127話 憎愛の渦
「……」
「いつまでも亡骸を抱えてどうする」
ゼロの言葉が俺の胸の闇を広げていく。
「決闘は終わった。これからはこの決闘によって空いた席の」
ガシャン!!
「殺す! 今ここでお前を殺してやる!」
許せない! こいつだけは許しちゃダメだ! 管理者の為に!? その為なら命を奪ってもいいって言うのか!?
リーベに戦う力はなかったのに! 和解だってして! これから……これから共に進もうと約束したって言うのに!
「やめておけ……今の傷じゃ万が一でも俺には勝てん」
「ふざけんなぁ!!」
俺の放った攻撃はゼロではなくハクゼツによって止められた。
「ハクゼツ! そこを退け! 俺はこいつを!」
「やめろ! お前の気持ちはわかる! だが……その怒りに身を任せ全てを失っては意味が無い! お前には守るべき仲間がいるのだろう! ならここで無駄に命を散らすな!」
「うっ……ぐぅ……」
俺は行き場のない怒りをどうにかしようと歯を必死に噛み締める。
「リーベが何故お前を守って死んだと思う! お前に全てを託したからだ! その命をここで捨てては……リーベの命を踏みにじるのと同じだぞ!」
カチャ……。
「わかった。わかったからもう刀を離してくれ」
ハクゼツが離した刀を力なく鞘に差し込む。
「これで話が出来そうだな」
ゼロがそういうと先程まで決闘をしていた空間からいつもの会議場に場所が戻っていた。
「基本的に決闘をして勝った魔王は倒した魔王の全てを会得することが出来る」
「……」
俺のことをチラりとゼロが見たが俺は一切目を合わせず話し始めるのを待った。
「しかしその中でも資格だけは会得することが出来ない。これは俺たちが何かをしている訳ではなく世界のルールで資格を2つ持つことは不可能になっているらしい。そこで今回ノーチェに渡されるものはリーベが納めていた国全てとその民。更にはリーベが持っていたスキルなどになるが皆異存ないな」
「うむ」
「僕も問題ないよ〜」
「……」
他の魔王達は全員満場一致みたいだな。
「それでは……今回のゼクス・ハーレスはここまでだ」
その言葉を聞いた瞬間俺は転がっていたリーベの遺体と眠っているケルロスを抱きかかえてその場から退出した。
「……」
部屋の中に変化は無い。外は少しだけ暗い……まぁ夕方か。
俺は2人を抱えて家の外に出た。
転移が使えない今、ケルロスは運んで病院に連れてかないと。リーベさんは……。
そんなことを考えていると奥の方から声が聞こえた。
「1度会議室で作戦を立てる」
「えぇ。さっきの撤退が何なのかはわからないけどノーチェとケルロスが居ない今この国を守れるのは私たちだけだからね」
「それにしても獣人ばっかりだったなぁ〜。獣王国でも攻めてきたのかなぁ〜」
「被害は出ておりませんからな! 例の防御兵器が役に立ちましたな!」
「さすが大将だ」
奥からみんなの声が聞こえる中一瞬クイックと目が合った気がした。
「……!? ノーチェ!?」
「えっ!?」
クイックが慌てた様子で走ってくる。良く見えもしないのにわかったな。
「いつの間に帰っ……」
「ただいま。戦況はどんな――」
「なんだよこの傷!」
クイックが俺の肩を掴んで問いかける。
不安にさせないよう精一杯の笑顔を作り話す。
「俺はいいから、ケルロスを病院に」
「いい訳ないだろ! ノーチェの方が明らか重症じゃないか!」
あ〜……そうか俺腹に穴空いてんだった。
「クイック? いきなり走り出してどうしたのよ……ってノーチェ!? その怪我一体何が!」
後ろから駆け寄ってきたみんなも俺の姿を見て驚いている。
「……俺は自力で病院に行けるからさ。ケルロスと……リーベさんは遺体安置所に連れて行ってあげて」
それを聞いたクイックは何かを察したのか俺の肩から手を離しみんなに指示を出した。
「エレナはリーベさんを遺体安置所に運んで。エーゼルはケルロスをおぶるんだ」
「わかったわ!」
「任された!」
命令を受けた2人はケルロスとリーベを丁寧に運んで行った。
「それじゃあ俺も」
「馬鹿……そんな怪我で歩いてくなんて無理に決まってるだろ」
「……ははは。それじゃあちょっと運んでもらおうかな」
みんなの前だから見栄張ってたけど……正直もう足に力が。
バタッ
俺は力なく倒れ込んだがそれをギリギリのところでクイックがキャッチしてくれた。
「こんなボロボロになって……本当に馬鹿なんだから」
ん? ……ここは。
俺は何処にいるのかを確認するためベッドから起き上がろうとする。しかし体が痛くて全く動かない。
「あ〜、あ〜」
うん声は出るな。
「起きた?」
「クイックか……ケルロスは元気?」
「隣にいるよ」
起きたら真っ先に声掛けてくると思ってたから少し意外だ。
「そっか。なんか飲み物ないかな?」
「あるよ」
そういうとクイックは少し離れて水を入れてきてくれた。
「ありがとう。……いやそこに置いてくれれば平気だよ」
「どうせ腕も動かないくらい限界なんだから今くらい甘えときなよ」
口元に差し出された水を見て少し恥ずかしいとは思ったが実際全く動く様子もないのでクイックの用意してくれた水を飲み干した。
「それで……ケルロスはなんでそんなに静かなの?」
「……いや、俺のせいでノーチェに怪我を」
あ〜。
「そんなこと……気にしてたのか」
「そんなことって……だいたい俺がリーベの技を受けなければ」
少しだけ首を動かしケルロスの様子を見る。しっぽが垂れてるしまぁ何より表情から落ち込んでるのがよく分かる。
「リーベさんは魔王だ。ケルロスが落ち込むことは無い」
「……」
「こうやって助かったんだ。それで結果オーライだろ? もし……今回の件がどうしても許せないならもっと特訓しないとな」
それを聞いたケルロスは涙を流しながら静かに頷いた。
「今回は俺も油断していた。ノーチェが居ない状況で魔王の侵入を許していたんだからな」
クイックが悔しそうに答える。
「何言ってるんだか……リーベさんが国に来るのを許可したのは俺だよ」
「それでも……ケルロスに執着していた理由とか色々考えてみれば!」
「そんなの後々になってわかる事さ。その時に気付けなかったのはこんなことになるなんて分からなかったからさ。みんな未来なんて見えないんだ。それでも国の為に、仲間の為に最善を尽くしてる。その選択を俺は責めないよ」
クイックは何かを言いかけたがそのまま椅子に座り込んだ。
「……まぁ俺も呑気に眠ってられない。ゼクス・ハーレスはイライラしてたから終わったと同時に居なくなっちゃったけどリーベさんが残した国とその民を導くって仕事が残ってる」
「それなら俺が」
「馬鹿……主が倒されたって言うのに反乱が起きないとも限らない。ここは俺が行かないとダメなんだ」
それにリーベさんが守っていた国を蔑ろには出来ない。
「俺の怪我はどのくらいで治る?」
「まだしばらく掛かると思う。傷自体はある程度治っているけど疲労や失った体力の回復には時間が」
それは困るなぁ。仕方ない……こんな形で使うのは不本意だけど。
「支配者」
空気中の魔力を体力回復の1部として活用させてもらう。
「よし」
疲労はある程度抜けた。痛かった場所も魔力を流して残った傷も治した。
「無茶しちゃダメだよ! ノーチェの体はボロボロで!」
「大丈夫。俺はノーチェ・ミルキーウェイだよ……こんな程度で倒れてられないっての」
俺はベッドから体を起こして2人のことを見つめる。
「なっ! 元気だろ?」
呆れた様子でため息を付く2人。結局その後俺はしばらく眠ることを条件に活動することが許可された。
眠りから覚めて動き出そうとした矢先だった。
「え? リーベの部下を名乗る者が門の前に来てる?」
「うん、それも後ろに大軍を率いて」
ドルだろうなぁ。敵討ちにでも来たかな。
「すまないけどまだ1人で歩けるまで回復してないんだ」
「わかってるよ」
クイックがそういうと奥からケルロスが何かを持って出てきた。
「車椅子じゃん」
「ここの病院にはこんなものもあるんだよ」
まぁ……これもなんとなくの構造ドワーフに説明したしなぁ。
「ほら、乗って」
じゃあお言葉に甘えて。
「お〜、割といいもんだな」
「でしょ〜」
俺はケルロスに車椅子を押してもらいながらドルの元へ向かった。
「ようこそ、フィデース信栄帝国へ此度はどのようなご要件でしょうか」
少しキツめの言い方だが……昨日まで国の長同士が戦って国の方でも兵士同士ぶつかってるんだ、この位は平気だろう。
「……ノーチェ・ミルキーウェイ様ですね。私はドル……以前お会いしたことがあると思います。我々はリーベ様を打ち倒したノーチェ様に一生の忠誠を――」
「無理すんな。お前たちの心の中なんて見なくてもわかる。俺のことが憎いはずだ」
「ノーチェ!」
後ろで立っていたクイックが口を開くが俺はそれを止めた。
「そんな……ことは」
「リーベさんは優しい方だった。だからこそ……その国の民であるお前達の気持ちはわかる」
「ぐっ……うぅ」
ドルが涙を流さないように堪えていると後ろの方にいた子供達が声を上げて泣き出してしまった。
「あぁ! あぁぁぁ……」
「リーベ様を……リーベ様を返せぇ!」
「リーベ様ぁぁぁぁ」
「ぐずっ……うぅ、ああぁぁ!」
それに流されるように周りにいた大人達も涙を零していた。
「くっ……」
「うぅ……」
「リーベ様……どうして」
「ですが……負けた者の全ては勝者のもの! それも魔王の決まりで示されたものであればいかなる理由があろうとも!」
俺は叫ぶドルに近付き頭を撫でた。
「悲しいなら泣けばいい。悔しいなら戦えばいい。苦しいなら吐き出せばいい。何も我慢することは無い。だって……お前達は大切な人を奪われたんだから」
「……ぐぅ、あぁ! はぁ、はぁ……うぅぅぅ。リーベ……様ぁ! あぁぁぁぁぁ! はっ……あぁ! あぁぁぁぁぁぁ!」
獣人達の無念がこもる泣き声はただただ……悲しく辛いものだった。
「お見苦しい……所をお見せしました」
涙を拭き取り俺の前に立つドル。
「それで……どうする? 俺を殺すかい?」
「何言ってるんだノーチェ!」
後ろにいたケルロスとクイックが俺に近付いてくる。
「来るな!」
その2人を俺は大声で静止した。
「お前達は俺を殺していい権利がある。……でも俺は俺で守らないといけないものがある。まぁけどそんなものはお前達からすれば関係ないものだ。だから……俺を殺したいやつは前に出てこい。その全てを俺が相手してやる」
後方で待機していたプリオル連隊のみんなも異議を唱えて近寄ってくるが俺はそこに結界を貼り中に入れないようにした。
「さぁ……戦う場所は作った。どうする?」
「……」
獣人達は黙って立ち尽くす。しかしそんな中から小さな男の子が前に出てきた。
「俺がやる! ……リーベ様を殺したのがお前なら、俺はお前を許せない!」
大粒の涙を流しながら男の子は手にある短剣を俺に向けて突き刺した。
グシャッ!
「……え?」
「どうしたんだい?」
「ノーチェ!!」
男の子の剣は俺の腹部に深く突き刺さった。
「なんで……なんで避けないんだよ! 相手してやるって言ってただろ!」
男の子は震えた声で質問する。
「さっき……戦うなんて言ったけどあれば嘘さ。正直戦うつもりなんてないよ、というかこんなボロボロの体じゃ魔法を使うどころか動くのだって怪しいし。それにリーベさんが守ろうとした君達を傷付けてまで……俺は生きていたくない」
手から短剣を離して後ろに下がる男の子……その男の子の肩をドルが優しく叩いた。
「ドル……様」
「下がりなさい」
ドルに言われて男の子は小走りで後ろの方に走って行った。
「君は……どうするのかな?」
俺が抵抗しないと知ってプリオル連隊のみんなが真面目に結界を壊そうとしている。
「私は……」
そこまで言うとドルは剣を手に取り空高く振り上げた。
「あぁぁぁぁぁぁ!」
ドルの叫び声と共に剣が俺に向かって落ちてくる。俺はそれを目をつぶって受け止めた。
グサッ!!
「はぁ……はぁ。なんで、どうして避けないんですか!!」
俺の横……地面深くに突き刺さった剣から手を離し俺の胸ぐらを掴む。
「どうして! なんで私達と戦わないんですか! 逃げようと思えば逃げられるはずです! 転移だって出るでしょう! 魔法が使えないなんて嘘も私にはバレバレです! それに……それに! 貴方を殺したってなんにもならないなんてわかってる! リーベ様が仕掛けた戦いというのも全員わかってる! なのに貴方は私達に復讐の機会を渡し! 挙句の果てには戦おうともしない!」
ドルが力なくその場に崩れ落ちる。
「どうして……私達を殺してくれないんですか。なぜ私達を許すんですか」
「……リーベさんが守った仲間だから」
その言葉を聞いたドルはその場で声を上げながら泣き出した。