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no shoot, no live

(どうしてあそこで躊躇しちゃうかなー)


 一階へと続く階段を軽快に上りながら、影羅は不満げに口をとがらせていた。


(どうすべきかなんて、考えるまでもないことじゃん。イミわかんないよ……)


 見た目こそ10歳そこそこの彼女だが、実年齢はとっくに成人済み。おまけに幼少時から裏世界のイロハを徹底的に仕込まれた筋金入りの工作員とあって、「一般人」の思考や価値観がどうにも理解できないということが彼女にはしばしばあった。


 影羅は本当の10歳だった頃、世界的に暗躍する人身売買ブローカーの手に落ちた。といっても拉致や誘拐をされたわけではない。暮らしていた児童養護施設が経営難のため、一番の美少女で高値がついた影羅を売り飛ばしたのだった。その事実はブローカーの口からすぐに影羅に伝えられた。幼心に施設の窮状は理解していたので仕方のないことだとドライに割り切ったが、一方で友達と会えなくなるのは寂しいなと年相応に悲しんだりもした。


 それが最後の「年相応」になるとも知らずに。


 影羅を買ったのは、東欧の独裁国家・ザミルザーニ社会主義国政府の暗部機関だった。当初、彼女は戦闘員ではなく慰み者を養成するための生産ラインに入れられた。そこでは政権であるザミルザーニ社会党の重鎮に献上するための特注品が日夜製造されていたが、工場長の審査は非常に厳しく、不適格とされた者には即刻処分という末路が待ち受けていた。


 影羅は恐怖した。

死にたくない。しにたくない。シニタクナイ。

いつ精神が崩壊してもおかしくないほどの恐怖は彼女の肉体にある作用を及ぼした。肉体的成長を止めてしまったのだ。「完成」すれば審査され、不良と判断されれば処分される。なら、ずっと完成しなければいい。それが極限状態に置かれた影羅の脳が無意識下で絞り出した生存戦略だった。


 そんな彼女にいかなる判定が下されたのか、結果として影羅は処分を免れ生き延びることに成功した。但し、慰み者から戦闘員へのジョブチェンジが命じられ、今度はその養成施設に入ることとなった。そしてそこで待ち受けていたのは、これまでを遥かに凌ぐ、この世のものとは思えない無間地獄だった……


(そりゃまー影羅ちゃんの経歴がかなり特殊で、それで頭の中身がイッパンジンとかけ離れちゃってるのは理解してるけどさ……どうしてももやもやしちゃう)


「透くんの堕神官とかいうチートモード、見てみたかったな……」


 ちょっとだけ後ろ髪を引かれつつ階段を上る影羅の頬を、何かがかすめていった。

それは銃弾で、影羅の後方の壁の中へとめり込んでいった。


「やはりお前だったか」


 影羅が見上げると、そこには拳銃を構えた巻村の姿があった。


「先程の地下通路での襲撃、針を受け止めてみせたのは見事だったが、それが逆にお前が賊であるという確証を与えてくれたよ。あんな動作ができる女子小学生などいない。いや、成人男性にだって無理だ。非常に高度な戦闘訓練を受けた者のみが可能とする所作。つまりお前が紛れ込んだ一人、テロリストなのだろう」


 拳銃で影羅を狙いながら、自らの推理を突きつける巻村。

そんな彼に全く動じる素振りなく、影羅は平然と返した。


「あなたは園側の掃除屋だったってわけだね」


「掃除屋などという品のない呼称はよしてもらおう。俺は全能術師直属騎士団『聖なる七色の光』のメンバーだ。全能術師の名のもとに、お前を粛清する」


(うわー完全に酔っちゃってるよ)


 騎士団だか何だか知らないが、影羅にとって巻村などは雑魚ですらなく、モブキャラAがいいところだ。さっさと片づけて先を急ぎますかと身構えた影羅の頬を、今度は背後から弾がかすめていった。


「チッ、運の良い奴だ」


 この階段のように、園内において交通の要所とされる地点には銃口や固定砲といったギミックが設置されていた。巻村のようにある程度の権限を持ったSPであれば、それらを使用することが可能であった。

巻村のゴーグルの内側にはこれらのギミックと連動した特殊なビジョンがあり、それらの射程や射線が表示される仕組みになっていた。

今、この階段には壁に固定された銃口が十七。自らが握る拳銃も含めれば十八の銃口を巻村は有していた。圧倒的優位。それが彼を饒舌にさせた。


「もう気付いているだろう? 蜂の巣にされる最期からは逃れられないということにな」


 すっかり勝ち誇っている巻村。しかし目の前の影羅は絶望するどころか、回想にふけっていた。


(懐かしいなーこの手のギミック。養成所時代に死ぬほどやったよね。一番ヤバかったのはペンタゴンを想定したステージだったな。挑戦者ほとんど死んじゃったし)


 つまり、戦闘員養成所で連日連夜この何倍もハードなコースを潜り抜けていた影羅にとって、この程度のギミックはチュートリアルか、一面程度の難度でしかなかったのだった。


「ご高説さんきゅーでーす。お礼にこっちからも教えてあげるね。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるって言うけど、ならその前に仕留めればいいんだよね。一発でさ」


 にっこりとほほ笑んだ影羅は、先程地下通路でキャッチしてそのまま持っていた針を巻村に投げつけた。全く予備動作なく放たれた針をかわすほどの身体能力は巻村にはなく、針はゴーグルを貫通し彼の左目に突き刺さった。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 ゴーグルがクッションとなったことで巻村は一命を取り留めた。しかし眼球を破壊された激痛は凄まじく、悲鳴を撒き散らしながらごろごろとのたうち回る。

そんな彼を一顧だにせず、影羅はのんびりと階段を上っていった。そして巻村が持っていた銃を拾うと、十七のギミックを片っ端から撃ち抜いていく。


「他の人たちは……とっくに行っちゃったか。うあー、絶対あの中にヤバさMAXの奴いるよー。でも影羅ちゃんじゃ倒せるか分かんないからなー……ま、掟ちゃんがどうにかしてくれるよね!」


 ギミックを全て破壊したところで、地下から上がってきた透が追いついた。

透は影羅に追いつけたことに安堵しつつも、この状況に困惑を禁じ得ない。


「お、来ましたね透くん。この状況はねー、そこで転がってるのが全能術師直属の騎士団とかいうまぁ要するに敵で、そいつが影羅ちゃんをテロリストと思い込んで攻撃してきたからちゃちゃっと返り討ちにしたってわけ。他の人たちは先に行っちゃったみたい」


「そうか……影羅、さっきは情けないとこ見せてすまなかった。俺、これからは命をかける相手はちゃんと選別するよ」


「トーゼン! あ、そうだ。透くん、これ使いなよ」


 影羅は持っていた巻村の銃を透に手渡した。

受け取った透の手に、それはずっしりと重い。初めて手にする銃に、透は息を呑んだ。


「言っとくけど、それ、お守りじゃないからね。撃たなきゃいけない時はちゃんと撃つんだよ? 『お、俺には撃てない……』とかナシだからね?」


「ああ、そのつもりだ」


「ほーう? んじゃ透くん、早速こいつにトドメを刺してみよっか」


 しれっとした顔で、影羅は床に転がる巻村を指さした。


「え?」


「え、じゃなくて、撃って。こいつを生かしといたら、影羅ちゃんたちのこと、あることないこと言いふらすに決まってんじゃん。ここでしっかり口封じしとかないとね」


(あー、やっぱこいつやべぇ……)


この居留間影羅という女は、人間をやめている。

羽虫を叩くような感覚で人を殺してのけ、それを何とも思わない冷え切った血の持ち主。それが影羅だ。あのヘルメット男や、この建物を地獄絵図にした何者かと完全に同類。そんな存在が、透に迫っている。


 こちら側に来いと。


 来れなければ、やはり相棒として不合格だと。


「ほらー、はーやーくー、撃てないのかなー」


 味方であるはずの影羅に対する恐怖、大切な人のために命を賭すという決意、それらが透の震える手を動かし、銃口はゆっくりと巻村の方へと向いていく。

あまりの激痛で意識が飛んでいるのか、巻村は静かになっていた。撃つなら今だろう。特に恨みがあるわけでもない人間から命乞いをされれば、正常な人間は撃てなくなる。何も言えない今がチャンスだ。


(撃たないと……撃たないといけないんだ……撃って、覚悟を示すんだ)


「うぐっ」


 突如巻村がうめき声を上げたかと思うと、ガクガクと痙攣し出した。

呆然と見ている透の目の前で、彼はものの数秒で動かなくなってしまった。


「奥歯に毒を仕込んでたんだね。敵からの拷問とかで情報を奪われないためによく使われる手段だよ。良かったね透くん、撃つ前に敵が死んでくれて」


 やれやれといった感じで影羅が解説するが、透の耳には半分も入らない。

目の前で繰り返される死。この一時間足らずの間に、透の世界は完全に変わってしまった。

確かに今は撃たずに済んだ。だが、このような状況が続けば撃つ時が来るのは時間の問題だった。撃たないとしたら、それはイコール死。もはや、人を撃つこと抜きでは生き残れない。


「ま、仮合格ってことにしとこうかな」


 再び悩みの渦に呑まれかけた透を引き上げるように影羅が言った。


「地下から一人で上がってきたのは良し! けどそのあと引き金を引けなかったのは人間としては良くても戦闘員としてはダメダメだよ。だから仮合格ね。やっぱ不合格と思ったら即刻クビにするから、気合い入れっぱでお願いね」


「ありがとう。ごめんな、こんな頼りなくて」


「……影羅ちゃんはさ、みんなに生きててほしいの。たとえどんなことをしてでも。それだけなんだよ。……さ、行こっ」


 歩き出した影羅の背中が、その時透にはとても寂しげに見えた。

きっと、彼女は数えきれないほど色んなものを失くしてここまで来たのだ。失うということを誰よりも知っているから、生き延びるためならどんな手段でも躊躇しない。

さっきは人間をやめているなどと思ったが、そうまでしないと生きられなかった彼女の過酷な過去に思いを馳せた時、目の前の化物がとても悲しい存在のように透の目には映った。

けれど今は、そんな彼女の手を借りなければ目的を果たせない。心の中で一言謝って、透は影羅のちいさな背中を追った。

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