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βとαの事情  作者: りー
1/2

幼馴染

初投稿です。お手柔らかにお願いします……!

「日向!起きろよ、遅刻すんぞ!!」

 よく通る、少し高めの声が霞みがかった日向の頭に響いた。

「ん゙〜……りとぉ……おは、ふぁ……」

 朝の挨拶をしようとしたところで大きく欠伸が漏れ出た。そこに呆れたように声がかかる。

「お前ほんと朝よえーよなあ、ほら、手え貸してやっから」

「んー……ありがと……」

 薄く開けた視界に、輪郭がぼやけた両手が差し出された。いつものように日向はそれに全体重を預けるように倒れ込んだ。

「ったく、お前重いんだぞ?毎日やってるから無駄に腕力強くなっちゃったじゃん」

 そう言いつつもベットから日向をぐっと引き上げた理兎は、そのままいつまでも夢と現実の狭間を揺蕩っている幼馴染の手を引っ張っていく。

 勝手知ったると言ったふうにずんずんと廊下を突き進んで洗面所に行き、鏡の前で止まると日向の頬をぐい!と引っ張った。

「ぁでっ……ついた?」

「お前がぽやぽやしてる間になー」

 歯ぁ磨いて顔洗ってから食卓こいよ、と言い残して理兎は洗面所から出ていった。

「たた……日々理兎のほっぺつねりが強くなってる気がする……」

 ここまで連れてこられた、否、連れてきてもらった日向は若干涙目になりつつも歯ブラシを手に取った。

 

「よし、間に合った!」

「ありがと理兎〜」

 二人が昇降口をくぐった時、ちょうど予鈴が鳴り響いた。

 いつもはもう少し早くつくのだが、今日は日向の寝起きが若干悪かったため予鈴とタイミングがぴったりになったのだろう。

 教室に入ると、明るい茶色に染めた髪が印象的な浜田が声をかけてくる。

「あ、坂口夫婦おはよーっす」

「いやだから夫婦じゃねえって」

「浜田おはよー」

 浜田の声にテンポ良くツッコミを入れる理兎をまるで無視するかのように日向は理兎の手を握り、その手を浜田に向けて振る。

「ほら坂口めっちゃ天沢にデレデレじゃん」

「見せつけんなよー」

 浜田の後ろからまた別のクラスメイトがひょこりとにやついた顔を出した。

「見せつけてねえよ!日向、手ぇ離せ」

 ふい、と顔を背けた理兎は自分の席まで歩いていってしまった。

 残された日向は小さく笑って、「素直じゃないなあ」とこぼした。もちろん浜田たちに聞こえる声量で。

「うげー……お前まじですげえよな、色々」

「な」

 渋い顔になった彼らに、そう?と笑って、日向も自分の席へ向かった。

 

◇◇◇

 この世界には男女の性別の他に、α、β、Ωという三つの性別が存在する。全体の七割をβが占めており、残りの約二割がα、一割にも満たないと言われているのがΩだ。男女関係なく孕むことができ、ヒートと呼ばれる発情期があるΩを蔑視していた時代もあるというが、それは昔の話である。

 多様性という単語が世界で重要視される昨今、発情期やフェロモンの影響で働きづらいΩのための保険や補償も多くあり、Ωが冷たい目で見られることは減っていった。

 だがどうしても、Ωという性の異質さに対する好奇心や怯えに似たものは、現代においてもなくなるものではなかった。

◇◇◇

 

 朝はあれだけふにゃふにゃしていたくせに、授業中は本当に真面目なのだからため息が出る。だがそれと同時に、そんな日向を見ることができるのなんて自分だけだと理兎の胸に優越感が滲んだ。

 が、はっと慌ててその思考を封じ込め、苦手な数学の授業に集中しようと教師の話に耳を傾ける。

 俺はあいつのものにはなれない。その考えが既に戻れないところまで来てしまっていることに気づかずに、理兎はノートにシャーペンを走らせた。

「今日は何日だー?お、十四日か……じゃあ十四番、坂口!この問題解いてくれー」

「はーい」

 すっと背筋を伸ばして席を立つ日向を数多くの視線が追う。女子の視線の圧がすごい。

 そう、日向はモテる。なぜなら――

「終わりましたー」

「おっ、正解!いやー坂口はさすが、」


 αだな!


 満面の笑みでそう放たれた言葉が胸に突き刺さる。日向はαだ。だから、βの理兎とは番になるなんてできっこない。どんなに幼馴染で仲が良くても、それは『幼馴染の親友』としての距離感であって、『番』としての距離感ではないのだ。

 一つ安心できることといえば、この学校にΩがいるなんて話を聞いたことがないことくらいだろうか。Ωは希少で、異質な存在だ。それゆえ、こんな市立の中学校にΩを通わせることはほとんどない。

 いつも通りに自分にそう言い聞かせ、自分が一番日向と近しい場所にいるのだと何度も何度も頭で繰り返して、理兎は速くなった自身の鼓動を落ち着かせた。

「今日はここまでだな、学級委員号令頼んだ」

 理兎が一人ぐるぐるしている間に、いつの間にか授業が終わってしまったようだ。あとで日向に授業のおさらいをしてもらおう、そう思いながら少し重い身体を椅子から浮かせた。

 

「なー、理兎ってどこ受験すんの?」

 かちゃかちゃ、皿とスプーンがぶつかる音とざわめきが響く教室で、向かいで給食を食べているクラスメイトが聞いてきた。

「んー、そーだなー……」

「理兎は俺とおんなじとこ受けるでしょ?」

 考えあぐねる理兎の少し上から声が降ってきた。

「ぉわっ、日向!」

「ま、やっぱそうか!予想通りすぎてむしろウケるわ」

 にこっと笑っている日向の答えに、質問してきた彼はそう言ってカレーを頬張った。頬が膨らんでまるで小動物のようだ。

「いや別に俺はそうとは言ってな、」

「理兎は俺と一緒じゃなくてもいいの……?」

 勝手に納得してしまったと慌てて訂正を入れようとしたが、くーん……とでも聞こえてきそうな日向の表情に「うっ」と声を詰まらせる。

「いや、そうとも言ってねえし」

「わーよかった!!理兎に捨てられたら俺泣いちゃうところだったよ」

「捨てるってなんだ捨てるって!?」

「坂口お前そこで騒いでないでおかわりするならしてくれよー」

「あっ、はーい」

 そういえばまた給食中だった。席の離れた日向が理兎のところまで来ていたのはおかわりのためだったのか。

 紛らわしい言い回しすんなよな、とこぼしてカレーを掬い取る。愚痴のように言ってはみたものの、理兎の目元は赤く染まっていてまんざらでもないことが丸わかりだった。

 向かいでガツガツと給食を食べているクラスメイトは、一人小さくため息をついた。

 こいつらマジで早くくっつけよ、と。




 四月。理兎と日向は高校生になった、いや、なる。

 が、

「日向!!お前今日は遅刻絶対できねんだから起きろ!」

「ぅあ゙ーい……起きてます起きてます……」

「起きてねえわそれ」

 理兎が日向を起こす朝の恒例行事はなくならなかった。

 少し強引に日向から布団を引き剥がし、ぐいっと引き上げる。いつもなら手を取られるまで待つが、今日は入学式、遅刻ギリギリで行くわけにはいかないのだ。

「おっま……また重くなってねえ?っしょ……」

 抱き抱えるようにして日向を床に立たせ、図体のデカさに文句を呟いた。理兎は自分のぺらりとした体と日向の程よく厚みのある体を見比べ、ちょっとした苛立ちを覚えた。ので、

「ったぁ!?」

 バシン!と目覚ましも兼ねて日向の背中を強めに叩いておいた。

「おー、これで目ぇ覚めただろ?朝ごはん用意してくっから準備しとけよ」

「う、うん」

 ヒリヒリと痛む背中をさすりながら日向は部屋を出ていく理兎を見送った。理兎は重いと文句を言うが、肘で()いてきたりぶっ叩いたりしてくるためあいこではないかと日向は常々思っている。

 だが確かに目が覚めたのも事実なので、大人しく身だしなみを整えようと洗面所に日向は向かった。

 

「日向ー、朝ごはんできたー」

「はーい!」

 洗面所にて洗顔や歯磨きなどを済ませた日向が小走りでダイニングまでやってくる。その目はきらきらとしていた。

「あれ、なんか今日の朝ごはん豪華じゃない!?」

「まーな」

 今日は日向母が仕事で朝早くから出ているため、朝ごはんを用意するのは理兎の役目だった。そこで理兎は、どうせなら高校初日を明るい気持ちで過ごせるようにと、いつもより朝ごはんのメニューを手間のかかるものに変えたのだ。まあほとんどが日向の好物である。

「えー!うれしい、美味しそう……!」

 無邪気に喜ぶ日向を見て、理兎は内心ほっと息をついた。喜ばないわけがないと分かっていたが、やはり実際見るまでは少しの不安は残るものだ。

 二人で席についていただきます、と唱え、温かい湯気が立ち上る食事に手をつけた。

「……美味しい!!」

「だろ?」

「理兎ありがとうね」

「どーいたしまして」

 普段は食べるスピードがわりかしゆっくりな日向が、今日はガツガツと言えるほどの速さで口に物を運んでいく。口元の緩みを感じながら、理兎も食事を済ませた。

 

「よし、忘れもんないな?」

「ないよー、って小学生じゃないんだから」

「わりーわりー」

 玄関で軽口を叩き合いながら靴を履く。今日からぴかぴかのローファーだ。

「……なんとなくローファーってかっこいいよね」

「そういうところが小学生みたいなんじゃん」

「えっうそ!?」

「ほんとほんと。いってきまーす」

「いってきまーす」

 のほほんとした雰囲気のまま外に出て駅まで歩く。中学までは学校まで徒歩で通っていたが、高校は電車に乗らないと行けない距離だ。

 談笑しながら駅に着くと、ちょうど一分後に発車する電車があるようだった。

「日向、あれ乗るから走るぞ!」

「えぇ?次のやつでも……」

「次各停だからだーめ!」

 慌ただしく改札を通り抜け、階段を駆け上がると発車ベルが鳴り始めた電車があった。

 よくないと分かってはいるものの、逃したくなかったためかけ込むと、車内は満員だった。

「っは……間に合ったあ……」

「おつかれ」

 ドアに背を預け、息をついている日向に声をかける。理兎は吊り革か何かにつかまろうと思ったが、あまりに人が密集しすぎて掴めるところがありそうにない。

 そこに、タイミング悪く大きく揺れが走った。「ぉわ、」よろめいた理兎だが、腰にしっかりとした腕が回り抱き寄せられた。

「日向」

「気をつけてよ?」

「ん……ありがと」

 いつもなら理兎が日向を抱き上げるようにして起こしているが、今は日向が理兎を抱き寄せて支えている状況だ。逆の状況に不覚にも跳ねてしまった心臓を宥めようと、理兎は深呼吸をした。

「……?」

 すぅ、と吸った空気になにやら嗅いだことのない香りが混ざっていて理兎は首を傾げた。もう一度深く空気を吸うと、その香りは日向からしているようだった。

「日向、お前今日香水でもつけてんの?」

 今まで日向が香水をつけているところなど見たことがないが、高校生になったことを機につけることにでもしたのだろうか。

「っ、え?」

 そう思い尋ねたことだったが、日向は大きく目を見開いた。そんなに驚くことか?と理兎はさらに疑問に思う。

「理兎、それ、どんな香りか教えてくれる……?」

「?おう」

 激しく動揺した様子の日向に驚きつつ、今度は日向の肩あたりに顔を近づけて空気を吸う。

「んー、なんかこう……難しいな、爽やかな感じだけどスパイスっぽい香りする」

 これなんの香水?そう聞こうと顔を上げると、

「……っ」

 口端を吊り上げ、歓喜と渇望を(たた)えた双眸が理兎を見つめていた。

 瞬間、理兎はふるりと体を震わせた。

「っひなた……?」

 得体の知れない、感じたこともないような震えだった。まるで、自分は被捕食者なのだと、自覚させられるような――

「あー……ごめん、理兎。なんでもないよ」

 二人の間で張り詰めていた空気が、日向が発した声で緩んだ。口元をふ、と綻ばせたのを見て、理兎は日向をずっと見つめていたことに気づいた。

 ――いやでも、なんか、だって、目ぇ離したら食われるかも、って……。

 理兎の頭をそんな考えがよぎるが、肉食獣と草食動物じゃあるまいに、と頭を軽く振って打ち消した。

「……そ?なんかとにかくいい匂いした」

 不自然に思われないように、必死にさっきまでの話題を思い出してそう返すのが精一杯だった。

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