禁断の共闘
☆
砦栗夢を救出するため、テロが予告されている場所に潜入する。
最初に蓬生からその話を持ち掛けられた時、当然巽は反対した。十宗使徒による殺害予告声明は巽も知っていたし、そんな状況で開園を強行する教団もそんな場所に喜んで行く信者も揃いも揃ってろくでもないと思っていた。
「おねがいたつにぃ、あたくしの一生のおねがいですわ。栗夢さんを、どうしても助けたいんですの。お父さまにもお母さまにも内緒で一緒に来ていただけませんかしら」
蓬生の話すところでは、警察等に任せるのではなく自分たちの手で助けなければならないらしかった。自分たちの手で、十宗使徒の魔の手から、ADPから、そして砦家から解放してやらねばならないのだと。幾重にも纏わりついている束縛を全て解かない限り、本当の意味で栗夢を助けることはできないのだと。
だとしても、巽の考えは変わらなかった。
いついかなる時も主人の身を案じることは執事たるものとして当然の務め。されど主人の命とあらばたとえその主人に危険が及ぶとしてもそれに従う、これもまた執事の務め。
受諾。反対。どちらを選んでも執事として正しく、同時に執事として間違うことになる。
故に巽は執事としてではなく、一人の男として蓬生の意見に反対した。
「俺はお前が生まれた時からずっとお前のことを見てきた。だから分かる。お前は人のために頑張れる奴だ。人のために、どこまでだって頑張っちまう奴だ。だから、行かせるわけにはいかない」
きっぱりと断言した。
嫌われてもいい。軽蔑されてもいい。自分がどんな仕打ちを受けたとしても、そんなことどうでもいいくらい蓬生の安全の方が大事だったからだ。
しかし、それは逆効果だった。
「あたくしのことを分かっているなら話は早いですわ。これはおねがいであると同時に譲歩ですのよ? たつにぃが一緒に来ないなら、あたくしは一人ででも行きますわ。けれどたつにぃが一緒に来てくださるのなら、『あたくしが無茶をしないよう監視することを許可』して差し上げますわよ?」
いつの間にこんな駆け引きを覚えやがったと巽は舌打ちした。
まぁ、白桃女学園だろう。生き馬の目を抜く派閥社会での生存競争が、蓬生を着々と女傑へと成長させているのだ。
巽はどうあがいても蓬生を止められないことを認めた。
何のことはない。分かっていたことだ。
蓬生が一度言い出したら聞かないということは、彼女が生まれた時からずっと見ていた巽本人が身に染みて知っているのだから。
☆
巽が意識を取り戻すと、拘束がいつの間にか解けていた。
身体のあちこちで弾ける痛みを押し殺して上半身を起こすと、小柄な男とひょろ長の男が白目をむいて昏倒している。
こいつらは撃たれたのか? 俺はどのくらい落ちていた?
意識が醒めていくにつれ湧き上がる焦りの感情。そこから次々と生まれる疑問。それらの解を見つけなければと立ち上がりかけた巽の耳朶をある者の声がうった。
「よぉ、どーだい気分は」
この惨状にまるでそぐわない不自然に明るい声。頭の悪そうなその声の方へ巽が顔を向けると、この暑い中上下紫色のジャージを着込んだ田舎のヤンキーみたいな少年が笑っていた。
「見りゃ分かるだろ。最悪だ」
「ははっ、そりゃそーだわ」
田舎ヤンキーは屈託なく笑う。こいつが青空の手下を倒して自分を解放してくれたのかと巽は状況を呑み込んだ。それについては有難かったが、こういう軽薄なタイプとは馬が合いそうにないなと巽は嘆息した。
「ま、そんなことよりよー」
田舎ヤンキーは巽の目を見据える。
口許こそ半笑いのままだが、確実に獰猛な捕食者の片鱗を秘めた瞳で。
「俺に手を貸せ」
「あ?」
「大体の事情は知ってる。お前のツレは俺が取り返してやるよ。青空のクソヤローをぶっ殺してな」
(こいつ……十宗使徒の一人か……)
田舎ヤンキー、忌島瞬毅の正体に巽はすんなりと辿り着いた。ここまであけっぴろげに堂々と殺す宣言をされては誰だって分かるだろう。けれど、もはやそんなことを気にする必要もないくらい、辺りには生存者の姿がなかった。
(本来なら、発見次第何らかの手を打たなきゃならねぇ相手。連絡なり、拘束なり、打倒なり……けど、情けねぇが、今の俺にはそのどれもできそうにねぇ)
「一つ、俺の要求を聞いてくれるか」
「おう、何でも聞いてやるぜ。『青空のトドメを譲れ』以外ならな」
「蓬生……俺のツレには指一本触れるな。青空なんざ煮ようが焼こうが好きにしろ。けど蓬生だけは、絶対に傷一つない状態で取り戻す」
「カッケー! いいなお前、気に入ったぜ! うっし、そんじゃ一丁共闘といくか!」
忌島が差し出した手を取り、巽は立ち上がった。これが悪魔との禁断の取り引きであることなど無論承知している。だが、それが何だ。主人であり好いた女である蓬生を助け出すという、執事としても男としても絶対当然最優先の務め。そのためなら、その他の一切はどうなろうが知ったことではない。
忌島瞬毅という強力な協力者を得て、追跡者・下枝巽の逆襲が始まった。
17
20XX(回生十七)年7月17日、11時00分。
アトラクションエリアの外れ。
青空爽に抱きかかえられた状態でアトラクションエリアを移動している最中、蓬生は恐怖に震える少女のふりをしながら己の取るべき策を懸命に練っていた。
(もしかして、このまま連れていかれれば栗夢さんのいる場所に辿り着けるのでは? その後のことを考えないのであれば、『栗夢さんのいる場所に行くだけ』なら、教団サイドの人間に案内させるのが一番の近道ですわよね。普通に考えれば、まだ幼い栗夢さんは比較的安全な場所にいるはず。それならあたくしも安全な場所に行きたいと訴えれば同じ場所に行けるのではないかしら?)
もちろんリスクがあるのは承知している。栗夢のいる場所に行けたとして、そこは外部から閉じられている可能性が高い。何せ栗夢は一度脱走しているのだから、警備は厳重なはずだ。加えて、今の蓬生には通信手段がない。青空の目があるため今は確認できないが、ついさっきまでタブレットは通信不能状態だった。これでは、栗夢のいる場所が分かってもそれを仲間に伝えられない。
(だとしても、何もしないでただ震えているだけなんて、それじゃあ何のためにここへ来たのか分かりませんわ。あたくしは誇りある上枝家の長女、いついかなる時もそれに恥じないようあることが令嬢たる者の務め。あたくしは、今、あたくしにしかできないことをしますわ!)
「ひとつ、聞いてもよろしいかしら」
「何だいクロエ。何でも聞いてごらん?」
雲一つない快晴の空が逆に毒々しく見えることがあるように、一切の迷いが排除された青空の笑みもまた蓬生を恐怖させた。蜘蛛の糸に絡めとられた蝶々の気分だった。
「あたくしは今、どこへ向かっていまして?」
「ホワイトローズ城さ。このロワイヨム・エトワーレのシンボルであり、最も多くの守護が集まるあの場所にいれば、敵は君に手出しすることができない。絶対にね」
「そこに着いたら、あなたは戦いに戻ってしまうのでしょう? あたくし、寂しいのは嫌ですわ」
無論、蓬生は青空を引き留めようなどとは欠片も思ってはいない。今の蓬生の目的はただ一つ。栗夢がホワイトローズ城にいるのか、否か。それを確認することのみ。しかし、いくら自分が青空に見初められた存在だとしても、栗夢の居場所はどこかなどと堂々と聞いたのでは怪しまれる恐れがあった。そのため、怯えた風を装いつつなるべくさりげなく青空が口を滑らすよう誘導を試みたのだった。
「そうだね、気持ちは分かるよ。一人きりでいることほど辛いことはない……」
「ですから、どなたか話し相手になってくださる方はいないかしら。できれば、女性同士だと嬉しいですわ」
そこで青空は急に真顔になり、黙り込んでしまった。蓬生の中で緊張が一気に高まる。言い方はぼかしたつもりだったが、急ぎ過ぎたか。どうする、もし自分の目的に青空が勘付き始めてしまったとしたら……
「すまない、クロエ」
青空が立ち止まった。表情同様、声にも感情がない。気付かれてしまった? それとも別の何かが? 蓬生の頬を冷や汗が伝った瞬間、それは来た。
空気を裂く爆発音のような銃声。
思わず蓬生が耳を塞ぐのと、彼女を抱えたまま青空が走り出すのは同時だった。
青空の走り出した方向は、これまで進んでいたホワイトローズ城方面からは大きく南に外れていた。城の方から新たな敵が出現したのだ。蓬生がその考えに至ると同時、青空が先程の言葉の後を継いだ。
「別の敵だ。間が悪いことにホワイトローズ城の方から現れた。すまないが、最短経路で君を城に運ぶことは難しくなってしまった」
元の爽やかな声音に戻っていた。銃声は等間隔で鳴り続けているが、青空の走るスピードが速いため蓬生の耳からはどんどん離れて遠ざかっていく。
「とりあえず、あそこに身を隠すとしよう」
言って、青空は手近な建物に飛び込んだ。
巨大迷路「NO EXIT」に。
「心配はいらないよ。今君の目に映る世界がどれだけ残酷でも、僕たちの祝福された運命は決まっているんだからね。君は必ずホワイトローズ城の門をくぐり、アリスとの邂逅を果たすことになるんだ」
(! やはり、栗夢さんは城にいますのね!)
「だからもう少しだけ、我慢できるね?」
頷きながら、蓬生は心の中で快哉を叫んだ。
栗夢が城にいる。城に行きさえすれば、栗夢に会うことができる。
逆境続きの展開の中で、やっと光を見つけた。この光は、絶対に見失ったりしない。
(栗夢さん、待っていてくださいまし。あたくしがあなたを解き放って差し上げますわ!)




