移籍の条件
お久しぶりです。戻ってまいりました。
これから仕事の方がオフシーズンに入っていくので、またぼちぼち投稿していきたいと思います。
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20XX(回生十七)年7月17日、11時10分。
オフィスエリア事務所ビル二階廊下。
(さて、これからどう動くべきか……)
出会って五分で婚約者となった相手・籠絡女豹からの一方的ないちゃつきに耐えながら、宝生はこの戦いそのものからの脱出方法について策を巡らせていた。
ディープキスから開放された直後、宝生はまず悪夢の手引書の他メンバーから自分が攻撃されないかについて籠絡女豹に確認した。それに対する彼女の回答は「問題ないわ。あったとしても私が潰してあげる」という頼もしいものだった。
「嫌な言い方になってしまうけど、貴方は私たちにとってとても利用価値のある存在なの。だって、私たちの標的である十宗使徒のメンバーだったのだからね。貴方が内部の正確な情報を話してくれたら、むしろみんな大喜びよ」
確かにそうだと宝生は思った。敵の頭を獲ればゲームセットの戦いでは、最後の最後まで一発逆転の可能性が残る。そんな気の抜けない戦いで相手の詳細が分かるとなれば、それはこの上ないアドバンテージとなるだろう。
宝生には、悪夢の手引書を納得させるだけの質と量を話せる自信があった。誰が誰を狙っているか、個々の能力や作戦はどんなものか。話す機会さえ与えてくれれば、必ず使える存在だと認めさせることができると思っていた。
話す機会さえ、あれば。
十宗使徒のメンバーであることを示す腕輪には、裏切者を処刑するための毒針が仕込まれている。針だけあっても仕方ないので、当然メンバーの動向を確認・監視するための盗聴器もついているだろうと宝生は考えていた。
だから、籠絡女豹のプロポーズを受けるというのはかなり危険な賭けだったのだ。もしそれが御人形様に「裏切り」判定されていれば、今こうして宝生が生存していることはなかっただろう。
しかし、全く疑われていないと思えるほど宝生は呑気ではない。今この状態は、泳がされている期間なのだと彼は認識していた。御人形様にとって、今の自分は「グレー」判定。いつ処刑が執行されてもおかしくないということだ。そんな状態で、果たしてべらべら喋ることができるだろうか。
(悪夢の手引書の力を借りれば、この腕輪を外すこともできるだろう。そうなれば、またひとつ自由へと近づく……)
「あっれー、豹ちゃん誰よそいつー」
ハイテンションな女子の声で宝生の思考は寸断された。
恐る恐る声のした方を振り向くと、ガスマスクを装着した少女と、その陰に隠れるようについてくる小柄な少女がこちらへと歩いてくるのが見えた。二人とも血塗れで、腕や足があらぬ方向に曲がっておりとても正視に耐える状態ではない。
そんな二人を見て宝生は確信した。こいつらが奥州とやり合い、そして殺したのだと。
「ふふーん、聞いて驚きなさい。彼、何と私の理想虚像を打ち破ったのよ。私感動しちゃって、その場でプロポーズしたの。だから私たちは婚約者なのよ」
「おお……マジか……」
「お、おめでとうございます……」
呆れるほど俗っぽい会話に、しかし宝生は身を強張らせた。このフランクな感じ、二人は自分が十宗使徒であると気づいていない。その事実を知った時、果たしてどのような行動に出るのか。宝生は生唾を呑み込み、身を強張らせた。
「紹介するわね。そのガスマスクつけてる子が裂刀南瓜。元気印のうちの切り込み隊長ってところね。で、後ろのちっちゃい子が可憐毒花。見た目はあどけないけど、全身に猛毒を忍ばせてるから気を付けた方がいいわ。ていうか、二人ともすごい怪我ね」
「そうそうそうなのちょっと聞いてよー! さっきやり合った熊男、いつも通りあたしたちのコンボでサクッと永眠させたと思ったら、いきなりゾンビ化っていうかバーサーカー化してさー。気付いたらいなくなってやがったんだよ。マジむかつくー!」
「つまりワンパンでやられたのね。だっさ」
「あ? 碌に戦えもしない催眠術師が何言ってんの?」
「け、けんかはダメだよぉ……それに、あいつはオートマがやっつけたし、私たちもまだ動けるから……任務、続けよ?」
いやいやどう見ても動ける状態じゃないというか、立てる状態でもないだろうと宝生は突っ込みたかったが、しかし思い返してみれば十宗使徒にも奥州を始めとして肉体の限界を突破したり痛覚を遮断するといったドーピングを所持している者がいた。こいつらもそういった類の薬で肉体を強制駆動させているのだろうと宝生は当たりをつけた。
「チッ、ここはシアに免じて聞かなかったことにしてやるよ。で、そのおにーさんはどこのどなたなわけ?」
裂刀南瓜の一言で悪夢の手引書の視線が一斉に宝生に集まった。
ぐっ、いよいよ来たか……。宝生の頬を冷や汗が伝った。ちらりと籠絡女豹に視線を向けると、全部おねーさんに任せておきなさいと言わんばかりの頼もしい年上女性の笑みが返ってきた。ここは彼女に全て預けるのが得策だろう、そう判断した宝生が口をつぐんだその時だった。
「十宗使徒の一人、宝生十色」
響いたその一言が、彼を凍り付かせた。裂刀南瓜と可憐毒花の眼に暗い光が宿る。
「でしょ。よく捕獲したね」
退屈そうな顔で階段を降りてきた自動人形は、一同と目が合うなり持っていた球体を放り投げた。それが何なのかを認めた宝生は、心臓を鷲掴みにされた心地となる。
それは奥州の首だった。
損傷が酷く、先程裂刀南瓜が言っていたようなほとんどゾンビ状態だった。自分を励ましてくれた、生きる活力をくれた存在の変わり果てた無惨な姿に宝生は言葉を失う。
「これ、ちょっと叩いただけでボロボロに崩れちゃって。できれば殺す前に色々聞き出したかったんだけど。加減って難しいね。だから良かったよ、生け捕りにしてくれてて」
「このクソオヤジ、絶対変な薬キメてたっしょ。マジうぜー」
憎しみも露わに裂刀南瓜は奥州の頭部を踏みつけた。腐ったフルーツのようにぐにゃりと呆気なく潰れる。
「つーか、そこまでしたのに何にもできずにワンパンKOとか恥っず。ねぇ今どんな気持ち? 命捨ててまで特攻したのに全くの無駄でどんな気持ち? あ、死んでるから聞こえてないかー。きゃっははは!」
死肉が飛び散るのも構わず裂刀南瓜は執拗に奥州の頭部を破壊した。数回踏んだだけで、それはもはや原形を留めない肉塊となり果てた。
(耐えろ……耐えろ耐えろ耐えろ)
恩人が筆舌に尽くしがたい冒涜を受けるのをただ見ているしかできない口惜しさを宝生は必死で噛み殺した。この命は、奥州が生かしてくれた命だ。今自分が怒りに任せて喚き散らせば、それを無駄に散らしてしまうことになる。
「でさー、君はどんな気持ち?」
ようやく気が済んだ裂刀南瓜の顔が、ゆっくりと宝生の方に向けられる。
「これから自分がどんな目に遭うか、分かってるよねー?」
ガスマスクのせいで表情は読み取れないが、獲物を狩る捕食者の嗜虐心が言葉の響きから溢れ出していた。
「ちょっとジャック、彼は私の婚約者なのよ。乱暴な真似はしないで頂戴」
「お前正気かよ。催眠術師が敵に操られるなんてどうしようもねーな」
「何とでも。誰が何と言おうと、彼は私の婚約者で、私は彼の婚約者。私たちは、死ぬまで一緒の運命共同体なのよ」
一触即発の空気が場に充満する。敵である宝生を殺さず手元に置いておくというのは悪夢の手引書にとって非常にリスキーな行為だ。何より、悪夢の手引書側のメリットが籠絡女豹の幸せ以外に全くといっていいほど存在しない。頼む、リーダーさん。気まぐれでも何でもいいから、どうかここは見逃してくれと宝生はただひたすらに祈った。
「つまり、情報を搾り取った後も彼を殺さないでほしいと。なら、悪夢の手引書に入ってもらうしかない」
「さっすがオートマ、話が分かるわ」
「いや冗談でしょ? 豹以外に全くメリットないじゃん」
「但し、条件がある」
言うと、自動人形は瞬間で宝生との距離を詰め、ほとんどゼロ距離から彼の顔を覗き込んだ。絶望的な力を持った敵であるにも関わらず、まるでCGのように整ったその顔に宝生はどきりとしてしまう。
「言うまでもなくこれは禁断の移籍。何もなしでようこそとはいかない。見せてもらうから、あなたの覚悟」
自動人形はスカジャンのポケットをまさぐり、あるものを取り出した。
御人形様から十宗使徒に支給された腕輪が、彼女のてのひらに載っていた。奥州の死体から取り出したものだった。
「共通の目的があると言っても、所詮あなたたちは寄せ集め。管理するための枷、鎖があるとは思っていた。この腕輪がそうね。これに内蔵された盗聴器であなたたちは動向を監視され、裏切りが発覚すれば毒針が命を奪う。下らない。デスゲーム小説の読みすぎ」
「うわー、素人ってそんなことされてるんだー。信用がないって大変だねー」
「つまりあなたが私たちの仲間になるためには、その腕輪を外さなければならないわけだけど」
何をさせるつもりだ……宝生は冷や汗をかきながら自動人形の言葉を待つ。覚悟を見せろと言ったが、仲間の秘密を売る以外に一体何ができるというのか。もしや、己の手で仲間を殺してみせろとでも言うつもりか。無理だ。己でも倒せそうな奴と言えば、あの黒魔術女くらいしか……
「聞いてる?」
「あ、ああ、もちろん聞いている。それで、己は一体何をすれば」
「あなたに言ってない。盗聴器の向こうにいる御人形様に言ってる」
(御人形様……いやいやいや待ってくれ! ボスに直接ものを言おうというのか? そんなことをされたら己の命は)
宝生の狼狽など全く意に介さず自動人形は淡々と告げていく。
「あなたの手駒の一人である宝生十色は私たちの手に落ち、こちらに寝返ろうとしている。私たちはこれから、彼の口からありとあらゆるそちらの情報を搾り取る。嘘偽りは全て看破する。駆け引きなどさせない。早めに彼の口を塞ぐことを勧める。以上。……さぁ、始めて」
「は……始める、とは」
「情報開示以外に何があるの? あなたの知っている事、今ここで全て話してもらう。言葉以外のコミュニケーションは一切禁ずる。御人形様から切り捨てられ、毒針で命を奪われる恐怖を感じながら喋ってもらう。それを以てあなたの覚悟を判定する。あなたはやるしかない。裏切り敵方につくというのはそういうことだから」
「そ……そんな……もし毒針が作動したら、己は死ぬじゃないか」
「毒が身体に回る前に腕を切り落とす。止血の処置はする」
「滅茶苦茶だ……な、なぁ、君からも何とか言ってくれないか」
涙でくしゃくしゃになった顔を向け、宝生は最後の希望である籠絡女豹に懇願した。だが、さっきまで守ろうとしてくれていた彼女は期待に満ちた顔で宝生に微笑んでいた。その顔を見て、宝生は絶望した。
「ねぇダーリン。私も覚悟を見てみたいわ。だって、真実の愛は痛みを乗り越えた先にあるものだものね」
(ふざけんなこのクソブス……)
「ほら、ちゃっちゃと喋れよ。それか裂かれて死ぬ?」
業を煮やした裂刀南瓜が宝生の喉元に刃を押し当てる。ちくりとした痛みと、一筋の血が流れる感触がした。
恐怖でぐちゃぐちゃになった宝生の脳裏に、不意に昨日の出来事が蘇った。
今にも崩れ落ちそうなロープウェイを決死の表情で渡り抜いた暮地美闇の姿が。
(あの女も、こんな心境だったのだろうな……)
あの谷を越えた時から、美闇も、宝生も、他のメンバーも皆、後戻りのできない一本道を進んでいる。進んでいる限りは生き、踏み外せば死ぬ。彼らの地図に描かれているのはたったそれだけだ。
少しだけ、宝生は視線をずらした。ミンチになった奥州の頭部が無惨な姿を晒している。
(奥州氏……己に、もう少しだけ、勇気を……)
☆
20XX(回生十七)年7月17日、11時30分。
オフィスエリア事務所ビル二階廊下。
「情報提供どうも。それじゃ宝生十色、あなたを悪夢の手引書のメンバーとして承認する」
ADP撲滅のテログループ十宗使徒からADP護衛の暗部組織悪夢の手引書へ、今ここに禁断の移籍が成立した。メンバーの詳細、テロ作戦の概要、その他あらゆる情報がADP側へと流出した。
十宗使徒、残り8人。
七導師、残り6人。
戦いの序盤で、十宗使徒はあまりにも大きなハンデを背負うこととなったのである。




