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13人目の生存者



 10



 透の意識が混濁していたのは、時間にしてほんの数秒ほどのこと。しかし先程目にした光景は刹那の悪夢となって強烈にフラッシュバックし、透は一晩たっぷりうなされたような精神状態だった。


「降ろして……ください……」


 こんな状況とはいえ、我ながらひどい声だなと透は思う。擦り切れる寸前のような声音に、踊場もただならぬものを感じたようだった。


「正直、君にかけるべき言葉が見つからない」


 踊場の声にも苦渋の色が満ちていた。そこで初めて透は気づく。自分だけが辛いわけじゃない。踊場や中須田だって、一日だけとはいえ雫と道中を共にしている。ろくに話をしたわけではなくとも、見知った少女を見殺しにするという行為に苛まれていないわけはないのだ。


「ただひとつ言えることは、とにかく今は生き延びよう。色々考えるのは、その後でだって遅くはないんだから」


「他の友達の安否も心配だろうけどさ、君が死んじゃったらしょうがないじゃん」


 踊場と中須田が必死に励ましてくれる。しかし透はそれに答えられなかった。例えこのまま脱出できるとしても、そうするつもりなど全くなかった。自分が死ぬことよりも、くるみたちまで失うことの方がずっと恐ろしかった。


「およ、どうしたんだろう」


 中須田の視線の先で皆が立ち止まっている。

そこはここまで一本道だった通路から吹き抜けの広い空間に出る場所だったが、大半の者は景色から目を背けていて、中にはうずくまり嘔吐している者もいた。

それだけで透、影羅、踊場、中須田は理解した。

この先でも、あの正門前広場のような惨劇が発生したのだと。


「かなりひどいのかい」


 直接的な表現を避けた踊場だが、実際そんな配慮など気休めにもならない。


「見た方が早いです。但し、覚悟してください」


 眼鏡の男性がそう言って道を空けた。

透たちがそこから覗き込むと予想通りの、否、予想以上の地獄が広がっていた。

エイリアンの仕業か? ほんの一時間ほど前に通り過ぎたばかりの入国審査ゲート一帯が、血と死体で埋め尽くされていた。動くものなどただの一つもないそこは、さながら人間のと殺場だった。


「うぐ……さすがにこれはきついね……」


「これを同じ人間がやっただなんて、とても信じられないよ」


 ここまでの惨状を見せつけられては、中須田と踊場も気圧された様子を隠せない。

透も何も言えないでいたが、そんな彼の足を影羅が踏んづけた。


「しっかりしてよ。ミッションはまだ序盤だよ? こんなチュートリアルの段階で心が折れちゃって、そんな体たらくでどうやって栗夢ちゃんの元に辿り着くっていうのさ」


「さすが……裏世界の人間様は強いな。少しは気を使ってほしいよ」


「いやいや、何甘えちゃってるの? 君は目的があって来たんだよね? だったら君の方が影羅ちゃんのペースに合わせるのが筋ってものだよ。こんな状況なら尚更ね」


「分かってる……分かってるさ」


 栗夢救出のために最善を尽くさなければならないこと。その「最善」の内容がとてつもなく高度なものだということは透ももちろん認識している。だが、如何せん彼には場数というものが絶対的に不足していた。心の持ち方が分からず、完全に場に呑み込まれてしまっていた。


「けど……精神がついていかないんだ。さっき撃たれたの、あいつ俺の友達なんだ。ほんの少し前まで普通に話してたのに、すぐそばにいたのに……」


「そりゃ死ぬでしょ。ここは戦場だよ? サバゲーでもしてたつもり? 透くんにとってのメインヒロインだろうがモブキャラだろうが、銃で急所を撃たれれば役割に関係なく死ぬだけだよ。で、どうするの? まだ間に合うかもしれない他のヒロインを助けに行く? それともここで震えてる?」


 透にだけ聞こえるように影羅は耳元で囁いてくる。正体を知らない者の目には、影羅は小学四年生くらいの女児にしか見えない。不自然に思われぬよう、恐怖で口がきけない風を装っているのだ。


「あれ、これどういうことだ?」


 不意に依が誰にともなくこぼした。

そこで透は初めて依が連れの柚と一緒でないことに気付いた。その程度には精神の恐慌から立ち直っていた。


「あのさ、あたしちょっと変なことに気づいちゃったんだけど、言っていい?」


 皆、ちらと彼女の方を見るが返答はない。誰も彼も、そんな気力がないのだった。もしくは彼女の声そのものが耳に入っていないか。ともかく、沈黙を肯定と受け取った依は言った。


「さっきの広場の生存者は確か13人だったよね? で、1人撃たれたから12人になったはず。けど……なんでか知らないけど……今も13人いる」


 言われて、すぐに中須田が声に出して人数を数え始めた。確かに、13人いた。


「え? え? マジでどうなってるの?」


 広場に面した扉からここまでは、完全なる一本道。最後尾だった透たちを後ろから追い抜いた者はない。まるで幽霊のように、人間が一人増えてしまった。


「やだ、何それ? おばけとかやめてよ」


 女子大生風の二人組が抱き合って怯える。

そんな二人を一瞥して依が言った。幽霊などよりも余程恐ろしい、この状況で最もあってはならないその可能性を。


「おばけだったらまだマシだろうよ。あたしはこう考えてる……この惨劇を引き起こした張本人、テロリストがこの中に紛れ込んでるんじゃないかって、ね」


「やめなさいよ! 憶測で不安を煽ることを言うのは!」


 もはや完全に理性をなくした押附の怒号が飛ぶ。


「そうだ、下らん妄言はよせ!」


 ハゲデブチビ三拍子揃ったスーツの中年男性が押附に同調する。どうでもいいが押附の発言が支持されるというのはかなりのレアシーンである。


「いつの間にか人が増えていただと? 映画じゃあるまいしそんなことが現実にあってたまるか! どうせあのヘルメット男の数え間違いだろう!」


 彼は服田雅(ふくだまさし)。ロワイヨム・エトワーレの建設を請け負った大手建設会社の部長職であり、会社を代表して式典に参加するために訪れていた。もちろん信者ではない。


「そう断定するのは些か総計では? この状況、まさにその映画で一人また一人と生存者が命を落としていく典型パターンだ」


 やけに知的ぶった風な眼鏡の男。名を嵐堂果摘(らんどうかつみ)といい、ITベンチャー企業の社長である。会社の経営が傾くごとにADPに傾倒していき、最近では社員に愛想をつかされていた。


「ぼ、僕もそう思う……早くそいつを見つけないと、大変なことになるかも……」


 おどおどした口調の気弱そうな青年は更越豊(ふけこしゆたか)。白壁時音の追っかけをしていた。


「ねぇ、何とかしてはっきりさせられないわけ? 知らない内に殺されてたとかそんな展開ゴメンなんだけど?」


 焦りを露わに床を踏み鳴らしているのは女子大生の来島綺麗(くるしまきれい)。名前負け感すごい系女子。


「ていうか……怪しいっていったら、あの人じゃない?」


 もう一人の女子大生、田中植苗(たなかうえな)がおずおずと指さしたのは、ここまで一言も発していない男だった。


「くくく、すまないね、怪しくて」


 その男、巻村鷹也(まきむらたかや)は顔の上半分をゴーグルで覆っていた。髪も無造作に伸び放題となっていて、13人の中で断トツに世間ずれした風貌をしていた。


「だが、逆にこうも考えられるだろう? 俺のようないかにも疑われそうな人物が、こうしてノコノコ集団に混じっていくだろうか? 俺をテロリストと断ずるならば、証拠を出してからにしてもらおうか」


 そう言われてしまえばそれまでである。重苦しい空気が13人を包んだ。


「得体の知れない存在に恐怖する気持ちは分かります」


 そんな一同を諭すように、踊場が落ち着いた口調で切り出した。


「ただ、幸運なことに僕らはここから脱出することができます。この空間を通るのは気が重いですが、とにかくまずは外に出ましょう。それまでは、お互いがお互いを見張っていれば少しは安心かと思います。決して皆さんを疑っているわけではありませんが……」


「何でもいいから早く安全な場所に行かせてちょうだい!」


 押附が喚くが、誰も相手にしない。

「+1」の謎は気持ち悪いが、しかし進む以外に選択肢がないのは事実。一同は顔を見合わせ意を決すると、血みどろの惨状が広がる階下へと歩き始めた。


「あー、あたしは行かないんで」


 しかしそのまとまりかけた流れを、依がぶった切った。

困惑や苛立ちを浮かべて振り返った皆の顔を見下ろした依は、いつもの死んだ魚の目で言い放つ。


「あたしの連れがまだ中にいるからさ。あたしはパス。外でもどこでも、勝手に行って」


「アンタねえ! 身勝手も大概にしなさいよ! アンタの行動でテロリストの怒りを買ったらどうするのよ!」


 すかさず押附が噛みつくが、依は平然とへらへら吐き捨てる。


「え? どうもしないけど? だってあんたら出て行くんだから関係なくね? それとも、そんなにテロリストが気になるなら残る?」


 押附がチンパンジーのような金切り声を上げる中、透は今の状況を整理していた。

ここには13人の人間がいる。あのヘルメット男のカウントが正しければ、12人は広場の生存者、1人はどこかから現れた存在だ。

氷神透、居留間影羅、中須田珠、踊場廻、不動依、美原桃絵、押附良子、服田雅、嵐堂果摘、更越豊、来島綺麗、田中植苗、巻村鷹也(押附以下七人は、透は名前を知らない)。

ここまでの通路が一本道だった以上、「+1」は生存者たちがここで惨状に意識を奪われている間に紛れ込んだことになる。


「もういい! 水掛け論はたくさんだ! 俺は先に行く!」


 死亡フラグそのものの台詞を吐いて服田が階下へと急ぐ。一階に下りて荷物検査・両替エリアとエントランスを抜けさえすれば、もう園の外だ。

服田の後を追うように、他の面々も階段を駆け下りていく。


「お達者でー」


 依だけが、その様子を嘲笑うように見下ろしていた。

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