彼岸花。
さらさらの黒髪が揺れた。
僅かに射した夕焼けを纏わせてーー。
いつからだったのだろうか。
そのとびっきりの笑顔に救われていたのは。
錆びた階段の、誰にも気付かれようもない。
ジメジメしていた空間だけが唯一の遊び場だった。
幾度読んだか分からない、でもそれほど大切にもしておらず。
片手サイズの文庫本ーー、一人っきりの自由な時間。
ペラペラ、捲る。
時には口にして、気に入ったフレーズなどを。
気付けば、赤トンボが群れている。
露出していた肌には痒みを覚えていて……
「そんなとこで何してるの?」
突如現れたその姿に思わず驚く。
一生関わり無いだろう。
天使が語りかけてきたのだ。
「……いやぁ……、ただ、そのう……」
上手くは言えない。
分かりやすくは、貝殻のなかで踞っていただけだけど。
「ふ~ん、そっか」
空気を読んでくれたのか、彼女はどこかつまらなそうにして、その場を去ろうとしていた。
空き缶の音が静寂に問いかけるようだ。
「ねぇ……ちょっと付き合ってくれない?」
嫌だ。
迷惑きわまりない。
なぜ邪魔するんだ。
「ほら! はやく!!」
ぐいぐい引かれて飛び出した。
世界はあまりにも眩しくて。
そして、苦しみや悲しみにも。
ーーありがとうーー
きみはもう変わったのかな。
待っていてくれたら嬉しいな。
手のひらをあわせて、どこまでも空高くーー思い出が舞い上がる。