第16話 武器屋
広い庭を抜け、門の場所まで来た。
門の近くまで来ると流石に外にある家も見えない。
門の扉を開けようかと思ったが、それより先にゲルハルトさんが門を開けて執事のような一礼してくる。
「どうぞ、お嬢様」
そう言ってゲルハルトさんがニヤッと笑った。
「男だって言ってるじゃないですか...」
「すまんすまん、どうにも貴族令嬢にしか見えなくてな。本当に男なのか?」
「だから何度もそう...」
言ってるじゃないですか、と言おうと思ったところで次の言葉は出て来なかった。
騎士団は貴族が中心の組織だ。例外こそあれ、基本的には貴族のための衛士である。
そのため、詰所は貴族街に隣接している。門を開けた先は貴族街だ。
広い道の中央には噴水があり、道の脇には美しい彫刻が施されている石造りの家々が立ち並んでいる。
異世界だ...。これだよ、これが異世界だよ。
胸の中に熱い何かがこみ上げる。
毎日家と職場を往復することもないし、嫌な客や上司にどやされることもない。
ここは異世界なんだから。
なんだか目頭が熱くなってきた。
「アサヒ?どうした?」
「いや...なんでもないです。ちょっと昔のことを思い出して...」
「? アサヒは貴族だったのか?」
「いや、そうじゃないんですけど、なんか思い出しちゃって。なんでもないです。忘れてください」
「おお...なんか辛いことがあったら話ぐらいは聞くぞ」
「ありがとうございます」
あっちにいた頃は辛いことを話せるような人間もいなかった。
友達とは学校を卒業してから会うこともなかったし、親には心配をかけたくなかったから。
異世界、素晴らしいな。ありがとう幼女。ありがとうゲルハルトさん。
「アサヒ?」
「いや、なんでもないです。行きましょうか!」
思わず笑顔が溢れる。
ゲルハルトさんは何かに驚いたようだったが、話題転換が急すぎただろうか。
「もう大丈夫ですので!」
「お、おう...。じゃあ行くか。大体の方角はわかるから、とりあえず貴族街を抜けて南に向かうぞ」
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貴族街は全体が壁で覆われ、町からは隔離されている。
出入りするには大通りから通じる門を通るしかないらしい。
貴族街の出口の門で騎士団の門番からいくつか質問をされ、貴族街を出た。
鉄に刻印が入った割板を渡され、戻るときはこれを提示するように、と言われた。
監視を頼まれている立場上、ゲルハルトさんに渡すわけにもいかないので俺が持つことになった。
現在、俺たちは南に向かって真っ直ぐ歩いている。
門番の人曰く、町は全体が円形の壁で囲まれ、町を分割するように十字の大きな通りがあるとのことだった。
ある程度の規模の町ではこれが一番オーソドックスな形らしい。
クコの町はここら一帯を治めている貴族が住む場所とあって、割と広い。
辺境伯領内の地方都市のようなイメージだろうか。
貴族街の門は町の中央から歩いて30分ほどの距離にあり、南の門までは町の中心から大人の足で歩いて1時間ほどかかるらしい。
門番の人から馬車を出すかと提案を受けたが、歩けない距離でもないので、そのまま歩くことにした。
もしかしてあの人も俺のことを貴族令嬢だと思ってたのではないだろうか...?
「お、中央に着いたな」
「おお...広場ですね」
広場の中央には噴水があり円形に100mほどのスペースがある。
端には馬車があり、噴水を囲むように露天が軒を連ねていた。
そういえばもう昼か。一昨日から寝たきりで何も食べてないし、森で慣れてるとはいえ流石に腹が減った。
「何か食べていきませんか?」
「お、いいのか?」
「何が美味しいんでしょうか。こういう場所は慣れてないもので」
「だったらオーク肉はどうだ?美味いぞ」
オーク肉!異世界っぽい!
「それにしましょう!」
そうと決まれば善は急げだ。
俺は気付かない内に走り出していた。
「お、おいアサヒ!待てって!」
ああ、なんかこうしてると高校生の頃を思い出すなぁ...。
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「すみません」
「お、嬢ちゃん。お使いかい?」
そう言って店主がこちらに振り向く。
「おっと、失礼しました。貴族の方だとは思いませんで」
「いえ、貴族ではないです。オーク肉の串焼きが欲しいんですが」
「なんだ、その格好で貴族じゃねぇのかい。物好きだねぇ。オーク肉ね、何本欲しいんだい?」
「10本ください!」
「10本か、家族で食うのかい?可愛い嬢ちゃんには1本おまけだ。ほれ」
「ありがとうございます!」
なんだか誤解されてしまった。
髭を剃ってから会う人全員に女児だと思われている。
いやまあ、見た目的には燕尾服に身を包んだ女児だもんなぁ...。中身は27歳男性なんだが...。
「急に走るなって。ずいぶん買ったなオイ」
店での買い物を済ませたタイミングでゲルハルトさんが追いついてきた。
「すみません、腹が減ってて。ゲルハルトさんもどうぞ」
「ああ、そういや寝たきりで何も食ってなかったんだったか。俺は朝飯食ってすぐ出たから2本だけ貰うかな」
「じゃあ残りは貰いますね。なんか譲ってもらっちゃってすみません」
「元々アサヒの金だ。気にすることはねぇ」
「そうですか? ...あ、オーク肉美味い」
野性味が強い豚肉みたいな感じだ。猪肉ってこんな感じなんだろうか。
一気に3本平らげてしまった。
人型だから躊躇っていたが、ゴブリンも案外美味しいのかもしれない。
「そういえばオーク肉は結構売ってますが、ゴブリン肉って売ってないですね」
「ゴブリン肉ぅ?あんなもん食いもんじゃねぇよ。体付きは人間に近いし、虫でも食ったほうがまだマシだ」
「そうなんですね...あ、もうないや」
「余程腹が減ってたんだな。すげぇ食いっぷりだったぞ」
ちょっと恥ずかしい。
それにしてもオークも結構人間に近いような気がするんだが...。この世界の人たちの中ではそうではないのかな。
「さて、腹ごしらえもしたし南を目指すか」
「ですね。こっちでしたっけ?」
「そっちは北だ」
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しばらく歩いていくと、だんだん家がボロくなってきた。
貧民街だろうか。地価が安いって言ってたしな。
しばらく補修されていないであろう家々を見ながら歩いていると、剣と盾が書かれているそれっぽい看板を見付けた。
「あれですか?」
「そうだな。店の看板のデザインは王国法で決められてる。あそこで間違いないだろう」
「じゃあ、行きましょうか」
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「いらっしゃい、好きに見ていってくれ」
おお、武器屋名物の頑固そうなオッサンだ。
オッサンはそれだけ言うと外を眺め出した。いい仕事だなオイ。
「すみません、武器の補修をしたいんですが明日までに可能ですか?」
「あん?そっちの兄ちゃんの武器か?」
「あ、いえ。私のです」
「嬢ちゃんの武器だぁ?帰んな。貴族は好きじゃねぇ」
「え、えーっと」
「コラァ!」
奥から壮年の女の人が出てきた。奥さんだろうか。
ふくよかな体型をしており、女将のような威厳がある。
「アンタまたお客さんにそうやって!
この馬鹿がごめんなさいねぇ、用件は武器の修理でいいかい?」
「うるせぇなぁ!俺ぁ貴族が嫌いなんだ!仕事は受けねぇぞ!」
オッサンが怒鳴り返す。
「うっさいねぇ!アンタの稼ぎが少ないからアタシも楽できないんでしょうが!
ブツクサ言ってないでさっさと働くんだよ!」
「...うっせぇな」
あ、オッサンが折れた。
不満そうな顔で店の奥に歩き出す。
「見苦しいところを見せちまったねぇ。
あの馬鹿は腕はいいんだけど、どうにも偏屈でね。」
「ケッ、腹と口ばっかりデカくなりやがって」
奥さんがキッと目を吊り上げて顔だけオッサンの方に向けた。
「ああ!?なんか言ったかい!?」
「何も言ってねぇよ!オイ、さっさと来い!」
「お客さんに向かってなんて態度だい!」
「あ、いえ、大丈夫です」
オッサンが店の奥に逃げていった。
奥さんは笑顔でこちらに向き直る。
「何度もごめんなさいねぇ。
店の奥に鍛冶場があるから、修理の話はそこでしましょうか」
そうして奥の鍛冶場に案内された。
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「なんだこりゃ、刃がイカれちまってるじゃねぇか」
「ゴブリンから奪ったものでして。長い間使ってるのでメンテナンスもしたいんですが、やり方も分からなくてようやく手入れしてあげられるなと」
「ほーん...材質もただの鉄だし、これなら直すより新しく買った方がいいぞ」
「いえ、愛着があるのでこれを使いたいんです」
「...ほう。綺麗な服着てっから貴族の嬢ちゃんかと思ってたが、違うみてぇだな。
冒険者か?」
「貴族ではないです。冒険者でもないんですよね」
「にしては戦闘で使ったようなすり減り方だが」
「ええ、ちょっと事情があって長い間ゴブリン狩りをしていたんです」
「ほーん...まあいい。大銀貨2枚だ。出せるか?
新品なら大銀貨1枚と銀貨5枚ってとこだが」
「大丈夫です、お願いします」
「用途は戦闘でいいのか?」
「いえ、武器は弓なので基本的にはその他の雑事で使っています。
あ、でも近接戦になったら使いますね」
「わかった。形はこのままの方がいいか?」
「うーん、そこら辺はわからないのでお任せしても大丈夫でしょうか?」
「ああ」
「あ、それと弓を見たいんですが」
「そっちはあのうるさいのに言ってくれ。
全く、昔は可愛かったってのに今じゃ見る影もねぇ。大体俺が貴族の仕事を受けないのだってよぉ」
オッサンがため息をついて話し出そうとした時、どこからか「アンタァ!」という声が聞こえてきてオッサンが黙った。
「じゃ、じゃあ矢の件を奥さんのほうにお願いしてきますね」
「...おう」
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「弓が見たいんだってねぇ。あそこにあるから好きに見ていいよ」
あ、やっぱり聞いてたんだ。
「ありがとうございます。軽く引いてみても?」
「構わないよ」
教えられた場所には色々な弓があった。
今使っているものに近い木の弓、骨っぽい弓、何の素材を使っているのかよくわからない弓など。
見た目はあまり違いがないが、引いてみると硬いもの、柔らかいものと色々ある。
ふと雑多に箱に入れられて特価と書かれている弓の中に気になる弓があった。
真っ黒で少し古ぼけているが、高級感を感じるデザインだ。
「すみません、これって何の素材なんですか?」
「それかい、流れてきたものだからよくわからないんだよ。
調整しても硬すぎて誰も引けなくてね。買ってくれるんなら安くしとくけど、引けるのかい?」
弓を構えてグッと弦を引っ張る。
普通に引けた。
「小さいのに大したもんだ。ここらで一番の力持ちが挑戦してもダメだったってのに。
アンタ、冒険者じゃないらしいけど向いてるんじゃないかい?
門のすぐ近くに冒険者ギルドがあるから、興味があったら行ってみるといいよ」
「どうなんでしょう。ちょっと興味はあるので、あとで覗いてみようかな。
それで、おいくらですか?」
「どうせ店に置いといても置物だからね。大銀貨一枚さ」
「では、これで」
大銀貨一枚を差し出す。
昼飯のオーク肉で銀貨1枚、武器屋で大銀貨3枚を使ったので、残りは大銀貨1枚と銀貨9枚である。
「まいどあり。ずっと売れなかった商品を買ってくれたから矢筒サービスしとくよ」
そういうと奥さんは近くにあった黒い矢筒を渡してきた。
「ありがとうございます。では、明日修理を依頼した物を取りに来ますので」
「そうかい。まぁあの馬鹿は腕はいいからね。今日中に終わらせると思うから、明日ならいつでもおいで」
休みは明日までなので修理が間に合うのかちょっと不安だったが、間に合うみたいでよかった。
それにしてもなかなか面白い夫婦だったなぁ。
「それで、用事は終わったけど次は冒険者ギルドか?」
「行ってみてもいいですか?」
「どうせ俺は用事ねぇからな」
冒険者ギルド。異世界の代名詞である。
元々この後行くつもりだったが、27歳でワクワクしながら行くというのはちょっと気恥ずかしいものがあったので、話で聞いて興味が出た風を装った。
屈強な男に絡まれたりとか、ステータスが異常値で鑑定の水晶が割れるとか。
そういうイベントに想いを馳せながら、我々は冒険者ギルドへ向かった。




