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黒い闇

「爺や!おれ……わしは、城下町が見たい!」

「な、何をおっしゃいますか!あのようなところ御身が赴くところではございません」


 あのようなところ、ね。グロックは己の細い顎を触る。

 肉付きがあまりにも悪い。その現状は、城下町の下に位置づけられる農民の生活がいかなるものかを表していた。

 それに対して、王族は日々お祭りでふるまわれるご馳走のような食事を毎日とっている。その恐ろしい所は、村一つがもろ手を挙げて喜ぶようなご馳走を、とりわけもせず、すべて一人で食べている所だ。いったいいくらかかっているのか見当もつかない。城下の人々の暮らしを一目見たかった。


「それから食事。私の食事はここのメイドと同格としてくれ」

「……なんとおしゃいました?」

「だから、食事の格を落とせと言っている」

「なりません!」


 突撃に行く兵士のように勢いのある爺やの反応に目を白黒させながら、グロックは出立の準備を進める。

 とはいえ、自分の持ち物というのがどこまでか分からなので、分厚い毛皮のコートを脱ぎ捨て、高そうな装飾品を次々と床に置いていくだけだ。こんな物を付けていては、盗んでくださいと言っているようなものだ。


「……城下を散策されるのは許可しましょう。しかし、食事をとらないというのは納得いきません。再考を」

「うむ。よい」


 今はこれでもいい。分かってもらう日を明日にすればいいだけだ。


「しかし、城下に行くとなれば馬車を用意しなくてはいけません。また、御つきの者の選別に2、3日頂く必要がございます」


 表情を失った爺やが短く手を打ち鳴らす。すると、何の変哲もない壁がぼこりと音を立てて引き込まれ、代わりにゆっくりと姿を現す物がいた。


 全身を包む漆黒に塗られた服。

 太ももは大きく膨らみ、上着の裾からは隠しきれない大きな剣の刀身が頭を覗かせている。顔にふかく被られたフードからは、常人とは思えない虚ろな輝きが覗いており、指先までも真っ黒なグローブで覆った姿は、まるで闇夜を人の形に切り取ったようであった。


「……薄汚い人殺しめ。武器の携帯など誰ぞ許可した」


 グロックの傍らから爺やの押し殺したような声が聞こえる。その凍り付かんばかりのまなざしは、二人の間に火花を散らすようで、いつもの爺やの優しさはみじんも感じられない。あるのは研ぎ澄まされた殺意だ。


 死刑執行人のような雰囲気をまとった男は爺やを無視し、グロックの前まで歩み寄った。その足音が聞こえなかったのは、なにも毛足の長い高級そうな絨毯によるものではないだろう。


「礼儀をわきまえんか!」


 爺やの激が飛んだ。続けて爺やはグロックの前に立つ男の膝を蹴って、座らせようとした。

 だがそれすら眼中にないと言った風の男は、言葉に気を使った様な口調で、


「我が王。人が変わったようだとお聞きしましたが、なるほど事実のようだ」


 丸太のような手をのばして、男は自らの腰に下げた剣の柄に指を巻き付けた。

 赤黒い顔を深紅の舌が割って出て来て舌なめずりをし、ゆっくりとひざを折って敬礼を示す。

 もしそれが絢爛華麗な鎧に身を包んだような騎士が行えば、非常に様になったであろうが、いささか彼は不気味であった。人ならざる人の形をした物。そういう物が人の姿を無理やりに真似しているようなそのちぐはぐさには、思わず笑ってしまうような滑稽さがあった。大体、御話にこの見た目で出てくるならば、闇の騎士か、あるいは魔王と言ってもいいような気さえする。

 しかし、グロックにとっては、大きな男の姿である。ひざを付いたとはいえ、それでも自分の身長と同じだけの高さがあった。ただ逃げ出さなかったのは、逃げれば追ってくるだろうという野生の勘によるものである。むしろ、体が動かず逃げられなかったという方が今の状態に近かった。


 心に浮き上がる、こんなのが城にいるのかという驚愕に太ももが痙攣する。



「お忘れですか? 私は貴方様にすくい上げていただいた、ボース・ハイトでございます」


 ボース。というのか。残念ながら俺が王様になってしまったのはわずかに数日前のこと。

 彼を知る由もなかった。


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