野良犬は譲らない
☆
「それで、青空の居所は分かってるのか?」
時間を確認しつつ、巽は忌島に尋ねた。去年の誕生日に蓬生から贈られたアナログ時計の文字盤が、自分が意識を失っていたのがほんの数分であることを教えてくれる。ほんの数分なので物理的に追いつくことは充分可能であろう。しかし追いつけたとしても蓬生が無事でなければ何の意味もない。
急がなければ。
「あったりめーだろ。こっちはここのコンピューターハッキングして監視カメラの映像全部見れてるんだよ。マトがどこに逃げようが隠れようが、俺らを振り切ることは絶対にできねぇのさ」
「なるほどな。で、青空は今どこだ」
忌島が答えるより一瞬早く彼の無線機に着信が入った。黒服たちの無線を妨害しながら自分たちは普通に通信してるってことは、特注品か? 今のハッキング発言といい、機械やネットに長けた奴がいるなと思考する巽の目の前で、内容を隠す気など全くない大声で忌島が会話を始めた。
「利根川です。忌島さんですね」
「おう、どうした。こっちは急いでんだ、用件なら早くしろや」
受話器の音量が最大になっているので会話内容は巽の耳にも容易に届く。
先を急ぎたい衝動に駆られるが、青空の居場所は忌島に聞かなければ分からないのでここは耐える。堪える。
「先程、青空爽と交戦しました。と言っても逃げる青空に向かってこちらから一方的に撃っただけですがね。そしてその結果……」
「ふざけんなコラァ!」
癇癪玉が破裂するように、突如忌島が激昂した。
「昨日言ったよなぁ? 青空は俺が殺るってよぉ! 手出しすんじゃねぇってよぉ! それをハナからガン無視するとかよぉ、てめぇ俺に喧嘩売ってんのか? あ?」
そこらへんの一般人であれば真っ青になって震えあがってしまうほどの迫力だった。何百、何千の不良と抗争を繰り広げてきた巽には分かる。この忌島というヤンキーはただの不良ではない。くぐってきた場数も、単純な戦闘力も、そこらのゴロツキとはその格が違う。
しかしそんな危険人物を相手に利根川は淡々と告げた。
「それはあくまで希望の話です。大原則として我々の上には御人形様という指揮官が存在しており、我々はその手足として動く実行部隊。作戦の前に、私情など二の次です」
「ゴチャゴチャうるっせんだよ三下が! 原則だの指揮官だの知るか! 俺が殺るったら殺るんだ! 邪魔すんじゃねぇ!」
(駄々っ子かこいつは……)
呆れ顔の巽の前で、テロリストのやりとりは続く。
「あまり困らせないでいただきたい。作戦遂行の妨げとなるようであれば、貴方などいつでも処分できるんですよ」
「てめぇらこそ、俺の邪魔しといてタダで済むと思うなよ?」
(ひでぇチームワークだ。寄せ集めとはいえ、ここまでバラバラとはな……)
「まぁそれはさておき、青空爽は金髪の少女を連れて巨大迷路へと逃げ込みました。私が入口から、貴方が出口から。双方向から追い込みましょう。もちろん迷路ですから、上手く挟み撃ちにできるとは限りませんが」
(金髪の少女……蓬生はまだ一緒みてぇだな)
この数分の間で青空と蓬生が別行動となった可能性もあったが、利根川の発言によりそれは考慮しなくてよくなった。無差別銃撃の流れ弾のリスクを考えれば青空に保護されていた方が安全なのかもしれないが、しかし利根川や忌島が青空を狙う際蓬生の身の安全を考慮してくれるとは到底考えられない。
やはり、一刻も早く誰よりも早く、青空の元へ辿り着いて蓬生を奪還する。それがベストでありマスト。青空の居場所が分かり現状を把握したところで、巽のやるべきことに何ら変わりはなかった。
(巨大迷路……確か「NO EXIT」とかいうのがこのエリアの西の外れにあったな。蓬生はそこにいるってわけか。……待ってろ、絶対迎えに行くからな)
「早いモン勝ちってことだな。いいぜ、俺から青空を取れるもんなら取ってみろよ……行くぞオラァァァ!」
叫ぶが早いか、忌島は陸上トップアスリートばりのロケットスタートですっ飛んでいった。見る間に小さくなっていく紫のジャージを巽も慌てて追いかける。
「マジで馬鹿かあいつ! 自分で持ちかけた共闘宣言速攻で忘れてんじゃねーぞ!」
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「全く、あの頭の悪さでよく今まで生きてこられたものだ」
無線を切った利根川は胸にこみ上げた侮蔑の感情を吐き出すように思い切り溜息をついた。
(忌島瞬毅。確か広島随一の不良校の生徒でその中でもぶっちぎりの落第生とのことだったが、まぁそうだろうな。あれならその辺の野良犬の方がまだ利口そうだ)
利根川の所属する教団は高学歴の人間が多数を占めるインテリ集団で、彼はその中でも指導者格の存在だった。日頃は知的な人種と理論的な会話ばかりしていたため忌島の野生児ぶりに多少の真新しさを覚えはしたが、しかしそれ以上の興味は惹かれなかった。
所詮は低脳。感情に支配され本能に動かされている動物。それ以下ではあってもそれ以上ではない。
「さて、自分も行くとするか」
銃に弾を込める。
とはいえ、利根川は急いでいなかった。青空に限らず、七導師討伐は早い者勝ち。しかしただ闇雲に標的を目指せばいいというわけでもない。
彼が先程殺害した白壁時音などは戦闘力皆無のいわば羊だったため、これといった策を弄さずとも葬ることができた。しかし青空は違う。桁外れの身体能力を備えた紛れもない狼、単体で見るならば最も討伐難度の高い相手だ。いかにこちらが大量の武器を保有しているとはいえ、一瞬の隙を突かれて致命傷を負う危険は充分にある。
だから、まずは忌島をぶつけ青空の体力を削る。
忌島では青空を倒すまでには至らないだろうが、腕の一本くらいはもっていくだろう。自分は、そこにトドメを刺せばいい。
「忌島、今のうちに吠えておけ。野良犬の命は儚いものだからな」
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「よし、とりあえず撒くことができたようだ」
蓬生をお姫様抱っこしたまま迷路を走ること一分、青空はようやく足を止め息を吐いた。
「でしたら下ろしていただけます? あたくし、自分で歩けますわ」
精一杯の凛とした表情をしたつもりの蓬生だったが、そんな彼女のプライドなどお構いなしの青空は人形を愛でるような笑顔を寄越す。
「クロエは気位が高いね。それはとても魅力的だけれど、僕としてはもうちょっと頼ってもらえると嬉しいかな」
(うぇぇ……本気で気持ち悪いですわ……)
名残惜しそうにしながらも青空は蓬生を床に降ろし、身体を解放した。ただそれは蓬生の意志を尊重したのではなく、教団の管理下に入った蓬生は妙な気を起こさないという確信ゆえのことだった。
そしてそんなことは蓬生も承知している。
(けれど、あたくしに偶像を投影しているこの男は利用できますわ。この男に案内させて栗夢さんのいる場所に辿り着くことができれば、栗夢さんの救出に大きく前進しますの)
わけのわからない妄想を自分に投影されることも、それゆえに気持ちの悪い扱いをされることも、全て耐え忍んで栗夢の元へ向かう。それが今、蓬生が自分自身に課したミッションだった。
「これからどうしますの? 相手は複数で、強力な武器を有していますわ。それにひきかえこちらは丸腰……率直に申し上げて、非常に厳しい状況ですわよね」
「クロエは何も心配しなくていいんだよ。僕に考えがある」
蓬生は辟易した。何も心配しなくていいと言えば聞こえは良いが、要は何も考えず自分に従っていろということだ。それを理解した蓬生は、青空の機嫌を損ねないよう言い方を変えて質問を続けた。
「あたくしにも、何かできることはないですの? あたくし、この教団の象徴なのでしょう?」
少しでも、青空が考えていることを引き出したかった。これから先の展開が分かればそれに沿った戦略を立てることができる。
だがそんな蓬生の努力は徒労に終わった。
青空が適当な返事でお茶を濁したのではない。
「見ぃぃぃぃつけた」
降ってきた声に蓬生が顔を上げた瞬間、天井のガラスが粉々に砕け散った。突然のことに頭を抱え身を丸めた蓬生を庇うように青空が前に出る。
そんな二人の眼前に襲撃者が降り立った。
後ろで縛ったカラスのように真っ黒な長髪、田舎の高校生のような紫色のジャージ、そして獲物に飢えた野良犬のような捕食者の瞳。
「久しぶりだなぁ……殺しに来たぜぇ……青空ぁぁぁぁぁぁぁ!」
十宗使徒が一人、完全超厄寺代表・忌島瞬毅だった。




