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開演

2019年、あけましておめでとうございます。

投稿三年目にして、ようやくここまでこれました。

ここまで溜めに溜めた分、存分に暴れまくりたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。



 9



 20XX(回生十七)年7月17日、10時30分。

入国管理エリア、職員用通用口。


「……普通に見つからなかったな」


「そだねー」


 入国管理エリアと園内を結ぶ職員用通用口を出た透と影羅は、人目につかない物陰に移動し変装を解いた。

陵眠に接触し入場許可証と覚醒の雫を入手する。その目的のため透は黒服に、影羅はキャストの格好に変装して入国管理エリアを捜索したが、三十分を費やしても彼女の姿はおろか行方の手がかりさえ見つけることはできなかった。


「影羅の調べでは、陵は今の場所にいるはずだったんだよな?」


「まあねー、彼女は思考を読み取る能力者でしょ。入国管理っていうセキュリティ業務にこれ以上うってつけな人材はいないわけで、彼女はずっとあのエリアの集中管制室に詰めてたんだよ。なのに今日、いきなり彼女はいなくなった。これは異常事態だよ」


「いきなり出鼻を挫かれたな……」


 透の精神の奥底には、「堕神官」とよばれる別人格が潜んでいる。絶大な戦闘力を持つそれを意図的に呼び出せれば、大きな戦力になる。そのトリガーとなる「覚醒の雫」というアイテムを陵が持っている可能性があるということで、透は彼女への接触を買って出たのだが……


「もしかして、陵は俺が訪ねてくるかもしれないと警戒したのかもしれない。それで本来の持ち場を離れてまで姿をくらました……なんて可能性はあるかな」


「んー、それはどうだろうねー。最重要任務であろうセキュリティ業務を放り投げてまで逃げ出す価値が君にあるのかなー」


「だよな……」


 自分で言っておきながら、透も陵逃亡説には懐疑的だった。三日前に会った時、陵はむしろ透を仲間に引き入れたがっていた。透が人格変貌を起こしたのがその後だったとはいえ、スタンスを百八十度変えるほどの事由があるものなのか。

いくら考えたところで、想像の域を出ない。


「透くん、ここはスパッと陵を諦めて、別の七導師を当たろうよ」


「そうだな。時間も限られてるし、他行こう」


「おー!」


 砦家特殊部隊「叢雲」副隊長、居留間影羅。

先程の捜査中に透が聞いたところによると、彼女は幼少時に国際的な人身売買ブローカーに拉致され、売られた先の東欧の某独裁国家で工作員として育成されたのだという。10歳くらいの外見も「そういうスペックの工作員」として作られたものであり、実年齢は透よりもずっと上なのだとか。

もちろん透にはその話の真偽など分かるはずもない。


「んじゃ桜たちに伝えとくわ。『アトラクションエリアに向かいます』っと……」


 タブレットに文章を打ち込み送信する透。「アトラクションエリア」とは、透たちが決めた青空爽を指す隠語だった。園内での連絡手段がADP管理のアプリしかない以上、馬鹿正直に用件を直接書くわけにはいかない。隠語等を使って巧妙に伝えなければならない。


 桜・くるみチームからも、巽・蓬生チームからも今のところ定時連絡以外の着信はない。どちらも、それぞれ白壁時音と白塔秀一郎の捜索中というわけだ。


 透と影羅は正門前広場へと歩を進めた。開園時刻から三十分が経ち、園内には人の姿がかなり増えていた。

時間が経てば経つほどテログループの準備も着実に進む。もしくは、もう全ての用意は完了していてあとは行動に移すだけかもしれない。

そう考えると透は気が気でなく、自然と歩調が早くなっていく。


「透くん、あれ見てっ!」


 突如影羅が立ち止まって遠くを指さした。

その先にある広場には小さな舞台が設営されていて、周囲にギャラリーが集まっている。

舞台の上に誰かいるのが透にも見えたが、彼の視力では判別がつかない。


「白壁時音だよ!」


 影羅の言葉に慌てて双眼鏡を覗き込んだ透の目にも、確かにその姿が映った。

白壁時音。七導師が一人、天才ピアノ奏者として名高い芸術師である。


 入国管理エリアにいるはずの陵眠がそこにおらず、劇場・ホールエリアにいるはずの白壁時音が正門前広場にいる。想定外の事態に透の思考は揺れた。


(何が起こってるんだ? いやそれよりも、もしも七導師の居場所が総シャッフルされてたりなんかしたら、俺たちの作戦自体が無意味になりかねない……!)


 そんな透を見かねた影羅が、服の裾を引っ張って声をかける。


「とにかく、行ってみよ? せっかくターゲットがいるんだから、みすみす逃すなんて手はないよ」


 焦りや不安を攪拌するような天真爛漫な影羅の声で少し落ち着いた透は、頷き、意を決して白壁の元に急いだ。それに合わせるかのように、舞台の上では時音の演奏が始まった。



 ☆



(あーあ、何やってんだろ、あたし……)


 正門前広場に設えられた舞台の上でギャラリーの注目を一身に集めながら、白壁時音は憂鬱に沈んでいた。


(音楽家として上に行かせてくれるっていうから色々我慢してきたけど、命を取られたんじゃ本末転倒もいいとこだわ。もういい加減潮時ね)


 そもそも時音は宗教が嫌いだった。プライドの塊で、自分自身がこの世の何より大切という彼女にとって、献身だの無欲だのを説く宗教は虫唾や反吐の対象だった。

そんな大嫌いなものになぜ身を投じたのかといえば、単純な話、貧しさから抜け出すためだった。母子家庭で育った時音の幼少期は、衣食住もままならないほどみすぼらしいものだった。スーパーの試食で空腹を誤魔化し、つぎはぎの古着を何年も纏い、カビの生えた布団で隙間風に震えた。


 そんな極貧生活を一変させたものこそ、ADPだった。時音が住んでいた町にも施設があり、度々焚き出しなどを行っていた。その常連だった時音は、ある時施設に置かれていたピアノを目にする。

教えを受けるどころか、触ったことすらないにも関わらず、幼い時音の指は天使の旋律を奏で、その場にいた者をたちどころに魅了した。噂は瞬く間に広まり、白壁時音の名は教団中の人間が知るところとなった。そして信徒たちは口をそろえてこう言った。


「この天賦の才、まさに芸術師に相応しい」


 わけも分らぬまま時音は無関係な一般人からいきなり最高幹部となり、そしてその生活は一変した。教団からの手厚い支援を受け、資産家令嬢並みの暮らしが始まった。ピアノ奏者としても驚異的な成長を続け、テレビ出演や海外公演を行うまでになった。来春からはオーストリアの音大への進学も決まっている。

時音は、まさにこの世の春を謳歌していた。


 その一方で、不安に駆られることもあった。

時音が成功の階段を上り始めたのは、ADPと出会ってからだ。これまでの数々の成功も、全て教団のバックアップがあってのものだった。では、それらがなくなったら? 梯子を外された自分は、己の力のみでこれまで通りの成功を続けることができるだろうか?


 自分は天才、神に選ばれた存在。過大な自信と自意識を持ちながらも教団を離れることができなかったのは、後ろ盾を失えば転落するのではという不安ゆえのことだった。

最低で最悪で極悪な日々を誰より知っているからこそ、二度とあそこには戻りたくないという気持ちは誰よりも強かった。


 だが、そんな漠然とした不安は今はない。

殺されるという確固たる恐怖が時音を支配していた。


(嫌……死にたくない……!)


 今手にしている地位や名誉、全てを投げうってでも生きていたいと思った。

死んでも戻りたくないと嫌悪していたかつての暮らしに戻ることになったとしても。


(よし、決めた。あたしは教団を辞める)


 演奏が終わり、時音が決意とともに立ち上がった瞬間、頭上で何かが爆ぜるような音がした。反射的に顔を上げた時音の目に、自分めがけて落下してくる照明器具が映る。

最期の瞬間、彼女は決断が遅すぎたことを呪った。



 ☆



 一瞬のことだった。

舞台上に設置されていた照明器具が落下し、白壁時音の身体を圧し潰した。

誰の目にも明らかだった。七導師が一人、芸術師・白壁時音が死んだのだと。


 だが、阿鼻叫喚が訪れることはなかった。

聴衆の悲鳴が発生するより先に、「次」の事態が広場を襲ったからだ。


 銃弾の雨が、人々を薙ぎ払った。


 ばららららっ、という軽快な発砲音と同時に飛来した銃弾により、人々は声を発する間もなく殺傷されていく。

間一髪、掃射に気付いた影羅に押し倒される形で透は難を逃れた。だが、銃声は終わることなく続く。発砲者の位置が分からない透はいつトドメの一発が来るかも分からない恐怖で鼓動が爆発しそうだった。

地に伏せている透の右に、左に、銃弾を受けた者が倒れてくる。遂に絶叫が発生し、連鎖的に広まっていく。銃声は鳴りやまない。お前たちを皆殺しにすると言外に主張しているかのように。


(甘かった……完全に考えが甘かった……これがテロ、本気の殺戮!)


 一度死線を潜り抜けたことで、透の心に僅かな隙が生まれていなかったとは言い切れない。だが、想定と比べて早すぎる襲撃は、たとえ隙がなくても防ぐことは極めて困難だったはずだ。


(つーか、早すぎだろ! 前夜祭で決行って話じゃなかったのか?)


 ようやく銃声が鳴りやんだ。悲鳴もやんでいた。悲鳴を上げるだけの力のある者がいないということだった。


「聞け、邪教徒共」


 拡声器を使用した声が、足音とともに透の耳に届く。

虫けらを見下すような、心の底から軽蔑しきった声だった。声の主は舞台の方へと歩きながら言葉を続ける。


「本刻を以て、我々十宗使徒はアンジュ・デ・ポームに侵攻を開始する。目的は最高幹部・七導師の抹殺。それ以外の者の命は標的ではない。しかしそれは貴様らの安全を保障するものではない。この状況を見れば分かるだろうがな。我々は、目的に通ずる道の途上にある存在全てを排除する。人も物も、生物も無機物も、邪魔と見做したものは全て強制排除だ。理解できたか?」


 テロリストは舞台に上がり、正門前広場を見渡す。

自らが作り出した地獄絵図を、満足げに。


「殺されたくなければ隅で震えていろ。聖地の城壁は破られたのだ!」


 10時45分。

かくして、幕は切って落とされた。

血で血を洗う、憎悪と復讐のデスゲームが始まる。

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