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 今年はきつい冬になった。


 身を切るような冷風は、きしんだ隙間だらけのあばら家に容赦なく入り込み、中も外もないような寒さだった。そんなあばら家に痩せた蚤のように身を寄せるたった一人の家族、じいちゃんの風邪が一向に治らず、ついには寝たきりのまま起きられなくなった。じいちゃんに精を付けてもらおうと、じゃがもをいくつか茹でてスープを作って飲ませたが、じいちゃんは元気にならない。


 家は随分と強い北風に吹かれて何度目か分からないほど聞いたピュウピュウという寒々しい音を立てる。寒い隙間風が肩のあたりをなぞるので、自分が着ていた鹿の毛皮をじいちゃんの体に巻き付け、最後の蝋燭に火をつける。

 まがい物の黄色い蝋燭は、それでも温かな光が零れ落ちるようにポゥっと室内を照らす。その温かそうな光が、余計に耳を引き千切るような極寒を感じさせた。


「じいちゃん。スープの飲む?」

「……もういい」

「食べなきゃダメだよ」


 じいちゃんは老猫のように体を丸めてつぎはぎだらけのベッドの上で丸くなった。まるでそれは、死期を感じ、早く楽になるのを待っているかのようだった。


 グロックは仕方なく残ったスープを鍋に戻し、大きなため息をついた。寒さと力仕事でひび割れた両手が、日に焼けたように赤く、朝から晩まで畑仕事をした足は棒のように固くなって曲げることもできなかった。そこまでしているのに、20エルクの畑にはまだ実りが無い。


「グロック……。いいか、お前には何も残せていないが……、俺の宝物をやる。お前が小さいとき何度も欲しがっていた……石だ」


 じいちゃんは長い畑仕事で指の曲がってしまった手を俺に差し出して、そっと花開くように手の中の石ころを見せた。何の変哲もない、そこらの道に落ちているような石。じいちゃんは酒をやらなかったが、いつもこの石を持ち歩いているような変人だったのだ。

 子供のころは、その石が何か特別な宝物のような気がしてよくせがんだ物だった。


 じいちゃんを安心させ、眠らせるためにグロックはその石を受け取った。長く握られていたはずの石は冷たく、じいちゃんの体があまりにも冷え切ってしまっているのが分かった。


「大事にしろ。ぜったいに無くしてはならん。それからもし、わしに何かあれば……わしの首を見ろ」

「分かったよ。じいちゃん」

 じいちゃんは小さくうなずいて眠りについた。

 その今にも消えてしまいそうな寝息を聞きながらグロックは思った。

「もし、王様になれたら、じいちゃんを医者に見せることができるのに」

 燭台に置いた蝋燭の火が一瞬強く光って、瞬く間に立ち消える。

 安物のろうそく故、水でも混じっていたのだろう。バチバチと一際強く輝て、すぐに暗く、寒い夜になった。



 朝、物音で目を覚ますと、なんだか無性に暖かい。

 目ヤニでベットリと張り付いた目を何度も擦って目をこじ開けると、自分は見たこともないような毛足の長い毛皮に包まれていた。そして暖炉には目を疑うような量の薪が銀色の甲冑を着た人間によってくべられ、パチパチと音を立てて燃えていた。


「何をする!!」


 薪は大事な財産である。これが無くては辛い冬を乗り切れはしない。これからドカ雪も降るというのになんということを!!

 激高するグロックの前にすぐさま仕立ての良い黒服に身を包んだ老人がやって来て言った。


「我が王。御身を冷しては一大事です。さあ、王城に戻られませんと。しかしよくこんな遠くまでお逃げになったものですな」

「なに!?」

「はい。爺やは分かっておりますとも。先代もあきれるほどに逃げ出す人で御座いましたから、その血が出たのでしょうね」

「じいちゃん!」

「はい。爺やはここにおります」

「お前じゃない!!」


 ベッドには何人かの兵士が固まって、じいちゃんの手首を握っている。


「死んでおります」

「おお、そうか。では火を放て」

「な、何を言っている!じいちゃん!じいちゃん!!」


 じいちゃんは起きなかった。俺を連れ去ろうとするその怪しげな手をはらってじいちゃんに触れると、真冬の雪のように冷たく、ピクリともしないほどに固くなっていた。


「じいちゃんー!!!!」

「我が王よ!死体に触れてはなりません!流行り病でも移ったらどうしますか!」

「じいちゃんに流行り病なんてあるものか!」

「さあ、王城に戻らねば」


 ずりずりと引きずられ、グロックは外へと運び出された。その後には何人も兵士が連なって家を出た。

 我が家には火をかけられ、その中でじいちゃんの体が燃えていく。鮮やかな赤炎はやがて舐めるように何度も蚊帳引き屋根を包む。そして、見えなくなった。後に残るのは黒い煙と草の生えた畑だけだった。


1エルク=1m


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