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野を越え山を越え

 またひと月空いてしまいましたが、どうにか形にすることができました。

今後はもっと短い間隔で出していけるよう、善処いたします……



 12



 マッチ箱のような単行がカタコト走り去るのを見送ると、前田南駅で下車した20人はそれぞれの活動を開始した。この駅は、数年前にヒットした某映画のワンシーンのモデルとして知られている。駅の写真を取る者、駅ノートを読む者、目の前の風景を映画の画像と比較する者、下車したうちの半数はこの駅を目的としてやってきた者たちだった。


「あっちを見ても緑、こっちを見ても緑。一面の緑……ザ・田舎って感じだな」


 映画のファンや鉄道マニアがそれぞれの活動に精を出している中、透は見渡す限りに広がる日本の原風景ともいうべき里山の景色に圧倒されていた。

典型的な都会っ子である彼は林間学校など学校のカリキュラムでしか里山を訪れたことがなく、目に映る濃淡様々な緑がただただ眩しくて、それでいてどこか懐かしいような感じもして、これからの行程も忘れてただ立ち尽くしていた。


「なんだか、すごいところだね」


 北海道出身のくるみも些か面食らっている。一日は朝から昼に移り変わり、抜けるような青空から降り注ぐ日差しはいよいよ攻撃的な色合いを強め、命を燃やして放っているような蝉の絶唱が四方八方所かまわず鳴り響いていた。


「何というところなのかしら。たつにぃ、日傘を下さる?」


 巽が黒い日傘を瞬時に手渡し、洗練された所作でそれを差す蓬生。

何だか太陽光を集めそうで逆効果な気がした透だったが、この高飛車お嬢様にわざわざ言う必要もないと思い黙っておいた。

皆がひとしきり前田南駅から衝撃を受けたところで、桜が前に進み出る。


「さぁみんな、この程度で驚いていてはだめよ。この先、道のりはますます険しくなるのだからね。まずは歩いて十五分ほどのところにある仏壇鉄道仏壇口駅に移動するわよ」


(マジか……)


 緋斗潟村までの行程なら、事前の確認で透は知っていた。知ってはいたが、しかしこの景色を目の当たりにした今となっては疑問を抱かずにはいられない。


(辺り一面田んぼと山しかないぞ。本当に駅なんてあるのか?)



 ☆



【本日の行程】


8:21 寝台特急曙号を鷹ノ巣駅で下車。


10:40 秋田内陸縦貫鉄道に乗車、鷹巣駅を出発。


11:25 前田南駅で下車。 ←イマココ


12:30 仏壇鉄道に乗車、仏壇口駅を出発。


14:30 仏壇駅で下車。


15:30 仏壇交通バスに乗車、仏壇を出発。


16:15 緋斗潟村入口で下車。唯一の出入り口である緋斗潟トンネルを徒歩で通行。


16:45 緋斗潟村に到着。



 ☆



「これから野を越え山を越えの道のりが待ってるってことか……」


 ついていけるだろうかと、一抹の不安が透の脳裏を過る。そんな彼の胸中を見透かしたように、いつも通りの声をかけたのは雫。


「なにぼけっとしてるのさ、行くよ」


 もたもたしてたら置いて行くとばかりに、ガラゴロとスーツケースを転がして元気よく歩いていく雫。彼女には、この景色に面食らった様子がない。


「ああ、分かってる……なぁ、湯川はこういう場所慣れてるのか?」


 荷物を担ぎ直しつつ、何の気なしに聞いてみる。小走りで追いついた透が雫の表情を伺おうとすると、彼女はその色を隠すように目を伏してぽつりと言った。


「……昔、よく来たから」


「よく来たって、ここに? 誰と?」


「だ、誰とだっていいでしょ!」


 それは明らかに、触れられたくない話題の糸口。気が付かない内に出してしまっていたことに気付いたのか、もう話すことはないとばかりに雫はぷいとそっぽを向いた。


 こうなってしまうともうお手上げだ。ふたりは、しばし並んで田舎道を歩く。


「絶対、助けような」


「え」


 非日常の浮ついた精神状態がそうさせたのか、誓いを交わすように透は雫に語り掛けていた。


「この駅から帰りの列車に乗り込むときは、お互い大切な人と一緒だ。何もかも取り戻して、これまでと変わらない日常に帰ろう」


 言った透を、後になってこみ上げる恥ずかしさが襲った。


(何言ってんだ俺? それもよりにもよってこんな面倒な奴に!)


自分の言動さえコントロールできないで果たしてこの先やっていけるのかと透が頭を抱えようとしたところで、雫が辛うじて聞き取れる声を返した。


「何かっこつけてるの? はずかし」


 言うと雫は早足で先を急いでいく。最後尾となった透は、半分の後悔と、もう半分の決意を胸にその後ろ姿を追った。



 13



 前田南駅から歩くこと二十分。せり出す木の枝と生い茂る雑草、飛び交う大型の昆虫群と戦いながら山道を歩き、何やら古びた寺が現れたと思ったら、そこが仏壇鉄道仏壇口駅であった。人が常駐しなくなって久しいくたびれた本堂の裏手に、土を盛っただけのホームがある。錆だらけの駅名標とバス停のような待合スペースだけが、ここが駅であることをささやかに主張していた。


「これが駅なのか……信じられねえ」


 単線の線路は深い森の奥に吸い込まれるように続いている。なんだか、異世界にでも繋がっていそうな雰囲気である。

そんな秘境駅に、今は15人ばかりの人間がいた。しかし誰も彼も外見上明らかに他所から来た人間と分かるので、地元の利用者もなくこの鉄道は今までどうやって運営してきたのかと透は首をひねった。そんな透の疑問を察したかのように、桜が解説してくれる。


「秋田県は林業が盛んなのよ。この鉄道もかつては森林鉄道として木材の運搬を担っていたようね。けれど輸送手段が車に代わり、その上豪雨によって線路が流されたりして、一度は廃止が決定したのだとか。そこで地元の有力者たちが動き、地域の財産である鉄道を住民の足として存続させることにしたそうよ」


 森林鉄道だった頃は、線路は前田南の一つ隣の阿仁前田駅まで伸び、そこから鷹巣まで乗り入れていた。だが阿仁前田直前の線路が橋桁ごと流出したため、ルートを変えて前田南方面へと延伸したのだった。当初は前田南駅まで線路を伸ばし秋田内陸縦貫鉄道に乗り入れる予定だったが、土地取得などの諸問題を解決できず、結果山の中の仏壇口止まりという非常に中途半端な状況となっている。


「蓬生ちゃん、この電車一日に三本しか走ってないよ。逃したら大変だね」


「最終列車が午後四時って、やる気あるのかしら」


 くるみと蓬生は元気に駅の見学をしている。女の子は元気だ。まぁ白桃女学園で揉まれている彼女たちが特別タフなだけかもしれないが。

一方、桜は旅人たちからは一歩下がった場所で腕組みし、タブレットの画面とイヤホンに集中していた。美闇の荷物に仕込んだ盗聴器が拾う音声は、桜がイヤホンでチェックしている。


「あちらには目立った動きはないわね。奇しくも、あちらが乗るであろう竜ヶ森山麓鉄道の発車時刻もこちらと同じ十二時半。時間になれば彼女も移動を始めるでしょう。何か異常が起きたらすぐに伝えるから、引き続き待機でよろしく」


「ああ、分かった。よろしく頼む」


「それと、仏壇鉄道の車両は観光鉄道のような吹き抜けのトロッコよ。当然トイレなどないから、今のうちに行っておいた方がいいと思うわ」


「ああ、そうするか……って、見るからにやばそうなんだが」


 ホームからやや離れた林の中にある崩れかけたあばら屋が、この駅の便所だった。傍目にはとてもそうは見えない、というかどう見ても廃屋なのだが、「便所」という看板がかかっている以上、そういうことなのである。


 透は覚悟を決め、草をかきわけ小屋まで進む。建付けの悪い引き戸を開けると、薄暗い中に二つの個室と、おそらくは小便器の代わりなのだろうひび割れたコンクリートの壁が目に入った。奥の方の個室には、「使用禁止」の貼り紙がされている。

利用者がほとんどいないからか、ひどい悪臭などはないが、不気味な空間であることに変わりはない。さっさと済ませてさっさと出ようと、透はコンクリートの壁の前に進んだ。


 そこで、窓枠に置かれた日本人形と目が合った。


(な、何でこんなところに?)


 これから向かう緋斗潟村は日本人形の一大産地だ。それにちなんで置かれているのかもしれないが、それにしたって暗闇でいきなり目が合うのは心臓に悪い。


 透が日本人形の迫力にたじろいでいると、引き戸が開いて一人の男性が入ってきた。


「おや、随分若い旅人だね。もしかして緋斗潟村かい?」


「え、あ、その……」


 咄嗟のことで透がうまく言葉を返せずにいると、男性は呑気そうな顔で勝手に喋り出した。


「僕もなんだ。いい画が描けそうな気がしてね。よかったら、一緒してもいいかな」


(いい画が描けそう、って画家か? どうする……)


 男性は透の返答を待つことなく用を足し始めた。

チェックのシャツにジーンズ、人の良さそうな顔の彼は一見するとどこにでもいそうな旅人という風だ。だが、透は男性が背負う大きなリュックが気になった。まるで、放浪の旅でもしているかのような大荷物。あのくらいの大きさなら、殺しの道具だっていくつも収まることだろう。


(容疑者003号か。向こうが俺たちに探りを入れている可能性もあるが、俺たちにしたってむざむざ容疑者を逃がす手はない。ここは同行してもらうか)


「ええ、ぜひお願いします。俺は氷神透。高校生で、これから友達と一緒に緋斗潟村に行くんです」


 提案を快諾した透に、男性も嬉しそうに言葉を返す。


「ありがとう。ずっと一人旅だったから、話し相手が欲しくってね。僕は踊場廻(おどりばめぐる)。色々なところを旅しながら各地の風景を画に描いているんだ」


「へぇ、画家さんなんですか」


 画家とは、いかにも怪しい。何か突っ込んだ質問の一つでもしてみようかと透が口を開きかけたその時、ガラララと勢いよく引き戸が開かれた。


「氷神透! 汽車が来たぞ!」


 まるで学校での日常のように、隣のクラスの扉を開けるノリで現れた雫。汽車の到着を知らせ、あわよくば透の身柄を確保しようとやってきた彼女は、こんな展開など全く予想していなかった透と踊場の姿を真正面から直視することとなり、当然の帰結として悲鳴を上げてその場から逃げ出した。


 後に残された透は、せめて扉は閉めてってくれと独り言ちつつ、絶対この後グチグチ言われるんだろうなぁと暗澹たる気分に陥ったのだった。



 ☆



 12時30分。

暮地美闇、五宝木つぐら、扇田駅より竜ヶ森山麓鉄道に乗車。


 同時刻。

透たち一行、仏壇口駅より仏壇鉄道に乗車。

緋斗潟村到着まで、残るステップはあと二つ。

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