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慟哭のダークオペラ ~カルト遊園地同時多発的殺戮テロ事件~  作者: 猫人
破ノ四 アトラクションエリア編
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救出

「……というわけだ」


 通信が途切れたことを確認すると、青空は寂しげな笑みを浮かべて言った。


「ゲームオーバーだ。もう僕に残された選択肢は、利根川の要求に従って死ぬより他にない」


 巽の目に映る青空の表情に、嘘はなかった。巽は確信した。この男は、本気で蓬生のために死ぬつもりなのだと。出会ってからまだ一時間も経っていない少女のために命を投げうつつもりなのだと。


「勘違いしないでくれよ。これは敗北ではない。確かに僕はこれから命を落とすが、解放されたクロエはやがて掌姫となって楽園を創造する。僕の魂は、そこで永遠の幸福を約束されるんだ。僕は、勝者だ」


 満足気な笑みを浮かべる青空に、巽は苛立ち覚えた。

青空が述べている能書きなどどうでもいい。問題なのは、このいけ好かない男が「蓬生を助け出そうと」していることだった。執事である自分を差し置いて。


「では僕はそろそろ行かせてもらうが、ついてこないでくれよ? 余計な人間を連れてきたことで『反逆の意志あり』ととられクロエに万一のことがあってはたまらないからな」


 巽に釘を刺すと青空は歩き出した。手元の端末を見ている。恐らく管理者権限で出口までの道順でも表示されているのだろうと巽は考える。それなら三分以内に出口に辿り着くことは充分に可能だ。

蓬生の生還を願うのなら、このまま青空を生贄にするのが最も確実だ。利根川を信用できるのかと問われれば断言はできないが、しかしこれ以上に安全な方法など到底考えられない。


(行かせるべき、だろうな……蓬生の安全を考えるなら)


 それでも、巽の胸のわだかまりは消えない。この感情の正体に巽は気づいていた。それがひどく幼稚で、この状況下では検討にすら値しない代物であることも。


(そうだな……こいつに蓬生を奪われ、テロリストにも蓬生を捕らえられ……俺は執事だっていうのに、主人を全然守れてねぇ。執事失格だ。俺なんかが行くより、こいつが行った方がいい……俺なんかより……)


「待てよ」


 気がついた時には言葉が出ていた。

それが聞こえていないのか、あるいは無視されているのか、青空は歩みを止めない。


「待てっつってんだよ!」


 叫ぶと同時に、忌島の拳銃を天井に向けて発砲した。

パリンといってガラスが割れ、破片が飛び散った。青空が足を止め、振り返る。


「蓬生は俺が助ける」


「……正気か」


 汚物を見るような、心底軽蔑しきった青空の視線を受けながら、巽は計算する。

青空は端末を見ながら歩いて出口に向かおうとした。つまり、出口はその速さで十分間に合う位置にある。……三十秒。それでこいつを倒し端末を奪って俺が出口へ向かう!


「青空爽……お前を潰す!」


 宣言と同時に巽は再び青空へ向けて発砲した。

青空を死に至らしめてしまったらとか、その場合自分はどうなるのかだとか、そんな余計なことは思考の埒外。今はとにかく一秒でも早く青空を行動不能にし、端末を奪うことが全て。

銃弾は青空の腹部に命中した。

だが、まるでゾンビのように青空は一直線に巽の元へ向かってきた。巽は怯むことなく次弾を撃ち込む。今度は胸に命中した。それでも青空は死なない。

巽が更なる発砲を果たすより早く、彼の間合いに青空が入り込んだ。同時に重傷者のものとは思えない殴打が巽の顔面に迫る。巽はそれを左腕で防ぐ。直後、青空が左で追撃。やむなく巽は銃を手にした右腕で防ぐが、衝撃で銃は巽の手を離れはるか後方へと失われる。そして更に青空の追撃。これが本命であろう膝が巽の腹を深く抉った。青空が巽に馬乗りになる格好で二人は倒れ込む。間髪入れずに青空は巽の首を絞め上げた。


「僕の勝利は揺るがないんだよ……

お前たち如きが何度挑んできてもね……」


 痛みと興奮で絶頂状態の青空は涎を垂らしながら獣のように巽を嬲る。その姿は誰が見ても悪を討伐する正義の使者ではなく、正義の使者に討伐される醜い悪そのものだったが、この極限状況で自分を客観視することなどできようはずもない。


「あんしんしろ……

いのちまでは取らない……

しばらくの間意識を失っ……

ていてくれればいい……」


 このままでは意識を奪われてしまう。そんな窮地にあって、しかし巽は冷静だった。

今一番追いつめられているのは青空なのだ。蓬生という特別な存在を奪われ、時間内に投降することを迫られている。投降はイコール自身の死を意味する。それでも、自らの命さえ投げ出す覚悟を決めて要求に応じようとしたところで、それさえも邪魔された。

狂信は青空の生きる意味であり、死ぬ価値だった。それを喪失することは青空にとって自我の崩壊さえ引き起こしかねない最悪の事態だった。

故に彼は邪魔者である巽の排除に全ステータスを注ぎ込む。注意、警戒、回避、防御といった本来残しておくべき部分も全て捨て去って。


 そうして紙装甲状態となったがら空きの脳天に、巽は全力の右を叩き込んだ。


 青空がふらつく。が、それでも首を絞める両手の力は緩めない。

酸素の供給が絶たれ、霞み始めた巽の目に映る青空は意識を失っていた。主の命に従って動き続けるゴーレムのように、青空は無意識となって尚狂信の刻み込まれた魂によって巽を攻撃し続ける。


(だったら、くたばるまで打ち込んでやるよ……お前の狂信が勝つか、俺の想いが勝つか、ここで白黒つけようぜ……)


 残り時間は二分。蓬生をめぐる戦いの幕切れは、もうすぐそこまで迫っている。



 ☆



 手元の携帯で起動させているストップウォッチアプリが、約束の時間まで一分を切ったことを知らせる。利根川の視線の先にある迷路の出口からは、未だ青空は現れない。


「さぁ、一分を切りましたよ。どうしたんですか青空氏、大事なクロエちゃんが死んでしまいますよ?」


 ヘルメットの下で利根川は薄く笑った。

青空へ要求を伝えた利根川は、次にこのあたり一帯で銃撃を行っていた仲間に指示を出した。

青空は詰んだので次の標的に行けと。

白壁時音。青空爽。狩りは頗る順調に進んでいる。


 傍らでは、猿轡をされた上に両手両足まで縛られた蓬生が同じように出口を見つめている。

その顔色は真っ青で、目には涙が浮かび、全身が恐怖に震えていたが、それでも瞳の奥には一縷の希望の光が残されていた。


(たつにぃ君が来てくれると信じているんだね。強い子だ)


 要求を突きつけた青空ではなく、巽が現れる可能性は利根川も認めていた。

例えば、思いを寄せている女の子が窮地に陥っていて、しかし助け出すための騎士に指名されたのは自分ではない相手だったとして。思春期の自分がそんな状況に出くわせば、自分だって騎士の役割を奪い取ろうとしたかもしれない。


(まぁ、漫画の展開としては面白いけどね。現実にそんなことが……)


「むぐぐぐっ!」


 起こるわけがない、と一笑に付そうとした利根川の目に映ったのは、全身ぼろぼろになりながらも確かな足取りで迷路から出てきた巽の姿だった。猿轡のせいでまともに発音できないのにも関わらず蓬生が歓喜の声を何度も上げた。


「ははは……参ったな。こんなことが起こるとは」


「蓬生を……返してもらうぜ」


 距離を詰めてくる巽を制するように利根川は銃を向けた。

抗議するように蓬生が呻くがもちろん無視する。


「いやぁ感動しましたよ。好きな女の子を自分の手で救い出すためにあの青空爽を倒してしまうだなんてね。しかし……取引としては失敗です。私は青空爽の身柄と交換で彼女を解放すると言ったんです。青空爽の身柄、これ以外の如何なるものを提示されても彼女の解放には一切応じません」


 ヘルメットのせいで自分の底意地の悪い笑みは巽に見えてはいないだろうが、滲み出る悪意はしっかり届いているだろうなと利根川は笑う。


「まぁまだ時間は残っています。あと……二十秒少々ですか。大急ぎで青空の身柄を取りにいけば、もしかすると間に合うかもしれませんよ?」


 間に合うわけがない。たとえ最短経路を把握したうえで全力疾走したとしても片道だけで時間を使い切ってしまう。さぁさぁ絶望的な状況ですよどうしますかと煽る利根川だったが、しかし巽は覚悟を決めたような顔で、きっぱりと言った。


「確かに青空の身柄はここにはねぇ。だが、それに準ずるものならどうだ」


「というと?」


「青空の身柄自体は確保してるってことだ」


 言って、巽は自身のタブレット端末の画面を利根川が見えるように掲げた。

そこに映し出された光景に、蓬生は堪らず目を逸らした。


「なるほど」


 そこには、両足を折られた無惨な青空の姿があった。傍らには、意識があるのかないのか定かではないが忌島の姿も確認できる。


「青空はもう自力で動ける状態じゃねぇ。忌島に連絡してトドメを刺させてもいい、自分で行って殺ってもいい、あんたの好きにしろ。これなら同じことだろ」


「ふむ、まぁいいでしょう。こちらとしては七導師を殺せさえすれば良いわけですしね。分かりました。では約束通り彼女は解放しましょう。……おっと、その前に私から三十メートル以上離れてください。銃を置いた隙に襲われては堪りませんからね」


 巽が距離を取ったことを確認すると、利根川は手慣れた手つきで蓬生の拘束を解いた。利根川が何もしないことを確認すると、蓬生はまっすぐ巽の胸に飛び込んだ。


「たつにぃ……たつにぃっ……! 遅いですわ! こんなに主人を待たせて!」


「悪い、蓬生に似合う花を探してたら遅くなった」


「いみわかんないですわ! 花なんてくれたことないくせに! ばか……たつにぃのばかぁっ!」


「ああ、俺は大馬鹿だ。でも……無事で良かった」


 堪えていたものが一気に溢れ出して泣きじゃくる蓬生をしっかりと抱きとめながら、巽は優しく頭を撫でてやった。やった……何とか蓬生を取り戻せた……もう二度と離しはしない。そんな感動の再会に空気を読まない利根川の声が割って入る。


「あー、一応言っておきますけど、君たちちゃんと物陰とかに隠れてるんですよ? 変な正義感起こして余計な事したりすると今度こそ……死んじゃいますから」


 特大の釘を打ち込み、利根川は迷路の中へと消えていった。



 ☆



(空が……青い)


 こんなに無心になってただ空を見上げるなんていつ以来だろうと、巽に両脚を折られ動けなくなった青空はぼけーっと呑気に考えていた。


 青空爽は神戸のエリート一家の次男として生まれた。

幼い頃から学業優秀で、ピアノやバイオリン、テニスに乗馬、英語やフランス語にプログラミングなどの習い事でも華々しい成果を上げていた。

しかし中学受験の失敗という人生初の挫折を皮切りに、彼はエリート街道から転落していくこととなる。滑り止めの二流中学に通う彼を両親や兄と姉は厄介者のように扱った。少し前までは理想の息子、自慢の弟と言っていたのにである。


 すっかり自己肯定感を喪失した彼は高校受験にも失敗し、そして分かりやすくグレた。不良グループに入った彼に、しかし家族は何も言わなかった。もうどうでもいい存在にまで転落してしまっていた。

いつしか県下有数の不良グループのボスとなっていた彼を改心させたのは、時の勧善懲悪寺の和尚だった。ひょんなことから和尚と出会い根気強く諭された彼は、宗教の道に進む。


 しかしその和尚も権力闘争の渦中に命を落とし、青空も教団を脱会。その後紆余曲折の末に辿り着いたのがADPだった。緑川咲を始めとする可憐な「人形」たちに青空は骨抜きにされた。かわいいは正義。この正義で世界を支配できたら、もう誰も自分を傷つけたりしない。そうだ、楽園だ。楽園を作るんだ。もうおぼろげにしか思い出せない、まだ自分が愛されていた頃の家庭のような、心からの安寧がある楽園を……


(俺は……俺はただ、愛してほしかっただけだ。ここにいてもいいって、認めてもらいたかっただけだ。ただ居場所が欲しかっただけなのに……どうして、こんなことになっちまったんだろうな)


「一つだけ教えてくれよ……兄貴」


 いつの間にか意識を取り戻した忌島が寝起きのようなけだるい声で尋ねてくる。


「兄貴は……本当に俺らを売ったのか?」


「売った?」


「今の兄貴は確かにこの気味悪ぃ教団の幹部だ。けど……根っこの部分は変わってねぇよ! 俺を助けてくれた……俺を導いてくれた……あのカッケー兄貴のままだよ! なぁ、違うんだろ? 俺らを売るなんて汚ぇ真似してねえんだろ?」


 子供のように涙を流す忌島の言葉を聞きながら、青空は自分もまた涙を流していることに気付く。


(ああ、そうか……どうして忘れていたんだろうな。ちゃんといたじゃないか、誰よりも俺を慕い、認めてくれるやつが、ここに……)


 もう、何もかもどうでもいい。


「俺を、許してくれるか?」


 我ながら随分と情けない声を出しているなと青空は自嘲した。


「お前の言う売るという行為が何なのかは分からないが、俺は一度お前の前から姿を消してしまった。お前にとってそれが俺の罪だというなら……」


「っく、くくく、ははははは!」


 必死で言葉を絞り出す青空の前で、忌島が笑い出した。

呆気にとられる青空に、忌島は少年そのものの笑顔で言った。


「そっか、兄貴は俺らを売ってなんかいなかったんだな! ってことはあの連中が俺を騙してやがったのか……なぁ兄貴、一緒にあいつらぶっ潰しに行かねーか?」


「……何を言っているのか分からないが、乗るよ」


 嵐が去った後のような、晴れ晴れとした気持ちで青空は右手を差し出す。

根拠などまるでないが、この二人でなら何だってできる気がしていた。

忌島も青空同様、憑き物が落ちたかのような澄んだ顔で右手を伸ばしてくる。

今ここに、かつての師弟の絆が復活……


「いやいや何いい感じになってるんですか。そこはさっさと殺しましょうよ」


 することはなかった。

乾いた音がひとつして、忌島の目の前で青空の頭部が弾けた。


「……あ?」


 力を失くした青空の右腕が、ぱたりと地面に落ちる。それきりもうぴくりとも動くことはなかった。巽を、蓬生を、忌島を、蹂躙し翻弄し圧倒した男の最期は、呆気ないものだった。


「おい、何だよこれ……何なんだよこれよぉ! ふっざけんじゃねぇぞコラ!」


 忌島は地面を殴りつけるとその勢いのまま立ち上がった。いくら驚異的な回復力を有しているとはいえ、今の彼はまだ到底立ち上がれる状態などではない。奇跡的に心を通わせた相手を目の前で殺された怒りによって、忌島は立てるはずのない身体で立っているのである。


「ふざけるなって、あのそれはこっちの台詞なんですけど。何標的と仲良くなっちゃってるんですかあなた。しかも絶対に自分が殺すとまでイキリ散らしておきながらそれって……激甘でジャッジしても無い寄りの無い寄りの無いですねー」


 硝煙の立ち上る銃を手にした利根川がケラケラと嘯いている。


「いやこれでも一分は様子見てたんですよ? でもあなたがなかなか殺らない上にあろうことか和解なんかしそうになったんで、トドメ、私がいただきました。感謝してくださいよ? もし一連の会話が裏切り判定されていたらあなた今頃処刑されていたでしょうからねー」


「うるせえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」


 もはやこの激情はこの身に収まり切らないとばかりに忌島はあらん限りの力で天に吠える。


「兄貴はなぁ……裏切ってなんかなかったんだよ! 殺す必要なんかなかったんだ! なのに……なのにテメェは!」


「はー付き合いきれません」


 利根川は短く溜息をついて忌島の頭をも吹っ飛ばした。

絶命した彼は、青空の上に重なるように崩れ落ちる。


「忌島。最初からお前のことは役に立たないクズだと思っていたが、それどころか足を引っ張るクズだったとはな。居てもらっちゃあ困るんだよ、周りも腐らせる生ゴミはな」


 喋る者がいなくなり、動く音もしなくなり、再び蝉の声が大きく聞こえ出した。

利根川は自らが作り出した二つの死体を一瞥すると、それきり興味を失ったように回れ右して出口へと向かった。


 これで残る七導師は五人。


(まだまだ先は長いな……敵以前に熱中症に気をつけなければ……)


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