主人公になりたい人生だった
前回の投稿から時間が空いてしまい申し訳ないです。
とりあえず、できた分をアップします。
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20XX(回生十七)年7月17日、10時55分。
オフィスエリア事務所ビル二階廊下。
「奥州氏と悪夢の手引書の間で戦闘が始まったようだな。宜しく頼むぞ奥州氏、己が鬼頭を仕留めるまでの間、連中を食い止めておいてくれよ」
一つ上のフロアで奥州が裂刀南瓜と死闘を繰り広げていたのと同時刻、宝生十色は無人の二階廊下を忍び足で進んでいた。
標的である七導師の中でも、とりわけ重要度の高いのが実質的な教団の支配者である鬼頭紫紅だった。打倒することによって教団に与えるダメージが最も大きいのが鬼頭であり、それゆえ最も堅い守りを敷いているのもまた彼だった。そういった事情から、鬼頭への刺客には奥州と宝生の二名が割り振られたのである。
「ふん、しかし全く他愛のない仕事だ。敵兵の一人も現れやしない。鬼頭を倒したら、次は六芒星あたりでも……」
妄想膨らむ宝生の右足が、ギミックのセンサーに触れた。瞬間、壁に埋め込まれていた銃口が火を噴き銃弾が飛来する。幸運にも被弾を免れた宝生だったが、無様にも尻餅をついてそのまま腰を抜かしてしまった。
「な……ななな何なんだこれは。これではいくら奥州氏が敵を足止めしていても己が先に進めないじゃないか。くっそぉ何てことだ、こんな罠一つで足止めされてしまうとは……」
青ざめた顔で口惜しがる宝生。
彼は、弱かった。
☆
宝生十色は、青森県野辺地町に屋敷を構える商人の家の三男として生まれた。
優秀な二人の兄と比べて凡庸な少年だった彼は、過大な期待をかけられることも、周囲からちやほやされることもなく地味な少年時代を過ごした。クラスの中心グループでもなく、いじめられっ子でもなく、空気のような「普通の人」。それが宝生だった。
宝生は退屈だった。時の止まったような田舎の町で、ただ漫然と日々を消化しているだけの自分自身。刺激がほしい。わくわくしたい。ちやほやされたい。漫画や映画の主人公みたいになりたい。
普通の人であっても、それなりに夢も見れば希望も持つ。それを叶えるため、大学進学を機に宝生は東京に出てきた。何でもあって何でも叶うこの街でなら理想の人生を送れる。数多の上京者と同じように彼は無邪気にそう考えていた。
そして三年後、東京の娯楽にどっぷり浸かり切った彼は刺激こそ十二分に得たものの、ちやほやされることも主人公になることもなく無事に二度目の留年を果たしていた。唯一得た刺激でさえも最近は物足りなくなり、気が付けば彼は再び退屈してしまっていた。
ある日、宝生はゲームセンターで不良に絡まれていたところを若い女性に助けられる。その女性はドラマの主人公のような無双ぶりで不良を片づけると宝生に言った。「君も私のようになれる。人生を変えてみないか?」と。その女性こそが九龍PSI研究所の勧誘員であり、もちろん不良たちもグルであった。
そんなインチキ団体なのだから、いつまで経ってもヒーローになどなれるわけはない。宝生は馬鹿ではないので早いうちから気づいてはいたが、今度はちやほやという麻薬が彼を釘付けにした。修行や研究、勧誘活動に打ち込めば打ち込むほど教団内で彼の評価は上がり、幹部からは頼られ後輩からは一目置かれた。それは宝生が生まれて初めて手にした「自己肯定感」という宝だった。
だがそれを維持させるのは簡単なことではなかった。築き上げた地位を守るためには、常にライバルを蹴落とし下剋上の機会を伺っていなければならない。少しでも気を抜けばすぐに全てを失ってしまうという恐怖が常に宝生につきまとっていた。
そんな時、彼は幹部から「十宗使徒」参加の打診を受ける。危険の伴うミッションだが、作戦立案者が完璧なプランを立てているので君はそれに従っていればいい。ここで手柄を立てれば宝生十色の名は伝説となり不動の存在になれる。幹部は宝生にそう囁きかけた。
宝生は二つ返事で快諾した。かつてない高揚感が全身を包み、本当に物語の主人公になった気さえした。冒険物語のつもりで第一次世界大戦に参戦したヨーロッパの若者たちのように。
☆
結局、宝生はただ流されてここまで来てしまったのだった。銃弾が雨あられと降り注ぎ、敵も味方も入り乱れて血で血を洗う地獄絵図そのものの戦場に。
「己は、ここで死ぬのか」
廊下の先で待ち構えている銃口、上のフロアから響いてくる衝突音や叫び声、右腕に嵌められた死の腕輪。
どう考えてみても、どうしようもないほどに手詰まり、行き止まりだった。
この状況から生還を果たせると思えるほど、宝生は楽観主義者ではない。
「己の人生、一体何だったんだろうな……」
振り返ってみても、自分の人生に意味や意義があったと思えることなど何一つなかった。傍から見れば成功した人生を送っている二人の兄に比べて、自分は何て惨めなのだろうと宝生は自嘲した。
もう、自分にできることなど何もない。後はただここで最期の時が来るのを待つだけだ。
もう一度人生をやり直せるなら、今度は自分から色々行動を起こしてみよう。そうすればこんな惨めな思いも、腐ってしまいそうな退屈も味わわずに済むかもしれない……
「宝生くん」
いきなりの声。足音も、衣擦れの音も、気配さえもなかった。いつの間に接近を許したのかと宝生は驚き、そして相手の顔を見て頭が真っ白になった。
「入広瀬……さん?」
「はーい、入広瀬さんです」
これは……夢か? それとも幻覚か?
……はは、もうどちらでもいいか。
諦観の境地に至っていた宝生は力を抜き、全てを流れに任せることにした。無理もない。今彼の瞳に映っているのは、中学時代に思いを寄せていた学校一の美少女・入広瀬眞白だったのだから。
「えっと……入広瀬さん、どうしてこんなところに?」
「どうだっていいじゃない、そんなこと」
名前のイメージそのままの清らかな笑みを宝生に向ける眞白。
彼女の姿は中学時代のままだったが、夢心地にいる宝生はもはやそんなことに疑問を抱いたりはしない。
「もういいんだよ宝生くん。君はもう、十分すぎるくらいに頑張ったよ。だからもう、休もう?」
眞白は宝生の隣にするりと入り込み、寄り添うように腰を下ろした。このような状況でなかったとしても、これをやられてしまえばどんな男もコロッと落ちてしまうような完璧ないい女の所作。言うまでもなく、宝生はなすすべなく陥落した。
「入広瀬さん……そうだよな、己、もう十分頑張ったよな……ありがとう、せめて最期はこうして、一緒にいてくれないか……」
「もちろんだよ。私はずっと君の傍にいるよ……おやすみ、宝生くん」
宝生が自分の肩にもたれかかってくるのを満足げに眺めると、眞白はポケットからナイフを取り出す。ADPに仇なす敵、宝生十色を抹殺するための得物を。
☆
理想虚像。
砕いて言うと自分の姿や言動が相手の脳内で「理想の存在の理想の言動」として認識される精神干渉系の能力である。悪夢の手引書の一人、籠絡女豹は生まれながらにしてこの能力を有し、そしてそれは常時発動状態であった。
親も、兄弟も、見知らぬ者も、誰も彼もが勝手に彼女を通して理想の存在を認め、勝手に感動し勝手に嬉しがり勝手に恋に落ちた。彼女に相対する者全てが彼女の奴隷だった。物心ついた時から彼女の世界はそんな風で、そしてそんな世界は彼女にとってひどく退屈だった。
相手の目に自分は自分として映っておらず、自分の言動は自分の言動として相手に受け取ってもらえない。一切のコミュニケーションが不可能。世界の誰よりもちやほやともてはやされた彼女は、世界の誰よりも孤独だったのだ。
紆余曲折の末彼女は殺し屋になった。最も能力を活かせる生き方だと思ったし、同時に能力という縛りがある以上これ以外の生き方はできないと思った。
闇社会を漂い、籠絡女豹はADPへと流れついた。ここで彼女の能力は初めて破られることになる。自動人形というその女は、全自動戦闘という能力によって理想虚像を無効化してしまったのだ。更には裂刀南瓜と可憐毒花も自動人形の手を借り籠絡の魔力を克服する。
この世界で、悪夢の手引書の三人だけが本当の自分を認識してくれる。理想の存在などを見ることなく、対等な相手として自分と付き合ってくれる。それでもう、十分。どうしようもないほどに不幸な人生で奇跡的に見つけた幸運に感謝し、籠絡女豹は今日も粛々と任務を実行する。
☆
パチン。
宝生の喉元に向かって伸びていた籠絡女豹の右手が前触れもなく弾かれ、すっぽ抜けたナイフが十メートル先まで転がっていった。
「……えっ?」
全く予期していなかった展開に、籠絡女豹の目が点になる。あらゆる標的を快楽の内に沈めてきた彼女は、咄嗟の事態への対応力が著しく欠如していた。
そんな隙だらけの彼女の顔面に、籠絡女豹の顔面に宝生は渾身の左を叩き込む。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
脳が思い切り揺さぶられ、ブラックアウトしかけた意識を懸命に持ちこたえて籠絡女豹は宝生から距離を取る。痛みと驚愕が混ざり合った混乱の中で必死に思考をまとめあげていく。何故? どうして? なんでこの男は私が見せる幻影から抜け出すことができた?
「……たまるか」
「え?」
「死んで……たまるかああああああああああああああああああああああああああああ!」
きざな話し方も、格好つけた振る舞いも全て捨て去り、宝生十色は全力で生に執着する。十宗使徒である前に、九龍PSI研究所の若きホープである前に、宝生十色という一人の人間である男の魂の叫び声が混沌する戦場に轟いた。




