風呂
馬車で強制的に連れてこられたグロックは、自分が行ってきた罪を数える。これから行われるのは、処刑だろう。それは実にゆかいな催しごとであった。罪人は檻の中に押し込まれ、街を一日中引き回しの上、町の中心に張りつけにされる。人はそれに喜んで石を投げるのだ。その場での殺人は殺人罪に問われない。なぜなら、それは罪人だからだ。
しかし、初めて乗った馬車が到着した場所は城だった。それもグロックが上を見上げるとひっくり返ってしまうほどに高い城壁が一切の穴も無く積み上げられた御城、分厚い石作りには輝くほど白い石がふんだんに使われ、金のかけようという物が違う。上の方を見るとあんまり高いので、まるで歪んでいるかのようだった。
「さあ、王城ですよ。まずはその犬の様な臭いを何とかしませんと。まったくすさまじいですね。そんな事でもすればこの爺やから逃げられるとお思いですか? いいえ逃げることはできません。さあお早く」
混乱から立ち治る隙も与えられぬままに、グロックは背中を押され、足も立たぬうちに大きな部屋に押し込まれた。いや、部屋というよりもそれは家だ。その部屋だけで、20人もの人が自由に生活できるほどの広さがあった。一面が高級そうなタイル張りで、見たこともないほど白い接着剤が、そこには元からそうして存在したかのようにぴっちりと塗り込まれてる。数百はあろうかというそのタイルも1つさえ傷が無く、汚れどころか曇りもなかった。
その部屋の中心にある金の猫足のバスタブには、溢れんばかりにお湯が溜めてあり、幾枚かのピンク色の花弁が散らされている。部屋に入っただけでその爽やかな花の香りとむわりとする蒸気とが体を包み込んで体の芯から熱くなるようだ。
「それではごゆっくりどうぞ」
男が扉を閉めて外に出る。途端に一人にされて心配になったグロックは扉を急いで来たばかりの開けた。鍵でも閉められたのではないかと思ったのだ。留置される場所という物がどういう所か分からない以上、自分はその場に来た可能性がある。
しかしその金のドアノブはわずかな手の力で回転し、ドアがほんのわずかな力もかけずに開いた。大きな扉であるのに木の扉が立てるようなキーっという音も全くしない。
そこには爺やがいた。
「どうなさいましたか? まさか、風呂に入るのはいやと? それはなりません。この後は専属のお医者様に見てもらい、お食事なのですから」
爺やがパンパンと真っ白な手袋をした手で手拍子すると、すかさずメイドが二人出て来て、共にお風呂へと入って来た。
「おい、ちょいちょいちょい!!!」
「洗い残しなどないように!!」
「!?」
掴んで来たメイドたちには笑顔もなく、『これは仕事なんですよ』と顔だけで言っているかのようだった。
見た目だけは、一度教会で見たシスターの白い頭巾のようなものを被って、黒い足首まで隠れるロングスカートとエプロンという格好で実にドキリとする物があったが、自分の服を脱がしに来るのではたまらない。
脱がされまいと自分の服の胸の所を掴んでいるとビリリと一着しか無い服が破けた。
「なんてことしてくれたんだ!!!これは、大事な服だぞ!」
「ヒッ!!!!申し訳ありません!!!」
メイドは二人そろってひざを付き、神に祈るように許しを求めた。
ゴクリ。これは大変なことになったぞ。俺を神か何かと間違えているらしい。でも変なのだ。その祈るような動作がどこか滑稽で、ひどく下手な芝居をうっているようにさえ見える。
勿論、小さな田舎者の自分がそれを受ける道理もなかった。
「私の命だけで。どうか……!家には弟がいるんです」
彼女の目にはなんと涙があった。それも一つや二つではなく、だらだらと床に垂れるほどの涙だ。やがて形の良い鼻からも水が垂れて顔は熟れすぎた果実のように潰れた。
「大丈夫……ですか?」
俺はまさか泣くとは思っていなかったので、そっと肩に手を置いてポンポンとする。随分と、随分と手の込んだ芝居なのでもう、こちらとしては十分に楽しませていただいたという物。
「休んでください。お金は払えませんが、さっき外に出て行った老人にたかるといい」
あの野郎家に火をつけやがったからな。金くらいはらえよと思う。
「暇を取れという……グスッ。事ですか?」
「いや、まあ、少し休んでもらって、次の人に仕事を……」
「ッ!!!!」
「ああ、ええ!?」
一瞬泣き止んだ彼女だったが、またシクシクと何かを呪うように泣きだした。
「我が王、謹んでお伺いします」
「……はい」