シークレットベース
一か月振りの投稿となります。お久しぶりです。
今回も日常パートですが、次回からいよいよ「緋斗潟村への旅編」が始まります。
今週中には投稿したいと思います。頑張ります。
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20XX(回生十七)年7月15日。
13時30分。東京・渋谷の某ライブハウス。
「トオルぅうううううううううううううううううううううううううううううううう!」
どすっ、ばたん!
友人たちとの待ち合わせ場所に到着し扉を開けた透は、直後、飛び出してきた少女によって盛大に押し倒された。
何が起こったか透が認識するより先に、金色の長い髪を持つ少女はその碧い瞳を海のように潤ませ、一気にまくし立ててきた。
「心配したデスよ! どうしてワタシに連絡してくれなかったデスか! ワタシの力があれば、きっとトオルの家は壊されずに済んだはずデース!」
ナンデデスカー! と少女は透の胸倉を掴んで前に後ろにぶんぶん揺さぶる。
透は、しかしそんな加減を知らない彼女のじゃれつきが何だか無性に懐かしく、反論も抵抗するのも忘れてされるがままになっていた。
(あー、そうだよな……これが本来の俺の日常なんだ……)
探偵の真似事をしたり、ちょっと変わった同級生がいたり、そんな面白おかしくも「普通の範囲内」な毎日が透の日常だった。こんな当り障りのない日々が、これからもずっと続いていくのだと思っていた。
昨日のドンパチ騒ぎは全て悪い夢。
そう割り切り、この居心地の良い空間に居続けることも、もちろん可能だ。
しかし、その道を選ばなかったからこそ、透とその友人たちはここにいる。
「あー、リューシカ? そのへんにしとこうぜ? ほら、透怪我人だし」
「むむ、言われてみれば、確かにそうデスね! トオル、ごめんなさいデシタ!」
長髪の茶髪少年・四万十川圭吾が止めに入り、ようやくリュボーフィ・ヴラヂェーチェリ、通称リューシカは透をぶん回す手を離した。リューシカの手を離れた透は慣性に従い、後頭部をしたたかに床にぶつけた。
いつでも底抜けに元気なのがリューシカのいいところだったが、その華奢な身体に持て余したパワーによって周囲の人間が度々負傷するため、自然、彼女の傍に居続けられるのはそれに耐えうる猛者だけとなっていた。しかしそんな一種の災害さえ、今は透の心をほぐす安定剤として機能した。
「いや、大丈夫。むしろ緊張がとれた。ありがとうリューシカ」
「ドウイタシマシテー! 例には及ばないデース!」
一秒でもじっとしていられないとでも言うように、その場でくるくると回るリューシカ。腰まで届く金色の髪がふわりと舞い上がった。
「圭吾と肝尾も、心配かけたな」
「いやマジでビビったぜ。TLにお前ん家の画像がぶわーって出てきてさ。思わず『俺、この家の住人と知り合いだけど質問ある?』って引用RTしたら通知止まんなくなって、今もスマホ震えっぱなしだ。……やっべ、いいねRTそれぞれ5万いってるwww」
「お前の売名に協力できたようで何よりだ。名前が売れすぎて今日の夜にでもお前の家に黒服の男が押し掛けるかもしれんが、まぁ何とかしてくれ」
「それなら心配ねーよ。俺これから沖縄行ってリゾバしてくっから。俺ん家襲ったところであのクソ妹しかいねーし、全く問題ないぜ」
「……妹は大切にしてやってくれ」
圭吾が更に言葉を重ねようとしたが、そこへしびれを切らした肝尾が「そんなことよりも!」と割り込んできた。
「氷神氏のニュースを追っていて、『ごしねこ』の限定イベントを逃してしまったんだが? SSRチナちゃんお迎えし損ねてしまったんだが? この件についてキサマがどう補填してくれるのか何を差し置いてもまずそれを聞かせてほしいんだが?」
「課金で取り返せ」
☆
四万十川圭吾。透の中学時代からの幼馴染で、いわゆる悪友というやつだ。
お調子者でいつでもクラスの中心にいる圭吾と、群れるのを嫌い集団と距離を置く透。性格もクラスでの立ち位置も正反対の二人だったが、しかしどういうわけかいつの間にかつるむようになり、そしてその腐れ縁は今日まで続いている。
透とつるむ一方で圭吾の交友関係は非常に広く、このライブハウスのオーナーも彼の知人だった。お世辞にも繁盛しているとは言えないこの店を透たちは秘密基地としていて、しばしば入り浸っては不健全放課後ライフを楽しんでいた。
肝尾但は透が高校に入ってからの付き合いだ。名前通りのオタクで、もちろんクラスの余り物である。授業でグループにならなければいけない時透は肝尾と仕方なく組むことが度々あり、気が付けばつるむようになってしまい今に至る。
ちなみに「ごしねこ」とは正式名称「ご指名はこねこちゃんですか?」というゆるふわ萌え四コマ及びそれを原作とするアニメで、ものモザ難民となった彼が駆け込んだ難民キャンプ的作品である。
透、リューシカ、圭吾、肝尾。
この四人はクラスメイトであると同時に、「なんでもジャーナル」というサークルのメンバーでもあった。会員わずか五人の弱小泡沫サークルが活動を始めたのは今年の五月、リューシカが短期留学でやってきた直後のこと。「ラノベに出てくるような部活ライフをしてみたいデス!」というリューシカの要望により、15年前に会員の死亡事故で休止となっていた「新聞同好会」を乗っ取る形でなんでもジャーナルの活動は始まった。
といっても、その内容は帰宅部に毛が生えたようなものでしかなかったが。
☆
「けど、作っといて良かっただろ裏アカウント。透ケータイ持ってかれちまったんだってな? 連動してない裏アカウント作ってなかったら、こうして集まれなかったかもしれないからな」
「ああ、それはホントに」
透は裏アカウントから圭吾、肝尾、リューシカにメッセージを送り、どこかで集まれないか呼びかけていた。そして圭吾がライブハウスのオーナーに話をつけ、オープンまでの時間を使って情報共有を行うことになったのだった。
「さて、それじゃ早速だが昨日の出来事について説明したいと思う。分かってるとは思うが、くれぐれも他言無用で」
立ち上がりながら圭吾たちに呼びかける透。しかしその圭吾はばつの悪い顔をして目を逸らした。
「どうかしたのか?」
「いやー、それが、ちょっと……」
歯切れの悪い圭吾に透が首を傾げたその時、その声が透の耳朶をうった。
「事情は聞かせてもらったよ、氷神透」
声の主は、透の背後から現れた。
彼女は最初から、入口横の壁に背を預けて全てを見ていたのだ。
「中々厄介なことに巻き込まれたみたいじゃないか」
「湯川……どうしてお前がここに……」
灰色のカーディガンを纏ったショートボブの少女、湯川雫。
彼女がなんでもジャーナル五人目のメンバーである。といっても、彼女の立ち位置は他の四人とは少々異なっていた。「ラノベみたいな部活ライフ」を楽しみたいリューシカとそれに付き合う三人に対し、雫は透を追いかけてサークルに参加してきたのだ。
その目的は、「氷神透を倒すこと」。
可愛い顔してガリ勉ちゃんの雫はテストでいつも自分の上にいる透を一方的にライバル視しており、仇敵の弱点を探るため遂にいつでもどこでもつきまとうようになっていた。
そんな彼女をメンバーに加えることに透は気が進まなかったが、数年前の校則改定により「同好会には最低五人以上の会員が必要」というルールが存在していたため、雫は大手を振って透へのストーキングをすることを許されたのだった。
「リューシカが君の話をしているのを聞いてね、聞いたらあっさり教えてくれたよ。この会合のことをね」
雫は挑戦的な目で透を見据えて言ってのける。
透は頭を抱えるしかなかった。
「リューシカぁ……」
親しい仲間たちには現状を伝えておきたいと思った透だったが、雫にだけはメッセージを送っていなかった。どこにでもくっついてくる雫のことだ、緋斗潟村のことを知ったらどんな行動に出るか……
透はリューシカに恨めしげな視線を投げたが、しかし当人には失策をしたという自覚は全くない。というか、透はこれまで喜怒哀楽の「喜」以外の表情をリューシカに見たことがなかった。21世紀に残るソ連・ザミルザーニ社会主義国の、それも次期総統候補でありながらあまりにもお気楽すぎる彼女に自覚を求めることは無駄だと、透は諦める。
「まぁ、つまりだ。普段散々私を見下してくれてる君の弱り切った姿を拝めるんじゃないかと思ってね、こうして渋谷までやってきたというわけさ。けど、あんまりこたえてないみたいで、拍子抜けだな」
雫は肩をすくめ、鼻で笑うような表情で言った。
「口外はしないからさ、私に構わず何でも話したらいい」
(どうしたものか……)
透は考える。
適当なハッタリでこの場を乗り切るか。それとも、本当のことを話すか。
確かに雫は面倒な存在ではある。それでも、出会って三か月半、今日まで透が彼女の暴走を看過していたのは、彼女が真っ当な人間だと評価していたからだ。
透は小学校時代から有名進学塾に通い、中学も港区の名門校に進んだのだが、彼はそこで他人を蹴落とすためなら何だってやる連中を数多く見てきた。
ある程度のレベルまでいくと、純粋な努力では差がつかない。それゆえ仲間を平気で裏切り、騙し、出し抜くという行為が氾濫し、透はそういった光景に辟易していた。
しかし雫は、そういった連中の誰よりも高い学力を誇りながら、卑怯な真似だけは一切しなかった。口先では突っかかってくるものの、実力勝負という点だけは貫徹していた。
鬱陶しいと思いながら、透が雫の相手をし続けたのはこのためだ。
「湯川」
とはいえ、これは遊びではない。
命を懸けた戦いだ。
「な、何さ……」
「お前の口から秘密が漏れたと分かったら、俺はお前を売るぞ。それでも話を聞くか?」
圭吾が「え、もしかして俺も?」とうろたえた表情をしたが、透は構わず雫の瞳を見つめた。今や、透の命は自分一人だけのものではない。この手に、栗夢や、彼女を取り戻そうと願う全ての人の希望が懸かっている。それだけに、それを脅かすリスクは極限まで排除しなければならない。
「ず、随分な言いようじゃないか……」
「これは誇張でも何でもない。当然の危機管理だ。俺のためでもあるし、湯川のためでもある。まぁ難しいことじゃない。口外さえしなきゃいいんだ。簡単だろ?」
雫の顔から笑みが消えた。透の真意を推し量るように瞳が見つめ返す。
そしてその均衡が破れる前に、別の者が動いた。
「お、俺は遠慮しておくよ……どうも役不足のようだ」
「肝尾君、役不足の使い方間違ってる」
重い空気に耐えかねて出口に向かった肝尾に、雫の冷たい突っ込みが追い打ちをかけた。
そんな彼に続く者がもう一人。
「あー、俺も外で待ってるわ。透とは腐れ縁だけど、心中するつもりはねーし」
圭吾は軽薄に笑って肝尾の後を追う。
そんな悪友たちを透は笑顔で見送った。
「ありがとう、そうしてくれた方が助かる」
そして薄暗い部屋には、透、リューシカ、雫の三人のみが残った。
厳密にはもう二人、リューシカの護衛がいるのだが、彼らがこの問題に介入してくる可能性は皆無に等しい。透は一つ大きく息を吐いた。そして、目の前の二人を見る。
「トオル! 何でも言っちゃってくださいデス!」
「さっきも言った通り、口外しないと約束するよ。さ、どーぞ」
透は桜から依頼を受けたところから話し始めた。
緋斗潟村を目指し、透たちが乗り込む寝台特急「曙」が上野駅13番ホームから出発するまで、あと八時間。




