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ニアミス

この小説の構想は2013年の年明けくらいから立て始めたのですが、その時はまさかあそこがあんなことになるなんて思いもよらなかったなぁ……



 7



「ここが私たちの区画ね」


 曙号に乗り込んだ透たちは、桜を先頭に廊下を進み、手元の切符に記された番号と合致する寝台に辿り着いた。瞬間、蓬生が悲鳴を上げる。


「こ、ここですの?」


 五人全員が、開放B寝台だった。


「カーテン一枚で仕切られているだけではありませんの! 悪い冗談ですわ!」


 曙号には全部で四タイプの寝台がある。

最もランクの高いA寝台個室、カプセルホテルのようなB寝台個室、カーテンのみで仕切られ二段ベッドが向かい合わせになっている開放B寝台、構造は開放B寝台と同じだがアメニティセットがつかないことで格安料金を実現したゴロッとシートの四種類だ。

近年の寝台列車ブームで個室は完売、夏休み前ということでゴロッとシートも埋まっていた。開放B寝台が人数分区画単位で取れただけでも幸運だった。しかしそんなことは知る由もない蓬生にとっては、開放B寝台など野宿も同然である。


「レディのあたくしが、こんなところで一夜を明かすだなんて……」


「まぁまぁ蓬生ちゃん、寝台列車も結構楽しいよ? 窓の景色を見ながらみんなでお弁当食べたりだとか……」


 函館出身で寝台列車経験豊富なくるみがとりなすが、蓬生は聞く耳を持たない。


「こんな汚い場所で食事なんてできませんわ!」


 喚き散らす蓬生に、周囲の乗客から白い目が集まる。彼らの表情は一様に「なら来るなよ」と言っていた。開放B寝台であっても入手困難な切符である。金持ちが気まぐれの道楽で嫌々乗るくらいなら、本当に乗りたい者に行き渡ってほしかったと誰もが思った。


「友達助けに行くんだろ。つまんねーことでグチグチ言うなよ」


「たつにぃ……だって」


「はぁ、仕方ないわね」


 蓬生の駄々に桜は深く溜息をつく。そして下段の寝台に腰かけると、横をぽんぽんと叩いて言った。


「今日だけ特別よ。夕ご飯、食べさせてあげるわ。他の子には内緒よ?」


 瞬間、蓬生の瞳がニューヨークの夜景の如く輝き出した。


「ぜっ、ぜひお願いいたしますわ! お姉さまと列車旅をご一緒できて、あたくし、幸福ここに極まれりですわ!」


 そういうわけで蓬生のわがままも収まり、次は寝台の割り当てだ。

透たちが一晩を明かす開放B寝台は、二段ベッドが向かい合わせになった四席で一区画となっている。必然一人あぶれることになるが、これには巽が立候補した。邪魔者は消えるさと言い残し、さっさと一つ隣の区画へ行ってしまう。

残りの席割は、くるみと蓬生に上段をあてがい、透と桜が下段ということで落ち着いた。欧米では女性やお年寄りに下段を譲ることがマナーとなっているが、今回は防犯を考慮し敢えて年少組を上段に行かせたのだった。


「お兄ちゃん、わたしたちが上に登る時、のぞいたりしないでよね」


 スカートを手で押さえたくるみが恥ずかしそうに言う(しかしこれは妹語に訳すと「どうしても見たいっていうなら……いいよ」という意味だったりする)。


「分かってるって。けど、不慮の事故の場合は勘弁な」


「貴方はレディに対して最低限の配慮もできないんですの? 呆れて物も言えませんわ」


「ならいっそのことずっと黙っててくれると非常に助かるな」


 荷物を置き、食事の支度を始めた頃合いで列車が動き始めた。東京・上野から秋田・鷹ノ巣まで一晩駆ける、夜汽車の旅の始まりだ。



 ☆



「で、透さん? そちらの方は一体どなたなのかしら?」


 上野駅を定刻に発車した曙号は、七色に煌めく都会のネオンを車窓に流しながら最初の停車駅である大宮へと走る。

荷物の収納が済み、検札も終え、お弁当を広げてさあいただきますというところで、その闖入者は現れた。


「はじめましてだね。私は湯川雫。そこの氷神透とは、まぁ切磋琢磨するライバルのようなものかな。といっても、そう遠くない内に遥か後方へ置き去りにしてしまうだろうけどね」


 こんな時まで実力アピールかと辟易した透だったが、しかし桜たちはそんなことは聞いていない。聞きたいことはただひとつ。


「その雫さんが、どうしてさも当然のようにお弁当を持参してここにいるのかしら?」


「うわぁ軽く傷つくな~、学校じゃないんだからグループとか気にせず仲良くしていこうじゃないか。これから同じ目的地を目指す同志なんだからさ。旅は道連れ、って言うだろう?」


「はぁ~」


 桜とくるみが二人そろって盛大な溜息を吐く。蓬生も呆れた顔で透を睥睨する。


「一応確認するけど、雫さん? 貴女は私たちが緋斗潟村に向かう目的を知っているのよね?」


「ああ、知っているよ。桜ちゃんの従妹の栗夢ちゃんを奪いに行くんだよね」


「さ、桜ちゃん……」


 ほとんどされたことのない「桜ちゃん」呼ばわりに加え、平然と自分たちの秘密を口にされた二重のショックで思わず頭を抱える桜。

顔を上げた彼女は、透へ厳しい視線を向ける。


「透さん、貴方にはもっとしっかり危機管理をしてもらわなければ困るわ。私たちの緋斗潟村行きはお忍びなのよ。こうして敢えて夜汽車で移動するのも、偽名を使って現地の宿を取ったのも、全ては動きを気取られないため。透さん、私たちが細心の注意で築き上げた計画を、貴方は台無しにするところだったのよ」


「あれはリューシカが……いや、元をただせば俺の責任か」


 出発前に、透はどうしても自宅で「力」の手がかりの探索を行いたかった。しかし自宅周辺にはADPの刺客がいる恐れがあったため、国家レベルの力を持つリューシカに頼んで護衛の人員を貸してもらう必要があった。そのため、リューシカへの連絡は透にとって不可欠にして不可避だったのである。


 実際、護衛は非常に頼もしかった。群衆に紛れ、物陰に潜む刺客の存在を全て看破し、透の近くに全く寄せ付けず、そのおかげで安心して「力」の探索を行うことができた。残念ながら目覚ましい発見こそできなかったが、リューシカから護衛を借りて本当に良かったと透は確信している。


 しかしその代償としてリューシカの口から湯川へと透の事情が漏れてしまった。透にライバル意識を燃やす湯川は、これまでの借りを返す好機と緋斗潟村への旅に飛び入り参加してきた。


「ごめん、俺の危機管理が甘かった。今後は気を付ける。二度と同じ失敗はしない」


「頼むわよ……さて、雫さん。次は貴女よ」


 透への追及を終えた桜は、その矛先を雫へと移した。


「率直に言って、私は貴女を怪しんでいるわ。いえ、貴女だけではない。私たちにとってこの道中、そして現地で出会う全ての人間が疑う対象なの。栗夢の命を狙う賊はどこに潜んでいるか分からないから。そんな条件下で、雫さん。貴女には疑うべきポイントがある」


「ほう、聞かせて貰おうじゃないか」


「この列車に乗っていることよ。札幌へ向かう『北極星』や『ペルセウス』ほどではないにせよ、この曙号も充分人気列車。当日に思い立って首尾よく切符が手に入るものなのかしら? ねぇ、貴女ずっと前から、おそらくは発売日の時点でこの列車の切符を確保していたのではなくて? この列車に乗って緋斗潟村へ行くために」


 丁度列車が踏切を通過し、カーンという音が鳴ったかと思うと後方へと流れて行った。

まるで、勝負の開始を告げるゴングであるかのように。


「だとしたら、何なのかな? 私が個人的にロワイヨム・エトワーレに行くことそれ自体にテロとの関係性があるとでも? グランドオープンセレモニーの招待客は約500人。私はそのうちの一人に過ぎない。これ以上追及するというのなら、具体的な証拠を出してからにしてほしいものだね」


「ええ、確かに今の段階では証拠はない……けれど、努々忘れないことね。もし貴女が妙な動きを見せたら、その瞬間に砦家の特殊部隊がその可愛いお顔を撃ち抜くわ」


「おおこわ! 了解、忘れるまで覚えておくよ」


 バチッ!

透は確かに聞いた。桜と雫、二人の女傑の間に激しい火花が散った音を。



 ☆



「はー、参った。これ以上板挟みになり続けたら、マジで潰れるな」


 夕食の間中、ずっとバチバチしていた場の空気に耐えかねた透は席を立ち、デッキへ避難することにした。

列車は大宮を発車し、次の停車駅である高崎へ向かっている。都心を離れて車窓からネオンが消え、夜のとばりが線路沿いを満たしている。高崎を出ると、翌早朝の村上までノンストップとなる。旅が始まったのだという実感が、嫌が応にも高まる。


「会う奴会う奴みんな疑わなきゃいけない。しかも完璧なシロを証明することは不可能に近い。思ってたよりかなり大変な旅になりそうだな……」


 一体これから先、自分たちはどんな人々と出会うのか。その中にテロリストが紛れ込んでいたとして、自分はそれを見抜くことができるのか。

湧き上がる不安をかき消しながらデッキへの扉を開けた透は、そこで女性とぶつかった。


「きゃ……」


 少女のような可愛らしい悲鳴が透の意識を目の前に引き戻す。

二十代前半くらいの女性が、自分の身体を抱くように固まっている。


「すみません、どうぞ……」


 透は非礼を詫び、道を譲った。

女性は一瞬透の方を見たが、結局何も言わずに立ち去ろうとした。すれ違いざま、彼女の長い栗色の髪が透の目の前で怪しく艶めき、その身に纏う甘い香りがかすかに鼻腔をくすぐった。

思わずどきりとして視線を床に落とした透は、そこで落とし物に気付く。

キーホルダーだった。十字架の上に悪魔が腰かけている、なかなか見ない意匠だ。

透はそれを手に取り、女性の背中に声をかける。


「あの、これ……貴女のですか?」


 女性は不自然なまでにびくりとし、恐る恐るという風に振り返る。

その目が驚愕に見開かれたかと思うと、彼女は一瞬でキーホルダーをひったくりその場を後にしようとした。


(……変な人だ)


 男性恐怖症なのか、男嫌いなのか、キーホルダーが高価なものだったのか。

それとも……


「待ってください」


 考えるまでもない。例えそうであってもなくても、少しでも疑わしいのなら第四の可能性を想定して見極めなくてはならない。透は女性を呼び止めた。

女性は渋々といった様子で立ち止まり、振り返りもせずに「何?」とだけ返した。


「そのキーホルダー、ネクロドルーグのシンボルマークですよね」


 努めて明るく、それでいて単刀直入に透は事実を突きつける。

女性が言葉を返す前に、透は次のジャブを放つ。


「今、アンジュ・デ・ポームという宗教団体が脅迫を受けていることは知っていますよね? そして、ネクロドルーグが脅迫の送り主の中に名を連ねていることも」


 女性は何も答えない。数瞬待ち、返答の意思なしと判断した透は更なるジャブを撃つ。


「貴女、もしかして聖地ロワイヨム・エトワーレがある緋斗潟村に行くんじゃないですか? 行って何をするのかまでは敢えて言いませんけど」


「イミわかんない」


 女性はあからさまに不機嫌な口調で言った。


「私ニュースとか見ないから、あんたが何を言っているのか分からないわ。このキーホルダー、ネクロ、何ですって? たまたま骨董市で見つけただけよ。信者でも何でもないわ」


「一応、身分証を見せてもらっていいですか。教団に無関係であれば、問題ないですよね?」


「あんたねぇ……一体何の権限があって私に指図するのかしら。あんまりしつこいと、私が車掌を呼んだっていいのよ?」


 怒気を孕んだ言葉を投げかけながら、女性はその身を震わせている。

それが無実の罪を着せられた怒りによるものか、正体を暴かれた恐怖によるものなのか。


(俺の勘だと、この女は黒……だが、キーホルダーだけでは決定的証拠とはいえない。この女の持ち物を調べれば何か出てくるかもしれないが……)


 この女性の所持品からテロとの関連を示すものが発見されれば、それで白黒はつく。しかし、その後の処遇をどうするべきか。人質や交渉材料にはならないだろうなと透は考える。十宗使徒の究極目標はADP最高幹部・七導師の殺害。メンバーが一人欠けた程度で止まることはないだろう。彼女だけでも警察に引き渡すという手もあるが……


 泳がせて、相手全体の尻尾を掴むことの方がリターンは大きい。上手くすれば、一網打尽にできるかもしれない。いずれにせよ、今自分一人で決める必要はないなと透は結論を出した。


「ごめんなさい。僕ADPの信者で、ピリピリしてたみたいですね。足止めした上に疑いをかけてしまって、すみませんでした」


 相手は背を向けていたが、透は謝罪の言葉とともに頭を下げた。

女性はいぶかしげにしていたが、やがて鼻を鳴らして立ち去って行った。

その後ろ姿を見送りながら、透はメッセージアプリで桜へ指示を送る。


「今通った女性を追って寝台番号を控えてくれ。一人目の要注意人物だ」


 寝台から顔を出した桜に目線で合図を送る。桜は何気ない風を装って女性の後をつけていった。


(テロリストとの戦いはもう始まっている。思い通りになんかさせてたまるか。絶対に尻尾を掴んでやる)


 約10人のテロリスト。それを事前に全て捕まえればテロは起こらない。

透の内側で謎を狩るものとしての昂ぶりの炎が、音もなく静かに燃えだした。



 8



「はーーーーー、危なかったーーーーー」


 個室に戻った美闇はベッドにダイブすると、枕に深々と顔を埋めて安堵の息を漏らした。

まさか、こんなにも早く正体がばれそうになるなんて。


「いや、もしかしたらもう警察に連絡されてたりして……ま、まぁ? だとしても物的証拠はないし? 来たとしても白を切り通してやるけどね? それに、私とは緋斗潟村に向かうルートが違うだろうし」


 緋斗潟村へ向かうには、鷹巣から秋田内陸縦貫鉄道で前田南まで向かい、そこから徒歩で仏壇(ぶつだん)鉄道仏壇口駅へ移動。終点の仏壇まで乗り通し、そこから更にバスというのが唯一のルートとされている。

しかし、美闇の所属するテログループ・十宗使徒は人目を避けて移動するため、別のルートを採用している。そのルートに入ってさえしまえば、もう美闇の進路を妨害することはできない。


「精々、無駄な気回しで精神を消耗するがいいわ。私は絶対に止まらないんだから。あいつを……陵眠を殺すまでは、絶対に」


 曙号はまもなく高崎に到着する。

様々な人間の思惑を乗せて、夜汽車は北へひた走る。

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