入学式
第二話です。一話よりも短くなっております、よろしくお願いします。
若干の気まずさ、むしろ気まずいとまでもいかないぎくしゃくとした空気を持て余しているうちに高校の最寄駅に着いてしまった。
「おお……おんなじ制服の人いっぱい……」
「時間帯もちょうどいいからだろうねぇ」
駅には同じ高校の制服を着た人が多くいた。改札をくぐり、みんなして同じ方向に歩き出す。何回か行ったことがあるとはいえ、やはり道順は不安がないとはいえなかったため周りについていけるこの状況は理兎にとっては安心できた。
「いやー緊張してきた」
手をぐっぱぐっぱと握って開くを繰り返して理兎は言った。別に友達を作るのが下手というわけでもないのだが、やはり初日は緊張する。
「そう?俺は緊張してないよ」
そう答えた日向は本当に緊張していないようで、小さく欠伸すら漏らしている。呑気だ。
「お前は友達とか色々心配する必要ねえからだろー?お前が声かけなくても人集まってくるし……」
一目でαだとわかる、整った容姿に高い身長、そしてどこか漂う強者としてのオーラ。日向はほんわかしているが、時折鋭い一言を投げてきたりするし、視線まで鋭くなる時もある。そういうところもαらしいのだろう。
「まあ確かに否定はしないけど……」
日向は苦笑いを浮かべる。友達ができない心配をする必要がないのは確かに嬉しいのだが、逆に周りの圧がすごくて戸惑うこともよくある。特に女子の。
「けど?」
「俺には理兎がいるからね」
日向は苦い笑みを柔らかな笑みへと変え、理兎に顔を向けた。一瞬ぽかんとした顔をした理兎は、すぐに顔を逸らしてしまった。日向の言葉に荒れる心臓を抑えながら思考をあっちゃこっちゃさせている、その顔を見られないように。
幼馴染で親友で、誰も友達がいないわけじゃない安心感があるのは助かるものだから、だから今の発言をしたんだと、理兎は都合よく解釈しようとする勝手な頭を叱咤した。
――照れてる。
顔を逸らしても見える理兎の耳が赤くなっているのを見て、日向は満足げに小さく笑いをこぼした。
「……えー、これからの時代を担っていく新世代の君たちには――」
体育館に響く、少し音質の悪い校長の声。今は入学式、というよりかは行事あるあるのバカ長い校長の挨拶の真っ只中である。
起立して話を聞いている理兎は、いい加減長すぎる話にイラつきを感じていた。それに加えてあまり表情には出ていないが、今理兎は少し機嫌が悪いのだ。
――ずっと匂いが、する。なんの匂いだこれ。
空気を吸えば、香水のような何かの匂いが鼻につく。それは電車で嗅いだ、日向から感じたあの匂いのような心地良さは感じられず、ただ少しの不快感だけを理兎に与えた。それにその一番強く感じる匂いだけではない。他にも香水のような匂いが漂ってきていて、理兎は自分の嗅覚の突然の発達に首を傾げる。
それとも皆、高校初日だからと気合を入れて香水をつけてでもいるのだろうか。理兎は全くそんな考えには至らなかったが。
なんとなく知らない匂いが自分にまとわりついてきている気がして、ぞわりと理兎の肌に鳥肌が立った。そこでふと、日向からしたあの匂いはしないなと思い、後ろに並んでいるだろう日向を振り返ろうとした。日向の苗字は坂口だから、そこまで後ろの列ではない。そう思ったが、他の生徒に訝しげに見られそうだと冷静になり姿勢を戻す。
――俺何やってんだろ。
たかが香水のことでなぜこんなにも気にしているのか。入学式中に人の香水の匂いにあれやこれや考えている自分が一番気持ち悪いかもしれない。理兎はげんなりとした。
「理兎?どうしたの、なんか顔色悪いけど……」
「いや、なんか匂いが……」
体育館から教室に向かう階段で日向に心配そうに声をかけられた。お前もうちょっと後ろにいたろ。リーチが違うからなのか。そうなのか。
「匂い、」
そう呟いた途端、日向はまた押し黙ってしまった。電車のときと同じような空気になってしまうのだろうかと身構えたが、日向はなにやら思考に耽ってしまっているようで耳たぶを摘んでいる。
「ふは」
思わず笑みが溢れた。でもきっと今の日向には聞こえていない。日向が耳たぶを摘むのは考え込んでいる時の癖だ。おそらく理兎と、それから日向の家族しか知らないだろうその癖を目にしたことで理兎の張り詰めていた緊張の糸は途切れ、息がしやすくなった気がした。
「日向!」
「っだ!?」
バァン!と背中を叩く。あれ、思ったよりも痛そうな音したな、と思うが日常茶飯事なので大丈夫だろうと見切りをつける。ちなみに前後左右を歩いている生徒たちがビクッと震えていた。
「痛い……痛いよ……?」
ていうか今考えてたところだったのに、と涙目の日向。恨めしそうに見つめる日向の視線を受け止めて理兎はからりと笑った。
「今の今まで気分悪かったんだけどさ、お前の通常運転さに助けられたわ」
少し血色が良くなった頬を持ち上げてそう言った理兎をぽかんとした顔で見ていた日向だが、じわじわと頰に赤みが差していく。
「……ッ不意打ちずるい……」
歯切れ悪く言ってそのままそっぽを向いてしまった。
想定と違い赤面して照れている様子の日向を見て、理兎も赤くなっていく。
「え?俺、いや、へっ……?」
そんなにおかしいこと言った?今のってそんな照れるようなことだったか?と戸惑いつつも、つられて熱くなった顔を隠すように俯いた理兎は、周りの生徒たちにバカップルだと思われていることなど知る由もなかった。