倒せ
序・破・急の「序」が今回でラストとなります。次回より、「破」に入ります。
散々回り道をしてきましたが、やっとメインコンテンツであるバトルロワイアルに突入です。
とりあえず、「序」のエピローグをどうぞ。
20
20XX(回生十七)年7月16日、21時45分。
「以上が、現時点で判明しているテロ計画のあらましだ」
透たちが宿泊している旅館「ながすみ」の一室。
入浴と食事を終えたメンバーは透と巽の部屋に集合し、盗聴内容の確認を行った。しかしあまりに現実離れした内容であったがゆえに、一通りの確認が終わってもなかなか理解が追いつかない透たちだった。
「緋斗潟トンネルだけじゃなく自分たちのアジトまで……滅茶苦茶だなこいつら」
「滅茶苦茶じゃなかったら、そもそもこんな計画を実行しようとしねぇさ」
嘆息の透に、冷静に返す巽。
「うちの学園も大概だけど、さすがにこれにはかなわないね」
「全くですわ……」
くるみと蓬生も、感想を言い表す適切な言葉が見つからないという風だ。
そんな少年少女たちの思考の手助けをするかのように、霧中は端的に事実を並べていく。
「はっきりしているのは、敵の数が十人だということ。そのうち九人は名前が判明している。だが奴らの頭、『御人形様』と呼ばれるリーダーだけは終ぞ素性を明かすことがなかった。それどころか、一般客として堂々と正門から入り、自らの手で最高導師を葬るとまで宣言している。根拠があるのかどうかも分からないが、とにかく自分に対して絶対的な自信を持った奴だ」
「でもそれは裏を返せば、捕まえるチャンスがあるということでもあるわね」
自信なら私も負けないとばかりに桜が切り出す。
「東京だとか、遠方から指示だけ飛ばされるよりはこちらにとって好都合よ。御人形様を捕まえて彼らの指示系統を麻痺させれば、計画は大幅に狂うことになるわ」
「それができれば俄然こちらが有利になる。問題は、それをどうやるか、だがな」
一般人に紛れた敵のボスを見つけ出す。実現すれば大きな戦果だが、それだけに難易度も当然高い。有効な策などすぐに出てくるわけもなく、必然場に沈黙が訪れる。
(これは後回しにして、別の事項を進めた方がいいな)
そう結論した透が話題を変えようとしたその時、彼の携帯に着信が入った。
相手は父、氷神聡馬だった。
世界を放浪する物書きであり、息子の透でさえもその素性をほとんど知らない。
一昨日の夜、聡馬からかかってきた電話。直後に栗夢を巡る騒動。切り抜ける鍵となった劇薬(?)は、電話の中で聡馬が母親の行方を捜す手がかりとして示したものだった。
(親父は何かを知っている。全てとまではいかなくとも、今の俺たちが知らない何かを)
聞き出してやる。透は決意すると、桜たちに聡馬からの電話だと知らせて通話ボタンを押した。音量はMAX。これからの会話内容はここにいる全員が共有する。
「親……」
「いやー、派手にやったなー」
開口一番、愉快そうな聡馬の声が透の思考を揺らす。それでも「派手にやった」というのが家の惨状を指しているのだと透は気づく。報道がなされているにも関わらず、今の今まで聡馬から全く連絡がなかったことも。
「やったんじゃなくて、やられたんだよ。親父なら知ってるだろ。例え報道されてなくても、家を襲ったのがADPだってことぐらい」
透の家が襲われ、周辺一帯で爆発騒ぎがあったことは知られているが、それを行ったのがADPだというのは全く報道されていない。政府と繋がりがあるとされるADPのこと、何らかの伝手を使って報道規制を敷いたのだと透は見ていた。
「ああ、もちろん。けどお前だって『派手』に『やった』だろ? 宗教団体の実力部隊なんざ外法中の外法。そいつらに捕まったが最後、二度と太陽の下なんか歩けねえんだよ、普通はな。けどお前はこうして電話に出て、この前と同じようにおしゃべりしている。てことは、普通は助からない窮地を切り抜けたんだ。やるな。親として誇りに思うよ」
何を白々しい、と透は舌打ちしかけたが、聡馬が透の戦果を知っているのならば話が早い。あの液体の正体。それを聞き出すことができれば非常に有益だ。
「あの液体があったからな。親父がお守りって言ってた母さんの手がかり、あれのことだろ? あれは一体……」
「そうそう、陵眠に会ったんだってな」
会話にならない。苛立つ心を透は懸命に押さえつける。聡馬との会話はいつも一方通行だが、しかし喋らせておけば重要な何かをぽろりと漏らすかもしれない。透の覚えている限り、聡馬がそんな失敗を犯したことはないのだが、それでもこれが情報を得るチャンスであることに変わりはない。透は一つ息を吐き、聡馬の話題に乗る。
「ああ、会ったよ。あの読心術使い。マジ何者なんだよあいつ」
「色々質問されただろ」
「ああ。外国に行ったことはあるかとか、親戚に外国出身者はいるかとか……」
「ステラスグローブについても聞かれたな?」
「……ああ」
聡馬の口からその名詞が出ても、透は驚かなかった。陵眠のルーツである島は、透の母親にとってもそうである可能性が高い。短い期間とはいえ夫婦だったのだから、元夫である聡馬が知っているのは当然のことと言える。
「察しがついてるだろうが、ステラスグローブってのはお前の母親や陵家の連中の祖先の出身地だ。冷戦中、島を追われたステラス人は世界中に散って、いつ実現するかも分からない故郷帰還の日を夢見て日陰を生きている。そんなステラス人の心の拠り所が、故郷から持ち出した『世界樹の苗木』だ。多くのステラス人にとっては単なる信仰対象でしかないが、極一部の人間に限り心身に絶大な変化が起こる。お前の身に起こったのもそれだ」
二日前、ADP東京本部の地下神殿で窮地に陥っていた透は、液体を浴びた直後に意識が朦朧となり、再び覚醒した時には危機を切り抜けていた。辛うじて透が覚えているのは、別の人格に肉体の主導権を明け渡していたこと。そのメカニズムは全く不明だが、聡馬の言う「世界樹の苗木」の抽出物がそれを引き起こすということだ。
「行くんだろ、明日。ロワイヨム・エトワーレに」
「……ああ。助けたい人がいる」
「そうか……欲しいか? 世界樹の苗木の抽出物『覚醒の雫』が」
透を取り巻く仲間たちにどよめきが起こる。
手に入るというのか? 透の心身に超常的な変化を起こし、絶大な力が生まれるという劇薬が。
「欲しい。分かってるだろうけど、俺が助けたいのはADPの最高幹部・砦栗夢だ。あいつは、自分の意思に反して教団に捕らえられている。その教団を狙っているテロリストまでいる。その二重の絶望を、できるならこの手でぶっ壊してやりたい。それができるなら、どんな副作用があろうが俺はあの薬を使う」
「死ぬとしてもか?」
鈍器で殴られたような衝撃が透を襲った。それほどに聡馬の声は重かった。普段のどこまで本気か分からないおちゃらけた空気は欠片もなく、ある種の荘厳さすら纏っていた。
左手に人肌を感じ振り向くと、くるみが両手で握りしめていた。懇願するように首を横に振り、「だめ……そんなのだめ」と訴える。
「死ぬのか?」
「俺の知る限りでは死んだ奴はいない……が、可能性はあるとだけ言っておこう」
「それだけ聞ければ充分だ。俺は薬を使う。入手するとしたら……やっぱ陵のところか」
ステラス人が世界樹の苗木を神聖視しているのなら、ここへも持ってきている可能性が高い。そんな家宝のようなものを譲ってもらえるのかは難しいところだが、交換条件でも何でも出してとにかくやるしかないと透は考える。
「直接陵に当たるのもいいが、彼女が独自に集めた私設兵がいるはずだ。陵はステラスグローブ統一同盟という組織に所属していて、そこから人員や物資の供給を受けることができる。そいつらを倒して奪った方が手っ取り早いかもな」
間違いなく有用な情報を聞きながら、透はこれが果たして現実なのかと疑いだしていた。あの聡馬が、こんなにもぺらぺら情報を喋ってくれるなんて、夢の中でさえありえなかったことだ。いくら緊急事態とはいえ、こんなに都合のよいことがあるのだろうか。
「こんなに気前よく話すのが不思議だろう? 楽しいのさ。単純にな。今のお前を観察しているのは、そこらの映画やドキュメンタリーを見るよりよっぽど面白い。だからもっと面白くなれ」
そうだった、こいつはこういう奴だったと透は呆れて笑う。「お兄ちゃん電話代わって! わたし一言言ってやらなきゃ気が済まない!」とエキサイトするくるみをどうにか抑え、透は通話を続ける。
「ああ、面白くなるさ。俺たちみんなでな」
「ははは、言うようになったじゃないか。よし、前哨戦で戦果を上げた褒美だ。一つだけ、お前の質問に答えてやろう」
どこまで自分はツイてるのか。聡馬が質問に答えてやるとまで言い出した。想像もしていなかったボーナスステージ。だが、何を聞くか。
自分の肉体に憑依していた者の正体は?
自分の母親はどんな人物だったか? 今どこにいるのか?
ステラスグローブとはどんな場所なのか? 地球上のどこに位置しているのか?
そもそも聡馬の目的は一体何なのか?
透は考える。恐らく、何を聞いても聡馬は答えてくれる。
好奇心を刺激する問いが、後から次々に溢れ出す。
透はそれをぐっと堪え、今聞くべき唯一にして最優先の問いを投げかけた。
「明日、どうすれば俺たちは目的を達成できる?」
「倒せ」
即答だった。
「陵からでも誰でもいい、とにかく覚醒の雫を手に入れろ。そして使え。『堕神官』を顕現させろ。ADPだろうが十宗使徒だろうが、立ち塞がる敵は全てぶっ潰せ。それが一番確実で、一番早道だ」
堕神官。それがあの人格の正体なのか。
とにかく倒せとは身も蓋もないと透は思ったが、しかし裏社会最強とまで言われる自動人形さえもワンパンで倒せる劇薬だ。そして聡馬がそうしろと言っているのだから、きっとこれが最善手なのだろう。
「現実は小説よりも愉悦なり。楽しみにしているぜ、お前たちがどんな物語を描き出すのかをな」
言うと、聡馬は透の返事を待たずに通話を切った。これ以上、聡馬から情報を引き出すことはできない。ここからは手持ちの札だけでの勝負だ。
だが、透に前回の通話後のような無力感はなかった。おぼろげながら、勝利への道筋が見えた。となればそれを走破するのみだ。透は仲間たちを見渡し、言った。
「ってことだ。どうやら、俺は切り札になれるらしい」




