緋斗潟村到着
やっとつきました(笑)。
あと数話「序」をやって、そしたら「破」いきます。
16時30分。
「ねー柚ー、テロが起きたらこのトンネルもやっぱ爆破されんのかなー」
「もー! 依ったら縁起でもないこと言わないで!」
終わりの見えない暗闇が精神を苛む状況で、周りの心情ガン無視の軽口を飛ばす依に一行は辟易する。だが透も、他の者たちも、それは恐らく起こりうると思っていた。
トンネルの爆破。
テロリストたちが、むざむざ獲物を逃がす出口を残しておくとは思えない。事を起こす段階になれば、まず出口を塞ぎにかかるだろう。そうなれば栗夢の奪還に成功したとしても、その後村を脱出するために山を越えなければならない。熊がうようよいるらしいこの広大な山を。
「みんな大丈夫? ちゃんとついてきてるかーい?」
先頭で懐中電灯を持つ中須田が後ろに声をかける。返事の声が散発的に上がる。あいよーと応じた中須田は、何かあったらすぐ言ってねーと加えて進軍を続ける。
トンネルの照明はご丁寧にも片っ端から破壊されていたが、桜たちは懐中電灯を用意していたので、それを頼りに先へと進むことにした。ただ一人、押附を待つといってバス停へ引き返した踊場を除いて。厄介を押し付けたようで透たちはいくばくかのうしろめたさを覚えたが、しかしそれを共有する気にはとてもなれないので村へと向かう足を急がせる。
「ここから階段が始まるよー、気を付けてねー」
幅二メートル、高さ三メートルほどの狭いトンネルは真っ暗闇だけではなく、足場の悪さでも通行する者たちを苦しめた。ひび割れ、凹凸ばかりの地面は度々急な傾斜があったり、階段が出現する。もし明かりを持たず手探りのみで通行を強行すれば、とても無傷で出ることはできないだろう。
「今ここが崩れたら、わたしたち死んじゃうね」
透のすぐ後ろを歩くくるみがぽつりとつぶやく。そわそわと動いている手は、透の手と繋ぎたそうにしている。
「少なくとも、今すぐってことはないはずだ。逃げ道を塞ぐためにトンネルを崩すなら、入口近辺だけを爆破すればいいわけだから、この辺に爆薬が仕掛けられている可能性は低い。光が見えてきたら、一緒に走ろうか」
安心させるように透は言って、くるみの手をとった。くるみの表情が花が咲いたように明るくなる。そしてちょっと得意げに雫の方を見て言った。
「湯川さんはお兄ちゃんと手を繋がなくていいんですか?」
「はぁ? 意味が分からないね」
くるみの言葉を、鼻で笑ってあしらう雫。しかしそれだけでは否定が不十分だと思ったのか、雫は得意気な口調で語り出した。
「そもそも私は一人で村に行くつもりだったんだ。たまたま上野駅で氷神透と鉢合わせたから行程を共にしているけどね。このトンネルのことだってもちろん知っていたから、怖くもなんともない。君たちみたいな子供と一緒にしないでほしいね」
「ああ! 後ろに血塗れの女が!」
「ひいっ? やだ怖い助けて!」
依のイタズラに見事に引っかかった雫は威勢も面子も放り捨てて透の胸に飛び込んだ。思いもかけない展開に透の鼓動も同じくらい高鳴る。
「あー、湯川? 大丈夫、大丈夫だから。血塗れの女なんていないから」
「そこまでガチで怖がられると逆に白けんなー」
事態を把握しながら、それでも恐る恐る顔を上げた雫。その目尻には涙が浮かんでいた。普段の自信満々で挑発的な彼女を知っているだけに、透は嫌が応にもどきりとしてしまう。
「ほら湯川さん。そういうことですから、早くお兄ちゃんから離れてください。ね!」
くるみによって強引に透と引き離され、そこでようやく雫は調子を取り戻した。顔を真っ赤に染め、依に食ってかかる。
「そういう悪趣味な冗談はよしてくれ! そんなことをして何の意味があるんだ!」
「わりーけど、意味があるとかないとか一々考えて生きてるわけじゃないんで」
「ごめんなさいごめんなさい! もうこんなことさせませんから! ほら依、ご迷惑がかかるから私と一緒に行くよ」
こんな感じで。頼りない灯りだけでひたすら真っ暗なトンネルを歩き続けながら、しかしパーティーから明るさが失われることはなかった。主に中須田と依が賑やかし役となり、場に沈黙をもたらさなかった。ただ黙々と歩いていたら精神状態を悪くするような、異常な空気が満ちている空間だっただけに、彼女たちが果たした功績は大きい。反面、いじられた雫にとっては災難だったが。
そしてトンネルを歩き始めて二十分、遂に終わりの予兆が現れた。
壁際にぽつんと置かれた、一体の日本人形。扇子を持って掲げた右手が、出口が近いことを示唆しているように見える。
「いよいよだねー。みんな、心の準備はオッケー?」
中須田の呼びかけに頷き合う透たち。一行は気持ちを新たに、再び歩き出す。
「お兄ちゃん……人形、増えてるよね?」
くるみの震える声を聞くまでもなく、透も他の者たちも気づいていた。最初の一体が現れて以降、二体目、三体目があり、それらはやがて間隔を狭め数を増していき、遂には道の両側を埋め尽くすほどになった。
「たつにぃ……この人形たち、笑っているように見えますわ……」
「余所見すんな。どうしても気になるなら、俺のことだけ見てろ」
巽は蓬生を強引に抱き寄せると、そのまま歩を早めた。その姿は傍から見れば執事と主人というより、完全に恋人同士である。
『へ村潟斗緋そこうよ・迎歓』
右から左へ読む戦前の看板が残っていた。
「なぁ桜、緋斗潟村って未だに通信手段が電報だったり、うっかり英語を使うと非国民呼ばわりされたりするってことはないよな?」
「それはさすがにない……と思うわ」
珍しく歯切れの悪い桜。緋斗潟村について綿密な調査を行った彼女だが、外部の人間を拒絶するようなこれまでの行程と、中須田の話した昔話、そしてこの暗闇行脚で自信をなくしてしまったようだ。
「お、光が見えてきたぜ!」
依が中須田を追い越し出口へ向かって駆けていく。その際何体かの日本人形を蹴っ飛ばし、柚が慌てて直していた。律儀に手まで合わせている。
「やっべー! こりゃすげーや! おい柚早く来いよ! すげー眺めだぜ!」
「はいはい、今行くってば」
人形を直し終えた柚も小走りで出口へと急ぐ。人形を蹴飛ばさないように注意を払いながら。透たちも続く。全員が自然と早足になっていた。
旅の終わりを労うかのように、茜色の光が十人を包んでいく。
☆
「あれが……ロワイヨム・エトワーレ……」
夜汽車に乗って上野駅を出発してから約十九時間。透たちは、遂に目的地を視界に収めた。
トンネルを抜けると、そこは村を一望できる高台だった。緋斗潟村は四方を山に囲まれた盆地で、村のほとんどは水田や畑や牧草地である。輸送路がないので、そこで収穫される作物は住民の自給自足を目的として栽培されている。日本の原風景。前田南以降の風景はおしなべてそんな言葉で表現できるものだったが、この高台から見下ろす村こそその極致といえた。
ど真ん中に君臨する、原色でふんだんに彩られた西洋風の城さえなければ。
透たちの位置からだと、城を囲む城壁が綺麗な六芒星の形をしているのがよく見えた。
城壁の内側は七つのエリアに仕切られている。六芒星の先端部分六つと、中心部分だ。正門は高台から見て下の先端部分にあり、聖地の中でも特に象徴的な存在である城は上の先端部分に位置している。
実際に目にしてみて、戦いの舞台は透が思っていたよりかなり広かった。あの中から、限られた時間で栗夢を見つけ出さなくてはならない。透は重圧を感じずにはいられなかった。
「いやー、すごいねこりゃ。和洋折衷というか、和洋激突って感じだねー」
感嘆の言葉を吐きながら中須田が写真を撮っていく。依や桃絵も興奮した様子で風景をスマホに収めていた。
一方、蓬生は疲れた顔で桜に先を急ごうと訴える。
「お姉さま、まずは宿に行って落ち着きたいですわ。明日に備えて休息と、行動計画を立てませんと」
「そうね、みんな移動の疲れがたまっているでしょうし、宿に向かいましょう」
宿の違う依、柚、中須田、桃絵とはここで解散となった。雫は透たちと同じ宿だったので引き続き行動を共にする。
「氷神透、私は明日の準備で色々と忙しいんだから、邪魔しないでよね」
「それはこっちの台詞だ……」
いつものやりとりも、旅の疲れでいまいちキレがないふたりだった。
とにかく今は宿に行って休みたい。重い両足に最後の力を入れて桜の後を追った透の目に、本日何体目かも分からない日本人形が映った。その顔に浮かんだ不敵な微笑が、「警告を無視したね? どうなっても知らないよ?」と言っているように透には思えた。余計なお世話だと透は先を急いだ。




