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水沢ながる短編集

お母さん、ありがとう。

作者: 水沢ながる

 ありがとう、お母さん。わたしをここまで育ててくれて。

 女手一つでわたしを育ててくれるのに、とても苦労をしたのよね。お金だってなかったし、助けてくれるような実家も親戚もいなかった。

 だから、お母さんはわたしをとっても厳しく育てたのね。それはいつだって、わたしの為だって、いつもお母さんはそう言ってたわよね。


 そう、わたしが悪いことをすれば、お母さんは厳しく叱ってくれた。時にはぶたれたりすることもあったけど、それもわたしを思ってのことなのよね。女の子は顔が大事だから、そのうち顔じゃなくて、服に隠れるところを叩くようになったし。

 帰りが遅くなった時は、家から閉め出すことだってあったわ。次の日の給食の美味しかったこと。こうやって、食べるものや寝る場所があることの大切さを教えてくれたのね。

 家にお金がなかったから、持ち物も服もフリマサイトとかで買った誰かのお古。大事に大事に使ったわ。物を大事にしろということよね。そういえばお母さんのバッグ、何個かあったけどブランド物だったわね。伝統のある物は長く使えるからかしら。

 胸が膨らんで来たり、生理が始まったりすると、お母さんがわたしを見る目はもっと厳しくなって行ったわ。もう子供じゃない、一人前の女性だから当たり前よね。

 そうだ、その頃になると、お母さんはわたしに家事をさせるようになってたわね。最初は失敗も多かったけど、いつの間にか家事のほとんどをわたしがやるようになってたわ。家事が出来るってことは、どこでも生きて行けるってことよね。

 高校のクラスメイトには、お化粧をしてる子も多かったわ。でも、お母さんはすっぴんのままがいいって言ってくれたわよね。せっかく肌が綺麗なんだから、化粧品を塗りたくらない方がいいって。だからわたしがしていたのは、色つきのリップクリームくらい。素肌の美しさが一番だと、言い聞かせてね。

 高校時代の先生はわたしに進学を薦めてくれたけど、わたしは家にお金を入れないといけなかったから、諦めたわ。高校の時だって、アルバイトをして家にお金を入れてたもの。だから大学に入りたくても、受験勉強は出来なかったと思うわ。そのアルバイト代もほとんどお母さんに渡して、家計に回していたけどね。


 高卒で入った会社で出会ったのが、隆弘さんだったわ。とても優しい人で、側にいるだけで何だか嬉しいような、胸がドキドキするような、不思議な気持ちになったの。

 あれは恋だったのかしらね。隆弘さんの側にいたくて、わたしは初めてお母さんに反抗したの。あの頃お母さんよく言ってたわね、男は狼だ、信用なんて出来ない、お母さんの側にいるのが一番間違いないって。

 そのうち、隆弘さんのところに誰かが嫌がらせをして来るようになったのよ。無言電話がかかって来たり、言いがかりの張り紙を何枚も貼られたり、頼んだ覚えのないデリバリーがたくさん届いたり。

 しまいには、隆弘さんの住んでいるアパートが火事になってしまって、隣の部屋の方が亡くなられてしまったの。誰かが火をつけたんじゃないかとも言われたけど、どうだったのかしらね。隆弘さんはそのまま会社を辞めて田舎に帰ってしまって、わたしの想いは途切れてしまったわ。

 ……そう、わたしにはもう絶望とお母さんしか残ってなかった。だから、せめてお母さんの後押しをしたいと思ったの。

 階段を勢いよく転がり落ちて行くお母さんを見た時は少しすっとしたけど、すぐに大変なことをしてしまったと思ったわ。お母さんがまだ生きてることを確かめて、ほっとしたのよ。

 結局脊髄を損傷しててろくに動けないと知って、わたし、嬉しかったわ。


 望み通り、一生一緒にいてあげることが出来るもの。


 心配しないで、わたしはお母さんの娘だから。そう、色々な意味でね。

 あら、泣いてるの? 安心して、これからじっくり時間をかけて今までの恩を返してあげるから。

 本当に、どうもありがとう、お母さん。

 ……楽しみに、しててね。

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