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伝承



 16



 昔々、現在は緋斗潟村という地名になっている辺りに、小さな集落があった。

そこで人々は稲作や畑作、狩猟を行い、自然に根差した暮らしを営んでいた。


 しかしある時、記録的な大凶作が集落を襲い、人々の暮らしは存続の危機に陥った。

そこにふらりと通りかかったのは旅の人形師。彼は長老の元を訪ねると、一つの人形を取り出してこう言った。


「この人形を崇め、祈りを捧げなさい。すると人形を依代として神が宿り、集落を救ってくださいます。集落が元通りになったら、人形の一部を使って新たな人形を作りなさい。同じ力を持った人形となります。そうして終わることなく人形を作り続けていけば、集落もまた、永遠の繁栄が約束されることでしょう」


 藁にもすがる思いの村人たちは、言われた通りに人形を奉った。

人形を祀る社を建て、僅かな食糧から供物を集め、遂には生贄さえも捧げたという。

その祈りが届いたのか、大凶作は嘘のように終わりをつげ、集落は過去類を見ない大豊作に恵まれた。


 それからというもの、村人は更なる繁栄のため、人形師の言いつけ通りに人形を作り続けた。いつしか集落から村へと発展した一帯は人形村と呼ばれるようになり、それが転じて緋斗潟村となった。

緋斗潟村では今でも人形師の教えが脈々と受け継がれており、老若男女問わずほぼ全ての村人が人形職人として新たな人形を生み出し続けているという。



 ☆



「っていうのが、緋斗潟村に伝わる伝承、『お人形さま』の内容ね。まー、人形を祀って大豊作になったとかの真偽はさておき、教えが生きてるってのはガチだよ。あたしは前にも緋斗潟村に行ったことあるけど、あそこを一言で表すなら『異様』一択だね。ちょっと話ずれるけど、和歌山の淡嶋神社って知ってる?」


「それなら行ったことあるよ。人形供養で有名な神社だよね」


 中須田の問いかけに応えた踊場は、今が好機とばかりにスケッチブックを取り出し、淡嶋神社のスケッチを開陳した。お社にずらりと並ぶ日本人形。初めて見る人は思わずぎょっとしてしまう光景だ。


「そーそーそれよー。でね、緋斗潟村は、村全体が『そう』なの」


 蓬生が露骨に嫌そうな顔をした。透たちにしても、思い浮かべた村の風景にたじろいでしまう。

インターネットで世界中が監視されている現代において、緋斗潟村の情報は全くといっていいほど転がっていない。村が徹底した情報統制を行っているのか。それとも、この仏壇の町並みのように忘れられているだけなのか。いずれにせよ、透たちは村中に日本人形が並ぶという「異様」な場所を想像するしかない。


「……いや、『そうだった』というべきだね。ADPが聖地を作り上げるに際して、村中の人形も歴史あるお社も、みんな壊されちゃったようだから」


「ひどい……」


 くるみが思わず声を零す。


「後からやってきて一方的に滅茶苦茶にするなんて、そんなこと許されていいはずがありません!」


 親友の訴えに、日本人形が苦手な蓬生も同意を表明する。


「大量の日本人形というのは正直不気味ではありますけど、だからといって有無を言わさず排除というのはおかしいですわね。それはただの侵略ですわ」


 透もひどい話だとは思ったが、それよりも「なぜADPは聖地の建設場所に緋斗潟村を選んだのか」という疑問が勝った。俗世と隔絶されたロケーションというのが一番なのだろうが、それなら緋斗潟村でなくてもいい。というか、地元住民との衝突が不可避なのだから、避けこそすれ選ぶ方が不自然だ。

ADPが政府と繋がっていると仮定すれば、政治家に色々世話してもらってその際に緋斗潟村があてがわれたという推論も立つ。だがそれにしたって、ADP側から不服も出そうなものだ。


 緋斗潟村が建設場所になったことで得をする人間がいた。透が現時点で推測できるのはそこまでだった。


「んー、確かにこの部分だけ切り取れば、緋斗潟村かわいそう! ADPひどい! ってなるよね。けどねー、緋斗潟村も裏でけっこー色々やっててねー。ま、そこいら辺は自分の目で確かめてみることだよ。……んで、話を昔話に戻すけど、実は今話したのは『マイルドバージョン』なの」


 マイルドバージョン。

洋の東西を問わず、昔話や童話というものは現代において不適切とされる箇所が改変されていることが多々ある。改変によって、全く別の話になってしまっているものも珍しくない。


「『お人形さま』にも、ハードバージョンがあるんですね」


「まーね。バスが出るまではまだ余裕があるし、せっかくだから話しちゃおうか」



 ☆



 山間の集落が大凶作に見舞われ、そこに旅の人形師が通りかかるところまではマイルドバージョンと同じ。異なるのは、人形師の言動だ。


「救済をもたらす人形を作ります。それには人手が要ります。村の娘を十人ほど拝借します。それから、部外者は製作の現場に絶対に足を踏み入れないように」


 村人たちは人形師を全面的に信用したわけではなかったが、危急の事態ということもあり、言われた通りに十人の娘を人形師に預けることにした。人形師は娘たちを伴って、こちらも仮の作業場として借り受けた洞窟へと入っていった。


 三日後、人形師が姿を現した。進捗状況を聞こうとした長老に、彼はこう言う。


「人手が足りません。娘をあと二十人貸しなさい」


 このやりとりが何度か繰り返され、若い娘はもちろん、稚児から老婆まで集落の女性は一人残らず人形製作が行われている洞窟へと吸い込まれていった。

その段階になって、ようやくおかしいと思った若い男衆が禁を破って洞窟に入り込んだ。

洞窟に入った女たちは一度として出て来ないばかりか、声さえ聞こえない。一体、中で何が行われているというのか……


 洞窟の奥、それを見た男たちはあまりの衝撃に昇天しかけた。

結論から言って、女たちは全員そこにいた。皆、洞窟に入っていった時と同じ格好だ。特別怪我をしているとか、衰弱しているといった様子はない。むしろ前より健康の色合いが増し、艶やかになっているくらいだ。そのくらい、彼女たちは変わっていなかった。


 ただ一点、その身体が人形に変わっていることを除いては。


「困りましたね、製作の現場には足を踏み入れないよう、申し付けたではありませんか」


 男衆に投げかけた人形師の声に叱責の色はなく、その落ち着いた口調は初めて集落に現れた時から一貫したものだ。しかしこの光景を目にした男衆の耳にはもはや、異形、物の怪の声にしか聞こえない。


「ご覧いただいているそれらが、約束の人形ですよ。何、簡単なことです。飢え、衰え、死ぬのは人の身であるから。それを捨て人形になれば、もう飢えることも、衰えることも、死ぬことも恐れる必要がないのです。残り半分のあなた方もすぐに『救済』して差し上げますから、何も心配することはありませんよ」


 人形師の言葉が終わると同時、それまで無表情で微動だにしなかった人形たちが、一斉に男衆の方を見た。彼らの目に映った女たちは笑っていた。けれどやはりその笑みは、もはや人間のそれではなくなっていたのだった。



 ☆



「そして集落の人間は一人残らず人形となり、ここに人形師を頂点とする人形国家が誕生しました。おしまい。……というのがハードバージョンなんだけども、あれ、みんなどーしたの? おしまいだよー」


 中須田の話が終わってからも、しばらくは誰も言葉を発しなかった。

物の怪だか妖怪だかの人形師の手によって村人全員人形に変えられて、それでおしまい。あまりに突飛すぎて、どうリアクションをとったらいいのか分からない。


「終わりじゃねーだろ」


 静寂を破ったのは巽。青ざめている蓬生の肩をさりげなく抱きながら、中須田に疑問を投げかける。


「ハードバージョンってことは、それが原典てことだよな。だとすると村人連中が語り継いでいるのはこっちの方だ。そして、あんたこうも言ってたな。緋斗潟村では古来からの教えが今に生きてるって。このB級ホラーが今、どういう形で現実に影響を及ぼしているんだ?」


「ひゅー☆ ずばずば切り込んでくるねー。そーいうの嫌いじゃないぜ」


 中須田はカラカラと笑うと、氷の浮かんだ水をあおった。

今やこのテーブルのみならず、店中の視線が彼女に集まっていた。


「あたしが前に緋斗潟村でこの話を聞いた時、その話をしてくれたおっちゃんはこう言ってたよ。……あれからもう1200年か、って」


 ほとんどの者がその言葉の意味を掴めず、肩すかしを食らったような表情になる中、即座に理解した透や桜は違う意味で困惑の表情を浮かべた。そのようなことは、絶対にありえないのだから。


「つまりー、緋斗潟村の住人っていうのはみんな人形なんだよ。1200年前に旅の人形師によって作り出された、ね」


 場の空気が一気に弛緩する。馬鹿馬鹿しい、聞いて損したとばかりにギャラリーが引いていく。それに構わず中須田は続けた。


「村の信仰の中心である人形神社は、人形を生み出した人形師が居住する城。村人が人形を作り続けるのは、古くなった身体を交換するためのストック目的かな? もしくは使い魔的なものにするとか? いやまーあたしだって信じてるわけじゃないけどさ、でもそれを基に色々想像してみるとこれが中々楽しいんだよねー」


「ばかみたい。お手洗い行ってくる」


 鼻を鳴らして立ち上がった雫の手は、かすかに震えていた。

正直、緋斗潟村のことを甘く見ていたなと透は後悔した。直に対決しその脅威を実感したADPや栗夢の命を狙っている十宗使徒に関しては、できうる限りの対策と警戒をしている。

だが、戦いの舞台となる緋斗潟村に関しては、ほとんど重要視していなかった。

それを裏付けるかのように、中須田が真面目な口調になって言う。


「でもさ、緋斗潟村が特異な場所ってのは本当に本当だから、それだけは肝に銘じておきなね? その特異な場所の住人たち、自分たちの村を滅茶苦茶にされてすっげー怒ってるから、バカ正直にロワイヨム・エトワーレに行っきまーすなんて言ったらマジで何されるか分かんないからね?」


「へーえそうなんですかーまぁ私には悠夜様の守護がありますから下等な山猿共が何匹でかかってこようと全然問題ないので聞かれれば普通に言いますけどねー」


「特に、揃いの黒い法被を着た集団には近づかないこと」


 桃絵の茶々をいっそ無慈悲なほどにスルーして、中須田は続ける。


「黒法被は自治会のメンバーでね、特に荒っぽいのが揃ってるから三十六計逃げるが勝ちだよ。あと、これも多分知らないと思うけど……何で黒法被なんて着てるかっていうと、お祭りがあるから。神である人形師様を称える『恩師祭』が」


 しかし、神社を始めとする村の宗教施設はあらかた破壊されてしまっている。例年通りの祭りを開催することは難しいだろう。それ以前に、呑気に祭を楽しむ雰囲気ではない。そんな状況で荒っぽい者共がどのような行動に出るかは、想像に難くなかった。


「明日、自治会を中心とした村の住人たちも何らかのアクションを起こすと思うよ。ADP、十宗使徒、自治会、三つ巴の構図だね。さてさて、勝つのは一体どこかなー?」


 話し終えた中須田の顔は、元の飄々としたものに戻っていた。

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