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通信



 4



 20XX(回生十七)年7月17日、6時25分。


 その部屋はまさに悪の秘密結社のボスが鎮座するに相応しい空間だった。

入口側と左右両側の壁は無機質なコンクリートで、そこにいくつもの怪しげな機械が設置され、その配線が縦横無尽に走り巡っていた。

そして奥側の壁は一面がモニターとなっていて、現在九つに分割された画面には監視カメラの映像や各種データが映し出されている。

そのモニターの九分割が突如終了し、画面を丸々使った映像が映し出された。ネット通信の着信が入ったのだ。入口の扉に背を向ける形で椅子に座り画面を見ていた鬼頭は待ってましたとばかりに口笛を鳴らした。


「お早うございます、全能術師閣下ぁ」


「白々しい態度はやめろ。虫唾が走る」


 アンジュ・デ・ポーム最高指導者、六芒星悠夜は忌々しげに吐き捨てると、余計な話をする気はないとばかりに単刀直入に告げた。


「もう一度確認だ。今日、ここは良くて全壊(・・・・・)悪くても半壊(・・・・・・)する。その前に、俺が指定した人物全員が確実に離脱できるか。万事手抜かりはないか。どうなんだ」


「全能術師閣下は心配性ですねぇ。だーいじょーぶですって。あんたのノアの箱舟は盤石だ。ねずみ一匹出入りできねぇよ。……ま、内部の人間に小細工されちゃあ分からねぇがな」


 低くなった鬼頭の声音に六芒星の顔色が変わる。

隠していることを勘付かれた人間が見せる、苦虫を噛み潰したような顔だった。


「栗夢を逃がしたの、あんただろ」


 鬼頭の声も表情も、完全にカモを恫喝するチンピラのものになっていた。この光景を見て二人が教祖と幹部だと思う者などいまい。


「俺が気付いてないとでも思ったか? まぁ幸い無事に回収できたことだし、このことは不問にしておいてやるよ。けどな、余計な仕事を増やすのだけは勘弁してくれや。俺からも一つ確認だ。お前のノアの箱舟は保障してやる。約束だからな。その代わり、全てが終わるまではおとなしくしてろ。目の前で何人死のうがだ。理解できたか?」


「分かってる。もう余計なことはしない。じゃあな」


 感情を押し殺したような声を絞り出して、六芒星は通信を切った。

再び九分割されたモニターの画面を鬼頭はしばし無言で眺めていたが、やがて顔を伏せ、消え入りそうな声で零した。


「何やってんだろうな、俺……」



 5



 20XX(回生十七)年7月17日、7時00分。

ロワイヨム・エトワーレ園内診療所・所長室。


(どうしてこんなことになってしまったんだ……)


 七導師が一人、医術師・白塔秀一郎はデスクで頭を抱えていた。

遂にこの日がやってきてしまった。十宗使徒を名乗る連中から殺害予告を受けて以来、幾度となく逃亡を企図した白塔だったが、結局実行には至れず今日に至っている。


(どうして、どうしていつも俺ばかりがこんな目に遭うんだ。俺は医者なんだから馬鹿じゃない。普段から用心も警戒もしている。なのに……なんで気が付くと追いつめられているんだ。いつもいつもいつも!)


 彼の人生は受難に次ぐ受難のフルコンボだった。小学校受験の失敗に端を発した家庭内不和により両親が離婚、中学受験には成功するもすぐさま大学受験に向けてスパルタ家庭教師をつけられ、やっと入った医大では成績不良でクズ扱い。それでも歯を食いしばって医者という職業に就き二十年間ひたすら真面目に働いてきたが、その職も上司のミスの責任を押し付けられるという形で呆気なく失った。


 総合病院を去る日、これからどうしていいか分からず途方に暮れていた白塔に声をかけたのが陵だった。空席だった医術師の人材を探していた彼女の目に留まりスカウトされた白塔は、自分を必要としてくれるならと受諾。しかしもちろん、陵は都合の悪い部分は一切伏せていたのでADPが抱える闇を白塔が知るのはずっと後になってからだった。


 ともあれ、ADPの最高幹部として白塔秀一郎はそれなりに居心地の良い暮らしを手に入れた。それは彼の四十八年の人生で初めて得た平穏と安らぎだったかもしれない。

だがそれも、十宗使徒の手によって木端微塵にされてしまった。


(逃げるか、今からでも。どこだっていい、とにかく敵の手の届かないところへ……でも、どこへ?)


 父親は既に他界し、母親にはADP入信の際絶縁を言い渡されている。頼れる親類も友人もいない。現実問題として、ここが白塔の唯一にして最も安全な居場所だったのだ。


『おはよう諸君、昨日はよく眠れたか?』


 パソコンの画面に映し出された鬼頭の顔を見て、白塔は朝の幹部会議の時間になっていたことに気付く。この画面には鬼頭しか映っていないが、六芒星と栗夢を除く五人が現在オンラインになっていた。

午前七時。プレオープンまで、あと三時間を切った。


『まぁどうでもいいけどなンなことは。何せ今日は我々にとって重大な一日だ。最高幹部である俺たちがまさか、体調不良でムリですぅなんて言わねぇよな?』


 鬼頭の声はいつも白塔を委縮させる。

俺の考えなんて、余裕で見透かしてるんだろうなと彼は無力感に打ちひしがれた。

そんな彼に追い打ちをかけるように、鬼頭は恫喝する口調になって続けた。


『お前だよお前! お前に言ってんだよ!』


 白塔は身震いして身構えた。

やばい……やばいやばいやばい! バレている、そしてキレられている。裏切者として吊るし上げられる。畜生、何で俺ばかりがこんな目に……


 だが幸いなことに、鬼頭の矛先は白塔ではなかった。


『陵! お前はただでさえ朝弱ぇんだから三時間早く寝とけつったろーが! 本当に仕方ねぇ奴だなお前は!』


 白塔のパソコンからは見えないが、鬼頭の恫喝は居眠りをしていたのであろう陵に向けられたものだった。白塔は肩を落とし、全身で安堵する。


『むにゃ~、ちゃんと言われた通りにしたよ~? ってなわけであと三時間~』


 トータル六時間長く寝るつもりである。名前負けというのはよく言うが、逆にこれほど名前勝ちしている者はそうそういないであろう。


『馬鹿の相手をしてても仕方ねぇ。今日のタイムテーブル確認だ。三時間後の十時にプレオープンの開門、閉門は十六時だ。その一時間後の十七時に前夜祭が開演し、二十時に終演となる。んじゃ、各々の行動予定を爽ちゃんから頼むわ』


 青空爽、白塔秀一郎、陵眠と順に各自の予定が伝えられていく。そして芸術師・白壁時音の番になったところで、彼女が不安をぶちまけた。


『本当に大丈夫なんでしょうね? 正直、まさか本当に決行するとは思わなかったわ』


 天才ピアノ奏者として知られる白壁時音。プライドの塊でヒステリックな彼女を白塔は苦手にしていたが、この時ばかりは拍手喝采したい心地だった。


(よし、いいぞ! そのまま一気に舌鋒鋭く追及するんだ!)


 もはや、プレオープンの延期や前夜祭の中止など白塔は期待していない。せめて警備を強化するとか、七導師の安全は絶対に保障するとか、それだけでも聞ければよかった。そんな言質を取ったところで実際には何の保障にもなりはしないが、彼の疲弊した精神はとにかく縋りつける対象を欲していたのだ。


『白壁君。君は不思議なことを言うんだね』


 そんな白塔の切なる願いを、台風一過の空のような爽やかな声が塗り潰した。

体術師・青空爽。白壁とは違うベクトルで白塔が苦手にしている男だった。青空は底抜けの狂信者であり、一度火が点けば鬼頭でさえ手がつけられなくなる。彼を止められるのは六芒星と栗夢だけだった。


『ここは聖地だよ? 下賤な異教徒共にできることなんてただの一つもありはしないさ』


『そういうこった』


 青空の後を鬼頭が継ぐ。そうしなければ青空は一時間でも二時間でも語り続けるのだ。


『この世には数多の権力者がいる。政治家、経営者、芸能人にヤクザの組長なんかもそうだな。そいつらは多かれ少なかれ権力と引き換えに恨みを買っている。殺してやりたい、死ねばいいのに、あいつさえいなければ。そんな風に常に怨嗟の的なわけだが、大抵の場合恨みは怨みで終わって成就なんかしねぇ。権力者は相変わらず権力者であり続ける。俺たちだって同じなんだよ。むしろまだまだこれからだ。この先に更なる成功が待ってるってのに、臆病風に吹かれて降りるなんざ馬鹿以外の何者でもねぇ』


(違う、そうじゃない……逆なんだ)


 白塔は必死で祈った。今ならまだ間に合う。まだ回避できる。今が、取り返しのつかない事態を回避する最後のチャンスなのだ。白壁、君だって気付いているんだろ? 頼む、俺の代わりにこの暴走機関車を止めてくれ。俺が言ったって、どうせ誰も聞きやしないんだから。


 だが白塔の最後の祈りも、一同の無言の肯定を以て打ち砕かれた。

最悪の未来への道は開かれてしまったのだ。


『よし、満場一致だな。じゃあ張り切っていこう。皆に、てのひらの天使の加護を』


 砂粒ほどの不安も感じさせない鬼頭の軽快な声で通信は終了した。

同時に白塔は声にならない叫びを上げて髪をくしゃくしゃに掻きむしる。


「何でだよ! お前ら何でそんなに平然としてられんだよ? 殺害予告だぞ? 命狙われてんだぞ? 分かってんのかよ? もう……嫌だ」


 この絶望的状況からすれば、良い思い出など何一つなかったこれまでの人生ですらも輝いて見えた。


(誰でもいい、誰か、誰か俺を助けてくれ!)


 白塔は呼びかける。神でも仏でも悪魔でも、自分をここから連れ出してくれるのなら何だってよかった。

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