第三話 初めての授業 前編
「ポムおはよ〜。ってなんか元気ない感じ?」
入学式の次の日、教室へ入ったポムは先に着いていたリリーに声をかけられた。
「あっ、その、あんまり眠れなくて…」
ポムは力なく笑って答える。
昨日だけでなく入学式前も中々寝付けなかった為、元々緊張や不安で疲弊していた精神だけでなく身体的にも疲れが溜まってきていた。
「大丈夫?アタシ、眠くなくなる魔法はわかんないんだよね…あっ、オリーブなら使えるかも!頼んでみる?」
リリーは少し離れた席に腰掛け鉄次郎と話しているオリーブを指差す。
「い、いえ!そこまでじゃないので大丈夫です!心配かけてすみません」
「もう、そんなにかしこまらなくていいってば〜!友達なんだしもっとフランクに話してよ!」
申し訳なさそうに眉を下げるポムへ向かって笑いかけるリリー。
そうして二人が話していると教室の前方の扉が開き、ローズが入ってきた。
「皆揃っているな。では授業を開始しよう」
教壇へ立ったローズが口を開く。
「君達はこの魔法学園『バベロニア』で魔法の基礎を学んでもらうことになる。まずは現状の実力を確認するため、早速だが来週に実技、座学それぞれのテストを行う」
テストという言葉を聞いたリリーは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
教室内はリリー以外にも顔を顰める者、反対に自信満々に笑む者、特に表情を変えない者様々だ。
ローズは皆の反応を一通り確認した後、説明を続ける。
「テストといっても入学前に出された課題の復習だ、そこまで身構えなくても大丈夫だろう。それにテストまでの1週間はテスト範囲内の復習を兼ねた授業になるからな。念の為テスト範囲を書いた用紙を渡すから参考にして欲しい」
彼が手を軽く振ると教壇に置かれていたプリントが風に舞い、それぞれの机に配られていった。
(すごい…!魔法って本当のいろんなことが出来るんだなぁ。)
魔法を見慣れていないポムは、ローズが使った魔法を見て驚き目を丸くする。
目の前に飛んできたプリントを手に取ると、確かにテスト範囲は入学前に出された課題の内容と全く同じようだ。
「あと入学前に渡された案内の資料はもう読んでいると思うが…この学園、というよりこの世界では魔法使いとマテリが契約をすることが強く推奨されている。君達の中には既に契約をしている者も何名かいるようだが、別に今すぐに契約をする必要はない。まずは学園で生活していくうちに相性の良い相手を見つけることから始めてみよう」
ポムは昨日確認した案内の内容を思い出しながら、ローズの言葉に耳を傾けた。
「契約する相手には魔力の波長が合う者や学力が近い者が良いとされてはいるが、僕個人としては性格や考え方が合うというのも重要だと思っている。今後の学園行事などで色々な人と親睦を深めつつ、それぞれ納得のいく契約が出来るよう願っている」
すぐに契約しなくても良いという言葉は、魔法使いと契約を結べる自信がないポムにとっては朗報だ。
昨日から契約について不安な気持ちを抱えていた彼女だったが、その説明のおかげか少しだけ気持ちが落ち着いていった。
(契約のこととかまだ不安はいっぱいあるけど…取り敢えず今はテストのことを考えなきゃだよね。)
手元のプリントをチラリと見ながらポムは考える。
その後は学園の成り立ちから現在に至るまでの歴史や1年間のスケジュール、学園内の各施設の説明などが行われ、丁度話が一区切りついたところで授業終了の時間を知らせる鐘が鳴り響いた。
「ではこれから15分間の休憩時間にしよう。次は座学の授業になるから、準備をしておくように」
そう言ってローズは一度教室を出て行く。
プリントを再び読んでいたポムは、隣に座っているリリーからの視線を感じて横を向いた。
「リ、リリーさん?あの…」
「あのさ、ポムって座学得意だったりする?」
リリーはいつになく真剣な表情で尋ねる。
「え、えっと、実技に比べれば得意な方だとは思いますすけど…」
リリーの考える得意のレベルがわからないため、ポムは曖昧に答えた。
それを聞いたリリーは両手を合わせてポムに懇願する。
「ほんと!?じゃあさ、アタシに勉強教えてくれない?」
「わ、私がですか!?あの、得意といっても得意という程ではなくて、えっと…」
まさか自分が勉強を教えてほしいと頼まれるとは思っていなかったポムは、慌てて首を横に振った。
しかし、普段のポムの言動から自分より勉強が出来るだろうとにらんでいるリリーは、再び彼女に問いかける。
「…入学前に出された課題あるじゃん、あれどのくらい出来た?」
「あ、あの課題ですか?一応一通り解けたとは思いますけど…」
課題の内容を思い出しながらポムは答えた。
回答に自信がないものもいくつかあったが、全ての問題で答えを書くことが出来た。
その答えにリリーはポムの両手をガシッと握り、
「ほらやっぱり出来るじゃん!アタシ半分くらいしかちゃんとわかんなかったもん!ね?お願い〜!」
グイッと顔を近づけて再度頼み込む。
「わっ!えっと、その…わ、私で分かる範囲でよければ勿論大丈夫です。」
リリーの必死な様子に感化され、ポムは自信はないもののコクコクと頷き了承した。
「ほんっとありがとう!これでローズ先生に呆れられなくて済むよ〜。代わりって言ったらなんだけど、実技だったらアタシでも教えてあげられるかも…ってあれ、実技は魔法使いとマテリ別々なんだ」
握っていた手をパッと離し笑顔を見せるリリー。
実技のテスト範囲を確認しようと先程の授業で配られたプリントを手に取った彼女は、自分とポムのテスト内容が違うことに気づく。
「そ、そうみたいですね。魔法使いの方は実際に魔法がどの程度使えるかのテストで、私達マテリは運動神経を確認するための体力テストみたいです…」
スポーツ全般、というより運動そのものが苦手なポムの声は徐々にトーンダウンしていった。
「アタシ運動は好きだから座学よりそっちがいいなぁ。でもスポーツならともかく、体力テストだと教えられることってないのかな」
今から対策するっていっても中々難しいもんね、とリリーは肩をすくめる。
少しして休憩時間の終了を告げる鐘の音がしたかと思うと、ガラリと扉を開け再びローズが姿を現した。
「では休憩時間も終わったことだし、座学の授業を始めよう」
彼が言っていた通り、座学の授業はテスト範囲の復習が主な内容となっていた。
初めは不安だったポムだったが、課題をしっかりこなしていた彼女は思っていたより授業についていけてホッとする。
反対に、座学が苦手で課題があまり出来なかったと言っていたリリーは時折頭にハテナマークを浮かべて授業を受けていた。
「では午前中の授業はこれで終了だ。午後は実技の授業になる為、グラウンドに集合してくれ」
ローズの声と同時に授業終了の鐘が鳴り響く。
お昼休憩ということで、クラスメイトは次々に教室を出て行った。
「アタシたちも早く行こ!早くしないとカフェテリア混んじゃうみたいだし」
「は、はい!」
リリーとポムも席を立つ。
そしてランチを取る為カフェテリアへと向かっていった。
ー
「やあ、君達が今期の入学生だな?俺はキース、実技の授業はローズの他に俺も担当することになってるんだ。まあ俺自身マテリだから基本的にマテリの授業を受け持つことになるが、皆よろしくな」
グラウンドに現れたのはローズではない別の先生だった。
深い灰色の髪を短く切り揃えており、いかにも運動が得意そうな見た目をしている。
「今回は初回だし魔法使いとマテリ合同の授業ってことで、きちんとした内容じゃなくレクリエーションにしようと思っている」
キースと名乗った男性は話を続ける。
「ローズから聞いただろうが、来月はスポーツ大会が行われるんだ!参加するかどうかは各々自由なんだが、大会責任者の一員としては一人でも多くの生徒に参加してほしい。そこで今日は、大会で最も参加生徒が多く一番盛り上がる種目である『マジックボール』をやろう!」
リリーを含む一部のクラスメイトは楽しそうに声をあげるが、ポムの心はまた沈んでいた。
(うぅ、皆でやるってことはチームでのスポーツってことだよね?私が参加しても足引っ張るだけだからやりたくないよぉ。)
ポムは自分のせいでチームが負ける姿を想像してしまい、ガックリと項垂れる。
他にもスポーツが好きではないのであろう生徒の反応はイマイチだったがそれで授業内容が変わるわけでもなく、脇に控えてあったホワイトボードを使いながらキースはルールの説明を始めた。
「ルールは簡単!まず6人のメンバーで1つのチームを組んでもらう。自軍のゴールを守るキーパーが1人と相手のゴールに攻めるシューターが5人で、魔法使いとマテリは3人ずつと決まっている。試合は前半後半それぞれ5分で、このボールを相手のゴールにより多く入れたチームの勝ちだな」
キースは地面に置いてあったボールを手に取り掲げる。
「魔法使いは魔法を使うことができるが、相手チームに向かって使うのはもちろんダメだぞ。魔法はボールにのみ、それに使える魔法にも制限があるからな。マテリはシュートする以外にこのボールに触れ魔力を注いでくれ。これは魔法を無効化する特注のボールなんだが、マテリが魔力を注ぐことによってそのチームの魔法のみ受け付けるようになるんだ」
その後の説明によると事前に配られるグローブも同じく特殊なもので、素手ではなくグローブ経由で魔力を注入することでどちらのチームかを判別しているらしい。またボールやグローブには魔力を制限する機能もあるようで、強力な魔法は使えないようになっているとのことだ。
他にもいくつかのルール説明が行われたあと、キースはルールブックを一人一人に配っていく。
「まあ口でだらだら説明するより実際にやってみた方が早いだろうな。じゃあ早速だがチーム分けは…近くに座っている人同士で組むことにしよう。端から考えてここでまず1チーム、その隣から…」
キースの指示のもとあっという間にチームは決まった。
チームを組む時自分から中々声をかけられないポムにとっては、先生がチームを決めてくれることはとてもありがたいことだった。
ただスポーツをする以前に不安なのが、
「ポム頑張ろうね!」
リリーと同じチームになれたことはとても嬉しいことなのだけれど、
「よろしく頼む」
「こんな可愛い子達と一緒のチームなんてツイてるな。何かあったら遠慮なくオレを頼ってくれよ?」
「ハッハッハッ!この俺に任せるといい!」
「…よろしく」
同じチームに割り振られたクラスメイトとうまく会話が出来る自信が全くないことだった。




