英雄の息子
鈍い金属音とともに、火花が爆ぜた。まずは、一撃目。しかし予想外の二撃目が、予想外の方向から炸裂し、少年の体は吹き飛んだ。
十二になったばかりの体は、剣の直撃を受け止めることができず、短い悲鳴を最後に10mほど先の木の幹にぶち当たった。
ワサワサと揺れる葉は、その様を嘲笑うかのようだ。
しかし、まだ剣はその拳に握り締められていた。錆びかかり、刃こぼれのした剣。少年はそれを頼りにしながら、よろよろと立ち上がってみせた。
少年は迫り来る大柄な体格の男を睨みつけたが、片手を上げて降参の意思を示した。観念したように搾りきったような声を出す。
「守られてない......わき腹に当て......るバカがいる、か」
歯を食いしばり、後から押し上げてくる痛みに耐える。身体中が割れてしまいそうな痛みだった。直撃したわき腹にも、熱い棒で叩かれたような鈍痛がする。骨を折ったかもしれない。
「悪いな、エルノ。だが、今の流れるようなさばき方......なかなかのものだった。今度は姿勢を変えてみるのだ。右足に重心を乗せ、腹に力を込めろ。重要なのは......」
「相手の武器の位置を常に見ておくこと。ああ、もう! あほらしいったらない。やめだやめ。......いいかベルベット!? ぼくは早く前線に行きたいんだ!」
声を荒げたその少年___エルノは話を遮ると同時に、胸当てを外し、肩に剣の腹を乗せて門を出ようとしていた。
「どこへいく! エルノ、戻って来なさい。もう一度だ。まだ稽古は終わっておらんぞ!」
「もういい! こんなところ、二度と戻ってきてやるものか。今に見てろ、あんたごとこの屋敷を燃やしてやる」
「そんなことでは“紅の騎士団”には程遠い。どうやらお前は剣術の前に、道義を知らねばならんようだ」
「ぼくは特別で、素質があるんだろ?」
そう吐き捨てた声と同時に、門が閉まった。
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ベルベットはため息をついたが、それ以上は言及せずに、夕陽に染まるエルノの背中を眺めるに終始した。
若い、というより幼いといえる横顔が脳裏に浮かぶ。
(そうだ、幼すぎるのだ。ガルデ公国が誇る“紅の騎士団”。それを継ぐという自覚を背負うには、あの肩はあまりにも小さすぎる......。)
ふと、そう思いついたベルベットは再びため息をついて地べたに座り込み、空を見上げた。
騎士団の創設者にして、“紅の騎士”の通り名を持つ英雄エルナス。彼は常に紅い鎧を身にまとっており、槍一つで拉致されたガルデ公を救い出したときく。追手を退け、自身は傷を負いながらもガルデ公国に帰還した。その後、道中で受けた毒矢により病床に臥せりながらも終生ガルデ公に仕えた武人。
それがどういうわけか、エルノは彼の隠し子らしいのだ。ベルベットは夕陽に二つの顔を思い浮かべ、やはり似てなさすぎると思った。
エルナスに妻がいて、しかも身ごもっていた。そんな話は噂ほども聞いたことがなかったのだ。
エルノを立派な騎士として育てるため、かつてエルナスを鍛え上げたベルベットが担当官となった。
それが、この結果だ。
幼少のときから、生意気で言うことは聞かない。礼儀は知らないし、その上飽きっぽく、稽古もさぼる。他にも自分勝手で......とにかくエルナスとは完全に正反対な性格だった。
家、食べ物、寝床、服などは与えてやっているし、トラブルを起こせば全責任を負うのがベルベットの常だった。
何が悪いのかとガルデ公に相談したところで「大人の言うことをなんでも聞く子供など、気味が悪いだけだ」と言われてしまう始末だった。
(あれはきっと、城下町の方へ向かったのであろう。迷惑をかけていなければいいが。)
そこでベルベットは、町外れにあるこの家のあたりは人里少ない場所だから、友だちが欲しいのかもしれないと思いついた。
(どうして今まで気づかなかったのだろうか。ガルデ公の言う通り、あのくらいの年代の子の自由を奪っていたのかもしれぬ。)
かえってきまりが悪くなったベルベットは、とにかくエルノの帰ってくるのを待つことにした。いつもならすっかり辺りが暗くなった頃にかえってくるはずだからだ。
ともかく、少しくらいの自由は与えてやってもいいのではないかと考え始めた自分の衰えを噛み締めた。