タイル張りの町
若王様は用意された専用の馬車にも目もくれず、テクテクご自分の足で歩き始めた。
目を見張ったのはボースだけではない。貴族の出のメイドでさえも手に持った水桶を落とし、驚愕にゆがんだ口を覆い隠さねばならなかった。
王は城下町に行くといった。おそらくそこに向かうのだろう。しかし城下までは2リーグを超える道のりである。あの細い足にどれだけの力があるのかとボースは思った。
王は王宮から出ることがまずない。
ただでさえ、覇権争いで毒を盛られ、いつ間者を送り込まれて寝首を掻かれるのか分からない世界だ。道にたむろするごろつきどもは腐り病を伝染させ、奴隷商に売る商品を道行く人から連れ出そうと企んでいる。
そんな中を王は、ともつれもなしにたった一人で歩いていこうというのである。
警護を担当するボースはこういう世界で育っていた。いや、この世界など生ぬるい、産まれたその日から兄弟を食料としてみるように養育された彼は、王は気が狂ったのかと思った。
そしてすぐに音を上げるだろうとその後に続く。
しかし、だんだんと城下町が小高い丘の向こうに見えてくる。
冬を超えたとはいえ、日の当たるところでも寒さがあった。
それでも王は、額にできた汗を手首で拭い、泣き言ひとつ言わずに歩いてしまう。
これは驚いたとボースは思った。いつ、お体を鍛えたのだろうか。
止めるタイミングを見失い、ついに王の足はついに城下町のひび割れたタイルを踏んだ。
グロックは大きな深呼吸を一つついた。
巨大な牛や馬がホロのついた荷馬車を引いて、道の真ん中をすれ違う。その横で露店の主は声も枯れんばかりに威勢のいい声を上げて、珍しい絹の織物を売り込んでいる。露店を覗く主婦は、藍色の服に身を包んで一瞬グロックを見たが、興味なさそうに商品に目を戻した。
まさか、この国の王様が、小暇使いと同じ格好をして街に出ているなどとは思わない。ましておつきの人もなく、なんの前触れもなくぽつんと街に姿を現すなど、あるわけがない。
そういうわけで、誰一人としてグロックを王様だと思う人はいなかった。
とうのグロックはというと、あまりじっくりと見たことのなかった街の風景を頭に叩き込むべく、止められた馬車の間を縫うように進んで地面に並べられたきらびやかな装飾品を眺めて回る。
農夫だったころには、商品として作物を街へ運んできたこともあったが、おろしたのは問屋であった。きらびやかな町中へと足を運ぶのは時間の無駄であり、馬車馬のように働かなければ飯にありつけなかったグロックには、城下町のある種うるささというものがまるでお祭りのように見えた。