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旅は道連れ



 14



「透さん、大変よ」


 小型のディーゼル機関車が牽引する客車に乗り込み、仏壇口駅を発車してから約五分。

線路際の木々が碌に間伐されていないため、枝葉がビシバシ入り込んでくる野性的な車内環境と格闘していた透に、桜が逼迫した顔で話しかけた。


「何かあったのか」


「容疑者002号が、仲間と接触したわ」


 透の緊張感が一気に高まる。

これまでおぼろげだったテロリストの影が、一気に鮮明な輪郭を伴って浮かび上がってきたのだ。


「仲間っていうのは確実なのか? 無関係な人と雑談しているだけって可能性は……」


 言いながら透は、あの不愛想な女にそのケースはなさそうだけどと分析していた。果たして桜の方も、断定に値する根拠があるとシロの可能性を否定する。だがそれは、透が全く想像していないものだった。


「語尾よ」


「ごび?」


「音声をクリアに拾えているわけではないから、話の内容から推察したわけではないの。けれど、002号と話している者の語尾が、ある教団の構成員だということを示している」


 ごびって、語尾のことかと透は気が付いたが、しかし漫画じゃあるまいしそんなことで判別できるなんてことがあるのかと疑問を禁じ得ない。そんな透に対して、決定的な証拠を突きつける検察官のように桜は宣言した。


「語尾が、『にゃ』だったのよ」


「……は?」


「これは猫神教の子供の信者に見られる特徴なの。半人半猫として育てられた子供たちは、ナチュラルに語尾に『にゃ』をつけて話すという報告がある。盗聴器から聞こえた声も幼い女の子のものだった。つまり、002号に接触したのは十宗使徒のひとり、猫神教の代表者ということよ」


「そう……なのか」


 桜が大真面目に語っているので首肯せざるを得ない透だったが、しかし語尾が「にゃ」の人間が実際に存在しており、ましてやそれがテロリストだなんて、にわかには信じがたい話だった。


「それでね……」


 桜の話はまだ終わっていなかった。会話の音声はクリアに拾えていないというが、偶然聞き取れた箇所に重大な内容が含まれていたのだろうか。透は雑念を払い、桜の声に集中する。


「ここからが重要なのだけれど……」


 桜は、話すことを躊躇するように言い淀んでいる。いつでも凛として、物おじしない彼女のらしくない姿に透は違和感を覚えたが、それだけ重大な事柄なのかもしれないと思い直して桜に続きを促した。


「大丈夫だ。どんなにヤバイ内容だったとしても、みんなで共有して乗り越えよう。俺たち、そのために集まったんじゃないか」


「そうね……透さんを信じるわ。けれど、今から話すことはふたりだけの秘密にしてね」


 透と桜は四人掛けのボックスに二人で掛けている。くるみと蓬生は景色に夢中で巽は居眠り、雫は先程のことがあって別の車両、踊場はデッサン中、他の乗客も皆離れた席に座っていて二人の会話を聞いている者はいなかった。

透が了承すると、桜は真剣そのものの顔で、言った。


「すごくかわいいの」


「……え」


「鈴の音みたいな声と、純粋無垢な口調。音声だけでも、絶品級の美少女の姿が脳裏にありありと浮かぶわ。どうしよう。透さん、この子すっごくかわいいわ!」


 聞き終えた透はようやく我に返り、効果があるのかは分からないがとりあえず突っ込んだ。


「いやいやいや、敵だから! 栗夢の命を狙ってる最悪の敵だから! 桜、その猫っ娘萌えは今ここで窓から投げ捨てておこう」


「他の九人は挽き肉だろうが消し炭だろうがとにかく潰すとして、あのにゃんこちゃんだけは生け捕りにしたいわ。仏壇に着いたら、霧中に連絡しなきゃ」


(……俺がしっかりしなければ。俺が)


 超お嬢様学校で下級生オンリーの派閥を束ねるお姉さまの底知れない煩悩に触れた透は、やっぱこの人ただ者じゃねえと改めて思ったのだった。



 15



 14時30分。

透たちは仏壇鉄道の終点である仏壇駅に到着した。

秋田県北秋田市仏壇町。名前の通り、かつては地域で産出される上質な秋田杉を用いた仏壇作りで栄えた町であったが、今ではそれら基幹産業の衰退や過疎化によって見るも無残に寂れ果てていた。最盛期には町内に二十数軒あった仏具店も、現在では駅前にひとつを残すのみである。


「いよいよ秘境の色合いが濃くなってきたな」


「昭和のまま時が止まってしまっているわね。こんな風に、都市部の人間には存在さえ知られることなく消滅していく町や村が、全国に無数にあるのでしょうね」


 仏壇駅の木造駅舎は築百年を優に超える文化財レベルの建物だったが、それはただ見向きもされずに放っておかれた結果でしかない。十九あった途中駅も同様だ。駅前で旅客を出迎える仏具店も、隣の旅館も、その隣の食堂も、観光地化されたレトロな町などではなく、静かに朽ち果てる最中の死に際の町の姿だった。


「感傷に浸るのはそのくらいにして、飯にしようぜ」


「そうですわ。あたくし、倒れてしまいそうですの」


 巽と蓬生の訴えにより、一行は旅館の隣にある食堂へと歩く。外から見た食堂は薄暗く、営業しているのかどうか判然としないが、ここ以外で昼食にありつけそうな場所があるとも思えないので突撃あるのみである。


「駅前食堂『馬井』……こんな名前の飯屋が実在するんだな」


「ちゃんとおいしいごはんが出てくればいいけどね……」


 くるみの不安げな声を聞きつつ、透はガラガラと引き戸を開ける。

直後、目を疑った。想像よりも大分広い店内は十人ほどの客でまあまあ繁盛しており、彼らが食しているカレーライスやカツ丼やラーメンは見た目も香りもなかなかに食欲をそそるものだったからだ。


「とりあえず、ちゃんとした店で一安心だな」


「んじゃさっさと座って注文しようぜ」


 空腹で今にも死にそうだと言わんばかりの巽が左手奥のテーブルにどかっと腰を下ろす。巽に続くように他の皆もテーブルについた。


「結局、俺たち以外で最後まで乗り通したのは三人。進めば進むほど人が減って、ハンター試験でも受けてる気分だ」


「試されてるっていうのは当たってるかな。本来、聖地っていうのはそれくらい特別な場所だからね」


 言いながら、透の隣に座った踊場はスケッチブックを取り出す。


「僕も海外のそういった場所をいくつか訪れたけど、やっぱり道程が困難であるほど到達したときの感動はひとしおでね。例えばここ、アマゾンの奥地にある先住民族しか知らない洞窟なんだけど……」


 よほど話し相手が欲しかったのか、踊場はこれまでに踏破した秘境の解説を滔々と話し始めた。その間に店のおばちゃんが水とメニューをテーブルに置いていく。

ふと、透は思った。一昨日の夜、陵が口にした「ステラスグローブ」という地名と思しき単語。踊場であれば知っているかもしれない。そう思って尋ねようとした透だったが、それは横から割って入ってきた声によって遮られた。


「なになにー、なーんか面白そーなもの見てるじゃん。おねーさんも混ぜてよ、ね?」


 ハンチング帽を被ったくせっ毛の女性がフレンドリーな笑みを湛えてスケッチブックを覗き込んでいた。


「僕は構わないけど」


「私たちも問題ないわ。どうぞ、空いているところに座ってください」


 踊場と桜が承諾の意思を示すと、女性は年甲斐もなくやったーとガッツポーズし、後ろを振り向くと一人うな重を黙々と食べている少女に声をかけた。


「ほらー、モモもおいでー。せっかくだからみんなで食べようぜー」


「結構ですー。異教徒と一緒に食べるとご飯が不味くなりますのでー」


 茶色の髪をお団子にした少女は、透たちの方を見もせずに女性の提案を切って捨てると、再びうな重にかぶりついた。


「ごめんねー、あの子ADPの信徒なんだけど、かなりガチ勢でさー。朝の汽車で一緒になったから声かけてみたんだけど、教義以外の話には全然応じてくれないのよー」


(そんな相手を下の名前で呼んだ上に友達同然に振る舞うあなたのコミュ力の方が恐ろしいです)


 透がそんな畏怖の念を抱いていることなど知る由もない女性は、一貫したハイテンションで自己紹介を始める。


「あたしは中須田珠(なかすだたま)。フリーのライターだよー。ここへ来たのはもちろん取材のためさ。明日の、ね」


 そう言ってハンチング帽の女性、中須田はにやりと笑った。それと同時に背後でモモが尋常ではない殺気を放ち出す。


「だからそんなこと起こるわけないってさっきから何度も何度も何度も何度も言ってるじゃないですかなのにあなたときたら悠夜様の絶対なる守護は信じないくせに下賤な宗敵の力ばかり持ち上げてはっきり言って不愉快なんですよそういう話をするならせめて私の耳に入らないところでするとかそういった一般常識に則った適切な配慮というものを最低限度行うということができないものなのでしょうかーああもうむかつくむかつくむかつくむかつく……」


「で、後ろのお団子の子が美原桃絵(みはらももえ)ちゃん。高校一年生で、ADPの信徒になったのは今年の春からなんだけど、一気にはまっちゃって特に全能術師の六芒星悠夜様激ラヴなんだってー。いや、あたしは全然いいと思うよ? アイドルでも二次元キャラでも教祖でも、対象が何であれそれを好きっていう純粋な気持ちが大切なのだからね!」


「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 自らの個人情報を何の躊躇もなく開陳された桃絵はうな重の丼を抱えて透たちのテーブルにつかつかと歩いてくると、中須田の隣に叩きつけるように着席した。


「ご一緒しますよご一緒すればいいんですよねご一緒しますから私のパーソナルデータを湧き水のように垂れ流すのはやめてくださいというかやめろやめなきゃ殺すいいですねー」


「最初からそうすりゃいいのにー。素直じゃないなーもー」


(これだよこれ。この手の筋金入りの根アカはこうやって有無を言わさず相手を自分のペースに引きずり込むんだ。抵抗は一切ガン無視。マジでタチ悪いぜ……)


 透は戦々恐々としながらも、中須田珠を容疑者ナンバー004号に、美原桃絵を005号にしっかりとリストアップした。これで透たちの一行は透、桜、くるみ、蓬生、巽、雫、踊場、中須田、桃絵で九人となり、いよいよ大所帯となってきた。


「きめた! わたしはたぬきうどんにしよっと」


 巽や蓬生と一緒にメニューを覗き込んでいたくるみが、一番乗りをあげた。それを聞いた蓬生が盛大にため息を吐き、諭すように言う。


「くるみさん? あたくしたちは我が国最高レベルの名門校の生徒ですのよ? 例え行楽先であっても、その自覚を持ち、庶民的なチョイスは戒めるべきですわ! あたくしはこの米沢牛定食にいたします。くるみさんもどうぞ見習いなさって?」


 駅前食堂のメニューに庶民も何もあるかと思った透だったが、指摘すると確実に面倒なのでスルーしておく。


「んじゃ俺はこの比内地鶏の親子丼で」


「ちょっとたつにぃ! 主人より高い料理を選ぶだなんて、執事としてあるまじきことですわよ! こっちのおにぎりとかにしておきなさい!」


 さすが秋田、牛よりも鶏の方が高価なようである。


「わたしざるそば」


「湯川、食欲ないのか? ちゃんと食べておかないとこの暑さでバテるぞ」


「わたし、あなたと違って草食系だから」


「どういう意味だよ……」


 この後透はカツカレーを、桜は松茸弁当を、踊場は山菜そばを注文。おばちゃんが厨房に消えると、くるみと蓬生は連れ立ってお手洗いへと向かった。


「はー。しかし野を越え山を越えここまで来たわけだけど、あとはバスに乗ってトンネルを歩けばいよいよ緋斗潟村なんだな……」


「そーそーそれだよ。君たちはどーして緋斗潟村に行くの? あたしは取材、モモは参拝、んで踊場さんは創作活動でしょ。キミたちはそのどれでもなさそうだけど?」


 軽薄なようでいて、しかし中須田の眼光は獲物を狙う肉食動物のように鋭い。獰猛な瞳で見据えられ、透は一瞬たじろいだが、すぐに平静を取り繕って台本通りの答えを返した。


「夏休みの思い出作りに、秘境を旅してるんですよ。一応この兄ちゃんが保護者です」


「ほほうー、仲良しグループで大冒険かー。いいないいなー、これぞ青春ってカンジじゃーん。もし何も起こらなかったら、キミたちを記事にしても面白いかもっ」


「だからあなたが期待しているようなことなんて起こらないって言ってますよねー」


 透が思っていた通り、こちらの懐にずかずか入り込んでくる中須田だったが、しかし桜は「もっと喋らせろ」という合図を出した。バカっぽい女だが、フリーライターだ。透たちが掴んでいない独自の情報を握っているかもしれない。


「正直なところ、中須田さんはどう見てます? 十宗使徒は脅迫状の通りに行動を起こすと思いますか?」


「んー、まーやるんじゃないかなー? 一昨日の夜も東京本部でドンパチがあったじゃん。全く情報が出て来ないけど、あたしは先走った鉄砲玉が引き起こした前哨戦だと見てるね」


(はい、それ俺です)


「きっともう、お互い準備万端で明日を待つのみって状況だと思うよ。ADPサイドにしても、十宗使徒サイドにしてもね。例えるなら、川を挟んで両軍にらみ合いってカンジかな? そんな中に丸腰で突っ込んでいくんだから、あたしもみんなも大概命知らずだよねー」


 そう言って笑う中須田は、全然大変そうな顔をしていない。当り障りのないことしか言いませんよって顔だと、透は直感した。桜も同感だったようで、「餌を撒け」という合図を寄越してきた。魚を釣るには餌が要る。情報を得るのも、撒き餌となる話が要るものだ。


(けど、どんな餌を撒く? 何を喋らせる?)


 思案する透の目に、それは映った。

日本人形。何気ないようで、それでいて何か意味があるように窓辺に置かれているそれは、まるで外からやってきた旅人を見張っているかのように透たちに無機質な瞳を向けていた。

そして、日本人形は一つではなかった。透の視界だけでも、五体は確認できる。


(さっきのトイレにしても、どうしてこんなにそこら中に人形が置かれているんだ? この地域で、人形ってどういう存在なんだ? そうだ、それについて聞いてみよう)


 透は日本人形を指さし、この地に根付く人形文化について問いかけた。

そして、彼は知る。単なる昔話、伝承というにはあまりにも禍々しい概念が、この地を支配しているということを。

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