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第1話 2人の出会い

「ま、迷っちゃった…」

 少女は辺りをキョロキョロと見回す。

「どうしよう…。やっぱり私が魔法学園に入学するなんて無理だったんだ。ううっ、帰りたいよぉ…」

 俯いた少女の瞳には涙が浮かんでいた。

 そして、そのままズルズルとしゃがみ込んでしまう。

 綺麗に結ばれた2つの三つ編みが地面に着き汚れてしまっていることにも気が付かないほど、今の少女には心の余裕がないようだった。

 そんな少女に近付く足音がひとつ。

「ねえ、大丈夫?」

 不意に声をかけられた少女は驚き慌てて立ち上がる。ただ、涙の溜まった瞳を見られたくなくて、長い前髪で顔が隠れるように俯いたまま相手の方へ体の向きを変えた。

「その制服の色…もしかしなくても新入生のマテリの子だよね?」

「あっ、えっと、その…」

 今この場に立っているだけでいっぱいいっぱいの少女は、上手く答えられず黙りこくってしまう。

「うーん…。あっ、ちょっと待ってね…」

 一瞬足音が遠ざかり、ぶつぶつと何かを呟く声が聞こえた。

 様子を窺おうと目線を上げようとした少女は、再び近づいて来た足音に思わずギュッと目を瞑り、体を縮こまらせる。

 次の瞬間、前髪に感じる違和感。

 恐る恐る目を開けると、

「ほら、これでよく見えるでしょ?」

 そこには、彼女の前髪にヘアピンをつけ、楽しそうに笑顔を浮かべるひとりの少女が立っていた。


──

 

「いや〜、こんなところで蹲ってる人がいたからビックリしたよ!あ、アタシも新入生で魔法使いのリリー、よろしくね」

 リリーと名乗った少女は、左で結ばれたサイドテールを揺らしながら再び笑顔を向ける。

「…はっ!わっ、私はポムと言います…」

 リリーから向けられた笑顔の眩しさに思わず見惚れてしまっていた少女は、彼女の声に反応し我に帰ると恥ずかしさのあまり再び俯いてしまった。

「…前髪が邪魔でよく見えないんじゃないかなーと思って勝手に付けちゃったけど、もしかして迷惑だった?」

 ポムが目を合わせないのは嫌がられているからだと思ったのだろう、リリーは少し不安そうな表情でヘアピンを指差す。

「ち、違います!その、私…」

 勢いよく顔を上げて否定するポム。

 本当は声をかけてくれたこと、ヘアピンをくれたこと、お礼を伝えたいのに上手く言葉が出ない。

 何か話そうと口を開くもパクパクと動くだけで、そこから言葉が紡ぎ出されることはなかった。

 (折角心配して声をかけてくれたのに、こんなんじゃ嫌われちゃう…)

 不甲斐ない自分に対する憤りとリリーに対する申し訳なさで一杯になり、ポムの瞳から涙が溢れる。

「だ、大丈夫!?どっか痛いの?保健室行く?」

「す、すみません…。あの、ふ、不安で、緊張しちゃって…」

 これ以上リリーに心配をかけたくないと、ポムは涙を拭いながら絞り出すようにしてなんとか答えた。

 本当の理由を伝えるには恥ずかしく咄嗟に出てきた言い訳ではあったが、不安な気持ちを抱いているのは本当だから嘘をついているわけではないだろう。

「そうなの?ならよかった!…わっ!もうそろそろ入学式の時間!早く行こ!」

 リリーはポムの言葉に安心したような表情を浮かべた後、時計塔を見て驚きの声を上げた。

 そしてポムの手を引き、入学式の会場の方へ向かって駆け出す。

「わっ!」

 手を引かれたポムはそのまま引っ張られるようにして後に続いた。

 

──


「間に合ってよかったね。でも入学式の話ってつまんなくて…ふわぁ」

 リリーはひとつ欠伸を零す。

 入学式が終わった後、二人を含めた今期の新入生はホームルームに参加するため教室に移動していた。

「そ、そうですね…」

 ポムは相槌を打ちつつ、チラチラと周囲を窺う。

 先程伝えられなかった感謝の気持ちをリリーに伝えたいのに、やはりどうしても上手く言葉に出来ない。

 (それ以外のことならなら普通に話せるようになったのに…)

 さらに周囲の目が気になってしまい、ポムは居心地が悪そうに小さく体を縮こまらせた。

 その後、二人がたわいもない会話をしていると、教室の前方にある扉から一人の男性が姿を現す。

「皆初めまして、僕はローズ。君達第187期生を担当することになった」

 ローズと名乗った男性は、教壇に立ちぐるりと教室を見回した。

「ここ魔法学園バベナミアは魔力を持つ者…魔法を使うことができる魔法使いと魔法が使えないマテリの為の学舎。君達には互いに協力し合い、切磋琢磨しながら成長していって欲しい」

 チラリと外ーおそらく時計塔だろうーを見た後、ローズは続ける。

「…本来なら説明しなくてはいけないことが色々あるんだが、初日から言われても頭に入らないだろう。この後は自由時間にするから、各々好きに過ごして欲しい。この学園の基本的なルールは生徒手帳に書かれているから、必ず一度は読んでおくように、以上だ」

 一通り説明を終えると、ローズは教室を後にした。

 (優しそうな先生でよかった…)

 ポムは内心安堵の息をつく。

 不安でしょうがなかった学園生活だが、取り敢えず無事初日を終えることが出来そうだ。

 後はリリーへお礼を伝えなくては…とリリーの方を向くポムだったが、彼女はローズが去っていった前方の扉をボーッと見つめており、ポムから向けられる視線には気づいていないようだった。

「リ、リリーさん?」

 ポムは恐る恐る声をかける。

「カッコよかったぁ…」

「へっ?」

「ローズ先生!めっちゃカッコ良くなかった!?あんなカッコいい先生が担当だなんてチョーラッキーじゃん!」

 リリーは同意を求めるようにグイッとポムへ顔を近づける。

 確かに、ウェーブがかった金髪やスラッとしたスタイルはモデルのようだったし、声色も大人っぽく女性にモテるであろうことは想像に易い。

 しかし、ポムにとっては先生が優しいかどうかが重要な要素であったため、リリーのようにかっこいいという印象があまり残らなかったのだ。

「そ、そうですね…?」

 ローズの印象を何とか記憶から手繰り寄せ、ポムはコクリと頷いた。

「ね!明日からの授業も楽しみになってきたな〜!」

 楽しそうな表情を浮かべるリリーだったが、ふと教室を見渡すと自分達以外ほとんどの生徒が既に退室していることに気付く。

「あっ、このあとどうしよっか。ポムはなんか予定ある?」

 席から立ち上がりつつ、リリーはポムに尋ねた。

 (周りに人がいない今なら…!)

 言いそびれていたお礼を伝えようと口を開いたポムだったが、今のタイミングで話を切り出すのは変なんじゃないか…と急に不安な気持ちが押し寄せる。

「えっ、い、いえ。予定という予定は…」

 結局、ポムは言葉を濁し曖昧に答えることしか出来なかった。

 (折角のチャンスが…早く伝えたいのに…)

 あまりに弱い自分の心に自己嫌悪に陥るポム。

 そんなポムの思いなど知る由もないリリーは楽しそうな笑みを浮かべると、

「じゃあさ、一緒にカフェテリアに行こうよ!お腹減っちゃったからティータイムね!」

 座ったままの彼女の手を自分の方へ引き寄せ椅子から立ち上がらせた。

「あっ…は、はい!」

 ポムはその衝撃でハッと我に帰る。

 そして焦る気持ちを胸に抱えたまま、彼女の案内でカフェテリアへと向かうのだった。

 

──


 道中、リリーと出会った渡り廊下へ足を踏み入れることになり、ポムは思わず立ち止まる。

「ポム?」

 前方を進んでいたリリーは振り返り、不思議そうな顔をポムに向けた。

 (言わなきゃ…!このままじゃ、いつまで経っても伝えられないままになっちゃう…!)

 今日は入学式ということで上級生は授業が無いのだろう、他に人の姿は見られない。

 このあとカフェテリアへ着いてしまったら、もうこんなチャンスは永遠に来ないだろう。

「あっ、あの!」

 このタイミングを逃すわけにはいかないと、ポムは真っ直ぐリリーを見据えた。

 何度も言いそびれてしまった気持ちを今回こそきちんと伝えたいと、拳をギュッと握り覚悟を決める。

「あっ、あり…ありがとうございました!」

 そして、大きく息を吸ったポムは、リリーへ向かって勢い良く頭を下げた。

 一瞬の静寂が周囲を包み込む。

「えっ…と、あっ、もしかしてヘアピンのこと?」

 突然お礼を告げられたことに驚いたのだろう、リリーは目を丸くしパチパチと瞬きを繰り返した。

「そ、それもそうですし…あの、私に声をかけてくれたことも、一緒に入学式に行ってくれたことも、本当に嬉しくて…」

 しどろもどろになりつつも、何とか自分の思いを伝えようと必死に言葉を紡ぐポム。

 その様子を見ていたリリーは、ゆっくりと彼女の目の前まで歩み寄った。

 未だ拳を握ったままの彼女の手を取ると

「困ってるときはお互い様じゃん!でもありがとね!」

 そう言い、少し照れ臭そうにはにかむ。

 あまりにも眩しいリリーの笑顔に何だか涙が出てきそうになってしまい、ポムは慌てて下を向き目線を逸らした。

 ひとつ深呼吸をして再びリリーへ顔を向けたポムは、上目遣いで彼女の表情を伺いながらおずおずと口を開く。

「あの…私と、友達になってくれますか…?」

 お礼とは別に、ずっとリリーに言いたかった言葉。

 きっとリリーなら頷いてくれるんじゃないかと期待しつつも不安な気持ちを拭い去ることは出来ず、ポムは眉を落とした表情で彼女をジッと見つめる。

 そんなポムの不安を吹き飛ばすように、リリーは手に取ったままの彼女の手を握り笑顔で答えた。

 「もちろん!ていうかアタシはもう友達のつもりだったし!改めてよろしくね」

「は、はい!ありがとうございます!」

 ポムはリリーの手を握り返す。

 こうしてポムとリリーの学園生活は幕をあげたのだった。

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