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瞑仙庵



 8



「何よこれ! 廃屋じゃない!」


 四時間に及ぶ山歩きの末、遂に集合場所、すなわちアジトに到着した美闇だったが、目の前に佇む建物を見て思わず悲鳴を上げた。

もちろん、こんな山奥にある建物だ。快適な現代建築だなどとは思っていなかった。テロリストの前線基地となれば尚のこと、そんなものであるわけがない。

しかし、だとしても……


(もうちょっとマシなものだと思っていたわ……)


 弘法は筆を選ばず? 冗談じゃない。

美闇はプロの殺し屋でも活動家でも何でもない。殺る気があるというだけの一般人だ。

だからむしろ、設備や物資で強化してほしいと思っていたのだが、しかしそれは甘かった。


 「瞑仙庵(めいせんあん)」という表札は傾き、苔生し、食べたら絶対腹壊すだけでは済みそうにない毒々しい色のきのこまで生えている。周囲は雑草が生い茂り、伸びた木の枝が壁を突き破って室内に侵入している。

完全にお化け屋敷。

およそ文明人の立ち入る場所とは思えない、自然に呑み込まれたあばら屋。

それこそ美闇たち十宗使徒がロワイヨム・エトワーレを襲撃するにあたって使用する前線基地なのだった。


「贅沢を言うな。雨風を凌げるだけでどれだけ有難いと思っている。まぁ、今夜と明日一日はカンカン照りの快晴で、風もほとんどないだろうがな。いっそ星を見ながら野宿するってのもいいかもな」

「しないわよ! こんな藪蚊だらけの場所で野宿なんかしたら、翌日かゆくて作戦に集中できなくなっちゃうじゃない!」

「ミヤちゃん、蚊取り線香貸そうかにゃ?」

「いらな……いるっ! 野宿はしないけどそれはちょうだい!」

つぐらがポシェットから取り出した蚊取り線香を受け取る美闇。

傍目にはかわいさ重視で収容性能や実用性に乏しそうなポシェットだが、見た目に反してド○えもんのポケットかと思うほど様々なアイテムが詰め込まれている。竜ヶ森山麓鉄道の車内で美闇はチョコを分けてもらったし、リフトからここまでの道中でもつぐらはペロペロキャンディを取り出しておいしそうにしゃぶっていた。

もしかしたら武器とか毒薬とかも入っているかもと美闇はポシェットを畏怖した。


「なるほど、悪くない」

宝生が顎に左手を当て、相変わらずのキザな仕草で建物に見入っている。

美闇はいらいらをぶるけるように、そんな彼を鼻で笑った。

「これが悪くないって、あんたどんな家で暮らしてんの? あ、もしかして河原とかガード下とかそっち系? ごめんなさいね、配慮が足りなかったわ」

「そんなわけないだろう! 己は県内でも五本の指に入る……」


 いきり立った宝生の動さが、不意に止まった。


 フリーズしたパソコンのように、一時停止ボタンを押されたビデオのように動かない。

もしやどこかから攻撃を受けたのか?

警戒モードに入った美闇だったが、そこでようやく宝生が復活した。だが、その様子はどこかおかしい。

「……いや、すまない。今言いかけたことは忘れてくれ。捨てた過去だ。河原だろうがガード下だろうが、どこに住んでいると認識してもらっても構わない」

宝生が初めて見せた真剣な表情に、美闇も気勢を殺がれてたじろいでしまう。


(な、何よ急にしおらしくなっちゃって……地雷、だったのかしら。まぁ、誰にでも触れられたくないことの一つや二つくらいあるわよね)


「べ、別にあんたのことなんて全然興味ないし? 言いたくなければ言わなきゃいいんじゃないの?」

早口でまくし立ててそっぽを向いた美闇は、そこで自分が何だかとってもツンデレキャラみたいな台詞を吐いてしまったことに気が付いた。フードに隠されて周囲には分からないが、彼女の耳はみるみる赤くなっていく。


(ちょっと待ってこれ一体どうなってんの? 何でよりにもよってあんな長髪グラサンナルシスト男にツンデレな台詞吐いちゃってるのよ私! そ、そりゃまぁ顔はまぁまぁ悪くないし、背も180cmはありそうだからイケメンといえば十分イケメンの範疇には入ってくるでしょうけど、でも人間外見だけじゃないでしょ? 私を大切にしてくれるかどうか、これが何より一番重要なことなのよ! こんな自分大好き人間がいざって時に危険を冒してまで私を守ってくれると思う? うぅ、でもプライドが高いからこそ惚れた相手は命を賭してでも守るってこともあるかもだし……)


 自分の世界に入った美闇だったが、しかしそんな彼女を気にしている者はなく、宝生たちは三人で会話を再開していた。

「雰囲気が出ているよ。狂気を抱いた者たちの巣窟として相応しい」

「つぐらの秘密基地もこんな感じだにゃ!」

「俺たちの塒に比べりゃ立派なもんさ。何せ、今でも軍や警察の連中が不定期に山狩りしやがるからな。一箇所に落ち着けないもんだから、ほとんどジプシーだ」

そんな三人の笑い声で美闇は現実に戻る。

三人とも、このあばら屋を気に入った様子だ。

(ついていけない……)

美闇の中で、彼らに感じている壁はいよいよ越えられない高さになった。別に越えようとも、越えたいとも思わないが。


(あーあ、この三人でさえ話も感性も合わないってのに、こんなのがまだあと六人もいるんでしょ? あー鬱。マジ鬱なんだけど。最初っから仲良くなれるとも、仲良くなろうとも思ってなかったけど、やっぱこういう手合いに常識ってものを求めるのは間違いね)


 まだ代表者と会っていない団体を頭の中でリストアップする。

猫神教、山奥正宗、九龍PSI研究所とは合流を果たした。

計画の発起人を除くと、残りは五団体。


あらゆる穢れを除去した「健全な世界の実現」を理想とする「世界浄化教(せかいじょうかきょう)」。

国籍や性別などの「固定観念からの解放」を約束する「ラブアンドピースメイカーズ」。

修業により精神と肉体を鍛え抜き、「一段階上の世界への昇華」を目指す「完全超厄寺(かんぜんちょうあくじ)」。

宇宙を神聖視し、「人類の宇宙進出を阻止」することを使命とする「銀河(ぎんが)慈雨(じう)」。

そして、「虚無教(きょむきょう)」。


(……うん無理。こいつら以上に振り切ったヤバいどころが揃ってる。そもそも会話が成立するの? って感じ。大体、作戦決行直前の最初で最後の打ち合わせってことだけど、せめてもっと段階を踏めなかったのかしら。踏めなかったのでしょうね。盗聴とかハッキングが当たり前に行われてる社会だし、軍や警察にはスパイの専門部署があるっていうし、結局ぶっつけ本番が一番安全で確実っていうことなのでしょうね。けど、もし打ち合わせ中に対立が起きたりしたら……)


 どうなるのか。


 美闇というイレギュラーが言うのも何だが、代表者というからにはそこそこのコミュニケーションスキルや異文化交流力のある人間が選出されているはずだ。それに今はロワイヨム・エトワーレ陥落という共通の目的がある。なので、いかに先鋭集団同士といっても、この土壇場で内部分裂なんてことにはならない……

そう思いたいのだが、どうしても確信の持てない美闇だった。

対立や決裂が起きたら……よもや、計画自体が中止にはならないだろうが、美闇の行動に、すなわち陵眠の殺害という目的の達成にマイナスの影響を及ぼすことは確かだ。


(とりあえず、場の流れに注意して、雲行きが怪しくなりかけたらまとめ役っぽい奴に水を向けて収めてもらうってのがベストかしらね。私なんかに説得ができるだなんて到底思えないし、第一ヤバい奴同士の喧嘩に割って入るだなんて冗談じゃないわ)


 うん、そうしようと美闇の中でこれからの行動指針が定まったところで、つぐらが扉の前に立った。

扉、昔ながらの日本家屋に見られる木製の引き戸だったのだが、その取っ手には不自然極まりない機械が取り付けられていた。

小学生用の筆箱大の黒い箱。上部は音声を拾うマイク、下部は0から9までのキーパッドになっている。二段式の鍵だった。


 この鍵の存在を、もちろん美闇は知っていた。つぐらたちも同様だ。「作戦中」の詳細は前日の打ち合わせで説明ということだったが、「作戦まで」のことについては、文書で一通り指示を受けている。

この鍵は、まずキーパッドに13桁の番号を入力し、その後マイクに向かって合い言葉を唱えると開く仕組みになっている。テログループの集合場所の扉だけに、万が一にも部外者が迷い込まないよう守りには万全を期しているのだ。

「でもねぇ、いくら鍵が立派でも、扉や壁がおんぼろなんじゃ本末転倒じゃない!」

呆れる美闇を尻目に、つぐらはピッピッと軽快にキーパッドを押していく。記憶違いも打ち損じもなく、番号認証は一発で通過した。

次いで、合い言葉。つぐらはこほんと咳払いをすると、元気いっぱいに宣言した。


「かれらがさいしょ、きょうさんしゅぎしゃをこうげきしたとき!」


 数秒後、「ニンショウ、カンリョウシマシタ」と機械っぽい音声が鳴り、ガチャリと鍵の開く音がした。

つぐらみたいなロリっ子が言うと違和感半端ないフレーズねと美闇は思ったが、しかし扉を開けたつぐらが嬉しそうだったので黙っておいた。


 つぐらが引き戸を開け放ち、建物の中へと一歩を踏み出す。奥州と宝生が続き、最後に美闇が入った。彼女が引き戸を閉めると、自動で鍵が閉まった。

建物の中は薄暗かった。電灯のスイッチはあるが、照明の類は全て取り外されている。

集まったメンバーの中に間抜けがいて、何も考えず電気をつけてしまう可能性を考慮したのだろう。いくら深い山中とはいえ、夜間に明りが灯っていれば部外者に発見される恐れがある。

窓は全て閉め切られた上、木の板で塞がれている。長年の風雨や、木の枝の侵入によってでいた隙間から差し込む西日が辛うじて足元を照らしているが、それはこの先で待つ計画立案者が敢えて残した道しるべか。


 建物は崩れかけたあばら屋だが、規模は大きく、奥行きも相当ある。

食堂、座敷、洗面、便所などを横目に廊下を真っ直ぐに進んで行く。突き当りの階段を上がり、再度廊下を真っ直ぐ進んだところにある「遊戯室」が打ち合わせ会合の場所だ。


 その階段の手前で、つぐらが足を止めた。隅に置かれたミニテーブルの上を見ている。

奥州と宝生も立ち止まり、つぐらの両隣からテーブルの上に載ったものを確認する。

狭い廊下だったので、美闇だけが弾かれたような格好になってしまった。

「ちょっと、何があるの? 私にも見せてよ!」

美闇が訴えると、つぐらが場所を譲ってくれた。

その手には、350リットルのアルミ缶ほどの幅のリングが握られている。

辺りが薄暗いためはっきりとは分からないが、ベージュ系の色のようだ。

ミニテーブルの上には、同じリングが四つ残っている。


(四つ?)


 その数に違和感を覚えた美闇だったが、その正体に辿り着く前に奥州が話しだした。

「遊戯室に行く前に、ここでこの腕輪を装着しろだとよ。脈拍で生体認証するんだそうだ。その結果を受け取ったボスが俺たちの生死に応じて作戦を微調整していくらしい」

リングに添えられている説明書を見て、奥州は便利なもんだぜと笑いながら何でもないようにそれを嵌めた。

リングはプラスチック製だが、伸縮させることができ老若男女デブヤセのっぽちび誰でも装着することが可能だった。奥州に続いて宝生も装着する。

「まぁ、これは必須だろう。もちろん己は死ぬつもりはないし、あなた方も同様だろうが、しかしそれと作戦の遂行は別問題だからな。いかに己たちが強いといっても、誰がどこで何をしているか、生きているか死んでいるかすら分からないのでは、それではボスにとって無理ゲーとまではいかずとも、難ゲーだろうからな」


 ゲームに例えた宝生に、美闇は呻いた。

(ゲーマーだなんて、絶対さっきの私の台詞誤解してるわ……オタクの男って普段女性と関わる機会が少ないから、何でもないことで自分に気があると勘違いするんだもの。ホントいい迷惑でしかないのよね。大体、いくら非オタやリア充に比べて出会いが少ないとはいっても、だからってそんな簡単に自分を安売りするわけないでしょ! それもオタクなんかに! あーもー絶対気があるって勘違いしてるわこの長髪ゲーオタナルシストは!)


「なーんか、変身アイテムみたいでテンション上がるにゃ!」

一人悶えている美闇の隣でつぐらもリングを嵌めた。これで残るは美闇のみ。

「……あれ? リング、二つ残ってるけど?」

誰にともなく美闇が尋ねると、奥州がつまらなそうに吐き捨てた。

「お前たちが通ってきたルートで来ると事前に申告していた奴は全員チェック済みだ。それ以外のルートから来る奴の誰かが臆病風に吹かれてすっぽかしたか、あるいは道に迷って到着できていないか。最悪なのは軍や警察に職質受けて捕まったって場合だが、まぁだとしてもボスが対応策を考えるだろう」


(そうよね……ここに来るまでの段階で、既に脱落者が出ている可能性もあるのね)

美闇は今日自分が歩いてきた道のりを思い返す。

もし自分一人だったら、絶対にここまで辿り着けていないだろう。威張ることではないが、断言できる。

つぐらに出会えなかったら、認めたくはないが、奥州に、そして宝生に出会っていなかったら。

きっと獣道に入って一時間も経たない内に遭難し、今頃は餓死の恐怖に打ち震えていることだろう。


(むかつくけど、感謝しなきゃいけないわね……こいつらがいなかったら、私はここまで来れなかった。遭難して餓死するか、崖から落ちて死ぬか、いずれにせよ無駄死にするところだった……ま、絶対口には出さないけど!)

そして美闇もリングを手にする。腕に通し、腕回りに合わせ、セットしようとしたその瞬間、宝生がとんでもないことを口走った。


「デスゲーム系の小説にこういう小道具がよく登場するが、これにももしかして爆弾が仕掛けられていたりしてな。裏切った者や、敵に捕まった者は……死あるのみ!」


 カチャリ。

リングが自分の腕にセットされた音が、美闇の脳内で跳弾した。

「なんてな」と冗談にする宝生の声など、今の彼女には届かない。

慌ててリングを観察してみるが、外すためのボタンやギミックは見当たらない。

目を細めて説明書を読んでみるが、そこにも外し方は書いていない。


(……うそでしょ)


 スイッチひとつで爆発する。

外そうとすると爆発する。

時間になると爆発する。


 そんなことは、説明書のどこにも書かれていない。

しかしだからといって、計画立案者がわざわざ用意したこのリングが生体認証のためだけのものではないということを、自身もその手の小説を読み込んできた経験則により美闇は確信していたのだった。

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