風呂と卵
金持ちの入る風呂というのはかくも気持ちの良い物か!!!!!クッ~~~~!!!贅沢め!!!
俺は産まれて二度目のお湯につかった。一度目は産湯。二度目は王宮の専用浴場というのだから、その差は歴然としていて、体はその温かさに驚く。なんならメイドがそばにいて石鹸を泡立て、頭まで洗ってくれるではないか!!!
もう最高。
「俺、ここから出たくないな」
「いけませんよ。お風邪をひかれます」
「本当? 俺、お姉さんと入れるなら一日中入っていたいよ」
俺は母を物心つかぬうちになくしていた。よくあることなのだそうだ。お産で子を残し、母親が死んでしまう。だから、母親がどんなものか俺は知らなかった。だからきっと、こういう風なんじゃないかと思うのだった。頭に時おり当たる指先は柔らかく、しなやかで、温かい。その指がぴたりと止まって頭を離れた。
「お、おやめください!!」
「え」
「使用人と風呂に入りたいなどと!」
「ごめん。でも気持ちいいからさっきの続けて」
「……はい」
コシュコシュコシュ。
あーきもちいい。もっと強くてもいいのだけれどな。と、思うのだったが、変な事を言うとまた怒られそうであるので、俺は黙って上に上にと体を伸ばしてお姉さんの手のひらに頭をぐりぐりとやる。
「ッーーーー!!!」
きんもち良い。あー幸せ。
少し、ほんのちょびっとだけ悪戯が過ぎたかなと思ったけれど、泥水の様になった湯船に悪い物は全部流れてしまったようで、じいちゃんを失った悲しみも、ほんの少しだけましにはなった。だけれども未だに家とともに焼かれた恨みはふつふつと胸の内を焦がして回っている。
■
柔らかな布で体を拭かれ、やけに大きなサイズのガウンを着せられて、長い長い廊下をメイドに案内してもらって歩く。俺の道を示す等よりは、どこかへ勝手に逃げないようにするお目付け役のようで、時折チラチラと後ろを見ては満足げに前を見て歩くのだった。
やがて化け物でも通すのかと言いたくなるような巨大な白い扉の前に来ると、そっとメイドはスカートを掴み、ちょんと上げてお辞儀をした。周りには誰もおらなかったので、どう返していいか分からず、しかし目的の場所はここだと分かったので、うむ。と一言言って中に入る。
中には目を疑うほどの長机が真ん中に置いてあって、金や銀の燭台と、その周りに白い雪のような皿が数え切れないほどに並べてあった。そしてそのお皿の上に並べられた絢爛豪華たる食事と言ったら凄かった。
あの黄色いのはすべて卵だとでもいうのだろうか。大量のその山の前には匙が並べられていて、それにつけるソースまであるようである。
腹のすいていた俺は、すぐさま卵に一番近い席について、匙を握った。
「おほん。」
どれくらいまで食べていいのだろうか。卵は高級品である。あまり食べてはメイドたちが食べる分がなくなってしまうのではないか。
「おほんおほん」
「どうした? 風邪か?」
随分と後ろで咳きこまれるので、振り返ってみるとメイドが指をさして一番奥の席を示す。そこは料理とは一番遠い席3)であった。
ははーん。こりゃ、このメイドは俺が本物の王ではないと気が付いているのだな。だからそのように遠くの席に座らせようとする!だがな!他の皆は俺のことを王と信じているのだよ!!
「爺や!爺や!」
「はいここに!」
「俺は今日からここで飯を食う!問題ないな!」
「はいございません。しかしこの席は飾りで御座いまして……その」
「なんだ文句があるか!」
「我が王。そのような物がございますでしょうか」
ということで、ここが俺の席になった。
皆の目の前で匙を卵の焼いたものに突っ込んで、好きなだけ皿に乗せる。その芳醇な黄色と言ったら黄身しか入っていないのではないかという具合だった。そこに赤いソースをかけて、一口ほおばる……。
口に入れぬうちに、俺の手が白い手袋に掴まれた。
「その前に、医者に診てもらわねばなりません」
「俺は王だぞ!その俺を止めるというのか!」
「勿論でございます。今は無き皇后さまより爺やは全ての権限を頂いております。全ては我が王の健康のため、長生きをしていただかねばなりません」
これはこまった。爺やは頭が固い。
しかし湯気の立っている飯を食わないのは大変な失礼である。
一口ガブリとやると、短い悲鳴がメイドから上がった。
なんだこの味は。ガリッとするような殻の1つも入っていない。その濃厚な味付けは、トマトによるソースの風味か。卵はまだプルプルとしていて噛むと口の中でトロトロと溶けだして一気に甘さが突き抜けた。
「旨い!!!!これはこの国で一番うまい!」
部屋の隅で控えていた料理長が、あまりの言葉にうれし泣きで崩れ落ちたのは言うまでもなく、これが翌日からも朝食に同じ卵料理が並び続ける理由となった。
3)ドアから一番遠い席:この席は王様専用の席になります。王様は全ての料理を使用人が運んで来てくれるのでこの席でいいのです。勿論自分から手を伸ばして取ることもありますが、それは小さい頃の話です。