第2話 魔法使いとマテリ
カフェテリアへ到着したポムとリリーは、部屋の大きさとあたりに立ち込める美味しそうな香りに感嘆の声を上げた。
「わぁ…!こんなに大きいんですね」
「メッチャいい匂い〜!」
丁度ティータイムの時間の為か、カフェテリアには授業がなかった上級生も含め多くの生徒の姿が見える。
「えっと…あっ、あそこの席にしよっか」
リリーは誰も座っていないテーブルのひとつを指差した。
そのまま席に座った二人は改めて周囲を見回す。
カフェテリアは3階まであり、各階中央にはビュッフェコーナーが、壁側には料理に合わせていくつものカウンターが設置されている。
ポムとリリーがいる一階は軽食やスイーツのカウンターが多いフロアだったようで、リリーはカウンターを見比べながら呟いた。
「どれも美味しそうで迷っちゃうなぁ〜。マジックベリーのシャーベットもチョコレートパンケーキもいいし…ポムはもう決めた?」
「わ、私はあっちのハーブティーにしようかなと…」
ポムはカウンターの一つを指差す。
「えっ、ちょっと待ってね…う〜ん、やっぱパンケーキのセットにしよっと!先買ってくるね!」
リリーはそう言ってパンケーキを売っているカウンターへと向かっていった。
数分後、戻ってきたリリーと入れ替わりでポムも席を立ち、注文したハーブティーを手にして再び椅子に腰掛ける。
その後は楽しく喋りながらティータイムを過ごしていたが、突然隣からバサッと何かが落ちる音が聞こえたため、二人は反射的に目を向けた。
隣には一組の男女が座っており、床の様子を見るに先程の音は少女の持っていた本が落ちた音のようだ。
「あっ、すみません!」
少女は本を拾うために慌てて席を立とうとする。
しかしリリーは手を伸ばして足先に転がっている本を拾うと、軽く手で払ってから少女に差し出した。
「はい、アタシの方が近かったからさ!それに二人ともアタシ達と同じ今期の入学生でしょ?」
リリー言葉に驚いたポムが隣の二人の制服を見てみると、確かに自分達と同じく裾や袖口など一部がオレンジ色であることに気付いた。
(二人とも大人びている感じだし、てっきり上級生の方だと思ってた…リリーさんはよく見てるなぁ。)
「ありがとうございます。お二人も187期生の方なんですね。私はオリーブ、こちらの彼は鉄次郎さんです。これからよろしくお願いしますね」
「よろしく頼む」
オリーブと名乗った少女は本を受け取った後、ふふっと嬉しそうに微笑む。
彼女の向かいに座っている鉄次郎と呼ばれた青年は、ポムとリリーに向かって軽く会釈をした。
「アタシはリリー、んでこの子はポムっていうの。よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします!」
リリーから紹介されたポムは慌てて頭を下げる。
「あら、そのヘアピン…お二人“も”もう『契約』されているんですか?」
一通り挨拶が終わった後、ポムの前髪についているヘアピンを見たオリーブがそう尋ねた。
「け、契約、ですか?」
彼女の言葉に、ポムは頭にハテナマークを浮かべる。
(『契約』って確か…魔法使いとマテリが結ぶ協力関係、でいいんだよね?ヘアピンって何か契約に関する意味があるんだっけ…。うぅ、ちゃんと案内を読んでおけばよかった…!)
入学する前に渡された案内に『契約』について書かれていたのでどういったものなのかはわかっていたが、ポムは自分が魔法学園に入学するという事実でいっぱいいっぱいだったため細かいところまで読みきれていなかったのだ。
「違う違う!近くに生えてた花をアタシがヘアピンに変えてあげただけで、そんなちゃんとしたのじゃないよ〜。それよりも…」
ぐるぐると思い悩むポムをよそに、リリーはオリーブへずいっと迫る。
「『もう』ってことは二人は契約してるってことでしょ!?さっきから気になってたんだけど、二人ってどういう関係なの?」
好奇心に満ちた目を輝かせるリリーに思わずクスッと笑みを溢したオリーブは、チラリと鉄次郎を見てから答えた。
「詳しく話すと長くなってしまうんですが…鉄次郎さんは私のボディガードのような方でして、実は入学する前から一緒に生活していたんです。ですので、私と彼が魔法学園へ入学することが決まった時、契約してくれませんかと私がお願いしたんですよ」
「へぇ〜。ボディガードなんて雇えるなんて、もしかしてオリーブって良いとこのお嬢様?」
リリーは鉄次郎に視線を動かす。
黒い髪をポニーテールにし異国の雰囲気を纏った彼は、居住まいも凛としていて確かに腕が立ちそうだ。
「うーん、代々魔法使いの家系ではあるんですけど父はごく一般的な魔法学者ですし、お嬢様という程では無いと思いますけど…」
「いや、代々魔法使いの家系ってだけで十分凄いっしょ。ね、ポム…ポム?」
「は、はいぃ!?えっと…す、すみません、なんのお話でしたっけ…?」
オリーブに言われた言葉の意味をずっと考え続けていたポムは、突然リリーから名前を呼ばれビクッと肩を揺らした。
「どしたの?なんかあった?」
「いえ、その…」
ポムは視線を彷徨わせて言い淀む。
(きっと案内に書いてあることなんだろうし、こんな初歩的なことを質問したら呆れられちゃうかも…)
「…先程オリーブ殿が彼女の『へあぴん』について触れた時からその様子でござった。もしや『契約』について何か聞きたいことがあるのでは」
また一人で思い悩んでいるポムの様子を見かねてか、今までほとんど会話に入ってこなかった鉄次郎が静かに口を開いた。
「あら、私何か変なことを言ってしまったでしょうか?ポムさん、何かあるなら遠慮なく仰ってください」
「アタシもそこまで詳しい訳じゃないけど、少しくらいは答えられると思うよ!」
オリーブとリリーはポムへと顔を向ける。
三人の言葉に後に引けなくなってしまったポムは、恐る恐るといった様子でゆっくりと口を開いた。
「あの、えっと…きっと入学式前の案内に書いてあったことなんだとは思うんですけど、このヘアピンがなんで『契約』に関係しているかわからなくて…」
オリーブは少し考えるような素振りを見せた後、自身の手をー正確には指につけているシルバーの指輪をー見せながら説明する。
「実はですね…魔法使いとマテリが『契約』をする時、魔法使いから装飾品を贈る習わしがあるんです。2人ででお揃いのものを身につけるんですよ」
「魔法使いが自分の魔力を込めたアクセサリーを贈ってそれを身につけてもらうことで、マテリを守ることが出来る…でいいんだっけ?」
リリーは確認する様にオリーブを見つめた。
オリーブはコクリと頷いた後、言葉を続ける。
「そうですね。マテリの方々の身を守る為のものである同時に、既に契約をしているという印としての役割もあります」
「そ、そういうことだったんですね。教えてくださってありがとうございます」
謎が解けたポムは3人に向かってペコリと頭を下げた。
「そ。だからそのヘアピンは普通のヘアピンだから安心してね。無理やり契約させたわけじゃ無いから!」
「あっ、いえ!リリーさんを疑っていたわけじゃないんです!本当に!」
ポムは慌てて首を横に振る。
自分にあんなにも優しく親切にしてくれたリリーが無断で契約をさせるなんてことは、ポムには到底考えられなかった。
(それに…私みたいな何の取り柄もない人じゃ、きっと誰とも契約してもらないだろうなぁ…)
誰とも契約を結ぶことができないでいる自分が安易に想像できてしまい、ポムは俯き顔を曇らせる。
「詳しくは明日の授業で説明があるっしょ。初めからそんな心配しなくてもきっと大丈夫だって!」
暗い表情を浮かべるポムに向かって、リリーは明るく笑いかけた。
「…某は同じマテリとして、何か相談に乗れることがあるかもしれないでござる」
「勿論『契約』に関すること以外でも、何か困っていらっしゃることがあればどんどん相談してください」
鉄次郎とオリーブもポムに優しく声をかける。
(うっ、皆に心配かけちゃった…と、とにかく何か言わないと…!)
3人にこれ以上心配をかけたくないと、ポムは顔を上げ少しぎこちないながらもニコリと微笑んだ。
「み、皆さんありがとうございます。その…これからよろしくお願いします」
「も〜、そんなかしこまらなくていいのに。それじゃあさ、次は鉄次郎のこと教えてよ。見た感じこの国の人じゃないよね。どうやってオリーブと知り合ったの?」
「そ、某でござるか!?うむ、実はな…」
──
その後は魔法学園に入学するまでの話などで盛り上がり、寮へ戻った時にはすっかり夜になっていた。
自室に戻ったポムは一通り身支度を整えた後、机に置いてあった入学前の案内を開く。
パラパラと中身を確認していくと、カフェテリアで話した通り『契約』に関する詳しい説明が書かれていた。
(教えてもらった通り…でも、契約は必ずしなくちゃいけないわけでもないんだ。)
案内には契約を結ぶことを強く推奨するとあったが、誰とも契約しない魔法使いやマテリも少数だが存在するとも書かれている。
自分なんかと契約してくれる魔法使いなんて誰もいないだろうと思っていたため、契約が必須ではないという事実にポムは少し安堵した。
だが、案内を読むにやはり契約できるならするに越したことはないようで、自分の様な平凡なマテリなら尚更契約を結ぶべきなのだろうと再び不安な気持ちに苛まれた。
(…流石友達になってくれたばっかりの人に契約してくださいなんて頼んだら迷惑に決まってるよね。私は取り立てて魔力が多いわけでもないし、名家の出身ってわけでもないし…)
考えれば考えるほど自分に何の取り柄がないことを自覚してしまい、ポムは深いため息を吐く。
「はぁ…これからどうなるんだろう。」
今日はリリーのお陰でなんとかなったが、明日以降もずっと頼ってばかりで迷惑をかけたくはない。それに、きっと明るく優しい彼女のことだ、すぐにマテリと契約を結ぶだろう。
「私って本当ダメダメだなぁ…」
ポムは再び大きくため息をついた。
ふと机の上の時計を確認すると、あと30分程で日付が変わる時刻であることに気づく。
ポムは慌ててベットに横になったが、不安な気持ちを抱えたままでは中々寝付くことができなかった。




