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銀色の北十字 弐  作者: たき
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(4)

 星座サギッタリウスの首都ヌンキで一番大きな店を構える『南斗(なんと)』は、主の箕宣(きせん)が小さな露店から押し上げた万屋(よろずや)だ。食料品や衣類はもちろんのこと、薬、武器や防具も取り扱う。サギッタリウス内の町だけでなく他の星座にも店を出しているが、箕宣は生まれ育ったヌンキから本店を移したことがない。

 それでも三年前に一度、離れる決心をしかけた。先代の星司の統治があまりにひどかったせいで、まっとうな商売を続けることが困難と思われたからだ。

 善良な商売仲間が次々に流出していく中で踏みとどまったのは、新しく就任した星司の力を見てみたかったことにつきる。期を逃すと損害ははかりしれないが、彼に初めて対面したとき、賭けてみようと思った。

 昔から、人を見る目には自信があったのだ。大きな星座を担うには少々若すぎる、まだ少年の域だった当代の人馬は今、頼もしく成長してきている。

「いらっしゃいませ、人馬様」

 店番の声を聞き、奥の部屋にいた箕宣が顔を出すと、火使の証である赤い胴着を身につけた若者と目があった。

「箕宣、俺の剣が戻ってきたんだって?」

「はい。人馬様がお立ち寄りになるとうかがっておりましたので、ご用意いたしております。少しお待ちください」

 箕宣は店の者に指示し、預かっていた剣を取りにいかせた。上等な布に包まれて返ってきた剣を人馬に差し出す。

「どうぞ、お確かめください」

 人馬は待ちきれないとばかりに布を雑に開くと、そこにおさまっていた剣を鞘から抜いた。

「……うん、いいね」

 目の前に剣を立てて眺めてから、紺青色の双眸を満足げに細める。

「やっぱりこれじゃないと落ち着かなくてさ」

 人馬が代用していた剣を腰から抜いて、柄にはまっている赤い玉をもう一つの剣のほうに移し替える。

「大事にされているんですね」

「衛士に入団したときのお祝いで、兄さんに買ってもらったものだからね」

 まあ、それを刃こぼれさせたのも兄さんなんだけど人馬が苦笑する。先日衛府で御前試合がおこなわれたことは、箕宣も聞いている。優勝した彼の兄と準々決勝で対戦し完敗したのだが、そのときに剣の異状に気がついて、打ち直すために箕宣に預けたのだ。

「本当に仲がよろしいようで」

 人馬が星司として赴任してきたとき、しばらく星座の運営に力を貸していた彼の兄の顔を、箕宣は思い浮かべた。

 彼の兄は赤冠薬師だった祖父の星座カプリコルヌスを引き継ぎ、また本人も赤冠薬師の資格を得たという。薬草のほとんどはあそこで買いつけているが、よその星座で生産されるものとは比べ物にならないほど品質がよい。星司自らが進んで改良に携わっているらしく、受注の申し出に生産が追いつかず、何とか商品を確保しようとして店同士で争いが起きているほどだ。

 彼らの間の兄弟が無法者として手配中であることも知られていて、二人に同情する声も少なくない。しかし彼らは正しく、かつたくましく生きている。

「そういえば、箕宣にも弟がいるんだっけ?」

 愛用の剣を腰にはいて、人馬が尋ねる。

「はい。アリエスのハマルにある店を任せてはいるんですが、どうも私と理念が違うようで、最近は口を開けば喧嘩ばかりでして」

 しかも、こっそりとよくない取引をしている気配があるとまでは告げられず、箕宣はため息をついた。

 星座アリエスの星司は火使副団長なので、万が一おかしなまねをしても見逃されるということはないだろうが、店の名に傷がつくことは避けたい。

「ところで、捜査の進み具合はいかがなものでしょう」

 近頃サギッタリウスでは夜盗が出没している。この店は箕宣の私兵を置いているおかげか無事だが、数日前は五軒先にある宝石商が襲撃され、店主一家が皆殺しにあっていた。

「ああ、うん。どうもこの星座に拠点があるわけじゃないみたいなんだよね。だから行動を読むのが難しくて……不安にさせて申し訳ないけど、絶対に捕まえてみせるから」

 戸締りだけはちゃんとしておいて、と言って去ろうとした人馬がふり向いた。

「忘れるところだった。後で飼い葉を星宮に届けてくれるかな。ここの飼い葉じゃないと青斗(せいと)が食べなくなっちゃって」

「承知いたしました……人馬様、お体にはくれぐれもお気をつけください。あなたに倒れられては困りますので」

 ありがとう、と笑って人馬は店を出ていった。

「父さん、人馬様のことなんだけど」

 息子が声をひそめてやってくる。息子が耳にしたという噂話に、箕宣は眉をひそめた。

「だから夜盗がなかなか捕まらないのって、本当はそっちにかまけて手を抜いてるんじゃないかって――」

「どこで拾ってきた話か知らないが、信憑性に欠けるな」

 放っておけという箕宣に、今度は息子が不満げな顔をした。

「どうしてそう言い切れるの? 人馬様だって若い男だよ。十分あり得るじゃないか」

「そうだな。たしかにそういったことに熱を向けられるお年頃だが」

 箕宣は苦笑を漏らした。

 人馬の顔色はよくなかった。睡眠不足なのは間違いないだろう。だが、あれは欲に現を抜かしている目ではない。問題を解決しようと必死になっている者のまなざしだと、箕宣は思った。

「風が出てきたな」

 はたはたと窓を打ち鳴らす風の音に、箕宣は流れの悪さを予感した。

 どうやら踏ん張りどころかもしれない、と。



 輝力により赤く光った鎖がうなるような音をあげてのび、逃げる男に巻きつく。体勢を崩して前のめりに倒れた男の背中を踏みつけ、白羊はふうと息を吐き出した。周囲を見回せば、いたるところで衛士の鎖に拘束された男たちが地面に転がっている。

 近頃星座オリオンを荒らしていた盗賊団は、かなりやっかいな相手だった。

 オリオンは宰相である猟戸皇子が星司を務める星座だ。当然星座に配置されている警備団も強者をそろえているはずだが、その彼らでも捕まえられないということで、今回獅子が白羊たちとともに隊を率いて討伐に出たのだが――。

 捕縛の間に負傷で動けなくなった団員が通常よりも多い。原因は、彼らの武器だった。

 敵の放つ矢はかすめただけで異常な熱さにやられ、傷口が焼けただれたようになるのだ。普通の裂傷にはある程度慣れている衛士たちも、このやけどを伴うけがには耐えられなかった。

 猟戸皇子から話は聞いていたが、こんな武器は初めて見た。今回回収できた矢を調べ、武器商人から鍛冶屋まで月界中を捜査していくことになるだろう。

「くそっ、放せよ! 俺は何も知らないんだよ!」

 一番遠くまで逃亡していた盗賊がようやく捕まったらしい。衛士にどつかれてよろめきながら来た男と目があったとき、白羊は頭の中が真っ白になった。

婁珠(ろうじゅ)? 婁珠じゃないか!」

 星座アリエスの星司になる前の名を呼ばれ、ますます体がこわばる。周りにいた衛士たちも顔を見合わせている。

「婁珠、助けてくれ。俺は借金を肩代わりすると言われて昨日仲間になったばかりなんだ。誰も殺してないし、何も取ってない」

 白羊は無視した。愛想のよかった顔は今、自己弁護に走るあまりひどくゆがんでいる。別れ際とまったく変わっていない姿に、ますます心が冷えた。

「なあ婁珠、何度も乳繰り合った仲じゃないか」

 一番触れてほしくなかったことを皆の前で告白され、白羊はかっとなった。

「黙れ。お前など知らない」

 白羊の声が震えているのに気づいたのか、男が下卑た笑みを広げた。

「お前、胸はないけど尻はしまっててよかったよなあ。そうか、男ばかりの衛士に入って ヤりたいほうだ……」

 ドンッと背後から蹴り飛ばされた男が転倒する。顔面をしたたか打った男が文句を言おうとふりあおいだところで、続けざまに再度顔を地面にたたきつけられた。

「よーし、捕まえそこねた奴はもういないな?」

 男の頭を踏んだまま獅子が言う。男はもうぴくりともしない。まさか死んでいるのではと白羊はあせった。

「みんな、ご苦労だった。けがをしている者で馬に乗れない奴はいるか? 大丈夫だな。じゃあ引き上げるぞ」

 おう、と団員たちが応え、逮捕した盗賊たちを鎖でぐるぐる巻きにしたまま引きずっていく。

「白羊、念のため周囲を最終確認してから、宰相府に寄って報告しておいてくれ」

 指示を出す獅子の態度はいつもと変わらない。まるで男の言ったことなど最初から聞いていなかったかのようだ。

 白羊の第二小隊に所属する団員も、捕獲した盗賊たちの輸送のために獅子が連れていく。一人残された白羊は、そこでようやくうつむき、唇をかみしめた。



 宰相府で猟戸皇子と話をした後、白羊は重い足取りで衛府へ戻った。正直、どんな顔をして皆と会えばいいかわからない。普段偉そうに怒鳴り散らしている自分の、たとえ昔のこととはいえみっともない暴露話を聞いた仲間の反応を思うと、気まずかった。

 衛府の門をくぐり、自分の愛馬を厩舎へと連れていく。そして団長がいるかもしれない執務室に行くべきか詰め所をのぞくべきか迷いながら歩いていると、監獄のほうから獅子を先頭に数名の団員がやってくるのが見えた。

「よう、戻ったか。お疲れさん」

 ちょうど獅子たちも捕らえた者たちを放り込んできたところだったらしい。緊張にこわばりながらも白羊は尋ねた。

「……胃雀(いじゃく)は生きてますか?」

「胃雀?」

 首をかしげる獅子に、先ほど獅子が頭を踏みつけた男だと伝えると、後ろにいた団員たちが「ああ、あいつか」と笑った。

「顎が砕けてたから、当分何も喋れないんじゃないか」

「団長、やっぱり少しやせたほうがいいですよ」

「そうそう。みんなでごろ寝してるときにつぶされたらかないませんから」

「やかましい。これは筋肉なんだから重くて当たり前なんだよ」

 反論しながら獅子が上着を脱いでいく。

「勘弁してくださいよー、こんなところで肉体美の自慢ですか?」

「うらやましいならもっと鍛えろ」

 いつもと同じ軽口が飛び交う中、獅子は脱いだ上着を白羊に放り投げた。

「帰ってきてすぐで悪いが、ちょっと引っかけちまってな。繕っといてくれ」

 えっ、と目をみはる白羊に、他の団員たちも「俺も」「俺も」と次々に脱ぎはじめた。

「は? おい、ちょっと待て――」

 ぼんぼん投げられる服を空中で受け取っていくが間に合わない。しかも今しがたまで着ていたものばかりなので、汗臭くて鼻が曲がりそうだ。

「お前たち、せめて洗ってから出せ!」

「えー? ほつれたまま洗濯するとよけいひどくなるから先に直せって言ってたの、白羊じゃないか」

 そうだそうだと大合唱され、白羊は歯ぎしりした。

「ああもういい! 詰め所に持っていくから手伝えっ」

 団員たちが「はーい」と声をそろえて散らばった服を拾っていく。そのまま白羊は彼らを連れて火使の詰め所に向かった。

 中へ入るなり、ため込んでいた他の服まで引っ張り出してくる団員もいて、青筋を立てながら置き場所を指示していた白羊は、長椅子に寝そべっている人馬を見つけた。

「……なんでこいつはこんなところで寝ているんだ」

 このところ人馬の星座で夜に商家が襲われる事件が続いていて、その対応に追われている人馬は獅子から昼寝の許可をもらっている。だから眠っていること自体にどうこうは思わないが。

「仮眠室まで行くのが面倒臭かったんじゃないか?」

「だからって、こんなかたい椅子で寝ていたら疲れが取れないだろう」

 何かないかと見回したが何もなかった。仕方なく自分が運んできた団員の服を丸めて枕代わりに敷いてやると、「それ、俺の……」と一人が渋い顔をしたので、にらんで黙らせる。

「ああでも、こいつの寝不足の原因って、夜盗だけじゃないみたいだぞ」

 人馬と同じ第一部隊の団員が、抱えてきた服の山を大机の上に置きながら言った。

「最近星宮に入った女官と仲良くやってるとかいないとか」

「俺も聞いたな。彼女が眠らせてくれないってぼやいてた」

「俺はこの前見たぞ。人馬の弁当を届けに来てたんだが、けっこうな美人だったな。顔は童顔なのに体がこうボンボンボンと」

 白羊は大机に積まれた服を取れるだけ取ると、人馬の顔にまとめて落とした。

「おーい、人馬が窒息するぞ」

「心配いらん。臭いでそのうち目が覚める」

 白羊が吐き捨てるそばから、人馬が苦しそうなうめき声をあげはじめる。団員たちは肩をすくめると「後はよろしく」と言って出ていった。

「……くっさー。死ぬー」

 まだ寝ぼけたようなのんびりした口調で人馬がもがき、服の間から顔をのぞかせた。

「あー、おはよー、白羊」

「もう昼を過ぎてるぞ。いつから寝ていたんだ」

「いつ……だったかなあ。ていうか、悪臭にもほどがあるんだけど」

 何だよこれ、と人馬が服を払いのけて起き上がる。

「捕縛から帰ってきてすぐ団長たちが脱いだやつだからな。新鮮だぞ」

 うげっと露骨に渋面する人馬を横目に、白羊は臭いを追いやるために窓を開けた。裁縫道具を棚から出し、大机の前に座って作業を始める白羊を、あぐらをかいた膝に頬杖をついてしばらく眺めていた人馬が尋ねた。

「白羊、捕縛で何かあった?」

「……別に、何も」

 白羊が縫物に没頭するときは心を落ち着かせたいときだと、人馬だけでなく火使団員はみんな知っている。だからこそ、団員たちは何日も前からほつれていた服を今日、渡してきたのだ。いつも身なりを整えている獅子だけは、本当に今日破ったのだろうが。

 陰で嘲笑されるのは嫌だが、変に気遣われるのも苦しい。いつも馬鹿なことばかり言って、やたら世話のかかる連中なのに、自分が本当に弱っているときは、弱みを見せたくないことまで慮ってそっとしておいてくれる。

「……捕まえた盗賊の中に、昔の知り合いがいただけだ」

 まだ獅子にさえ話していないことを、なぜ目の前の男に言えるのかわからない。情けない過去だから、聞かせたいわけではないのに。

「男?」

 自分を見つめる紺青色の双眸に、刺すような光がちらりと走る。

「まあ……な。結局、私の幼馴染のほうを好きになって、離れていったが」

 美人だったから、とつぶやいて、白羊は最初の一枚を仕上げた。

「白羊より?」

「なぜ私を基準にするんだ」

 意味が理解できず首を傾けた白羊に、人馬は大きくのびをして立ち上がると、隣に座って針と糸を手に取った。手伝ってくれるつもりらしい。

「美人で、胸も大きくて、性格も……積極的にかわいらしさを振りまく人間だった」

「ああ、なるほど」

 人馬がくすりと笑う。どうせ自分と比べて想像しているのだろう。

 だから入団時に室女と会ったとき、最初は警戒したのだ。女性らしい体形が彼女を連想させたから。もっとも、性格がまるで違うことにすぐ気づいたので、今では一番信頼の置ける親友になっているが。

「離れてくれてよかったじゃないか。嫌な奴を寄せつけないのは、得な性分だと思うよ」

 人馬が一枚を片づける。手際がいい。

 本来衛士は身の回りのことは自分でするよう指導されている。しかし火使団はどういうわけか家事全般に不器用なうえにずぼらな者が多い。だから白羊がこうして裁縫するときは、補修の必要な服が毎回山になるのだが。

 そういえば、人馬から直しを頼まれたことはなかったなと今さらながら気づいた。

「お前の兄さんはどうなんだ」

 とんでもない人間に執着されているが、と言うと、人馬は苦笑した。

「兄さんは目の前の相手をおろそかにしないから、かまってほしい人間に変に期待させてしまうんだと思う。叱られてもいいからくっついていきたくなるっていうか……でも兄さんは他の人に対してもそうだから、つい独り占めしたくなるんだろうな」

 だから最近、昴祝の気持ちがまったくわからないってわけじゃないんだと、人馬はぼそりとこぼした。

「お前まさか、姫様のことを邪魔だと思ってるのか?」

「いやいや、それはないな。姫様はずっと兄さんを探してたし、兄さんにとっても姫様は特別だから、姫様とはうまくいってほしいなって思ってるよ」

 では誰のことなんだ、と問いかけて不意に思い当たる。

 摩羯は今、星司になったばかりの地使団員にかかりきりになっている。もともと摩羯にあこがれて入団し、希望どおり地使団に入った少年だ。

 白羊は、人馬が入団したときの記憶を呼び起こした。兄を追いかけて衛士の試験を受け、その年の合格者の中では一番の成績だった人馬は、配属先が火使団だと知ってずいぶん落ち込んでいたと聞いた。生来の気質ゆえか、なじむのも早かったが。

 そして衛士が星司になると、所属する団の上官がしばらく面倒を見るのが慣例だが、人馬については摩羯のほうから世話をさせてくれと獅子に頼んできた。たぶん、弟の希望をわざとはずしたことへの罪滅ぼしだったのだろう。

 摩羯が金牛の指導のために頻繁に星座タウルスに通っていることを、人馬も仕方ないとわかっているはずだ。ただ摩羯を怒らせてしまったせいで少し前まで口をきいてもらえず、やっと仲直りできた頃には金牛のほうにつきっきりで、寂しさがたまっているのかもしれない。人馬の星座もこのところ不安定だからなおさら。

 人馬と金牛は仲がいいが、自分が熱望していた場所に金牛がいることに、まったく何も思わないわけではないのだ、きっと。 

「それで、どんな男なんだ?」

 いきなり話題を戻され、白羊は質問の内容を理解するのに少し時間がかかった。

「なんでそんなに食いつくんだ」

「え、だって気になるじゃないか。白羊が好きになる男って」

「……お前みたいな奴だ」

「顔がよくて将来有望?」

「自己評価が高すぎるんじゃないか」

 あきれる白羊に、人馬が「じゃあ、白羊が言う俺みたいって何?」と手を動かしながら視線を投げてくる。

「調子がよくて、口から生まれてきたような男ってことだ」

「それ、ひどくないか?」

 人馬ががっかりしたさまで口の端を曲げる。

「……今から思えば、別に好きじゃなかったのかもな」

 告白されたから何となくつきあっただけのような気がする。もう二度と会いたくなかったのは、別れ際に幼馴染と比較して白羊の欠点をさんざんあげつらいながら、それでもたまには相手をしてやってもいいと見下した態度を取られたからだ。

 もちろんその場で徹底的に罵倒し返し、ついでに一発殴ってきれいさっぱり関係を切ったが。

「……白羊、そいつとさあ」

 少しだけ続きをためらう気配を感じて、白羊は観念した。

「どうせ誰かがしゃべるだろうから先に言っておく。あいつとヤッた」

 とたん、人馬が吹き出した。

「白羊ってほんと潔いっていうか、男前だよな」

「笑うな。けっこう傷ついているんだ、私は」

 二枚目を繕い終えて脇へ置く。三枚目はかなり大胆な破れ方をしていた。どう動けばここまで裂けるのか謎だ。 

「たいして気持ちよくもないことに三回も付き合わされたあげく振られて。今頃になって最悪の形で再会したと思ったら、みんなの前で恥ずかしいことを暴露されて」

「……へええ」

 いったい何に対しての反応なのか、人馬の返事がくぐもる。

「そもそも、胸の大きい女性が好きなら、最初から柳女(りゅうじょ)のほうに行けばよかったんだ」

 人馬の手がとまった。

「柳女?」

 白羊を見返す人馬は驚惑の表情を浮かべている。そのとき、詰め所の扉が開かれた。

「人馬、起きてるか? お前の星宮から使いが来てるぞ」

 さあどうぞと、やたら愛想のいい口調で団員が通した女性をふり向き、白羊はかたまった。

「人馬様、お忘れになっていた書類を届けに来ましたあ」

 甘えた調子の声音で、にこやかに詰め所に入ってきた女官は、まぎれもなく白羊の幼馴染――柳女だった。


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