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二律背反  作者: 鳴海真樹
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幼き日に互いに結婚することを夢見たアルバートとエレノア。

アルバートの発明とエレノアの長年の説得と相まって二人はようやく一緒にいることを認められた。

その時、お互いは20歳を少し過ぎていた。


シャルリアンテ家始め大多数の魔族は二人の結婚を良しとはしなかった。

その為シャルリアンテ家の当主であり事実上魔族のトップであるエレノアの父[ローランツ・シャルリアンテ]は二人の結婚を認める代わりに条件を出した。


一つ。アルバートの発明を無償提供すること。

二つ。エレノアの素性を隠匿すること。

三つ。エレノアはシャルリアンテ家との繋がりの一切を断つこと。

四つ。今後は汎族として生きること。


以上四つを条件として提示してきた。

アルバートとエレノアは互いに話し合い、エレノアは姓をエータクスに変え汎族として生きることを約束した。

そして夫婦は汎族と魔族の両部族の都心から程遠い深い森奧に一軒の家を構えた。


「できたよ、エレノア!ここが僕達二人のマイホームだ!」

「えぇ、やっと部族のしがらみから解放されるのね!」


アルバートの発明のお陰で、エレノアの魔法に頼ることなく家はすんなり完成した。

それほどまでにアルバートの発明がもたらす技術力は進歩していたのだ。

エレノアは家の完成に泣いて喜んだ。

これで二人で静かに暮らせる、そう思っていた。


しかし、[この世界の在り方]はそんな二人の平穏を是とはしなかった。

アルバートの発明の偉大さを小耳に挟んだ汎族の長である[レオナルド・ダークス]はエータクス家に目を付けた。

もともとダークス家は汎族奴隷化計画の際、奴隷化を免れた2割の世帯の家計だ。

今ではダークス家筆頭に、その2割の世帯が中心となって汎族の街を築いていた。

レオナルドは早速エータクスの家長でありアルバートの父である[マーグス・エータクス]を呼びつけた。

その当時はアルバートの発明のお陰でエータクス家はシャルリアンテ家の奴隷から解放されて、平民汎族として暮らしていた。

そんな悠々自適な生活をしていた折、族長に呼び出されこんな提案をされた。


「エータクス家長であるマーグス・エータクスよ。そなたに貴族の称号を与え一家揃って汎華街で暮らすことを許そう。その代わりそなたの息子アルバートの発明を我がもとへ献上させよ。」


[汎華街]というものは汎族がくらす街の中でも上位の街である。平民で毎日が安定していないエータクス一家にとってその提案は非常に有難いものだった。

そして何よりエータクス家には育ち盛りの次男がいた。

マーグスは二つ返事で首肯し、アルバートに発明の献上を依頼した。


依頼を受けたアルバートは快く引き受けた。

自らの発明が誰かの役に立てるなら。

そう思い、より発明に勤しんだ。

そんなアルバートの様子をエレノアはあまり良くは思わなかった。

やっと平穏な毎日を手に入れたのに、それを崩すきっかけになり得ることを本心はして欲しくなかった。

けれど今の安寧があるのは、アルバートの類まれなる発明のお陰。

そしてなにより、楽しそうに発明に取り組むアルバートを傷つけたくはなかった。

エレノアは穏やかな笑顔の底で、寂しさと応援したい葛藤に苛まれていた。


そんな悶々とする毎日を過ごすある日、エレノアのお腹に一つの命が宿った。

その頃アルバートは発明が一段落しており、妊娠中ずっとエレノアの傍にいた。

エレノアは心の底から安堵し、幸福感に包まれていた。


「あなた、私達の赤ちゃんよ。ほら触って?」

「動いた!?動いたよエレノア!」

「うふふ。私達の子供ですもの。きっと元気いっぱいで賢い子よ」

「きっとそうだよ!もうじきパパになるのかぁ」

「そうよ。だからあんまり遠くに行かないで、ずっとここに居てね?」

「もちろんさ!」


エレノアは思った。

(あぁ、ずっとこのまま平和な日々が続けばいいのに)


エレノアの心身状態が良好だったおかげか赤ちゃんはすくすく育ち、無事元気な娘が生まれた。

娘は[アリシア・エータクス]と名付けられ、それはもう玉の様に可愛がられた。

娘が一人で歩けるような年になった時、アルバートは族長であるダークス家に召されることになった。

レオナルド・ダークスが再びアルバートの発明を欲しがったのだ。


アリシアが歩けるようになる頃には、アルバートの発明は各地に出回り魔族汎族関係なく生活の質は向上していった。

その結果魔族は奴隷を必要としなくなり、徐々に奴隷汎族の世帯は解放され街に集まっていった。


ダークス家に召されたアルバートは、今や上級貴族の代表にまで上り詰めたエータクス家が見守る中族長のレオナルド・ダークスと対面していた。


「そなたがアルバート・エータクスだな。こうして対面するのは初めてだが、そなたの偉業と発明は兼ねがね聞いておる。」

「ありがとうございます」

「今日そなたを呼び出したのは他でもない。そなたの発明をより一層改良して献上して欲しいのだ。」

「・・・僭越ながら、現状でも発明品は献上しておりますが?」

「知っておる。そのお陰で汎族の奴隷も解放されつつあるのだからな。しかし全員ではない。そんな同胞を救いたいとは思わんか?そなたの発明があればそれも可能だろう。」

「・・・」

「それに聞くところによると、そなたは森の奥深くに家を構えひっそりと暮らしているそうだな」

「はい・・・」

「汎華街に移住すれば母子共に貧しい思いをせんで済むぞ?それにそなたには工房を与えよう。そこでならより高水準の発明ができるぞ。どうだ?悪い考えではないだろう?」

「・・・少し考えさせて下さい」


アルバートはそう言い残し重い足取りで帰路に就いた。

道中葛藤に揺れていた。

(汎華街に移ればエレノアとアリシアに楽をさせてやれる。そしてより高レベルな発明も。だけど・・・)


実はアルバート家族への汎華街移住の誘いは今回が初では無い。

アリシアを授かる少し前、エレノアに移住の提案をしたことがあった。

その時のエレノアからは普段の明るい笑顔が消え失せ、真摯な訴えで拒否された。

そしてその提案のせいかは定かではないがエレノアが頻繁に夜を求めるようになった。

アルバート自身、そのことに違和感は持たず寧ろカワイイ愛娘を授かったのだから感謝さえしている。


「一応、エレノアに相談しよう。」


深い森を抜けると愛しき我が家が出迎えてくれていた。


「ただいま~」


アルバートの帰りを待ちわびていたように愛しき娘が走って抱き着いてくる。


「おかえりなさい、パパ!」


そしてキッチンの奥からエプロン姿のエレノアが顔を出す。


「おかえりなさい、今日は少し遅かったわね。御飯もう直ぐできるから、お風呂に入って来てね」


いつもと変わらない暖かい家族の温もり。

アルバートは無性に目頭が熱くなった。

悟られない様に小さく首肯し風呂に駆けこんだ。


「パパどうしちゃったの?」

「よっぽどお風呂に入りたかったのね」


アルバートは湯舟の中で天秤に揺らされていた。

汎族の解放という大義名分の元、汎華街での暮らし。

現状維持で家族と変わらぬ毎日がある、森奧での暮らし。

エレノアやアリシアのことを考えれば後者を選ぶべきなのは[父親]として当然のことである。

しかし、自らの才能の可能性を開拓したい[開発者]としては前者の甘言は捨てるには惜しい誘いである。

アルバートは答えが出ぬまま湯舟に揺れていた。


「あら、今日のお風呂は長かったわね。遠方の出張で疲れた?」

「あぁそれもあるし、ちょっと考え事をしててね。」

「考え事?」

「後で話すよ。それより今は家族の団欒だ。」

「そうね。さぁアリシア席について。」

「うん!」

「「「いただきます」」」


食事が終わりアリシアが眠りに就く頃、アルバートはリビングにエレノアを呼んだ。


「それで話って?御飯の時に言ってた考え事のこと?」

「うん・・・そのこと」


いざ相談しようとするとかつてのエレノアの姿が頭をよぎり上手く切り出せない。

そんな煮え切らない様子のアルバートを見て何かを感じ取ったエレノアは小さく溜息をつきアルバートに促した。


「当ててあげようか?ダークス家に召されて、汎華街に移住するように勧められた。けれど家庭のこともあるし、私が良い顔をしないからどうしようか決めあぐねてる。違う?」

「!!・・・その通り・・・です。」


アルバートはとてつもなく驚いた。

妻の言うことは徹頭徹尾合致しており、まるで超能力の如く見抜かれたのだから。

エレノアは縮こまっているアルバートの隣に座り、優しく微笑みかけた。


「私もね、あれから考えたの。今でも、汎華街に移住することは私個人ではしたくないわ。けれどアリシアのことを考えたら移住も悪くないかなと思えてきたし」

「きたし?」

「何より、あなたがいつも私達のことを考えてくれているのは知ってるから、あなたが移住したいのであれば私は反対しないわ」


アルバートは込み上げてくる熱いものに目頭が耐え切れず再び泣いてしまった。

エレノアはそんなアルバートを優しく抱いた。


「ねぇあなた、覚えてる?私が泣き崩れた時、こうやって抱き寄せてくれたの。」

「あぁ、覚えてるよ。」

「その時のあなたは、ぎこちなかったけど確かな安心感があったのよ。だから私この人ならこの先任せられると思ったの。」

「そうなんだ」

「そうなの。それでね、あなたに覚えていて欲しいことがあるの。」

「何?」

「あなたの発明する品々はどれも素晴らしいわ。今の私達の平和もそのお陰だもの。でもね、私が惚れたのは、楽しそうに発明する[あなた]であって、あなたの発明する[物]じゃないのよ?」

「それってどういう・・・」

「いずれ分かるときが来るわ。じゃあ今日はもう寝るわね。お休みなさい」


エレノアはそう言い残し一人寝室に行った。

アルバートは言葉の意味を噛みしめ後を追って寝室に行った。


翌日アルバートは朝早くからダークス家に赴いた。

先日の提案の是非を伝える為だ。


「失礼します、レオナルド卿。先日のお誘いの返答をしに参上しました。」

「おぉ、待っておったぞ。それで移住の提案は勿論受けるのであろう?」

「その件に関して妻と吟味検討致しました。大変有難いお誘いとは重々承知の上なのですが、移住の件は丁重にお断りさせていただきます。」

「なっ、なんと!?」


レオナルドの顔は驚愕に染まっていた。

同席していたアルバートの家族も信じられないという顔をしていた。


「本日お邪魔させて頂いたのはこの件を伝える為です。それでは失礼致し」


アルバートがそう言いかけた時、レオナルドが唐突に遮った。


「そなたの意見しかと受け取った。では、帰る前に少し与太話に付き合てくれ。」

「・・・はぁ」

「これはな、たとえ話だ。そなたの発明品実に見事だ。しかしその発明品にも欠陥がある。使用者の[誤作動]によって事故が起り得るということだ」

「それは、まぁ・・・だからこそ使用者の方には細心の注意を払っていただくわけですが」

「そうだな。ところで話は変わるんだが、儂は最近伐採にハマっておってな。丁度良く生い茂った森をみつけたのだ。そこの木は使い勝手が良くてついつい取り過ぎてしまうのだ。」

「はぁ・・・」

「話を戻そう。そなたの発明品の中に高速伐採機があっただろ。それがとても便利で今も従者に木を伐りに行かせておるのだ」

「それはどうもありがとうございます。・・・あのそろそろよろしいでしょうか?」

「まぁ待て、話のクライマックスはここからだ。木を伐りに行かせておるわけだが、何分従者も儂もその森に詳しくなくてな。もし仮に[その森に居住者がいて、倒れた木がその者に被害を及ぼしても儂らは知らなかった]から仕方がないのだ」


アルバートはその言葉を聞いた瞬間、悪寒が走り礼節を忘れ一目散に我が家へと走った。

家の近くに来ると一本の大木が倒れている様子と娘が泣き叫ぶ様子が見て取れた。

急いで駆け寄るとエレノアが大木の下敷きにされていた。

血の池が広がりエレノアの顔からは血の気が引いていた。


アルバートは咄嗟にあった発明品を手に取り大木をどかした。

どかすと腹からおびただしい量の鮮血が噴き出していた。

アルバートは娘に傷を抑えて止血しておくよう指示すると、工房の中から医療関連の発明を引っ張り出して来た。


アルバートが戻ると、娘が必死に止まってと懇願していた。

その手元は血でベットリ染まっていたが、うっすらと青白く光を帯びていた。

そんなことなど気にもとめていないアルバートは発明品で臓物の修復と傷口の縫合を行い汎族の病院に向かった。


病院に着きエレノアは集中治療室に運ばれた。

手術室の外に取り残されたアルバートとアリシアはただひたすらに祈った。


「「どうか無事でありますように」」


しばらくして医師が出てきた。


「どうでしたか?妻は!エレノアは無事ですか!?」

「落ち着いて下さい。手術は成功です。」


その言葉を聞いて親子そろって胸を撫で下ろした。

医師が続ける。


「というより、手術するまでもなかったんですよ。傷ついた臓器はある程度まで修繕され、出血は見事に止まっておりました。」

「それじゃ、妻はまた元の様に!?」

「・・・残念ですが、それは出来ません」

「・・・え?だって損傷個所は治ってるんですよね?」

「はい、傷はある程度修繕されております」

「じゃあ何故!?」

「臓器以外の体組織の損傷が酷いんです」

「え?どうして?」

「・・・ここからは娘さんには気の毒な話になると思います。アルバートさん一人でお越し下さい。」


そう言って医師は院長室を指差し一人行ってしまった。

突然のことに思考はまとまらなかったが、話を聞かなくちゃという使命感はあった。


「アリシア。一人で待っていられるか?」

「うん」

「そうか偉いぞ。じゃあお父さん話聞いてくるから、ここで大人しく待っているんだぞ。」


アリシアはもう13歳になろうとしていた。

分別の着く歳になっていた。

アルバートはまとまらない思考状態で院長室のドアを開けた。

すると中には、先程の医師が座っていた。

どうやらこの医師は院長のようだが、そんなことはどうでもよかった。

アルバートは促されるままに椅子に腰掛け院長の話を聞いた。


院長の話はこうだった。

曰く、現状命に別状は無く損傷した臓器及び傷口は塞がり機能している。

しかし、修復に用いられた器具の副作用で健康な体組織を傷つけてしまっていた。

それ故体はもって三年が限度であるということ。

その治療はさながら、[寿命と引き換えの治療]の様であると。

しかし、本来なら即死だったのを余命三年に引き延ばすことができたのは発明のお陰とのことだった。

アルバートは目の前が真っ暗になる感覚を覚えた。

平和な毎日を送る筈だったのに、ある日突然嫁が余命宣告受けたのだ。

正気でいられるわけがない。


しばらく動転していたら幾分か落ち着きを取り戻し、院長の不可解だという点を聞いた。

アルバートの発明した医療器具は寿命と引き換えに治療するというもの。

しかし、傷の具合から考えるに余命三年は割に合わない。

本来なら一年でも多いだろうということだった。

それはつまりエレノアの余命を伸ばすに至った原因が発明品以外にあるということを示唆していた。

けれど今はそんなことは考えられない。

アルバートは消沈する面持ちで娘のところへ、そして妻の眠る病室へと足を運んだ。


妻は翌日目を覚ました。

その時は病院であるのを忘れる位大騒ぎした。

「生きてる」この実感が得られたのだ、騒がずにはいられないだろう。


それから毎日親子代わる代わるでエレノアの病室へと赴いた。

当然妻と二人きりの時、余命の話をした。

妻は悲しいのを押し殺す作り笑顔で


「心配ないわ。残り三年でも私達家族は永遠でしょ?だからそんな悲しい顔しないで」


自責の念と不甲斐なさに押しつぶされそうになるアルバートを元気付けた。

アルバートはその時残りの僅かな期間、「少しでも一緒にいよう」そう思った。


エレノアが入院して二年が経過した。

その頃にはエレノアの体調はすっかり元気になって退院してもいいというお達しが出た。

アルバート家族は久し振りに我が家に帰った。

二年放置していたから草木が伸び切って酷い有様になっていると思っていた。

けれど家の外内両方が綺麗にされていた。

そして机に一枚の書置きが残されていた。


「兄者、お帰り。俺が言えた義理じゃないけど、お幸せに」


書置きにはそう記されていた。

アルバートはかつてともに暮らした家族のことを思いそっとその書置きをポケットにしまった。


それから半年が過ぎた。

エレノアの余命も半年だ。

アリシアは15歳を過ぎており、すっかり大人びた風貌だった。

エレノアはここのところ床に就くことが多くなった。

体がしんどいのであろう。

その様子を見てアルバートはある強迫観念に駆られていた。


(僕が凄い発明すればエレノアの寿命だってなんとかできるかもしれない!今までだって偉大な発明をしてきたじゃないか!)


アルバートは次第に自室の工房に籠る様になった。

当然エレノアとの会話はアリシアが主になっていった。

アリシアはエレノアからいろんな話を聞いていた。


「ねぇ、アリシア。パパはどこかしら?」

「パパは・・・今日も工房に籠ってる。」

「・・・そう。何か忙しい理由とか言ってた?」

「特には聞いてないよ」

「・・・。ねぇアリシア。パパはね、とてもすごいひとなのよ。」

「うん。知ってるよ」

「パパはね[この世界の在り方]を変えられる発明家さんなのよ。けどね、本当のパパの魅力はそこじゃないの。ひた向きに何かを取り組んでそれを楽しめるのがパパの魅力なのよ。」

「そうだね。発明しているパパはいつも楽しそう」

「そうよ。でもね忘れちゃいけないのは、パパはね。発明と同じくらい・・・もしかしたらそれ以上に私達家族のことを愛してくれているのよ」

「・・・」

「うふふ、まだ早かったかしら。けどいずれ分かる時が来るわ」

「パパが私達のことを大切にしてくれてるのは知ってるよ。でも・・・だったらなんで一人工房に籠ってるの?ママがこんな状態なのに!それにもう、ママとこうして話せるのだって長くはないんだよ!?」

「・・・あの人のことだから、きっとまた空回りしてるのでしょう。」

「ママはそれでいいの!?もう生い先短いんだよ!?」

「いいの。私はじきにいなくなっちゃうから、パパの重荷にはなりたくないの」

「どうして!?ママは病人だよ?もう直ぐ死んじゃうんだよ?パパにわがまま言っても許されるよ!パパに発明なんて辞めて一緒にいてって言おうよ!」

「アリシア。いいの」

「でも、でも・・・」

「ありがとう。私の為にそこまでしてくれて。けどね、あの人もあなたと同じくらい私の事を思ってくれているのよ?私はとても幸せだった。あの人に出会えて、あなたに出会えて本当に幸せだったの。この先生きられない事が悔しくないって言えば嘘になっちゃうけど私は充分満足しているわ。」

「・・・」

「じゃあ私はそろそろ寝るわね」

「うん。お休み」


それから二ヶ月が過ぎた。

アルバートは久々に工房から出た。

実に七ヶ月ぶりの外である。

アルバートはその足で妻の横たわるベットに駆けた。

試作の発明品を携えて。


「エレノア!出来たぞ、これで助かるんだ!エレノア!エレ・・・ノア?」


アルバートが見たのはエレノアの最期だった。

妻が寝そべるベットの傍で一人小さく泣いている娘の姿があった。

この瞬間アルバートは悟った。

(あぁ、エレノアが死んだ)のだと。


アルバートは茫然自失のままベットに歩み寄り冷たい手を力いっぱい握り締めた。

その際持っていた発明品を床に落としたがそんなことは気にも留めなかった。

どれだけ握っても握り返すことのないその手は、もうエレノアがこの世にいないことを雄弁に物語っていた。

アルバートの顔はぐしゃぐしゃだった。

その様子をアリシアは恨みがましそうに見ていた。


「パパ、お帰り。今更何しに来たの?」


アリシアの語気には溢れんばかりの恨みが込められていた。


「ねぇ、パパ。どうしてママと一緒にいてあげなっかったの?どうして工房に籠ってたの!?そんなに発明が大事だった!?家族のことより発明が大事だった!?」


苦しそうに、でも言わずにはいられないという想いが娘から伝わった。

娘の瞳には大粒の涙が溜められていた。

アルバートはふとエレノアの言葉を思い出した。


「あなたの発明する品々はどれも素晴らしいわ。今の私達の平和もそのお陰だもの。でもね、私が惚れたのは、楽しそうに発明する[あなた]であって、あなたの発明する[物]じゃないのよ?」


(あぁ、今ならわかるよ。その言葉の意味が・・・。僕は過ちを犯してしまった。妻と一緒に最後まで一緒にいてあげるべきだったのに!発明にかまけて、本当に大切なものを見失っていた!)


アルバートは悲しみと後悔のあまりに言葉にならず只々嗚咽がもれるばかりだった。

その様子を見てアリシアは一つの決断をした。


しばらくしてアルバートとアリシアはエレノアの遺体を家の庭に埋めた。

彼女の好きだった花も添えて。

その間親子の会話など無かった。


母の供養を終えたアリシアはアルバートをリビングに話があるからと呼んだ。

アリシアは淡々とこれからのことをアルバートに話した。


「お父さん、いえ。アルバートさん。私はこの家を出ようと思います。」

「・・・え?突然何を?」

「アルバートさんは工房に籠りっきりで知らないと思いますが、今外では大変なことになっているんです。私は[この世界の在り方]についてお母さんから聞きました。そして外のことも。外では魔族と汎族が今にも戦争を起こそうとしているんですよ。」


実の娘であるはずの人が他人行儀で話している。

加えて、魔族と汎族が戦争?何故?動機は?

いきなりのことに頭が追い付かない。


「何故って顔ですね。ですがこうなった原因はあなたにあるんですよ?あなたの発明は奴隷だった汎族を解放し、汎族は力をつけ魔族と対等になるまでの力を付けました。そして今度は魔族を奴隷にしようと企てました。それを知った魔族は汎族との全面戦争を宣言したんです。」

「・・・」

「正直現段階において魔族側に勝機はありません。皆あなたの発明によって魔術適正が薄れてきたからです。そして魔族の長であるシャルリアンテ家はご高齢でまともに指揮が出来ません。」

「(シャルリアンテ・・・二度と聞くことはないと思っていたのに)」

「魔族側において汎族の科学に対抗できるのは一人しかいません。それが誰か分かりますか?」

「・・・分からない。シャルリアンテ家の誰かか?」

「・・・半分正解です。汎族の科学に匹敵する魔術適正の持ち主は私です。私は魔族の代表としておじいちゃん、ローランツ・シャルリアンテさんの推薦で魔族の総指揮官として白羽の矢が経ちました。」

「なんで・・・お前には魔法を教えてこなかった!それが何故、お前が指揮官になるんだ!?それにシャルリアンテ家とは縁を切ったはず・・・」

「[魔法が使えない]とは言わないんですね・・・。その様子だと薄々気づいていたみたいですね。汎族として育てられても半分は魔族の血が流れている。これが魔法が使える理由です。それにローランツさんの言い分では、契約の対象は飽くまで母のみであり、私は関係ないとのことです。魔法はおじいちゃんに教わりました。」

「・・・そうか。」

「あなたとはここでお別れです。私は今からアリシア・シャルリアンテです。魔族の未来の為先陣を切ります」

「だめだ!行かせられない。魔族と汎族との戦争なんて行かせられない。親として、それは見過ごせない!」

「・・・。当然そう反論してくるのは予想してました。・・・これを見てください」


アリシアはそういって指の先端をアルバートに向ける。

アルバートがそれを見ると意識が霞む感覚を覚えた。


「暫くここで大人しくしていて下さい。目覚める頃には全て片付いていますよ。あとこれは母の形見として持っていてください。」


そういってアリシアは覚束ない手に七ヶ月の成果の発明を握らせた。

その時のアリシアの手は震えているように感じた。


「では・・・さようなら、パパ」


アルバートは娘の背中を最後に意識が途絶えた。


アリシアは恐怖に震えていた。

無理もない。

いくら気高く振舞っていたとは言えまだ15歳だ。

戦場に赴く歳では無い。


「ごめんなさいお父さん。でもあなたを戦争に巻き込まない為にはこうするしかなかった・・・。なるべく誰も死なせない様にするから。・・・帰れたらいっぱい叱ってね」


アリシアは戦闘服に身を包み最前線に立った。


一方汎族前線。


「兄者にはまだ連絡つかないのか!?」

「全然だめ、うんともすんとも」

「あぁくそ!兄者の発明がこの戦争の鍵だってのに!」


一つの家族が揉めていた。

そして戦争開始の合図が鳴り響き両族の殺し合いが始まった。


戦争に参加できていないアルバートは一人横たわっていた。

その手には先程渡された発明品が赤々と眩しい光を放っていた。

その光がアルバートの体を優しく包むとアルバートは徐々に意識を取り戻した。

その際アルバートはエレノアの声を聞いた。


「起きて。まだあなたの仕事は残っているでしょ?」


幻聴でも聞き慣れた声がたまらなく愛おしかった。


「あぁ、僕にはやらなきゃいけないことがある!」


アルバートは発明品を携えて全速力で戦地に向かった。


戦争は半ば終わろうとしていた。

当然汎族側の優勢だ。

いくらアリシアの魔法が強力でも数と科学の暴力には敵わない。

当然同胞達は次々発明品にやられていった。


「そろそろ限界かな・・・これ以上犠牲を増やさない為にも将である私が!」


決死の覚悟だった。

アリシアはせめて自分が死ねば戦争は終わり、同胞は助かるだろうと思うしかなかった。

そして、せめて敵の将を討たねばという強迫観念に駆られていた。

アリシアは声を大にして


「汎族の将よ、私は魔族の将だ!当方と一騎打ちがしたい!」


と叫んだ。

すると呼応するように汎族の側から


「魔族の将よ、その心意気見事なり!私が汎族の将だ。」


屈強な肉体に鎧を包んだ男が前に出てきた。

アリシアは確信した。

私、死ぬんだ。と。

けれども後に退くという選択肢は無かった。

魔法で身体能力を向上させ将の真正面に飛び込んだ。

汎族の将は金属製の細長い棒を携えアリシアに切りかかった。

アリシアはすんでのところでよけ、魔法で生成した光の剣を相手の胸板に突き刺した。

同時に汎族の将も金属製の棒をアリシアの胸元に突き刺した。

両者の肉を刺す感覚がその手に伝わった。


自分に刺さっている様子は無く勝利を確信して前を見ると見慣れた顔がそこにはあった。


「えっ・・・?パパ?」「えっ・・・?兄者?」


両名の突き刺した剣は見事、アルバートの脇腹と左胸を貫通していた。

両者は咄嗟に剣を抜いた。

アリシアは、吐血し倒れるアルバートを抱え瞬時に魔法で傷口の修復に取り掛かった。

汎族の将であり、アルバートの弟である[アーノルド・エータクス]は兄者の容体も心配だったが、魔族に攻め入ろうとする同胞に指示を出し、手出しをさせないようにしていた。

両族は戦いの手を止め、互いの将の動向を見守った。


アルバートはアリシアの腕の中で血の気が引くのを感じていた。

(あぁ、これが死ぬって感覚か・・・エレノアもこんな感覚だったのかなぁ)

いくらアリシアの回復魔法が優秀でも致死の傷は塞ぎきれない。

それはアリシア当人が一番よく分かっているが、それでも回復魔法の手は休めない。

そこでふとアルバートが口を開く。


「・・・アリシア。また会ったな。元気か?」

「うん元気だよパパ。だからもうこれ以上喋らないで!」

「そうか、元気ならいいんだ。もう僕は助からないよ・・・」

「そんなことない!きっと治るから!治して見せるから!」

「・・・ありがとう。お前に・・・渡したいものが」

「何!?」

「これだ・・・。さっきは母の形見として、持っていてくれって言ったけど・・・やっぱりお前が持っておいてくれ・・・。ちょっと早いが・・・誕生日プレゼントだ」

「これは、さっきの発明品・・・?」

「あぁ、これがあれば・・・こんな不毛な争いは、しなくて済む・・・」

「どういうこと?ねぇパパ!?」

「詳しい使い方は・・・デスクにある」


そこで全軍に待機の指示を送ったアーノルドが血相を変えて戻ってきた。


「兄者ぁ!」

「・・・おぉ、久しぶりだな。元気そうで・・・なによりだ」

「あぁ、俺は元気だ。兄者も元気になるんだ!」

「あはは・・・俺はもうだめだ」

「諦めんなよ!」

「そうよ!生きてパパ!」

「・・・僕は幸せもんだな。・・・こんなに愛されて。」

「パパ!しっかりして!」「兄者ぁ!」

「・・・アリシア、アーノルド。よく聞け」

「何!?」「なんだ!?」

「お前達が・・・世界の在り方を変えろ。二律背反を成し遂げるんだ・・・」

「うん!絶対やるよ!」「あたりめぇよ!」

「・・・」

「パパ!?パパ!!」「兄者!!」


アルバートは静かに息を引き取った。

アリシアとアーノルドは戦場に響き渡る声で泣き叫んだ。


こうして魔族汎族戦争は一人の男の犠牲によって幕を下ろした。

アリシアとアーノルドは魔族と汎族の代表として、共に生きることを誓い[人族]として統一するのであった。

そしてアルバートの遺した発明品を元に、誰でも使える魔法を確立し生活を豊かにしていった。



「こうして魔族と汎族は人族として仲良く暮らしていきましたとさ。めでたしめでたし」


老婆がそう締め括ると膝の上に座っていた子供は目に涙を浮かべながらゆっくりと降りて行った。

周りに集まって聞いていた子供達も皆それぞれ涙を浮かべていた。

一人の子供が泣きながらに老婆に質問を投げかけた。


「それでそのアリシアって人は今はどうしてるの?」


老婆は少し考えこむようにして、ゆっくりと答えた。


「そうだねぇ・・・私が憶えてることだと、アリシアさんは人族の条約を結んだ後は魔族と汎族のハーフとして、両族の架け橋になっとたねぇ。」


「へぇ!それでその後は?」

「その後?その後はそうねぇ、どこかの都心から程遠い深い森奧の家で隠居生活を送っているのかもしれないねぇ」

「そっか~、じゃあおばあちゃんと一緒だね!」

「そうだねぇ」

「じゃあおばあちゃん僕達外で遊んでくるね!」

「気を付けてね」


子供たちは家を飛び立し庭で思い思いに遊んでいた。

老婆はふと窓から差す陽の光を眺めた。


「お父さん、お母さん。世界の在り方はこんなにも変わったよ。私、お父さんの言いつけ守れたよ・・・。今そっちにいくね・・・。」


翌日老婆は家の前の墓に埋められた。

それは久々の三人一緒の時間だった。



二律背反:完

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