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傲岸不遜



 17



 15時35分。

透たちを乗せた緋斗潟村入口行きの仏壇交通バスは仏壇駅を定刻通りに発車、荒れた道に古い車体をガタガタ揺らしながら山道を走っている。


 バスの車内には透たち一行九人と他の乗客四人、運転士を加えた合計十四人の人間がいる。仏壇から緋斗潟村へと向かう便は、一日にこの一本のみ。また、このバスが走行している道はバス専用道路であり他の車両や歩行者の通行が禁止されていた。これ以外に緋斗潟村入口へ通じる道はない。つまり、今日中に緋斗潟村に到着し、翌日午前中から現地で行動するためには、これが最後の足なのだった。


 なぜ信者や野次馬でバスが満員になっていないのかというと、信者に関しては一週間前までにヘリでの輸送があらかた完了していたからであり、野次馬の方はバスに乗車する段階でロワイヨム・エトワーレの招待状か、もしくは緋斗潟村の住人であることを証明する公的文書の提示を義務付ける措置が警察によって取られていたからであった。先程食堂にいた者の中にも、「乗車券」を持たないために追い返されている手合いが何人かいた。


 透たちは桜が独自のルートで入手した招待状を持っており、雫、踊場、中須田、そして当然桃絵も招待状を提示してバスへの乗車を果たしていた。


「みんな、流石に疲れてきてるな」


 長い移動、そして昼食の後ということもありくるみと蓬生は寄り添ってうとうとしている。巽はそんなふたりの後ろで音楽を聴いていて、雫はその反対側の席で窓の外をぼーっと眺めている。透と桜は車内全体が見渡せる最後尾に陣取り、会議を行っていた。


「宿に着いたら早めに休もう。それで、明日の手筈だけど……」


「入園開始時刻の10時から前夜祭の開幕式典が始まる14時の間の四時間、そこで何としても栗夢を見つけて保護する。これが至上命題よ。十宗使徒が攻撃を始めるタイミングは、開幕式典の最中だと私は予想しているわ。テロを起こす側の視点で考えれば、開幕式典という天国から阿鼻叫喚の地獄へと突き落としたいと考えるもの。それまでに栗夢を連れてロワイヨム・エトワーレから、できれば緋斗潟村から脱出を果たしたいわね」


「捜索のグループ分けはどうする?」


「三手に別れましょう。私とくるみさんと霧中、蓬生さんと巽さん、透さんは既に向こうに潜入している叢雲の副隊長と……」


 その時だった。突如車内に大音量の賛美歌が響き渡った。その騒々しさといったら、何の前触れもなくパンクバンドが絶叫するライブハウスに転移させられたレベルだった。

苦痛レベルの騒音に耳を抑えながら透が音源を探ると、どうも前方の席の中年女性が原因らしいことが分かった。理由は簡単、彼女だけが一人平然としているからだ。


 バスが急停車し、運転手が女性に詰め寄る。お互い怒鳴り合うように何かを話しているが、透の場所からではとても聞き取れない。

唐突に音が止んだ。踊場が、騒音を発していたスピーカーを取り上げたのだった。


「ちょっと何勝手に人のもの取り上げてるの! 泥棒! この泥棒!」


(うげ……マジモンの基○外かよ……)


 女性はスピーカーを取り返そうと踊場に掴みかかる。踊場は落ち着いて宥めようとするが、火がついた女性は逆に彼の顔や胸を何度も殴りつけた。


「歌の時間なのよ! 今は歌の時間なのよ!」


 女性はそればかり繰り返している。透は隣の桜にこっそり尋ねた。


「なぁ、あれもADPの信者なんだよな……」


「そのようね。ただ教団を擁護するわけではないけれど、あれは信者の中でも特別迷惑な部類よ。信仰が高じて病気になったのか、元々病気だったところに信仰にはまったのか、どちらかでしょうね。世界一どうでもいい二択だけれど」


 遂に運転手は女性を羽交い絞めにして踊場から引き剥がした。しかし問題なのはその後だ。これが市街地を走るバスならば叩き降ろして終いだが、ここは歩行者通行禁止のバス専用道路である。現実的なのは仏壇駅前で検問をしていた警察に引き取りに来てもらうことだが、しかしそれまでの間このモンスターを抑えておかなくてはならない。

車内にどんよりとした空気が重くのしかかり始めた、その時。


「キャンキャンうっせーんだよババア。頭の悪い小型犬かテメーはよ」


 言葉に目に見える形があるとしたら、間違いなくグーパンであろう罵倒が前方の席から飛来した。若い女の子の声だ。

必然、女性の怒りの矛先は踊場からその声の主へと移る。


「何て言ったの? ねぇ、私に向かって何て言ったのよ!」


 羽交い絞めにされたまま、女性は声の主へと向けて怒号を飛ばしまくる。

しかしその人物はといえば、さながら煽りスレッドの主のように楽し気な声で笑いながらこう返した。


「ぷっ、聞こえなかったとか、耳遠すぎんだろ」


 あからさまな嘲笑、挑発。恐れを知らないその響きに若干の爽快を感じつつも、おいおい大丈夫なのかと透は固唾を飲んで事の推移を見守っている。


「君! 余計な口出しするのをやめなさい!」


 女性の暴走を必死で食い止める見た目60歳くらいの運転士が訴えるも、煽り少女はその手を全く緩めない。


「おいババア。耳と頭が不自由なあんたのために特別にもう一回言ってやるからよく聞いとけ。うるせーのはテメーなんだよ。五秒以内に消えろ。二度とその汚ねぇ鳴き声聞かせんじゃねぇ」


 元々ネジが緩んでいたおばさん・押附良子(おしつけよしこ)の頭は、悪意に満ちた煽り少女の挑発で完全に弾け飛んだ。後頭部で運転士に頭突きを食らわし、拘束が緩んだ隙を突いて少女の元へとにじり寄る。


「おい! お前! お前だよお前! 人に向かってその言いぐさ、非常識なんだよ!」


「自己紹介乙でーす。つーかあんた常識って言葉の意味分かってんの? バスん中で騒音垂れ流しといて常識語るとか、もしかしてギャグのつもりか?」


「うるさい! うるさいウルサイ五月蝿い!」


 咄嗟に反論ができなかった押附は少女の胸倉を掴んで強引に立たせようとする。しかし少女は押附からの働きかけには一切応じない構えで、糸が切れた人形のようにだらりと四肢をぶらつかせている。


「あー、なんかもう飽きてきた……ねー(ゆず)ー、どーにかしてー」


 押附の全身全霊の怒気を真正面から中てられ、しかし徹頭徹尾へらついている少女は、あろうことか隣に座っていた友人に事態の収拾を丸投げした。無茶振りを食らった三つ編みに眼鏡のいかにも優等生然とした少女は、慌てながらも押附のとりなしを試みる。


「えっ、あの、その……ごめんなさい! この子引きこもりで性格悪くて社会を全然知らなくてとにかく残念な子なんです! あとで私からちゃんと言っておきますから、ここはどうかひとつ穏便にお願いします!」


 優等生少女・吉野(よしの)柚は立ち上がって一気にまくしたてると、深々と頭を下げた。こういった場面には慣れている風である。


「おいこら柚、謝るふりしてディスってんじゃねーよ。あたしは引きこもりじゃなくてプロゲーマーとアフィブロガーの準備中だっていつも言ってんだろーが」


 煽り少女・不動依(ふどうよる)は横目で柚を睨むと忌々しげに吐き捨てた。

そのやりとりを聞いた押附の表情が変わる。醜悪な笑みだった。


「なぁに? あんた底辺のクズなの?」


 今まで依がしていたような嘲笑を今度は押附が返すと、胸倉を掴んでいた手を離した。依の身体が、ぽすっと柔らかい座席に着地する。


「あんたみたいな無価値な生ゴミ、相手にする価値ないわねー。相手するだけ時間の無駄ねー。ほんと、こんなクズと関わったところでろくなことがないわー」


 言いながら、押附はその場を離れようとしない。相手にする価値ない、時間の無駄。それは確かに無用な争いを避けるために有用な見方ではあるが、それを相手にぶつけるとたちまち安い捨て台詞へと成り下がる。ネットのレスバトルでよく目にする光景だ。結局、引っ込みがつかないでいる押附はグチグチと依への誹謗を続けた。


「どうせあんたの家族もあんたと同レベルの負け組に決まってるわ! それに比べて、私は勝ち組だから! 夫は年収一千万、息子は二人とも国立名門校。そんな夫と息子のいる私はどこからどう見たって勝ち組よね? もう、一生安泰。でも負け組のあんたは、一生底辺。可哀想ー」


 大人気ねーババアだと呆れた透の横で、「一千万? 少なすぎるわ」と桜がつぶやいた。

言われている当人の依も、全く意に介していないという様子で平然と返した。


「言ってろババア。つかその家族から相手されてんの? されてないからこんな山奥まで一人寂しく来てんだよな? 一生安泰とは言い切れないんじゃねーの?」


「へ、減らず口を……」


 押附の笑みが引きつった。図星である。


「つーか、あんたそもそも何で来たの? そんな自慢するほど勝ち組なら家で家事だけやってろよ。おーかた家や近所では教えに閉じこもってて、教団では周りの信者見下してんだろ? いい年こいてダブスタで悦に入ってんじゃねーよコミュ障ぼっちが」


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 依の言葉が終わらない内に押附のスパークは臨界点を突破した。再び依の胸倉を引っ掴み、前後に激しく揺さぶりをかける。


「死ねっ! 死ね死ね死ね死ねッ!」


 髪を振り乱し、白目を剥き出しにして絶叫するその姿は、さながら現代の夜叉であった。


「や、やめてください!」


 危機を感じた柚が押附の身体を突き飛ばす。押附は反対側の座席の床に勢いよく倒れ込み、「ぐえっ」とくぐもった声を漏らす。


「お、お客さん? 大丈夫ですか?」


 運転士が恐る恐る押附に声をかける。途端に彼女はキョンシーのように起き上がり、今度は運転士に掴みかかった。


「あのガキ共を降ろしなさい!」


 聞く者に有無を言わせず不快感を与える金切り声で押附は叫ぶ。


「あと警察も呼んで! 今暴行されたわ! 暴行の現行犯よッ!」


「いい加減にしてください! あなたにだって非はあります!」


 押附は運転士ともみ合いになりながらバスの後方に寄ってきた。くるみと蓬生は抱き合って怯えている。雫と桃絵は迷惑そうな顔で我関せずの態度。踊場は手を出すかどうか迷っている風で、中須田に至ってはスマホで撮影していた。ツイッターかユーチューブにでもアップするのだろうか。


「私は悪くないッ! 何も悪くないッ! 私の言う通りにしろおッ!」


 いっそ悲壮感さえ漂う押附の暴走は、しかしそこまでだった。

巽が手刀を打ち込み、彼女の意識を刈り取ったのだ。

座席に昏倒した押附を見下ろし、巽はだるそうにつぶやいた。


「あんた疲れてんだよ。もういいから寝てろ」


 喝采が起き、バスは再び走り出した。

緋斗潟村入口まで、順調に進めばあと三十分ほどだ。

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