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妖械ハンター登場!

 出撃!妖械(ようかい)ハンターの巻


「あのビルよ!あの中っ」

 一番に到着したライザが手に持ったレーダーを確認しながらそう叫ぶ。

 私は二番。上を見上げると、三十階ぐらいはありそうな割と大きめの建物で、何かの会社っぽい感じ。さすがにこの時間は電気真っ暗。ただ、隣のマンションみたいのは深夜にも関わらず所々明かりがついている。

麗実(れみ)、誘き出すわよっ」

 三番目に到着の麗実にライザが声をかける。

「何階にいるのぉ?…」

 ちょっとヘトヘトの麗実が聞いてくる。勝手に借りた車を降りてから、そこそこ走ってる。

「わからんっ。でも、こんな時間に残業してるのは悪い奴ぐらいでしょ。ビル全体にやっちゃえばいいわよっ」

「そんなわけにはいかないでしょう」

 またムチャクチャ言う…

 私はライザに忠告した。

「隣はマンションなんだから、騒ぎになったらどうすんの?」

 そうなったら大変面倒だ。もし通報でもされて警察なんかが駆けつけちゃったりしたら、悪者退治しに来た私たちまで悪者扱いされそう。この年でお尋ね者になるにはまだ早い。

「そこはうちの麗実様がうまくやるわよ、ねっ」

 調子のいいことを言って麗実の肩にポンッと手を置くライザ。と、

「任せてちょ〜だい」

 すぐ調子に乗る麗実。

(ったく、こいつらは…)

 全然状況をわかってないし、わかろうともしていない。いつものことだけど。

「まずは中に入りましょ」

 そう言ってライザは一人、入口の大きなシャッターに向かう。そしてザッと見て電気の気配をチェックする。この大きさの物を手動で上げ下げするとは思えないけど…

 ライザがスッと両手を伸ばす。どうやら動かせそうだ。

 バチッ!バチバチバチィ…

 手から電気を発生させると、一気にシャッターに流し込む。操っちゃえばこっちのもの。

 ガガガガッ…ガガッ…ガガガガッ…

 シャッターがゆっくりと開いていく。

「さっ、行くわよ」

 そのあとライザは奥にある扉も開け、私たち三人は中へと入っていった。

「暗い」

 麗実が真っ当な文句を言う。まぁ、丑三つ時にお邪魔したら、暗くて当然だ。歓迎されるなんて思っちゃいない。

 とはいえ、まったく光がないわけではない。非常口を知らせる緑色の明かりがあるし、あちこちにある赤い点は、恐らく監視カメラか何かだろう。

 それに、目も段々慣れてくるので、薄っすら周りの様子がわかってくる。結構広そうな空間だ。

 入って真っ正面は受付。昼間なら人がいるのだろう。そのすぐ横には奥に続く通路がある。で、向かって左側は机と椅子のセットが何個かあり、右側にはエレベーターが見える。

 私たちはそのエレベーターの前に来た。全部で四台ある。

「こっから降りてきてもらおうか」

 そのうちの一台を指さしライザが言う。麗実の出番だ。ここまで誘導してもらうってこと。

「任せてちょ〜だい」

(言いたいのね…)

 どうもそういうノリのようだ。

「で、あとは夏騎(なつき)に任せるわねっ」

 そう言ってライザと麗実が私の方を見る。誘導したあとは私の出番ってこと。

「ええ」

 私は答えた。

(任せてちょ〜だい)

 ということで、悪者退治の始まりだ。まず麗実が準備する。首にかけていたヘッドホンを装着し、

「あーあー…あー…あー…」

 発生練習をする。実際に声を出してるわけじゃないけど。

「さて―」

 そして、

 ジリリリリリリリ…

 警報器の音がけたたましく鳴り響いた。


「な、何だぁ…」

 思わずビクッとなった。

 ジリリリリリリリ…

 突然どこからか大きな音が聞こえてきた。誰も何もしてないはず。にも関わらず、警報器のような音が鳴り始め、今も鳴り響いている。

「お、おい…ヤベェよ、見つかったんじゃねぇ…」

 タロウが慌てて回りをキョロキョロ見る。マスクしてるし薄暗いので、表情まではよくわからないが、声はメチャクチャ動揺している。

「他で何かあったか…」

 カメは相変わらず冷静だ。マスクの下もケロッとしてるに違いない。何か考えを巡らせている様子。

 今回は奴らの協力もあり、安心して入れるようになっていて、問題なくここまで来られた。かなり順調だった。

 ジリリリリリリリ…

 それでこの事態ということは、奴らの知らない防犯装置か何かがあったってことだ。

「早く逃げねぇとヤベェぞ…」

 タロウの意見に賛成だ。まだ中途半端だが、捕まっちまったら元も子もない。

 お宝ガッポリ大作戦は未完に終わったが、それなりに収穫はあった。あとはお宝を使ってあげないとかわいそうだ。

「ジン、アイロン片付けてくれ」

 カメは俺に言うと、タロウとそれ以外の後始末を始めた。

「わかった」

 俺は、大人しくしているアイロンに手を伸ばした。こいつにはまだまだ活躍してもらわにゃならないから、ここで置いてけぼりってわけにはいかない。

「あつっ…」

 持てなくはないが、だいぶ熱が上がっている。

 妖械は時間が経つにつれレベルアップするというが、こいつはアイロンだけに、温度のレベルが上がっていくってことだろうか。

 壁を壊すのも、この前より今日の方が圧倒的に早かった。

「あちち…」

 何とかアイロンを収納ボックスに入れた。もはやこれなしじゃこいつを持ち運べない。

「よし、行くぞ」

 逃走準備が整ったところで、俺たち三人は真っ暗闇の中、ライトを手にこの部屋を出た。名残惜しいが仕方がない。用が済めばさっさとおさらばだ。

 で、俺たちは階段の方へ向かった。いろいろと事情があって、他の階からやってきたのだ。

 三人ともそれぞれ大事な荷物を抱えているので、慎重に、しかし足早に移動する。広いオフィスだが、来た道なので迷いはしない。

「待て…」

 階段の手前まで来たところで、先頭のカメが急に立ち止まる。

「どうした?」

「足音が聞こえる…」

 俺の問いかけに、こっちを振り向きカメが答える。

「け、警察か?…」

 またしても慌てふためく隣のタロウ。

「音だけじゃわからん」

 確かに、カメの言うように階段の方から足音が聞こえてくる。いつの間にか警報器の音が消え、静まりかえっているので、余計よくわかる。

 まだ遠い感じだが、複数いそうだ。ただ、音が反響しちゃって上からなのか下からなのか判断がつかない。

「エレベーターで行くか」

 俺は二人に言った。誰なのかはわからないが、今ここで人に出くわすのはよくない。最悪の事態は避けるべきだ。階段は一つしかないので、他のルートを行くしかない。

「そうだな」

 二人も賛成し、俺たちはエレベーターの方へ向かった。

 万が一を考え、エレベーターが動くかもチェックしておいた。そして、いざという時のため、一台この階に止めてある。それが役立ちそうだ。

「こっちは大丈夫そうだな」

 階段から早歩きですぐに到着。

 エレベーターは全部で四台あり、どれも今は稼働していない。ってことは、これを使ってこっちに向かってる奴はいないってことだ。

 一番右にあるエレベーターのボタンを俺は押した。ゆっくりと扉が開く。中は眩しいくらいに明るかった。

「すぐ下だな」

 中に入ると今度は、カメが目的の階のボタンを押す。

 ゆっくりと扉が閉じていく。とりあえず一安心だ。

 足音の連中が何者かわからないが、俺たちがどこにいるかまではわかっていないはず。今のうちに穴のあいてる階まで行けばうまく逃げられ―

 ガタンッ!

 すると突然、扉が閉まったところでエレベーターが大きく揺れた。

「な、何だぁ…」

 そして、急降下を始めた。


 アイロンの妖械退治を任されて玄滝(げんたき)州までやって来たけど、最初の事件には惜しくも間に合わなかった。

 ただ、それで範囲が絞れた。で、レーダーの反応を見つけ、追っかけようとしたら、向こう車で、だからこっちも車を拝借して、でも道に迷って、最後は車を降りて走って、何とか追いついて、今に至る。

 ジリリリリリリリ…

 あとはアイロンを捕まえるだけ。他の奴らは知ったこっちゃない。

 リリリリ…

 警報器の音が止まった。次の段階に進むみたい。

 麗実はすごい。

(私もすごいけどね)

 その時々にピッタリと合ったシチュエーションを考え、効果的に音を鳴らしている。

 その麗実は今、私と夏騎から少し離れた所で天井を見上げ、音楽を奏でている。指揮者みたいに手を小刻みに動かすのが可愛い。

 麗実がやろうとしてるのは、悪者たちをエレベーターに誘い込むこと。そのため、まずは警報器の音を使って炙り出した。今頃慌てているだろう。

 その次に始めたのは、階段の封鎖。よくやるのは足音だ。悪い奴らは人との接触を避けたがる。階段で足音が聞こえたら、使うのをためらうだろう。

 何がなんでもエレベーターを使わせるつもりだ。

「さて―」

 そこで私も準備に入った。夏騎より少し前に出る。悪者たちがエレベーターに乗ったら、今度は私の番だからだ。

 ここに来るまでに車とかシャッターとか結構大物を動かしたけど、まだまだ電気はあり余ってる。

(充電を十分したしね)

 エレベーターは四台あって、どれが使われるかわからない。だから、どれが使われてもいいように構える。魚釣りで、魚が針にかかるのを待っているような感じだ。

 魚の反応があり釣り上げたら、網で捕獲するのは夏騎の役目。

(夏騎もすごい)

 ある意味怖い。もはや魔女だ。

 しばらくすると、

「かかったっ」

 魚が針に食いついた。一番右端のエレベーターだ。ボタンを押してドアを開けたのだろう。今この建物でエレベーターに乗ろうとしてるのは、悪者以外にいない。さすが、麗実の誘導だ。

「乗ったの?」

 後ろから夏騎が聞いてくる。

「一番右のエレベーター!一気に下ろすわよっ」

 もうさっき電気を流し込み、いつでも運転できる状態にしておいた。

「夏騎も準備してっ」

 私は夏騎に言った。

 相手が先にボタンを押してようと関係ない。このエレベーターは今、私の支配下にある。だから、どこにも止まらず1階まで降りてきてもらう。

 ちゃんとしたエレベーターは落下防止装置みたいなのがきちんと働いて、ストーンと落っこちるわけではない。それでも私が操ると、通常よりは早い速度で降りてくる。

 ガガァーンッ!

 だいぶ派手な音を立ててエレベーターが到着。ドアの前では夏騎がもう既にハイパー懐中電灯を手にスタンバッているので、私はすぐにドアを開けた。

(うっ…)

 開けた瞬間、中から熱気がモワッと出てきた。そしてちょっと煙たい。

「ゴホッ、ゴホッ…」

 薄っすら白い中、夏騎の横からヒョイッと見てみると、悪者が三人床に横たわっていて、荷物も散乱していた。最後の衝撃でさすがに立ってられなかったみたい。

 三人とも全身黒尽くめで、サバゲーで使うようなフェイスガードの付いた覆面を頭からスッポリかぶっている。作ってる人たちはそんなつもりないだろうけど、顔を隠すため悪い奴らによく使われちゃう代物だ。

「ううぅ…」

 夏騎の手の影で押さえつけられているので、身動きが取れず苦しんでいる。

「アイロンさんはいた?」

 麗実ものんびりと合流。

 煙も引いてきて、中の様子がクッキリ見えてきた。

「何あれ?」

 で、気づいた。右側の壁の下の方。ポッカリと小さな穴が空いていた。その近くには、パカッと開いた小さな箱。

「まさか…」

 嫌な予感がして、私は急いでレーダーを見た。

「ヤバい!」

 妖械の反応が遠ざかっていく。

「もしかして逃げられちゃった?」

「ホントに?」

 私の様子を見て二人が声をかけてくる。

「その穴から逃げたみたい…」

 人間が通れる大きさじゃないから、アイロンが自分だけ逃げるために空けたのだろう。熱で溶かされたような感じだ。何てズル賢いやつ。

「追いかけよう」

 夏騎のその言葉で、私たちは入口の方へすっ飛んでいった。さすがにその穴からは追いかけられない。

「あっ」

 そして、入口まで来るとさらなるトラブルが私たちを待ち構えていた。お外にたくさんの赤い光。

「どーする?」

「どーしよう?」

「困ったね」

 もー最悪。騒がしくしてたのがバレちゃった。


 3日前に浜鶴(はまづる)で、アステラ銀行のATMが何者かに襲われ、現金が奪われる事件があった。犯行の痕跡から、妖械が使われた可能性があると判断された。高熱で溶かす系の電化製品の疑いだ。

 妖械は持ち運びが不便なので、犯人が再び犯行に及ぶ場合、そう遠くない場所が狙われることがほとんどだ。なので、範囲を絞り警戒にあたっていた。時間帯も当然、最初の事件と同じく深夜だ。

 そして今日、遂に網にかかった。妖械が使われたことも確実だ。なぜなら―

「結構久しぶりか?」

 現場に妖械ハンター三人娘がいたからだ。今、俺の目の前に立っている。ハンターたちは特殊なレーダーを持っていて、我々よりも正確に妖械の居場所を突き止めることができる。

「この前会ったばっかりです。世界中飛び回ってるんじゃなかったんですかっ」

 金髪娘がそう言って口を尖らせる。この状況が不満なようだ。

「今はたまたま帰ってきてるだけだ」

 俺は真面目にそう答えた。週末にはまた出かけなくちゃならない。

(確かに、エアロバイクの時ちょっと会ったな)

 1か月くらい前にあった事件だ。

 そんな感じでちょくちょく会うこの三人娘は、金髪、黒髪、茶髪で見た目がわかりやすい。今回もすぐにこの三人だとわかった。

 金髪娘が井田ライザ、黒髪娘が景原(かげはら)夏騎、茶髪娘が祖師戸(そしど)麗実だ。事件の容疑者というわけではないが、大事な参考人なので大人しくビルの中から出てきてもらった。

 三人は、女だけで構成された妖械ハンターグループのメンバーで、それぞれの能力も知っている。

(みんななかなかの能力者だ)

 最初会った時は井田ライザと景原夏騎の二人だけだったが、ちょっと前から祖師戸麗実が加わって今は三人になっている。

 そもそも、普通の人間が妖械に対抗するのは難しい。我々警察だって、強力な武器があるからまだ対処できるのだ。凶悪な妖械が大暴れした時に、戦車や戦闘機が出動したケースもある。

「そんなことよりも、あっちで倒れてる三人、やったのはお前らだな」

 エレベーターの中で男が三人、床に寝転がっていた。

「悪い奴らだから、私たちが代わりにやっつけておいただけ」

 井田ライザが適当な言い訳をする。

 間違いなくあいつらは悪い奴らだ。恐らく、どっかの組織に妖械を借り、今回の事件を起こしたに違いない。個人で妖械を扱うのは無理がある。覚醒でもされたら手に負えない。

 それに、このビルにかなりの額の現金があり、しかもそれが変わった場所に保管されていたにも関わらず、ピンポイントでそれを狙ったことや、一部セキュリティが解除されていたことから考えると、それなりの組織が関与してるはず。

 そして肝心なのが―

「妖械はどこ行った?」

 妖械の行方だ。この三人が持ってないのはわかるし、あっちの三人が持ってないのもわかる。エレベーター内に妖械が溶かしたと思われる穴があったから、逃げ出したのだ。

「あっち

 あっち

 あっち」

 三人娘がそれぞれ別々の方を指さす。声と動きのタイミングがバッチリ合うところはさすがだ。

「ふざけてる場合か」

 しかし今はそれどころじゃない。1分1秒を争っているのだ。

「レーダーでどっちに逃げたかわかってるんだろう」

 俺は三人に詰め寄った。ホントは今すぐにでも追いかけたいに違いない。足止めを食っていることにイラついてるはず。だがこっちも譲れない。妖械は、妖械ハンターだけの獲物じゃないのだ。

「気づいた時にはもうレーダーから消えてたの」

 井田ライザが答える。嘘か誠か…

「あの三人には、他に仲間がいるはずだ。そいつらも一緒に捕まえるチャンスなんだよ」

 これだけのことをするのに、フラフラ歩いてやって来て、大金を奪ったあとそれを持って走って逃げる…なんてするわけがない。ましてや、妖械を抱えている身だ。たぶん近くで、車で待機してる奴がいたのだ。

(当然、付近の不審車両の捜査にもあたらせている)

 まだ有力な情報は入ってないが…

 妖械がそいつと合流し、逃げている可能性は高い。

 するとその時―

『犯人の物と思われる車を発見!黒いワンボックスカーが、南に向かって逃走中…』

 無線が入った。

 俺はすぐ振り返った。無線は後ろの警官たちが持っている。

「どうした?」

 そして確認する。無線が入ったのはわかるが、内容までは聞き取れなかった。

「犯人の車が南に向かって逃走してるようです」

 警官の一人が答える。無線はもう切れて―

(!)

 そこでハッと気がついた。

「しまった…」

 俺はもう一度振り返った。しかし、目の前に三人娘の姿はない。

(麗実か…)

 音に騙された。今聞こえた無線は、祖師戸麗実が作り出した音だ。本物じゃない。能力はわかっていても、体が勝手に反応してしまう。

(ここも影の中だな)

 そして逃げたのは、景原夏騎の能力だ。俺たちは今、被害にあったビルの影になっている所で話をしていた。三人ともその影の中に消えたのだ。

仁取(にとり)さん…」

 警官たちも事態が把握できたようで、慌てて近寄ってくる。

「追うのは無理だ」

 三人相手だと、俺でも捕まえるのは難しい。

「それより、あいつらから話を聞こう」

 だが、こっちにはまだ切り札が残されている。とっとと喋らせて、仲間と妖械の居場所を突き止めよう。

(くっそー…マジ悔しいな)

 見事にやられた。


 生き物は、何百年も生きていると妖怪になるという。同じように機械も、何百年も生きていると妖械になるという。

(だから俺は嫌だったんだよぉ〜…)

 その妖械が、俺の運転する車の助手席に乗っている。

 妖怪の方はよくわからないが―

(漢字は違うけど読み方が一緒だからややこしいんだよな)

 妖械の方は実際何百年も生きてない。使われなくなって捨てられて、そのまま10年ぐらい放ったらかしになると妖械になっちゃうらしい。いろいろと条件があるみたいだが。

 そう考えるとそこら中にいそうだが、見かけることはほぼない。やっぱ珍しい存在なのだ。

(ぐっぞぉ〜…)

 でも今はすぐ隣にいる。アイロンの妖械だ。見た目は普通のと全然変わらないが、恐るべき力を秘めている。

 例のビルからちょっと離れた所で、一人車でカメたちの帰りを待っていたら、こいつだけがひょっこり帰ってきた。予想外の展開だ。

 当然カメたちの心配もしたが、状況から考えて失敗したと判断するしかない。で、助けにいく気もなかったし、周りの雰囲気がヤバそうな感じになってきたので、とりあえず逃げることにした。

(もし何か手違いだったら即謝るつもり)

 そもそも、俺は今回の話は最初から乗り気じゃなかった。“オオカミ”の奴らと仲がいいのはカメとジンぐらいだったし、妖械を借りてやるっていう時点で何かよくないことが起こりそうって気がした。

 この前の銀行のATMはうまくいったんだから、そこでやめといてもよかった。欲張るとロクなことにならない。

{ケースケ、あまり遠くまで逃げるな…}

 アイロンがまた話しかけてきた。

「わ、わかったよ…」

 相変わらず不気味だ。アイロンには当然目も鼻も口もない。ただの物体。なのに、喋ってくる。頭に直接話しかけてくる感じのやつだ。妖械テレパシーだ。

 最初はまさかこいつが喋ってるとは思わず、ちょっとビビっちまった。でも、周りにはこいつしかいないから、こいつが喋ってるのだ。

(名前も覚えてるしな)

 全部カタカナで、棒で伸ばすことまでわかってる。

 俺としてはさっさと遠くまで逃げ出したいところだが、なぜかアイロンはそれを許可しない。

{ケースケ、余計なことは考えるな。燃やすぞ…}

「あつっ!あつっ!」

 アイロンがまた熱くなりやがった。俺を脅迫してくる。

 建物の壁を溶かしちゃうほどの熱を持ってるんだから、車ごと燃やすのなんか朝飯前だろう。ただでさえ今日は報酬ゼロなのだ。その上、焼死体にされちゃったらたまったもんじゃない。

(あいつら今頃、黒焦げになってたりして…)

 捕まったんじゃなくて、こいつの裏切りにあったのかも。妖械なんて何をしでかすかわからん。信用できない。

(だから俺は嫌だったんだよぉ〜…)

 とにかく俺は、アイロンの指示に従って運転した。


「覚醒しちゃってそうね」

 私はいったんケーブルを口から出して二人に言った。今回のアイロンのことだ。

(みんなはマネしないようにっ!)

「一人で逃げちゃったからね」

 夏騎は真ん中の布団で仰向けになり寝っ転がっている。

 覚醒前の妖械は、力は使えるが移動は人任せ。それが、覚醒して動き回れるようになり、さらにスゴいのになると空飛べちゃう。そうなると倒すのは至難の業だ。

「倒すの大変そうじゃない?」

 麗実がのんびり言ってくる。私とは反対の方の布団で、左手で立て肘をついて横になっている。

 ちなみに私は充電中だったので胡座をかいて座ってた。

 ここはとある旅館の一室。

(プライベートなことなので、詳しいことは内緒)

 大人四人が泊まれる部屋に三人で泊まってる。ちょっとした贅沢だ。

 で、ただいま部屋着でまったり作戦会議中。今後のアイロン対策を三人で話し合っている。

「どこに出てくるかだよね」

 夏騎が天井を見つめたままポツリと言う。

 アイロンの出現場所だ。このままあのアイロンが大人しくしてるとは思えない。それに、もう普通の人には手に負えない状態になっちゃってる。暴れ出したらそう簡単には止められない。

 そうなるとやることは一つ。

「やっぱ世界征服を企むのかな」

 麗実は大真面目に言っている。

 妖械は覚醒すると、妖械だけの世界を作るために人間を排除しようとする活動を始める。理由は未だによくわかってないけど、100%どの妖械もそう。

(それが厄介なのよね)

 だから妖械をいち早く退治すべく、私たちのようなハンターが必要になってくる。一番いいのは、覚醒する前にやっつけちゃうこと。

「どう倒すかだよね」

 夏騎が天井を見つめたままポツリと言う。

「んー…」

 私はあれこれ考えながらまたケーブルを口にくわえ、充電を再開した。

(良い子も悪い子も普通の子もマネしないようにっ!)

 アイロンの倒し方―

 妖械の攻撃方法は基本ワンパターンだ。機械としての性能がそのまま活かされていることがほとんど。だからアイロンの場合、熱くする能力だけで暴れ回ることになる。壁や金庫を溶かしちゃうぐらいだから、相当熱そう。

 これまでも、熱くなる妖械は退治してきた。

(ホットプレートとかね)

 よくある能力だ。ただ、覚醒しちゃったのを相手にしたことは一度もなかった。そこをみんな悩んでいるのだ。ホントもう弱っちゃってる。

「大量の水をバチャーッてかけるか。デッカい扇風機でブワァーッて風を送るとか」

 麗実の案。そういう感じのことは思いつく。

「それをどうやるかでしょ」

 夏騎の意見。要はそういうことだ。

「水の中に入れちゃう。海とかプールとか」

 水の中に入れちゃうのは有効そうだ。でも、この辺は海からほど遠い。プールも、ちょっと前ならまだやってる所もあっただろうけど、今はもう秋真っ盛り。どこも閉まっちゃってると思う。

 それに、妖械は私らの誘いに乗らない。どこかに誘導したくても、絶対についてきてくれないのだ。

(来るものは拒まず、去るものは追わず?だっけ)

 攻撃を仕掛ければ、当然反撃してくる。それでこっちが逃げ出したとして、あっちが追っかけてくるかっていうと、そうとは限らない。少し距離があいただけで無視されちゃう。

「んー…」

「んー…」

「んー…」

 あっという間に行き詰まった。それぐらい、覚醒した妖械を相手にするのは厄介なのだ。

 覚醒する前は、大抵人間といる。自分では動けないから。だからその人間の方をやっつければ大概解決する。

(結局、悪いのは人間なの)

 妖械は悪い人間に利用されてるだけ。で、その中で覚醒しちゃって暴れ回ったりするのが出てくるから、あまりいいイメージを持たれない。

 妖械の力は、悪いことに使えば人間の脅威だけど、いいことに使えば何かやってくれそうな気がする。ただ、なかなかいいアイデアが思いつかない。前からずっと考えてるけど…

(誰かいいアイデア出してっ)

 妖械の平和利用。世界中からアイデアを集めて、コンテストを開きたいくらい。

「ま、いつものようにやろっか」

 夏騎が軽〜く提案する。

「それでいいんじゃない」

 麗実がゆる〜く同意する。

「んんっ」

 私は力強くうなずいた。

 いつもと変わらない作戦だ。その場その場で対応する。

 どっちにしろ、アイロンがどういう状況でどこに出現するかわからない。後手に回るしかないのだ。私たちも場数はそれなりに踏んでいるので、あとは何がなんでも何とかするだけ。

 というわけで、作戦会議は終了。

(んー…)

 私は、両腕にはめたそれぞれの時計を見た。そして、両方の針を同時に動かす。時間を進めて…戻して…時間をまた進めて…また戻して…それを何度も繰り返す。針の動きは左右で全く一緒。素晴らしくシンクロしてる。これで少しでもズレがあると、あまり調子が良くない証拠だ。機械を操るのにも影響が出ちゃう。

 充電も終わったので、私は口から出したケーブルをしっかりと拭き、携帯の差し込み口に差し込んだ。今度は携帯の充電だ。

(みんなは絶対にマネしないようにっ!)

 それから3日後、アイロンの情報をようやく掴んだ。


 何か急に暑くなってきた。

(こんなに上がるって言ってたっけ…)

 朝、テレビで天気予報見たけど、この辺の気温はせいぜい25度くらいで、昨日とほとんど変わらないはずだ。

 俺は外の様子を見ようと起き上がった。せっかく休みでのんびりしてたのに、ムシムシッと不快になってきた。

「おわっ…」

 窓を開けると外の方がさらにムワッとしてた。予想外だったので、思わず声が出てしまった。ちょっと前の真夏の暑さだ。

(天気、そんなに良くないのにな…)

 空を見てみたが、晴れ!っていう感じではない。どっちみちこっちから太陽は見えないが、全体的な雰囲気でいうと曇りって感じだ。

「ん?」

 すると、いつもの風景が、いつもと違う感じがした。

「あ…」

 煙だ。遠くで黒い煙が立ち上ってるのが見えた。ここは3階だが、周りにそんなに高い建物はないので結構遠くまで見渡せる。

(火事?)

 煙が上がってる辺りは、確か某有名な化粧品メーカーの工場だった所だ。去年閉鎖されて、跡地にはマンションが建つっていう話だ。でも、前を通ったことあるが―まだ特に何も手をつけてない感じで、建物なんかはそのまんま残ってる。

 工事でも始まって、何か事故でもあったのだろうか。消防車や救急車の音はまだ聞こえない。

「っていうか、あっついな…」

 窓を開けるのはヤバい。なので俺は、すぐに窓を閉め、久しぶりにエアコンのスイッチを入れた。


「暑い…」

 大問題のアイロンさんに近づくにつれ、ドンドン暑くなっていく。夏に35度を超える暑さを経験したけど、そんなの比じゃない。もう町全体がサウナ状態。汗が体中から噴き出てくる。

「いたっ!いたいたいたっ!」

 その時、ライザが歓喜の声を上げた。別に痛がってるわけじゃない。発見したとはしゃいでいる。

 私たちが泊まっていた旅館から少し離れた四河崎(しかわさき)という地区で、突然気温が急上昇して異常事態になっているという情報を入手し、すぐにやって来た。さらに、ボヤ騒ぎが起きているという追加情報もあり、ただちにその現場に駆けつけた。

 それがここ。“ダブルエー”の化粧品を作っていた工場で、もう1年近く前に撤退しちゃって人が誰もいないはずなのに、火の手が上がったという。

 ちょっとオカルトチックな現象だけど、その原因をライザが解き明かした。

「ホントだ。ホントにアイロンだね」

「ここどの辺なんだろ…」

 私と夏騎はライザが持つコントローラーの小さな画面を覗き込んだ。そこには、地面に置いてある一台のアイロンの姿があった。

 それこそが妖械アイロン―この異様な暑さの元凶だ。いろいろと苦労したけど、ようやく追いついた。

「場所が確認できたから、協力してもらいましょ」

 ライザがそう言うように、私たちには作戦があった。

 アイロンさんの居場所はライザのドローンが突き止めた。いろんな乗り物を乗りこなすライザだけど、ドローンの操縦も超一流。小型のドローンでどんな場所でも入り込んじゃう。アイロンさんのいる位置の真上で、今は飛んでいる。

 で、その状態を維持しつつ、私たちは近くの消防車へと向かった。火災は大したことなくてもう消火しちゃったみたいだけど、まだ引き上げずに現場に残っている。そばには年配の消防士が一人と若い消防士が一人いた。

 夏騎が二人に声をかける。

「すみません…」

 

 呼びかける声で、僕はふと振り返った。隣の本沢さんも振り返る。

(んん?)

 見ると、女の子が三人立っていた。ごく普通の格好をしている。僕とそんなに歳は変わらなそうだ。

「こんな所で何してるんだ、危ないじゃないか。取り残されたのか?」

 本沢さんが慌てて女の子たちを心配する。ここら一帯は非常線が張られていて、一般の人はここまで入ってこられないはず。騒動に気づかず、逃げ遅れたのだろうか。

 三人ともだいぶ暑そうにしている。こっちはもっと重装備なので大変だけど、普通の格好でも堪える暑さだろう。まさに異常だ。

 火災発生の報告を受け、現場である元化粧品工場まで来たが、問題は火事ではなく暑さだった。火はすぐに消火できたが、気温上昇の勢いは止まらず、今現在60度近くまで上がってしまった。工場内に残っていた薬品が火災の影響で何らかの変化を起こし、ものすごい熱を放っているという意見もあったが、それにしては影響している範囲が広すぎる。

 念のため特殊部隊を要請し、工場内を調査するつもりだが、さらなる火災や―最悪、爆発などの被害も想定されるため、僕たちもまだ現場で待機中だった。

「ちょっとお願いがあるんですけど―」

 真ん中の黒髪の子が僕たちに言ってきた。腰に黒い棒状の物をぶら下げているが、どうも懐中電灯っぽい感じだ。

「妖械を退治したいので、協力してもらえませんか?」

「はぁ?」

「“ようかい”退治?」

 想像を超える言葉が飛び出してきた。

「私たち妖械ハンターなんです」

 さらに右側の子がそう付け加える。首に白いヘッドホンをかけた茶髪の女の子だ。

「“ようかい”って機械の方の妖械ってこと?」

 僕は確かめた。メチャクチャややこしいんだけど、同じ読み方で同じような“ようかい”が二種類あって、一つは、本当にいるのかどうかわからないお化け的な“妖怪”で、もう一つは、見たことはないけど本当に存在する機械的な“妖械”だ。

「そうです。アイロンの妖械が今この中にいるんです」

 黒髪の子が答える。ホントにそうらしい。

(アイロンの妖械…)

 それって…

「もしかしてこの前、浜鶴の方のATMとか会社の金庫とか襲った妖械?」

 僕はちょっと興奮してきた。

「ああ、何かそんな事件あったなぁ…妖械の仕業じゃないかってやつだろ」

 自分のすぐ近くで妖械騒ぎが起こったので―被害に遭った人には申し訳ないけど、意外とワクワクしてた。

「そうです。彼女のドローンが今見張っています」

 黒髪の子がそう言うと、金髪の子がこっちに寄ってきた。さっきから何かのコントローラーみたいなのを持っていて、何してんのかなぁ…と思ってたけど、ドローンを操縦してたってことだ。

「この、映ってるのがそうです」

 金髪の子はレバーを細かく操作しながら、僕たちに話しかけてくる。今までずっとドローンを動かし続けていたのだ。

 見ると、コントローラーの上に小さなディスプレイが付いてて、そこに映像が映し出されていた。僕と本沢さんはそれを覗き込む。

 で、気づいた。この子、右腕と左腕の両方にそれぞれ違った腕時計をはめている。ドローンを操縦するのと何か関係があるのだろうか。

「これがアイロン?」

 確かに映像を見ると、何かの建物の前にある道路に、ポツンと小さな物が置かれている。アイロンに見えなくもないけど、画面も小さく、物も小さいのでハッキリとはわからない。映像は多少ブレたりもするが、アイロン自体は全く動いてないので、アイロンがただ道に落ちてるだけって感じがしなくもない。妖械ってこんな物なんだろうか。

「これはどこなんだ?」

 本沢さんが尋ねる。

「ドローンはあそこにいます」

 黒髪の子が答えながら、工場の上の方を指さす。

「あ、ホントだ、飛んでる」

 肉眼でも確認できた。工場の上空に一機の黒いドローンがフワフワと漂っている。思ってたよりも小型だ。

「あのドローンの下にこのアイロンがいます」

 それはわかった。

「それで、協力って何をすればいいの?」

 問題はそこだ。妖械退治とは、具体的にどのように行うのか。

「消防車の水をバチャーッてかけてほしいんです」

 茶髪の子が言ってくる。

「それで妖械を倒せるの?」

 アイロンの弱点が水っていうのも何となくわかる。

「それだけじゃ倒せないと思いますけど、間違いなく怯むと思います。うまくいけばそれで、熱の攻撃を止められるかもしれません」

 黒髪の子の発言だ。彼女たちの言動を見て思うことは、かなり明確なビジョンを持っているということだ。これまでにハンターとして妖械を相手にしてきた経験から、ある程度妖械の行動パターンが読めるのだろう。

「じゃあ、倒すにはどうするんだ?」

 本沢さんが確かめる。それが一番大事なことだ。

「そこは大丈夫です。私たちが何とかします」

 そして出てきた黒髪の子の回答は、ある程度予想できるものだった。

 妖械を倒せる力を何か持っているからこその妖械ハンターなのだろう。自信だってあるはず。実際この三人で、今までも妖械を何体も倒してきたに違いない。見た目は至って普通の女の子たちだけど。

 それでもあえて僕は言った。

「こっちも特殊部隊の応援を呼ぶから、一緒に協力してやってほしい。それが、そっちの協力を承諾する条件だ」

 今この場で、妖械退治をこの三人だけに任せるのは何か嫌だ。もし万が一それで何かあった場合、やり切れない思いをすることになる。

 三人で少し思案したあと、

「わかりました。それで良ければ私たちも協力します」

 こっちの提案を受け入れてくれた。

「ありがとうございます」

 僕は思わず感謝した。これから来る特殊部隊は科学的な部隊なので、武闘派の部隊の派遣も要請しなくてはならなくなった。

「すみません…何か勝手に話進めちゃって…」

 最後は本沢さんそっちのけで、僕だけで決めてしまった。

「そんなことはいい。それよりすぐ岸田たちにも連絡しろ。あと、本部にもな」

 本沢さんが僕にそう声をかけてくる。

「わかりました!」

 僕は直ちに次の段階の準備を始めた。 


 バチャーッと放水が始まった。

(フッフッフッ…私の思惑どおり)

 今回の妖械退治もいよいよ大詰めを迎えようとしている。

 理解のある優しい消防士さんたちの協力により、消防車の水を浴びせるというダイナミックな作戦が実行できたので、アイロンさんにかなりダメージを与えられそう。

「あっ、見て見てっ!」

 興奮するライザ。

「水出てきたね」

「スゴい、スゴい」

 映し出される映像が小さいため普通の蛇口から出た水みたいだけど、実際は結構な量ある水柱が、バチャーッと画面右から現れて、中央に位置するアイロンさんに向かってウロウロしながらも確実に近づいていっている。

 空飛ぶドローンが目印で、その下にいる標的に対し遠方から水を命中させられるのか心配だったけど、さすがはプロの消防士さん。

「当たったっ!」

 そして遂に水柱がアイロンさんを捉えた。すぐに通り過ぎてしまったが、豪快な一発を浴びせることができた。

 突然の攻撃にビックリしたのか、移動こそしなかったものの水がかかった瞬間、その場でバタバタ暴れ回った。その動きに合わせて白い煙がモクモク立ち上る。

「当たったの?」

 ちょっと離れた所にいる若い消防士さんが、ライザの声に反応する。

「当たりました、いい感じです。その調子でお願いします」

 夏騎が答える。

 それを聞いて若い消防士さんは消防車の方に合図を送る。

 ちょうど私たちと消防車の真ん中ぐらいにいて、連絡係みたいになっている。年配の消防士さんは何かやることがあるのか、消防車の方に行っている。

「ドローンのバッテリーがないんで、もう戻します」

 ライザが若い消防士さんにそう声をかける。確かにもう30分近く飛ばしている。活動限界ギリギリだ。

「わかりました。あとは今の位置をキープして、もう少し放水を続けます」

「ありがとうございますっ」

 若い消防士さんにはホントに助けてもらった。年配の消防士さんも理解があったけど、若い人の方がいなかったら、ここまでスムーズに話は進まなかったと思う。

「さて―」

 ドローンはあっという間にライザの元へ帰ってきた。

「そろそろ行こうか」

 ライザはそう言うと、ドローンとコントローラーを専用のケースにパパッとしまう。

「そうね」

 暑さが少し和らいできた気がする。お水バチャーが効果あったのかもしれない。あとは本体を叩くのみ。

 ということで、私たちは影に身を隠した。

「あれ?」

 若い消防士さんがこっちを見てるけど、私たちの姿は見えていない。

 私たちはその状態でゆっくり静かにその場をあとにした。協力してくれた消防士さんたちには申し訳ないけど、妖械を倒すのは私たちの役目だ。

(いろんな意味でね)

 夏騎の能力―“影に隠れる”は、かなり便利な能力で、目の前にいてもそこにいると認識できないぐらい、気配、存在を隠すことができる。ただ、夏騎の他の能力と同じで、影の中にいないと有効ではない。だから今も、影から影へ移動している。

「あったっ!あそこでしょ」

 工場の入口を発見。

 壁に沿ってずっと走ってきたけど、私たちの倍くらいはありそうな高さで、それに合わせるように門も大きかった。両開きの引き戸がガッチリ閉められ、鉄製の鎖まで巻かれて南京錠がかかっていた。

 夏騎が一歩前に出ると、左手をその鍵の前にかざし、そこに向かって右手に持つハイパー懐中電灯の光を当てる。そうすることで左手の影ができる。

 ゴワキィン!

 夏騎の力が炸裂。南京錠を粉々に砕いた。この前、エレベーターで男の人たちを押さえつけるのにも使った、夏騎お得意の能力だ。

(懐中電灯は、ササッと影を作れてとっても便利)

 それからガチャガチャッと鉄の鎖も外し、重たい扉を開けて人が通れるくらいの隙間を作る。

 そして三人で、一歩中へ踏み込んだ。

 ジャンッ♪ジャン♪ジャ♪ジャ♪ジャンッ♪…

 緊迫したクライマックスに合ったカッコいいBGMが流れる。私の選曲。

「いいじゃんっ、盛り上がるねっ」

(みなさんもお好きな音楽を聴きながらお楽しみください)

「こっちっ!」

 カッコいいBGMが流れる中、ライザを先頭に三人で颯爽と走り出す。ドローンのいた位置はちゃんと把握しているので、まずはそこを目指す。

 入ってみて感じたのは、元は化粧品の工場ということで、何となくキレイな気がする。

(勝手なイメージだけどね)

 でも実際、作っている物によって工場の中の雰囲気は違うと思う。特に化粧品なんかは衛生面で気をつけないといけないから、清潔な環境作りにはこだわってそう。だからキレイに感じる。

「いたっ!」

 誰もいない工場内を駆け抜け、映像で見た建物も出現し、目的の場所まで到達すると、遂にアイロンさんとご対面となった。

 放水は止まっていたけど、やっぱり水の量は結構あったのか、周囲には水溜りがたくさんできていた。そんな状況にも関わらず、アイロンさんは逃げ出さずにここにジッとしていた。というか、

「暑い…」

 熱攻撃を再開していた。一旦気温が下がったと思ったけど、また暑くなってきた。

「一気にいくよ!」

 夏騎がそう叫び、両手を前に突き出す。アイロンさんは目の前にある建物の影に入っている。攻撃可能範囲だ。

 バキィ!

 夏騎がアイロンさんを捕らえた。普通の妖械ならこのまま破壊することも可能だけど、覚醒した妖械はそう簡単にはいかないみたい。

「ス…ゴい…力…」

 抵抗力が半端ない。夏騎も抑えるのが精一杯で、それ以上のダメージは与えられなさそう。

「ガンバって!」

 妖械との格闘戦になると、私の出番はない。覚醒した妖械は音にも反応するようになるけど、全くもって気にしない。だから、私が活躍できるのは、妖械を利用しようとする人間相手の時に限られてる。

 (夏騎に抑えられて動けないんだから、今のうちに蹴っ飛ばしちゃえって思うかもしれないけど…)

 そんなことしてもこっちの足が折れるだけ。妖械を素手でボッコボコにできるのは、うちでもみどりちゃんぐらいしかいない。

 と、その時―

 ガガガガガァー…

 一台のフォークリフトが猛烈なスピードで突っ込んできた。運転してるのはライザだ。

「ど、どっから持ってきたの…」

 まさかの登場にビックリ。結構大きめの工場みたいだから、フォークリフトがあっても別におかしくはない。ただ、もう閉鎖しちゃってる工場なので、普通はもう運び出されてそうだけど…まだ取り壊しなんかも始まってないようだから、何台か残ってたのかもしれない。

(よく見つけてきたわね…)

 こーいうことには鼻が効く。

 ガガガガガァー…

 ライザの能力はこんなのだから、いろんな物を動かせる。運転や操縦の免許、資格の数は優に100を超えている。

 それに、自分で電気を流し込んで動かすから、完全に壊れてなければ何だって操れちゃう。車なんかはタイヤを直接回してるから、ガス欠でもへっちゃら。

(ただ、自分の中の電気が空っぽになっちゃうとね)

 機械を動かせなくなる。だから充電は欠かせない。

 ガキィン!

 フォークリフトの右側のデッカい爪でアイロンさんにアタックした。

「やった!」

 さすかの覚醒妖械でも大きく破損した。

 ガガガガガァー…

 すぐに旋回してまたアイロンさん目掛けて猛突進してくる。夏騎に抑えられているので、逃げようにも逃げられない。

 ガキィン!

 その後も爪攻撃を繰り返すライザ。さらに、抵抗力が弱ってきたのか、

 バキバキッ…バキィ…

 夏騎の力も効果が出てきた。フォークリフトの爪との波状攻撃が、アイロンさんに容赦なく襲いかかる。体に亀裂が入り、破片が飛び散り、徐々に破壊されていく。

「あつっ、あつっ、あつっ…」

 すると突然、ものスゴい熱波がアイロンさんから発せられた。ヤケドしそうなほどの強烈な熱さだ。

 反撃開始!と、思われたけど…

(ん?)

 今の熱いのが断末魔の叫びだったのか、アイロンさんは完全に機能を停止してしまった。

「ふぅー…」

 夏騎が深く息を吐く。

「やったね〜」

 ライザがフォークリフトから降りてきた。

「お疲れ様でした」

 私は笑顔で二人を出迎えた。

 ジャジャシャーン♪ジャー♪ジャンッ♪


 こうして、妖械退治は無事終了した。

 

 数日後―

 次の依頼がくるまではお休み。なので今は、お昼ご飯を食べ終え、テレビを何となく見ながらのんびりおうちでくつろぎ中。でも、妖械はすぐに現れる。私たちのようなハンターが必要なぐらい。

 今日も、みどりと久乃(くの)コンビが妖械退治に向け出発した。

「はぁ…」

 軽〜く伸びをした。滅多にないことだけど、覚醒した妖械と戦うのは疲れる。パワーが桁違い。

 思わぬ協力もあって無事にアイロンの妖械を退治できたのは良かった。あのまま熱さが止まらなかったら大変なことになってた。

 面倒なことになるのが嫌で私たちはすぐに撤退しちゃったけど、倒された妖械がどうなるかというと、時間が経つと灰のようになり、最後は跡形もなく消え去ってしまう。毎回やっつけるたびに気の毒だとは思うけど、人間に被害が出てるのも確かなので、そこは割り切るしかない。

 当然、次の日ニュースで取り上げられてたけど、ハンターの話は特に出てこなかった。凶悪な妖械が町中をメチャクチャ熱くして、それを消防士や特殊部隊が出動して処理したってことになってる。

(私たちは特殊部隊に入るのかな?)

 コンコンッ…

 その時、ドアをノックする音がした。

 ガチャ…

 玄関へ行きドアを開けると、

「夏騎っ、麗実がデザート買ってきたから一緒に食べようってっ」

 ライザだった。

 うちの女子は一部を除き、みんな同じ敷地内にあるAからEどれかのアパートに住んでいる。

「何、何、何買ってきたって?」

 私は靴を履き表に出た。

「この前言ってた、CMでやってたやつだってっ」

「白と黄色の桃のやつ?」

 ライザと二人で、すぐに麗実の部屋に向かった。


 おしまい♪

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