表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

8話

普通に普通のお願い

作者: 路世 志真


普通に、普通でいいと思う。


結婚8年目、結婚して初めて夫が単身赴任で家にいない。ここ2ヶ月、息子と二人きりの生活だった。


普通に結婚して、普通に主婦して、普通に子供産んで、自分としては、そこそこ普通に幸せな日々を送っていた。


普通な日々に、普通に息子が謎の卵を拾って来た。


「隼人~!帰るよ~!」

「ママ~!卵~!」

卵~!?


公園から帰ろうと、息子の隼人を呼ぶと、小さな両手に大事そうに卵を包んで走って来た。その卵は、鶏の卵と同じくらいの大きさの白い卵だった。


これ、何の卵?


「まだ暖かいよ?」

「鶏の卵?スズメかな?」

「持って帰る。」


えぇ!持って帰るの?!


「卵はこの子のお母さんに返してあげた方がいいんじゃない?元にあった場所に返そう?これ、どこにあったの?」

「こっち!」


隼人に案内されて着いたのは、公園のトイレの裏側で…………


土や草でできたツバメの巣が、無惨にも崩れ落ちていた。


きっと天敵に襲われて、巣が壊されたんだ。きっとこの卵1つだけがかろうじて残ったんだ……。他に卵は1つもない。周りに鳥もいない。可哀想だけど、卵を孵す方法なんて知らない。


「隼人、その卵はここに置いて帰ろう。残念だけど、多分この卵はもうかえらないよ……。」

「……でも……。」

そう言って隼人の手から卵を受け取ろうとすると、パキッと音がして、卵が少し割れた。

「嘘…………。」


その卵の割れた隙間から、強い光が出て来た。殻をやぶり、光を放ちながら卵から出て来たのは…………トカゲ?ヘビ?え?鳥じゃないの?

「これ、何?」

その生き物は、30センチくらいの長さの、細長いトカゲのような、ヘビのような、何の生き物なのかよくわからない生き物だった。


その生き物は、完全に殻から出ると、宙に浮いていた。


宙に…………浮いてる?


「わ~!凄い!」

「ありがとう!」

ん?今の何?


「僕を拾ってくれてありがとう!」

「うわっ!喋った!」

これが喋ったの?!気持ち悪っ!それでも、その生き物は喋り続けた。

「拾ってくれてありがとう!」

いや、別に拾ってないし。


トカゲのような生き物は、隼人を見て言った。

「ママ……。」

「ママ?ママはこっちだよ?」

「こっちはママのママだからおばあちゃんかな~?」

やめて!まだアラサーだから!おばあちゃんとか呼ばれる年じゃないから!!


トカゲのような生き物は、隼人の後ろをついてまわっていた。

「ママ~!」

「僕ママじゃないよ~!」

あれ、なんて言うんだっけ?生まれて初めて見た物を親と認識するあれ。多分、あれなのかな~?


「ママ~!この子連れて帰ってもいい?」

「え…………でも、この生き物何の生き物かわからないから、どうやって飼えばいいかわからないよ!」

カブトムシの幼虫だってグロテスクなのに……爬虫類なんて……。


「大丈夫です!僕、普通の龍ですから。」

「は?」

「普通で大丈夫です!」

いやいやいや、どこが大丈夫なの?普通って何?何なの!?龍って普通にいる?あれ?普通にいたっけ?架空の生き物かと思ってたんだけど!


どうしよう…………龍って何食べるの?トイレは?予防接種は?


「龍って何?」

「龍って……ドラゴン?」

「ドラゴン?火吹く?」

自分を龍だと言うその生き物は、するどい指の爪を横に振って言った。

「それは西洋の架空の生き物ですよ。僕は正真正銘、madeinJAPANの現実の生き物です。」

madeinJAPAN……?何故そこ英語?ノリが若干、カモンベイビー的なのは何故?madeinJAPANどこ?どこJAPAN?


「…………。」

口がふさがらなかった。

「それって凄いの?」

「めっちゃ凄いっす!」

なんか…………なんだろう…………


「ママ~!僕、この子飼いたい!」

「これ、飼うの!?」

「飼ってくれるの?」

龍が目を潤ませてこっちを見て来た。全っ然可愛くない……。どうせ飼うなら普通に犬とか飼いたいんだけど……。


私が迷っていると、隼人はその小さな龍と話しながら、家に向かって先に歩き始めていた。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

私は迷いながら隼人の後を追って帰宅した。


家に帰って夫に相談した。携帯を片手に、夕飯を何にするか冷蔵庫の中身を眺めながら電話した。


「だから、本当に龍って言ったんだって!」

「大丈夫か?1人で頑張り過ぎて幻聴が聞こえたとか?」

「そんな訳ないよ!ちゃんと聞こえて…………ちょっと待ってて。」


何だか隼人の笑い声で、電話の会話がよく聞き取れない。


「隼人、今パパと電話してるから少し静かにしてて。」

「あ、いいよ。こっちもそろそろ仕事に戻るから。まぁ、生き物をどうするかは、紗智に任せるよ。隼人~またな~!」

「パパ、バイバ~イ!」

そう言って電話を切られてしまった。


「何して遊んでたの?」

「ボール遊びだよ!」

何…………?このオレンジの玉?龍がオレンジの玉?!もしかしてこれ、ドラゴ◯ボール!?


いやいや、そんな事あるわけない。それ、完全に漫画の見すぎ。現実を見よう。きっと疲れてるんだ。きっとそう。落ち着いてもう一度ちゃんと見てみよう。


隼人は龍にボールを投げて、取って来させる遊びをしていた。

「取って来~い!」

いやいや、それ逆。あんたがボール集めて来るんだって。


「ママもやる~?」

そう言って手渡された玉は、意外と硬い。ボールって言ったってこんな硬いボールで遊んだら床が凹んじゃう…………

「隼人これ…………」


隼人にボール遊びを止めるように言おうとすると、ふと気がついた。


やだ…………!これ、全部で7個ある!中に星の印…………は、ないか。いや、だから私は一体何を確認してんの!?


すると、龍がこんな事を言い出した。

「ママ~!僕に名前をつけてよ!」

「だって。ママ、何がいいかな?」

「ややこしいからまず、ママと呼ばせるのはやめようか?」

すると、隼人はまず龍に、自分の名前を覚えさせた。


「うーん。龍に名前って言ったらやっぱり…………シェ◯ロンだよね?」

思わずそう口にすると…………


「シェロ?いいね!シェロ!!シェロ!!」

あ、いや、シェ◯ロンだって……。まぁ、隼人がいいなら……いっか。

名前が、シェロになりました。

「シェロ!取って来~い!」

そう言って隼人は勢いよくボールを投げた。


ガッチャーン!


棚に飾ってあったシーサーの置物の片方に、ボールが当たって割れた。


「シィーーーサァアアーーーーー!!」

私はシーサーの崩壊に思わず叫んだ。新婚旅行の思い出の品なのに!!普通当てる!?ピンポイントでシーサー狙う?!だからダメだって!!


くそ!!シーサーが負けた…………!!

「もう、家の中ではボール遊び禁止!!」

「うえぇええええん!ごめんなさいぃ~!!」


シーサーの亡骸を片付けて、ボールを全部没収して、ジップつきポリ袋につめてテーブルに置いた。こうしてみると、大きな飴玉みたいだった。


浮遊した蛇のような龍が隼人に耳打ちしていた。

「隼人、実はこの玉で願いが叶えられるんだ!何か叶えたい願いある?」

全部聞こえてるから。

「うーん。夕御飯はハンバーグがいいな。」

確か冷蔵庫にひき肉あったな…………って何で私が叶えようとしてんの!?


「喉乾いた~!」

「あ、じゃあ、おばあちゃんジュースください。」

「おばあちゃん言うな!あんたが用意するんじゃないの?!」

願いを叶えるとか言っといて、全然働かないじゃん。どこが正真正銘madeinJAPANの龍だよ!この怠け者!!


「他には?他に願いある?」

隼人はテレビの戦隊ヒーローに夢中だった。

「僕、今日もお米戦隊スイハンジャーに勝って欲しい!」

はい、その願いは龍が何もしなくても絶対叶います!!


「他には?」

「お風呂入りたくない。」

「他には?」

「明日もお友達と鬼ごっこしたいな~!」

龍はあからさまに落胆した態度だった。なんか…………逆にごめんね?


「他には?」

「ここ、ハサミで切って。」

そう言われると、龍は隼人の工作していた作品の端を…………パチン……パチン……悲しそうに切っていた。もはや雑用!!


「じゃ、じゃあ隼人のママは!?」

お、やっと順番が回って来た。ここは大人として、一攫千金とか誰もが羨む美貌~!とか…………とか…………とてもじゃないけど恥ずかしくて言えない。何浮かれてんだ?アホか?


「明日の朝、8時半までにゴミ出しして欲しいなー。」

龍がこっちもかよ。という顔をして、悪態をつき始めた。

「どいつもこいつも……。」

「あ、なんかごめんね。龍がいるとか願いが叶うとか信じてる自分が逆に怖いって言うか……。」

「疑ってる!?いいんだよ!!もっと骨のあるお願いしていいんだよ!!」

龍がもっと来いよと手を扇いだ。


骨のあるお願い……?何だろう?と悩んでいたら隼人が言った。

「じゃあ、み~んなが幸せになれますようには?」

「隼人……。」

優しい子に育ってくれてて母は嬉しいよ!!


それを聞いた龍は、少し震えて、目から光を放った。

「その願い、聞き入れた!」

え…………どうなるの?今からどうなるんだろう?


半信半疑で待っていると、龍が言った。

「今までお世話になりました。」

いや、今の今まで何って何も世話してないけど……。


「僕は今から東大を目指します!!」

「はぁ?」

「東大に行き、総理大臣になります!」

あ、うん、意外と現実的……。


「つきましては、修行の旅に出たいと思います。おばあさん、きび団子を用意してください。」

「それ無理だから。」

時代錯誤もいいとこ。きびなんか家にないよ。てか、それ鬼退治。


「じゃあ、修行の旅に出られないぃい~!願いが叶えられないぃいいい~!」

泣くな!うっとおしい!!

「ドラゴ◯ボールが、ただの玉になっちゃうよ~!」

「わかった!わかったから!」


きび団子の代わりって何だろう?

「お握りは~?」

「あ~そう思ったんだけど、お米切らしてたから今日は麺にしようかと思ってたの。パスタとハンバーグ。」

「わ~い!ハンバーグ~!」

はい、完全にきび団子の代わりとか、どうでもよくなりました。


ふと、コーンフレークが目に入ったけど……。

「コーンフレークならすぐ腐らないからいいですね!」

それを見ていた龍が言った。


いや、確かに日持ちするけど……。龍にコーンフレークを持たせて旅立たせるってどうなの?


「じゃ、お世話になりました。」

龍はコーンフレークの箱を抱えて出て行こうとした。

「いやいや、玉忘れてるから!」

「…………く……悔しい……全部持てない……。」

泣くな!うっとおしい!

「何か袋に入れてあげる。袋……袋……。」


袋になりそうなバッグを探していると、龍に注文をつけられた。

「できれば軽量防水がいいです。」

「そんなのないよ~!」

「ビニール袋は?」

「それ……レジ袋って事?」


結局、レジ袋を2重にして、7つの玉とコーンフレークと、隼人の選別のスイハンブルーの指人形を入れた。そのレジ袋をしっぽの先にぶら下げて、龍は言った。


「願いが叶うその日まで、しばらく待っていてください。」

「いつ戻って来るの?明日?」

「1日で受験は制覇できません。」

そこ真面目だね……。


「お元気で!」

そう言って龍は、ベランダから空へ飛んで行った。

「頑張れ~!」

隼人と二人で龍を見送った。


何だったんだろう……。


本当はわかってた。そんな願い不可能だよ。みんなが幸せになる日を待っていたら、私達はこの世にいられるかわからない。それくらい待つと思う。


叶えられない願いは龍に任せて、私達は私達の叶えられる願いを叶えていけばいい。


「隼人、龍は誰かの願いを叶えるために努力しに行ったんだね。私達も、龍が帰って来た時に、幸せだねって言えるようにしようね。」

「うん!シェロが帰って来た時、僕、手伝うよ!」

何を?と、思ったけど、別にいっかと思った。


夫から電話が来た。

「どうしたの?」

「思ったより仕事が早く終わりそうで、そっちに戻るのが早まりそうなんだ!」

「本当に!?やったね隼人!パパがもうすぐ帰って来るって!」

それを聞いて隼人は大喜びしていた。

「やった~!お願い叶ったね~!」


「そういえば、生き物は?どうなった?」

「あ~、気持ち悪いからコーンフレーク持たせて追い出したよ~」

「コーンフレーク?」


隼人と私の本当の願いが叶った。あーあ、本当に願いが叶うなら、やっぱり一攫千金とか妖艶な美貌とかお願いすれば良かったかな~?…………ま、いっか。


それからというもの、龍は毎年写真つきの年賀状を送ってくるようになった。龍は少しずつ大きくなって、龍らしくなっていた。


「え…………これ、あの龍?」

年賀状にはこう書いてあった。


目にゴミが入って、こすったら目つきが悪くなってしまいました。今では、玉を世界中に投げて、様々な人達に取って来~い!をして遊んでいます。


それはそれでなんか…………複雑な気分……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ