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2話: 宴会(前)

 食事に呼ばれた、といっても、エルノは豪勢な食事を心ゆくまで楽しめるものと思っていたから、この日はピクニック気分だった。

 

「今日だけお前たちの親はサー・ベルベットになるのだ」


「なんだか格好いいね」


「騒ぎごとは起こさない。基本は私について来なさい。分からないところは、周りに合わせればよい。それができないと、お前たちは王子様やお姫様にはなれないぞ」


 日が暮れかけた頃、使いの馬車がやってきた。

 リノアの顔色は終始(すぐ)れなかったが、それも馬車に乗るまでのこと。ふかふかのソファを前にすれば、どんな子供でも無力化されてしまう。二人は礼服を着ていたので、ベルベットが暴れすぎないように注意しなければならなかった。

 窓越しに見えたのは、護衛の男が(たか)る民衆を蹴散らして、道をつくっているところだ。馬車にはピストルを手にした若い男が二人、付き添っていた。ベルベットさえいなければ、エルノたちはきっと王子様とお姫様になれていたに違いない。

 

「ああ、サマル様! わたくしは永遠の愛を誓います!」


 そんなことを叫ばれるものだから、エルノも黙ってはいられなかった。


「キミはまだ若いじゃないか、パーシャ。それに、僕にはもうお嫁さんがいるのさ......」


「なんということ。わたくしは今宵、(きり)となって消えてしまうでしょう! あなた様の愛が無ければ生きていけません!」 


 実際には、エルノの想像ではこれくらいが限界だったのだ。果てにはリノアがしくしく泣き出す真似をして、横で含み笑いが()れた。

 住宅街を抜け、農村を越え、更にまた住宅街を行った。十数キロほど進んだところで貴族の町にでると、行き交う人々は手を振るようになった。ベルベットも控えめに応対した。

 

 宮殿に通じる道にさしかかったとき、使いの男はいつも間にか消えていて、馬車は宮殿の兵士たちにエスコートされた。赤を基調とした制服には金モールがあしらわれており、純白のキルトのズボン、頭には背の高い帽子といった出で立ちで、エルノはすっかり気が動転してしまった。おとぎ話に入り込んだような気分で頭が浸された。

 

「お待ちしておりました、サー・ベルベット。わたくしめがご案内致しますので」


 門に立っていた兵士がそう申し出て、一同は馬車から降りた(その際、リノアはこけそうになった)。

 これほど離れていてようやく、目の端に入りきるほど大きい宮殿だった。建物は四建建てほど、白で塗られた壁には大きい窓がいくつも付いている。それだけで二人は歓喜の声をあげた。想像したとおりの城だったからだ。

 花で彩られた庭園を通る道中、ベルベットはよく花や草木の名前を言い当てた。そういうことに興味があるとは全く知らなかったエルノは感心していた。

 兵士は宮殿の扉を開けたとき、ベルベットは作り笑いを浮かべて感謝を述べた。


 ホールに入るなり、コツ、コツ、コツ、コツ。四人分の靴音が鳴り響いた。何人か貴族の夫妻が集まっており、奥の方に、背が低い恰幅の良い男が笑い声をあげている。頭は禿げ上がっているが、目は若々しい。その男が話を振ると周りのものはそれに答えるし、笑うと周りもつられて笑いだす。どうやら場を取り仕切るような人物であるらしいことは、エルノにも分かった。


「あのお方が、ガルデ公。この国を統治する王様だよ」


「あの禿頭が?」


 エルノがそう言わなければ、きっと今日一日、ベルベットも機嫌を良くしていただろう。付き添っていた兵士が苦笑いを浮かべつつ、ガルデ公に歩み寄って耳打ちをした。エルノは告げ口をされたのではないか心配したが、杞憂(きゆう)に終わった。


「よく来た、ベル! 数年ぶりな気がするぞ」


「はい公爵(こうしゃく)。先週ぶりですな。今回は厄介が付きますが、責任の全ては私が負います故、ご了承を」


 そこでベルベットは、ちらりとエルノを見た。


「エルノです。父上サー・ベルベットに連れられて参りました」


「同じく、娘のリノアです」


 二人は暗記した文を、そのまま答えた。ベルベットはため息を漏らしたが、仕方がないと割り切る。公爵は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいたずらそうな笑みを浮かべた。


「奥方は来てはおらんのかね?」


「ご冗談を」


「はっはっは! おっと、気分を害しないでくれたまえ。それと、他の者には、わしから説明しておく。......ところでベル、そのお嬢さんは? 連れはエルノ君と聞いていたが」


「なに、ささいな問題です。コックにはチップを渡しておきます」


 公爵はふむ、とエルノを見て一言かけた。


「若いながらしっかりした子だ。わしは、あのエルナスの意思を継いでくれると願っているよ」


「了解しました!」

 

 エルノは返事をした。

 

 しばらくして宴会が開かれた頃、辺りはすっかり闇だった。

 赤い絨毯を敷きつめた広めの部屋に、細いコの字型のテーブルが一脚。出席者たちはそれを囲うようにして座った。奥から順にベルベット一行、公爵夫妻、貴族夫妻、二人の騎士団員(エルノは彼らを、緑のマント集団と称した)がおさまった。部屋の明かりは天井に吊るされたシャンデリアが(にな)っている。壁の額縁の中に描かれた先代か偉人かがテーブルを見下ろしており、エルノは背後に視線を感じて何度も振り返った。 

 エルノにとってつまらない話ばかり続く。あちこちで談笑が起こるが、耳を傾けようとは思わなかった。並べられた食べ物を頬張り、ちらりとリノアを見ると、彼女は萎縮(いしゅく)したように座っており、ときおり公爵や騎士団員らの話に熱心に耳を傾けていた。いつもの元気な姿が見られないのは、残念だ。

 しばらくすると、公爵が突然席を立ち、ベルベットがそれに従った。


「無礼をお許しいただけるかな? すぐ戻るつもりだ。皆さんには心ゆくまでお楽しみいただきたいと思っているので、どうか気にせず」


 そんなことを言い残し、二人は宴会を後にした。




_____


 

 バタリ、と扉が閉まった。廊下からでは騒がしい声も全く聞こえない。防音はかなりしっかりされているらしいとベルベットは思った。

 ロウソクがぼんやりとした明かりを(とも)し、それがずっと奥まで続いている。

 公爵は恰幅の良い体を揺さぶりつつ、話を切り出した。


「ベル、これは一体どういうことだ? ヴェクトに喧嘩を売ったようなものじゃないか! いや、喧嘩どころでは済むまい。ホールで見たときは気づかなかったが、あれは......」


「みなまで喋らずとも分かっております。ペンダントについて、ですな? 勘違いしてはならないのは、彼女が自分からこちらに飛び込んできたということです。実は二年前のこと、エルノが町のはずれであれを拾って帰ってきたようなのです」


「驚いたよ......宝石付きとはな。ときに、あの子はガラクタばかりではなく、人も盗むようになったのか?」


「そういうところです」


 ベルベットはにこりともせずに言った。


「私に考えがあるのですが......。彼女の存在は、人質にはもってこいです」

ファンタジーに現実と同じ日時表記って大丈夫なんでしょうか

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