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警告

 15時50分。

仏壇を発車して二十分が経過。車内で小競り合いが発生するトラブルはあったが、その後バスは軽快に走行を続けている。


「やるじゃんあんた。スカッとしたぜ」


 依が巽の斜め前の席にやってきて、馴れ馴れしく話しかけた。彼女を追うように柚もやってくる。本来、走行中の座席移動は慎むべきだが、関わりたくないらしい運転士は知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。


「あたしは不動依。歳は十六。さっき柚が言った通り高校には行ってねーけど、学校とかマジ興味ないし、クソみてーな社会の一員になるのも真っ平だし、近いうちにネットで一旗揚げるから問題ないね」


「そりゃ良かったな」


 死んだ魚のような目でへらへら自分語りする依を一言でシャットアウトし、巽は再び音楽の世界へとバックした。


「何だよつれねーな。そのナリと目つき、どーせあんたもあたしと同類だろ? 見りゃ分かんだよ。あんたの腕力とあたしの口先が合わされば敵無しだ。仲良くしよーぜ?」


「寝言は寝てから仰いなさい!」


 堪らず蓬生が立ち上がり、依を睨み据えて言い放った。依は興味なさそうに一瞥しただけだったが、お構いなしに蓬生は続けた。


「たつに……巽さんは我が上枝家の次期執事長となる御方ですのよ! 学問、体術、作法、全て高いレベルでこなすエリート、劣等生ですらない貴女などとは、そもそも世界が違いますのよ!」


 そんな蓬生の上から目線も、身分や家柄に頓着しない依には馬の耳に念仏だった。

どころか、火に油。イジリ要素を見つけたとばかりに依は嘲り笑いを向けてくる。


「ちょ、リアルお嬢様口調とかマジ? キャラ作りとかじゃなくて天然モノ? お前それ上品だと思って喋ってるわけ?」


「なっ……よくも、そんな……」


 抜身の刃の如き依の悪意に、蓬生は心を裂かれた。

普段桜の庇護下にいる蓬生は、それゆえプライドを傷つけられることに慣れていない。そのきりりとした瞳に、熱いものが抑えようもなくこみ上げる。


(泣いちゃだめ……泣いちゃだめですわ……このあたくしが、こんなゴロツキの放言なんかで泣くなんて、そんなの……)


「黙れ」


 桜よりも、くるみよりも、誰よりも早く蓬生を庇ったのは巽だった。主を守る。普段どれだけ悪態をついていても、それのみが自分の存在証明だとばかりに彼は立ち上がる。そのたった三文字で、冷房のついていないバスの車内が凍り付く。


「俺があんたと同じレベルの屑だってことは否定しねえよ。出した被害の大きさなら文句なしの悪人さ。……その悪人は、主人に集る蝿が嫌いでな」


 巽は飲み終えたコーヒーのスチール缶を片手で握り潰すと、かったるそうな仕草は変わらず、しかし獰猛な捕食者の眼を依に向けて言った。


「ついぶっ潰しちまう」


 数秒間、先程の押附騒動以上の緊張感が車内を包んだ。

だがその緊張は呆気なく解きほぐされる。


「かっけー!」


 ヒーロー番組に瞳を輝かせる少年のように、依は素直な感嘆の声を上げた。


「いやー、いるんだなー。あんたみたいなリアルなヒーローが。参った参った、あたしの負け。これからもその調子でさ、世に蔓延るゴミ虫をバンバン潰してってくれよ。んじゃーな」


 言うだけ言うと、依は満足気に元いた席へと戻っていった。透も桜も他の乗客たちも、誰もが「唯我独尊」という言葉を思い浮かべた。あの不動依という少女は、自分の見たいものしか見ず、したいようにしかしない。自分の願望や都合に反する者は、罵倒と嘲笑を以てその価値を奪い去る。そんな手口に、非常に長けている。


(味方にすれば頼もしいと言えなくもないが、できるならもう関わりたくないな)


 容疑者006号、不動依をそう評した透。そんな彼の耳に、友人の不始末のフォローを行う柚の声が届いた。


「あの……ご迷惑をおかけしました」


 巽の傍らに立った柚が、深々と頭を下げる。顔を上げた彼女は、蓬生にも同じように謝罪を行った。すっかり堂に入っているその姿に、巽は無意識に笑みを零して言った。


「苦労してるな、あんた」


「いつものことですから……あ、私吉野柚といいます。高校二年生です。依とは家が隣同士の幼馴染なんです。とはいっても、友達というより保護者と子供みたいな関係ですけどね」


「保護者だったら、ちゃんと躾しねーと」


「すみません……でも、依も最初からああだったわけじゃないんです」


 ナチュラルに談笑する巽と柚。学年最悪の不良と学年トップの優等生が仲睦まじくしているような光景に、透たちは目を丸くする。特に蓬生は「たつにぃが他所の女性と普通に話していますわ……」と放心していた。普段どんだけ孤高気取ってるんだこいつは。


「依は中学に入ってすぐ不登校になって、もう四年以上引きこもりなんです。そんな依が、久々に自分から出かけようって提案してくれたんです。私、嬉しくて……この旅がうまくいけば、依はやり直せるかもしれない。ううん、やり直せる。私、絶対に依を立ち直らせてみせますっ」


 そう言って、容疑者007号、吉野柚は無邪気にガッツポーズをした。

しかし、一見いい話のようだが、よくよく考えてみると突っ込みどころが満載だ。


「そりゃ結構だが、俺たちが向かっている村がどういう状況か、分かってんのか?」


「テロ騒動ですよね? 大丈夫です、標的の七人に近づかなければ命の危険はないようですから。依のことは私がちゃんと見張ってますので!」


 条件反射で話に割り込もうとした桃絵の口を中須田が塞ぎ、続きをどうぞーと促す。


「けど家族が黙っちゃいないだろ」


「ダミーの行程表を渡してあります! あの、その点あなたたちは……」


「私たちも同じよ」


 巽に代わり桜が答えた。自分たちの素性や旅の目的を問われた時には、予め決めた設定を答えることにしている。とはいえ、どこで綻びが生じるか分からないので基本的には桜が返答を請け負うのだ。


「夏の思い出に、秘境を旅しているの。隣の彼が氷神透さん。金色ポニーテールの子が上枝蓬生さん。栗色ツインテールの子が六城くるみさん。今貴女と話している彼は最年長で保護者役の下枝巽さん。そして私は楠瀬侑貴(くすのせゆうき)。よろしくね、柚さん」


 楠瀬侑貴というのは上枝家の専属料理人の名前である。道中、砦桜という名前を大っぴらに出すのは憚られるので、蓬生の了承の上この旅の間だけ拝借しているのだ。

その「楠瀬侑貴」は、完全に「妹」を見る目で柚を見ていた。柚は桜の二つ上だが、「お姉さま」にとってそんなことは問題ではない。かわいければ年上も立派な妹だ。


「それにしても、柚さんは大人しそうな見た目に反してやることは随分大胆なのね」


「それはそのー、依と付き合ってると私も私でぶっとんでしまうというか……」


 自嘲気味に柚は笑った。確かに、あんな幼馴染がいて、しかもその世話係なんかやってたら嫌でも染まってしまうだろうなと透たちは納得する。


「はいはーい! あたしはフリーライターの中須田珠だよー! こっちはADP信者の美原桃絵ちゃん。よろしくねー」


「何であなたが私の紹介をしてるんですかそれと七導師様は強い加護をお持ちですので彼らの近くはむしろ安全なのですよー」


「僕は踊場廻。色々な場所を旅して画を描いているんだ」


「……湯川雫。高校一年です」


 まさに旅は道連れという雰囲気で、一同は順に自己紹介をした。容疑者008号、押附良子を除けば皆気のいい旅人たちである。しかし透たちは、その気のいい旅人たちを疑わなければならないのだ。そんな複雑な胸中など露知らずという顔で、柚は改めて一同に頭を下げて挨拶した。


「ふつつか者ですが、こちらこそよろしくお願いします。みなさんのようないい方たちとお知り合いになれてよかったです。お互い、いい旅になるといいですね」


 一同の意気投合に呼応したように、バスは益々軽やかに進んで行く。緋斗潟村入口まで、もうあと数分だった。



 18



 16時20分。


「やっべー! これだよこれ! あたしが見たかったのはこれだよ!」


 バスが定刻通りに緋斗潟村入口に到着したのが五分前のこと。車道行き止まりの札が立つそこは、他の人工物は札の根本に置かれた数体の日本人形しか見当たらない、草むらのど真ん中だった。


 途方に暮れる透たちに、バスの運転士が行き止まりの札の先に村に通じるトンネルがあると教えてくれた。その上、意識の戻らない押附ももうちょっと寝かせておくから、その間に行きなさいという好意のおまけつき。あのような災難があったというのに、何と親切な方だろう。


 伸び放題の雑草をかき分けるように進み、これ下手したら遭難するのではと皆が思い始めた頃、それは現れた。緋斗潟村に通じる緋斗潟トンネル、もそうだが、その真上に、


 首を引きちぎられた西洋人形の磔と、「侵略者は生きて帰さない」という警告文が。


「いやー、現代の日本にこんな狂気丸出しの場所があるもんなんだなー。撮影撮影っと」


 先程まで死んだ魚のようだった目を爛々と輝かせた依が嬉々として撮影を開始する。

トンネルに近づくと、赤い字で大きく書かれた警告文以外にも小さな貼り紙がまるで虫が集ったようにびっしりと壁を埋め尽くしていた。そして地面にはお馴染みの日本人形がトンネルの両サイドにそれぞれ二十体ほど置かれている。


「うはー、こりゃ思ってたより相当キてるなー」


 中須田が苦笑いを零す。以前来た時にはこのような殺伐とした雰囲気ではなかったということを、透たちは読み取る。


「哀れですねー。私たちの圧倒的な力に怯えている様が目に浮かびますー」


 この中で最も信心深いと思われる桃絵は、その言葉通り憐れみを浮かべた表情で警告文を見つめている。透もしばし、この異様な光景に目を奪われていた。そんな一同を急かすように、雫が声をかけた。


「ほーら、そろそろ行った方がいいんじゃない? あのおばさんが目を覚まして追いついてくるよ?」


「そうね、鑑賞に時間を割くにはこのアートはあまりに悪趣味すぎるわ。行きましょう……あら、これは困ったことになったわね」


 先陣を切ってトンネルに向かった桜が、珍しくばつの悪い顔で一同を振り向いた。


「トンネル内の照明が壊されているわ」


 慌てて駆け寄る透の目に、割れて粉々になった白熱電球が映った。緋斗潟村の住人の仕業か、或いはテロリストの所業か、いずれにせよ、外界と村を繋ぐ唯一の道である緋斗潟トンネルは、一寸先さえ見えない闇に閉ざされてしまっていたのだ。

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