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慟哭のダークオペラ ~カルト遊園地同時多発的殺戮テロ事件~  作者: 猫人
破ノ四 アトラクションエリア編
66/72

クロエ



 16



 20XX(回生十七)年7月17日、10時50分。

アトラクションエリア。


「見つけた……」


 青空爽の目がその少女を捉えたのは、彼がアトラクションエリアで来場者の避難誘導及び救助を行っている最中だった。五分前、辺り一帯を無差別銃撃が襲った。前触れもなく始まった殺戮は瞬く間に死体の山を築き、今なお新たな鮮血を欲して銃弾を撒き散らしている。正門前広場とは違い、狙撃者が姿を現さないことが事態への対応を難しくしていた。最初に長めの掃射があり、その後は場所を小刻みに変えながらの発砲が続いている。いつどこから撃たれるか分からない。辛うじて難を逃れた生存者たちは己の吐息さえも噛み殺し物陰で打ち震えていた。


「やっと……見つけたよ……」


 そんな非常事態だというのに、この場の責任者である青空は呆けたようにその場に立ち尽くし、視線の先の少女に見とれていた。

太陽の光を受けて輝く金色のポニーテール、恐怖に慄きつつも気高くあろうとする表情、磨き抜かれ引き締まった四肢、その少女・上枝蓬生の全てが青空の理想とする人形・クロエに瓜二つだった。


 クロエとは、ADPの教典に登場する三天使「救いの掌姫」のひとりである。かわいいは正義というが、人形を崇拝するこの宗教は割とそれを地で行っており、その中でも頂点に君臨するのが慈愛のアリス、母性のマリー、気品のクロエの三人だった。

そして教団は三天使とイメージの重なる少女を三人集め、教団の象徴となる現人神として活用しようとしていた。が、絶対のこだわりを持つ青空が妥協を許さなかったせいで選出は難航を極め、結局この日までに決定したのはアリス役の栗夢一人だけだった。


「クロエ……二人目の天使」


 同時多発テロを受けるというこれ以上ない非常事態にあって、しかしだからこそ起こり得た奇跡だと青空は確信する。もはや、彼の瞳には他の一切が映っていなかった。幹部にして狂信者である青空爽は、二体目の人形を手にすべく蓬生の方へと歩を進めていった。



 ☆



 緩急をつけながら続く銃撃、逃げ惑い震え慄く人々、逼迫した様子で対応にあたる黒服たち。上枝蓬生と下枝巽は混乱の坩堝と化したアトラクションエリアにいた。

入園して三手に分かれた後、白塔と折衝すべく診療所へと向かったふたりだったが、所長である白塔は全ての業務を他のスタッフに任せて姿をくらませていた。仕方がないので他の七導師を当たろうとこのエリアにやってきたタイミングで銃撃に出くわしたのだった。


「たつにぃ、どうしましょう。一旦お姉さまたちと合流すべきかしら」


「できそうならな」


 いくつもの修羅場を潜ってきた巽の声は落ち着いていた。対して、蓬生は声も身体も恐怖による震えを隠せない。それでも、それだけで済んでいるのは全幅の信頼を寄せる巽が傍にいるからだった。


「チッ、肝心な時に役に立たねぇ」


 データ読み込み不能と表示されているタブレット画面に巽が苛立ちをこぼす。とはいえ、予想していたことではあった。テロを行う者に思考を重ねれば、連絡系統の遮断は真っ先に思い至る事項だ。使えなくなっているのはタブレットだけではなかった。黒服たちの様子から、彼らが手にしている無線機もポンコツになっていると巽は判断する。七導師クラスであれば更に別の通信手段を持っている可能性はあるが、一般の警護、スタッフ、来場者は通信面において完全に孤立させられてしまった。


 それでも、予想していたからには対策は立ててある。予測時間よりも早くテロが発生し、且つ通信が困難となった場合には、ホワイトローズ城前広場に集合。昨晩の作戦会議でそう決まっていた。


「城に向かうぞ。蓬生、俺から離れるなよ」


「そちらこそ、あたくしを離さないでくださいまし」


 態勢を立て直すか、今自分たちだけでできることをするか、その判断は城に着いてから下すこととして巽は蓬生の手を引き走り出した。不規則に響く銃声は現在やや遠くにあったので、その主から離れるためにもこのタイミングを逃すわけにはいかない。栗夢救出隊の一員ではあっても、執事として巽の最優先事項は常に蓬生の安全だった。


 そんなふたりの前に、一人の男が立ち塞がった。自分たちが血眼になって探している七導師の一人、青空爽が。


 予期せぬ展開に巽の足が止まる。彼に手を引かれていた蓬生も同じく。一体どうして青空がここに? 咄嗟には次の行動に移れないふたりの混乱を余所に、青空はにこやかな笑みを湛えて歩み寄ってきた。


「会いたかったよ、クロエ」


 その表情と頬を伝う涙を見て、巽は青空が正気でないことを悟った。左手で蓬生を自分の背後へと促す。それだけで蓬生は巽の意志を察知し、最大レベルの警戒態勢に入った。


「君に出会える時をずっと焦がれていたんだ。それがこんな状況だとは思わなかったけど、これも何かの思し召しかな。心配はいらないよ、僕が君を守るから」


「お前が会いに行くのは頭の医者だ」


 蓬生に差し出された青空の右手が巽によって払われる。そして間髪入れずに巽の左アッパーが青空の顎を撃ち抜いた。弾丸の如き速度で放たれた一撃は長身の青空を子供のように吹っ飛ばした。


「これに懲りたら執事の前で主人を口説くなんて真似はしねぇこった。さて、入場許可証をいただいてさっさと立ち去るとするか……」


 まさか七導師の方から会いに来てくれるとは思っていなかった巽だが、入場許可証さえ手に入れてしまえば結果オーライだ。ここで一つ入手すれば、あと一つで栗夢がいるとされる城の上階に行くことができる。


「た、たつにぃ……この状況はまずいですわ……」


 青空の方へと歩んでいた巽の左手を蓬生がつかんだ。振り返った巽に蓬生は周囲を見渡すよう目線で示す。そこで巽が犯した失策に気付くのと、その号令がかかるのはほぼ同時だった。


「彼らを捕らえよ」


 仰向けに倒れたままの青空が発したその一言によって、付近にいた人々の顔つきが一斉に変わった。そして巽と蓬生を捕らえるために歩き出す。四方八方から、その数実に三十人超。


(くっそ……馬鹿か俺は)


 考えるまでもないことだ。七導師である青空は信者たちにとって崇敬の対象。それを殴り飛ばしてしまえば、その瞬間に不倶戴天の敵。テロの脅威に委縮していた信者たちだったが、青空の号令によって彼らは怯える羊の群れから獰猛な猟犬の集団へと変貌した。


(三十人の包囲網……手薄な箇所は……あの辺か)


 三十人の内訳は一般人の信者九割と警備の黒服一割。黒服がおらず、且つ信者の密度も薄い箇所を見つけた巽は蓬生を抱きかかえて一気に走り出した。青空の入場許可証を目の前で諦めるのは口惜しいが、捕まってしまえばそれきりだ。


「たつにぃ! 自分で走れますわ!」


「それだと捕まる。いいから黙って大人しくしてろ」


 蓬生はまだ何か言いたげだったが、無視を決め込んでギアをトップに乗せる。眼前に立ち塞がる信者は青空の前でイキっているだけでただの一般人。難なく弾き飛ばせる。こいつらを撒いたらとりあえずどこか人目につかないところに身を隠して態勢を立て直す。理想はやはり桜や透たちとの合流、できれば叢雲と行動を共にしたい。

巽は走りながらこの窮地を切り抜ける算段をつけていく。意識は既に二、三ステップ先へと向けられていた。それは青空から逃れ、蓬生を守り通すという巽の究極目標に照らせば必要な思考だったが、しかしそれゆえに今この瞬間を掌握することに隙が生まれた。


「逃がしませんよぉ、不心得者さん」


 声が聞こえた時にはもう手遅れだった。横合いから思い切りの体当たりを食らった。ほぼ無警戒なところに突進を受けた巽は流石に受け流せずにバランスを崩してしまう。倒れる寸前にどうにか蓬生の身体は放したがそれは最低限だ。


「はい、確保っと」


 猿のように小柄なねちっこい声の男は瞬時に手錠を取り出し巽の両腕にかけた。こうなってしまえばもはや成す術はない。それでも、全力を注いで放り投げたことで蓬生はまだ自由な状態だった。


「蓬生! 一人で逃げろ! 俺に構わないで行け!」


「そうはさせないのである」


 そのかろうじて残っていた僅かな望みも、蓬生の背後に出現したひょろ長い男によって立たれてしまう。男が両手で肩を掴むと、蓬生はそれきり凍り付いてしまった。


「汚ねぇ手で蓬生に触んな! ブチのめすぞお前ら!」


「その状態でどうブチのめしてくれるのかな」


 その一言で、怒りで沸騰していた巽の頭は冷や水を浴びたように瞬間冷却された。自分の命より大切な主人が加害されるというこれ以上ない激昂の場面だというのに、青空の一言から伝わる冷徹な響きはそれさえも凍らせてしまった。


「やってくれたね。殴られるのなんていつ以来だろう」


 口許の血を拭いながら青空が歩いてくる。巽たちの前に現れたときと全く変わらない笑顔で。否、変わらないからこそ、その端正な顔に散った赤い血が一層不気味さを引き立てていた。


「助かったよ、聖なる七色の光。やっと巡り合えたクロエを見失うなんて、僕には耐えられないからね」


「身に余る光栄にございます」


 小柄な男とひょろ長の男が恭しく頭を下げる。聖なる七色の光……ここの特殊部隊かと巽は歯噛みする。同時に、自分がまんまと相手の策に嵌ったことも理解した。最初の三十人は囮。わざと網の手薄な箇所を作って巽がそこへ行くように仕向けたのだ。


(咄嗟でこんな罠を実行するのか……どんだけ軍事演習してきてんだよ……)


「さてと、青い鳥である君には本来であれば感謝の言葉の一つでも捧げるところなんだが、残念だ。七導師への攻撃は教団・教義を攻撃することと同義。断罪しなければならない」


 青空は組み伏せられた巽の前までやってくると、無言でその顔を蹴り飛ばした。蓬生が悲鳴を上げて暴れるが、彼女もまた拘束状態であり巽を助けることは叶わない。青空は巽の前髪を乱暴に掴み、血飛沫で赤く染まった顔を上げさせた。そこからはリンチの時間だった。一発、二発、三発……五発……十発……

ひたすらに繰り返される巽への殴打。真っ赤に血塗られた頭部が砕け散るまで終わらないとばかりに淡々と拳を打ち込んでいく青空と、誰も彼も一言も発することなくただじっと見ているだけのギャラリー。


「やめてっ! もうやめてっ! たつにぃが死んじゃう!」


 ただ一人、蓬生だけが拘束の中で泣き叫んでいた。だがその懇願を聞き入れる者などここには誰一人としていない。


(あたくしがたつにぃを連れてきたから……あたくしのせいで、たつにぃが殺されちゃう……誰か、誰でもいいから助けて!)


 どれほど許しを乞うても、どれほど助けを求めても、まともな思考を失った者たちの耳に届くことはない。それでも蓬生は訴え続けた。この声が誰かの耳に届いて、「あのとき」のような奇跡が起きるように。


 そして奇跡は起きた。悪魔の手によって。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 無警戒に突っ立っていた信者たちを銃弾の雨が蜂の巣にした。三十人ほどの人間が一箇所に固まっていたのだ。テロリストからすれば格好の的である。


「ちっ、ここはもうダメか。君たち、この罪人の身柄を頼む」


 神の加護かはたまた勘の良さか、銃撃を逃れた青空が小柄な男とひょろ長の男に指示を出す。今この場で無事に立っていたのは彼ら三人と蓬生だけだった。


「全てが片付いたら、その罪人には改めて罰を与える。とりあえず僕はクロエを安全な場所まで連れて行くよ。僕が戻ってくるまで、よろしく頼む」


「畏まりました」


「それじゃあ、行こうかクロエ。ははっ、怖がることはないよ。僕といれば何も心配することはないからね」


 青空の手が蓬生の肩に回された。その瞬間蓬生は、自分が青空爽という男の支配下に落ちてしまったことを悟った。ぼろきれのように打ち捨てられている巽に駆け寄りたいのに、腕も足も動かず、声すら上げることができない。恐怖が見えない鎖となって、彼女の全身を縛り拘束していた。

青空が早足で歩き出す。彼に促されるままに歩くことはできた。背後から、巽の身柄を確保した二人の男が立ち去る気配が届く。自分を一番に理解し、守ってくれていた者はもう隣にいない。


 それでも。


(たつにぃ、今だけは耐えてくださいまし。後できっと助けに行きますわ……)


 絶望で黒く塗り潰されそうな心の一隅を必死で守りながら、蓬生はそれだけは固く心に誓った。

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