2話: 宴会(後)
公爵たちが戻ってくると、それまで押し黙っていた騎士団の一人が立ち上がった。ほぼ全員の目線を浴び、きまり悪そうに咳をした。
立ち上がったのは男の方で、二人ともゆったりとしたリネンのシャツに、緑のマントを羽織っている。腰にサーベルを吊るしているのが男、ピストルが女といった具合だ。
「もうそろそろ本題に入ります」
それだけ言うと、今度は女も立ち上がった。
「我々は来るべきヴェクトの脅威にどう備えるか、それを話し合いにきたのです。公爵、失礼をお許しください」
公爵は首を縦に振った。
「あの穏便なヴェクトが夏、ワセロに宣戦布告をしたことはお分かりのはずです。我々の戦力をもってしても、彼らを退けられるかどうか......。我々は要は、治安維持部隊なのです。この本国に侵入されれば、もう為すすべはありません。政治的交渉による解決が望ましいです」
ベルベットが一瞬、にやっとしたのをエルノは見逃さなかった。が、何故かは分からなかった。
貴族の一人がこう言った。
「長年疑問に思っていたのだが、君らはなんの役に立つのかね? ただ居座って、本部などというものをつくり、領地を占領しているだけではないのか。君らの土地を撤廃すれば、貴族の家が数個は建てられるだろうに」
「ルゼ伯爵。確かにエルナス亡き後、我々の活動は制限されてきたのが事実です。団員の多くが抜け、士気も下がり、以前のような一軍隊とは呼べません。しかしそれは現状のこと。戦が始まれば、各地から元団員や新規兵のいくらかを確保できるはず。それだけでも十分な戦力......つまり奴らを領地から追い返すくらいの仕事はできます。これでも不安なようでしたら、実は今、この会に次期団長が同席しているのですが、彼を見つけて、直々に不安を叩きつければどうです。本題に戻りましょう」
みんなベルベットの方を見たが、ベルベットは小さく首を横に振った。ベルベットの横の、小さな子供が当人だとは誰も思い付かなかった。公爵は、二人の少年少女を「ベルベットの子供だ」と紹介したのだから、これが巷で噂のエルノだとは気づかなかった。
「知っての通り、前皇帝ノーマスの病死後、リミダがその後を継ぎました。リミダはヴェクト帝国の力を見せつけるため、ワセロを攻撃したのです。どの国も、ヴェクトは危険だと認識することになるでしょう。当然、あの奇襲攻撃には非難もあがることでしょうが、一度再起してしまえばもう取り返しはつかないのです。メディアという毒はすでに、ヴェクト全体に回っております。もう戦争を回避することは不可能です。住民、兵隊ともども腹をすかせた獣と化けました。奴らは次に、同じく隣国であるここガルデを攻撃します。総力戦は不利です」
「......レイラ、もうよい。ここの連中に頼っても、成果は得られまい」
ベルベットが重い腰をあげた。レイラと呼ばれた女性団員は一瞬、硬直し、押し黙った。
ベルベットはリノアを指した。途端、彼女の体が震えだす。
「というのも、我々は二つの武器を手にしているのです! ひとつは......この少女がヴェクト皇帝の妹であること!」
ベルベットはエルノを指差して言った。
「ふたつめ、この少年こそ“紅の騎士”の息子、エルノであること!」
場がざわざわしだしたので、公爵は「静粛に」と釘を刺さねばならなかった。
「わし公認だ。続けろ」
「ありがとうございます。して、私が提案する作戦の前に、私の権限でこの二人を暁の騎士団員に任命します」
「なに!? ぼくを!?」
エルノはあやうく肉を喉につめてしまうところだった。目を丸くさせてベルベットを見た。話が違いすぎる。
「ヴェクトも今次作戦で多大な戦力を失ったはず。ワセロは奇襲を受けたとはいえ、強国のひとつでした。ヴェクトは第二波をこちらに仕掛ける前にまず、休憩をとります。その数年の間にこちらもできるだけの戦力を整えます。レイラが言ったように、戦争の回避はもはや不可能だ」
「ベルベット殿。いくらあなたでも、少しばかりおいたが過ぎてはいないかね。その保証はできるのかね」
「我々は多大な物資を輸送してきました。彼らも我々の援助を必要としているのですよ。まあ、彼らに道徳が備わっていれば、親を殺すのに一瞬の戸惑いは生まれるはずです。して、宣戦布告を受ける前にまず、私が和睦交渉をしておきます。これにはあまり期待なさらず。逆にいうと、勃発してしまえばこちらのもの。我々はこの少女を人質にとります」
エルノには訳がわからなかったが、リノアはしっかりと頷いていた。
「そこでエルノの出番です。彼は暁の騎士団員として各地を旅し、各国の応援を得ます。その旅にはリノアが同行します」
「人質はどうするのだ?」
「ゲラート男爵、まさか本国に置いておくとでも? 形だけですよ。リノアが同行するわけは、ペンダントにあります。あとはもうお分かりかな?」
「ガルデのみならず、各国の民衆が簡単に動くはずがない!」
「狂気、恐怖に支配されれば、動物は誰でも親に救いを求めます。簡単な話、洗脳ですよ」
「ベルベット殿も、タチが悪い」
ベルベットは不敵な笑みを浮かべた。
「......いえ、これはあなたがた政治家の仕事ですよ?」
素でしおりをおしりと読みました......。