肉
香辛料の強い香りが鼻に飛び込んで来た。白いテーブルクロスの上で、良く焼けた鳥皮の表面に浮かんだ油がバチバチと飛んで、茶色い染みを作る。その鳥は頭を切り落とされ、尻尾の先から首先に至るまでが一本の鉄の棒によって串刺しにされ、内臓を抜かれている。しかしその腹は空っぽというわけではない。腹には紐が結んであって香草が詰められているようで、割れ目からわずかに焼けた新鮮な緑色の葉が見えている。それを眺めている間にも良い匂いが食卓に立ち上るのだからたまらない。
「旨そうだぁ!」
机に置いてある中で一番大きなナイフを握って自ら手羽を根元から切り取って皿に乗せる。まだその肉は素手で触れるほどに熱かったが、農作業で手の皮が厚くなっているグロックには大した問題ではない。手についた肉の油とコショウの粒とを口に含むと、濃厚な油と、鳥の風味が最初に鼻に抜けて、涎が溢れるかと思うほどだった。ついで肉の香ばしい香りが口に広がるのだ。
自分よりも若いメイドが羨ましそうに見ているので、昨日のように椅子を引いてナイフを持った手でポンポンと叩くと、笑顔でやって来た。まるで妹のようだと思ってその子供っぽい笑顔に思わず顔をほころばせる。しかし、毛艶の良いメイドにとってもこのような肉はそうそう食べられるものではないようで、切り取った肉を皿の上に乗せると「そ、そんなにいただけません!もう、お皿から漏れてしまいます!」などと言いながら、皿はしっかりとつかんでいて離さない。であるので、肉の横に置かれた卵を焼いた黄色い塊を大量に皿へと乗せてやって、さあ食べろと言い、自分も肉に噛り付く。
パリッ!じゅわ。
ああああ。旨い。外は皮がぱりぱりとして、砂糖をかけたように甘いのに、中の肉はしっとりとしていて香草の香りが肉の血なまぐささを充分に消している。贅沢なことで、俺はその肉にパンを合わせて食いたいと思うのだが、パンが来るのがいつも遅い。それでもいつも焼き立ての物を持って来てくれるのだから、文句は言えない。
メイドは隣で小さく切った肉を口に運んでそっと微笑む。うん。みんなで食べると美味しいね。でも爺やは椅子には座らないね。
肉の横に置いてあった瓶から黒色の飲み物をグラスに次いでみると、それはブドウを絞ったもののようで、よく嗅いだあの甘みを濃縮したような香りがする。
喜んでグロックは飲んだ。
吐いた。
「なんじゃこれ!」
「我が王!毒で御座いますか!!だれぞ!だれぞ医者を!!!」
城中がハチの巣をつついたような騒ぎになって、次いでパンを持って来ていたメイドまでもがパン切り用の刃の波打ったナイフを持って、ギリギリとにじり寄り、料理人を囲んだ。料理人はその大きな背中を小さくして丸まって頭を抱えた。
「俺じゃないんです!毒ではありません!肉には葡萄酒と相場が決まっていて」
「黙れ黙れ!!!えええええい!!」
とまあ、大騒ぎとなったわけであるが、焦ったのは俺である。初めて酒を飲んだのだった。
その味も知らなければ、てっきりその香りから、幼いころに盗み食いをしたあの甘さを思い浮かべたのだから、仕方ない。
「酒だったのか……」
「はい!」
「すまなかったな。つい間違えた」
「ひ、へい……!!」
のちに分かった事であるが、あの酒9)は、メイドたちによる好意によるものだった。上司が朝から肉を食べたいというので少しでも口をサッパリとしてもらえればと考えた結果、あれを出したのだった。
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9)葡萄酒、王の城には専属のブドウ踏みの女性がおります。