 今はノーチェの為にこいつを!!
私はふと気になりノーチェのいた方向に目をやった……何が必死に訴えているような。
グシャッ!!
「……え?」
お腹に剣が刺さって。嘘、私は攻撃を避けたはずなの……に。
「いきなり動きが止まるから何かと思ったが……」
「はっ……はっ……はぁ……はぁ! ゴッホ! ゴホッゴホッ! あっ……がぁ……あっ! はぁ……」
息が苦しい、腕と足が痛くて動かない。
「あの力は付け焼き刃だったんだな」
偽勇者の剣が私の首元に向けて軌跡を描く。
ダメ……また失っちゃう。今度はもう戻らない、今度はもう戻れない。私の欲しいものが……私の私の!
「わ……は! もう! 何も……失いだぐない!」
バキッ!!
「……」
「……」
「……」
無言でシャルを見守る3人、その3人にエレナが強い口調で言った。
「貴方達何してるの!? シャルが……シャルが今!」
声を震わせるエレナ。シャルが首を切られそうになった瞬間目を閉じてしまったからか……状況がわかって居ないんだろう。
そのことを説明したのは俺たちではなく後ろにいたフローリアだった。
「な、なんすかあれ」
「えっ……?」
涙を堪えていたエレナがシャルの方を見た……そこには。
「俺の……剣が」
「……」
シャルは無事、しかし偽勇者がシャルの首めがけて放った剣は変な方向に曲がってしまっていた。
「お、お前! 一体何をした!」
そう言うと同時に使い物にならない剣をもう一度振り下ろす。
バキッ! メキッ! グシャン!!
「ひぃ!!」
剣は変な方向に折れ曲がり、崩れてそのまま鉄の塊へと変化していった。
「怨嗟王」
シャルが偽勇者にも聞こえない声で呟いた。