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熊狩りハロウィンカーニバル



 13



 三毛別羆事件。

1915年12月、北海道の小さな集落で二メートルを超える大熊が暴れまわり、七人の命が失われた。

日本史上において最悪といえる熊害事件である。


 今、その再現のような大惨事がオフィスエリアで巻き起こっていた。


 20XX(回生十七)年7月17日、10時50分。

オフィスエリア事務所ビル三階廊下。


「撃てえっ! 撃ち続けるんだあっ!」


 かれこれ五分、途切れることなく銃声が鳴り続けている。

このビルに配置されたSPは総数の二割に上る二百人。その全員が襲撃発生の直後から全力で敵の排除にあたっていた。にも関わらず、賊はほぼ無傷で進撃を続け、SPたちは全く歯が立たずただ徒にその数を減らしていた。


「くそおっ! どうして銃が効かないんだ!」


「隊長! ここは撤退を! 撤退の許可を……うぎゃあああああああああああああ!」


 現代に蘇った大熊の悪夢、奥州熊伍郎。

ツキノワグマの毛皮を纏い、その巨躯からは想像もつかない疾風怒濤の攻撃を繰り出していく様は、SPたちにしてみればまさに三毛別の再現だった。


「何をしている! 撃つんだ! 何でもいいから撃ち続けるんだよ!」


「無茶言うな! 撃とうにも弾がもうないんだよ!」


「何、だと……」


 二百人いたSPは、五分足らずのうちに十分の一まで減っていた。

一人一人が特別な訓練を受け、格闘術にも武器の扱いにも長けたスペシャリストである。そんな彼らが全く成すすべなく、紙切れのように引き千切られていく。

応援を呼ぼうにも、園内各地で同様の事態が発生していてどこにも兵を出す余裕はない。

SPたちにとって、状況は限りなく詰みに近かった。


 奥州はこのビルの主である鬼頭のオフィスをめがけ、一心不乱に進んでいく。せめてもの抵抗でSPたちが進路の攪乱を試みても、奥州は全く動じることなく前進を続けた。

ビルの見取り図が相手に渡っているに違いないと隊長は歯噛みした。


(くそっ、こちらの「切り札」は何をしているんだ!)


 隊長は鬼頭から直接切り札、彼女たちについて聞いたことがあった。

悪夢の手引書と呼ばれるその者たちは、鬼頭が直々に編成した対強力戦闘員用の特別部隊だという。実力のみを重視したため、とても表に出せない面々ばかりであり、隊長に対しても鬼頭は他言無用を念押しした。彼女たちはあくまで切り札であり、最初からあてにすることがないように、とも。

だが事ここに至っては、もはや彼女たちにすがる他ないというのもまた事実だった。


「俺たちが最前線で命を張っているというのに、切り札様はどこで油を売っているんだ! 何がナイトメアテールズだ。俺たちに悪夢を見せてどうするんだクソがっ!」


 もはや自分の命が風前の灯であることを悟り、隊長は最期の悪態をつく。

その喉元に、冷たいものが押し当てられた。


「まーまーそう言わずにぃ。君たちの尊い犠牲は無駄にしないからさ?」


 その姿を見るのは初めてだったが、隊長は彼女こそ悪夢の手引書であると直感した。

南瓜の被り物、全身を覆う黒いマント、両手に握られた刃渡り一メートルを超える湾刀、どこからどう見てもハロウィーンカーニバルから抜け出してきたようなその者こそ、


「悪夢の手引書が一人、裂刀南瓜でーす。ここから先は本職にお任せよん。君たちはさっさとお下がりー」


 呆気に取られている隊長や他のSPには目もくれず、裂刀南瓜は一人悠々と奥州の元へ向かっていく。しかしそうは言われても、このハロウィーンコスプレが本当に奥州を倒せるのか隊長には信じられなかった。何せ裂刀南瓜の身長は150センチそこそこしかなく、マントに隠された体躯は華奢そうだし、声などは完全に中学生くらいの女の子だった。


「いや、我々も加勢する。その大熊は無類の強さだ。いくら君が……」


 特別な訓練を受けた実力者だとしても万一のことがあったら、と続ける前に隊長の喉元に再度湾刀が付きつけられる。今度は少し刺さって血が一筋流れた。


「勘違いすんなし? 周りをチョロチョロされたら邪魔だっつってんの」


 分かったね? と念押しする裂刀南瓜の身も凍る迫力に、隊長はバブルヘッド人形のような勢いで首肯する。隊長自身も少なからず修羅場を潜ってきたので、目の前の仮装少女が只者でないことはそれで十二分に分かった。それでも、奥州を倒せるという確信までは持つことができなかったが。


「んじゃ始めるよーん」


 その声を合図にしたかのように、奥州の背後と裂刀南瓜の背後で天井からシャッターが下りてきた。シャッターは二秒もしない内に下り切り、二人のいる三十メートルほどの廊下は完全な密室となる。逃げ道となる扉や窓、通気口さえなく、二人の他は奥州に倒されたSPが数人転がっているだけだ。


「あー、ゾクゾクしすぎてマジやべー。この時をさー、うちらが結成された時からずっと待ってたのよ。復讐にギラついた目をして乗り込んでくる連中を返り裂きにしてやる、この時をさぁぁぁ!」


 ハイテンションで歓喜の叫びを上げる裂刀南瓜と対照的に、奥州は溜息ひとつつかない。まるで本物の熊になったかのように相手に狙いをつけると、次の瞬間砲弾のように裂刀南瓜のもとへと突っ込んできた。

二本の湾刀でその勢いを相殺しようと試みた裂刀南瓜だったが、奥州からの圧が数段上回っていたことでたまらず後方へと弾き飛ばされてしまった。


 彼女は背中からシャッターに叩きつけられ、その音は外で戦況を伺っている隊長たちの耳に大きく響いた。


「だ、だから言ったじゃないか……あの熊の化物は、戦力を総動員してかからないと止められないんだ」


「おい雑魚」


 殺気を隠しもしない裂刀南瓜の声に隊長たちは震えあがる。一方で、彼女がワンパンKOされたわけではないことにほっとしてもいた。


「無駄口叩いてる暇があったら他所の応援にでも行った方がよくない? てか行って。脇でペチャクチャされると気が散ってマジイラつくからさぁ……」


「りょ、了解した! おい、行くぞお前たち!」


 最後に残ったわずか十数人のSPたちは脱兎の如く駆け出して行った。

後には、裂刀南瓜たちのみが残される。


「さて、これで邪魔者は消えた。ここからはあたしたちだけの時間……」


 立ち上がった裂刀南瓜は闘志を高めるように二本の湾刀を奥州へ向ける。

その時、初めて奥州が口を開いた。


「お前よぉ、どうしてこんなクソ教団に従ってるんだ? 信者じゃねえんだろ?」


「へ? いやどうしてって言われても……好きに暴れさせてくれるから、としか」


「だとしても、教団が裏で行ってる反吐の出る真似くらい知ってるはずだ。いや、お前なんかは一番近いところで見てたんじゃねえのか。それについて、全く疑問は持たなかったのか?」


「生憎、バトル以外には興味ないんすー。思い出してみればエッグいこととかあったような気もするけど、でもまぁ、別に? って感じ」


「そうか……」


 奥州は顔を伏せ、そして再び裂刀南瓜を見据えた。

その表情からは知性や理性は消え失せ、野生の猛獣が持つ獰猛さだけが刻み込まれていた。


「殺す」


 砲弾どころか弾丸のような跳躍で奥州は一気に距離を詰める。両の手には血に塗れた鉤爪が嵌められており、その先端が裂刀南瓜へと迫る。小柄な彼女がその爪にかかれば、喉元からはらわたまで一瞬で引き剥がされるだろう。


 熊が襲いかかってくるような圧を受けながらも、裂刀南瓜は冷静に身をかがめカウンターの体勢に入る。今度は彼女の湾刀が奥州のはらわたを狙う。が、そこから更に奥州のカウンター。振り抜かれた右足が被り物の南瓜にクリーンヒットし、裂刀南瓜はゴールネットへ突き刺さるボールの如く真横の壁に叩きつけられた。


「やー、流石は山奥正宗の棟梁、予想の全然上だ。こりゃ楽しめそう……」


「囀るな」


 裂刀南瓜が立ち上がるのを待たず、奥州は追撃を開始した。

追撃、追撃、追撃、追撃、追撃、追撃、追撃……

一切の思考を中断してひたすらに拳を叩き込み続ける。


 先のやり取りで、裂刀南瓜は奥州に「言ってはならないこと」を言った。

その瞬間、彼女は奥州の中でモブキャラAから仇敵へと変わった。蹴っ飛ばして終わりの石ころから断罪せねばならない標的へと認識が改められた。

故に奥州は本来の標的である鬼頭紫紅の顔面に降らせるのと同じ数の拳を裂刀南瓜の被り物へと叩き込む。特殊素材で作られているらしく南瓜はなかなか割れることがなかったが、遂にひびが入り、そして真っ二つに叩き割られた。


 だが、仮面の中身を拝んだ奥州の顔は凍り付いた。

そこで悟った。本当に攻め立てていたのは、本当に追い詰めていたのは、今本当に優位なのはどちらかということを。


「きゃーん、見られちゃったー、へんたーい」


 全くの棒読みが飛び出す裂刀南瓜の口は奥州の目には見えない。

仮面の下には、また仮面があった。

そしてそれは、どこからどう見ても防毒マスクの形をしていた。


「う……ぐおっ……」


 それを認識した時には、勝敗は決していた。

思考が働かなくなる脳、酸素を吸い込めない肺、締め付けられる心臓。シャッターが閉まった瞬間から放出されていた無味無臭の猛毒が遂に奥州の全身に回ったのだった。


「だから言ったじゃない。あたしたちだけの時間、ってね」


(くっ……ど、どこからだ……? 今、この廊下は完全な密室……何らかのギミックが仕掛けられた痕跡もなかった……一体、どこから毒を……)


 その問いに答えるかのように、奥州の背後で倒れていたSPの一人がゆっくりと起き上がる。霞ゆく奥州の視界は辛うじてその姿を捉えた。

可憐毒花。裂刀南瓜よりも更に幼く見えるその少女は、気弱そうな顔でおずおずと口を開く。


「ジャック……大丈夫だった? いっぱい殴られてたけど……」


「んー、どうだろ。痛覚切ってるから分かんないや。けど生きてるんだから大丈夫っしょ」


「ねぇ、やっぱりやめようよこんな戦い方……たとえ痛くなくても、ジャックが殴られてるところは見たくないよ……うう……ふえぇぇぇん」


 幼子のように泣き出してしまった彼女の上着のポケットの中。この空間を満たしている猛毒はそこから発生していた。


 毒の女王・ラフレシア。


 彼女の身体は、あらゆる毒物を受け付けない。

彼女は「養成所」時代に裂刀南瓜と出会い、意気投合。やがてタッグを組んで戦うようになった。敵を密室に誘い込み、裂刀南瓜が肉弾戦を担当、可憐毒花が毒の流布を行う。裂刀南瓜が独力で勝利できれば良し、苦戦あるいは敗北したとしても可憐毒花が毒殺するという二段構えの戦法だった。


「あーもう泣かないでってばー。戦いはまだ始まったばっかなんだよ? こんなのがまだあと九人いるんだからね?」


「みんなオートマがやっつけちゃうもん……」


「いやいやさすがにそれは職務放棄っしょ……わかったわかった、もうわざとやられるのはナシ! 約束するから、ね?」


「……ほんと?」


 先程の奥州の猛ラッシュ、確かに裂刀南瓜の予想を上回る攻撃だったというのは事実だったが、しかし彼女の実力を以てすれば対処できないということはなかった。それをしなかったのは、勝利を確信した奥州の顔が、絶望に歪んでいく様を見たかったからという彼女の邪悪な動機ゆえのこと。


「ほんとにほんと! あたしがシアに嘘ついたことあった?」


(嘘……)


 意識がほぼ消失しつつあった奥州の脳裏に、その言葉がするりと入り込む。

同時に、十三年前のあの時のことが走馬燈のように浮かび上がった。


『俺はいつだって本気だよ。俺が親父に嘘ついたことあったか?』


 生涯忘れられないあの言葉がやけにクリアに脳内で響き、波紋のように広がり、活動を止めた脳が強制的に再起動される。

奥州の目に、猛獣の光が再び宿る。消え去る前に大きく膨らむ炎のように、灼熱と化して燃え上がる。


(終わるものか……あいつの無念を晴らさないまま、終わってなるものか!)


 投げ出されていた鉤爪に力が蘇り、目にも止まらぬ速さで裂刀南瓜へと襲い掛かった。

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