表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/72

白桃女学園(後編)

小説投稿一年目、導入だけで終わってしまった……

こんなペースでは読んでくれている方々はもちろん自分のキャラクターにも申し訳ないので、来年は今年の倍書くことを目標に創作に励んでいきたい。



 2



「栗夢ちゃんの奪還計画、順調かしら?」


 暗幕によって光が遮られ、夜間照明の明かりだけが儚く浮かんでいる部屋で、砦桜と六城くるみは両手を縛られた状態で椅子に座らされていた。

目の前でにこやかに笑んでいるのは第二位派閥の主・陵陽。

桜が戦いを挑もうとしている宗教団体・ADPの幹部であり、かつてこの学園で第一位派閥の主として君臨した女帝・陵眠の妹である。


「貴女の頑張りは聞き及んでいるわよ。従妹を取り戻すため、命を危機に晒すことさえ厭わず死地に飛び込んでいく……誰にでもできることじゃない。立派なことだと思うわ」


 年端も行かぬ少女を密室で蒸し焼きにしようとしたり、椅子に両手両足を縛って拘束するなど、幾多の暴虐を働いているとは思えない聖女の微笑みで陽は桜に語り掛ける。

虫も殺さないような優しさと、幼子さえ躊躇なく手にかけるような非情さの同居。

常人には理解が及ばないであろう陽の思考、今それを探ることは無謀と判断した桜は当面の要求だけを返答に選んだ。


「……妹たちの無事を確認したいわ」


 あらあらといった様子で首を傾げる陽と、俯いて視線を外した桜。

徹底した防音設備によって無音状態となった小さな部屋で、派閥の主同士による心理戦の幕が切って落とされた。



 ☆



 透との話し合いを終え、白桃女学園に戻った桜とくるみ。

ふたりが学園の敷地内に足を踏み入れたその瞬間、現れた陽の手下たちが彼女たちを拘束した。

組み伏せられたふたりの目の前に、陽の右腕を名乗る生徒が歩み出てきて、仁王立ちしてこう言った。


「はん、第三位派閥の主も取り巻きがいなければ大したことないですねぇ。あなたはそうやって地に這いつくばっている姿の方がお似合いだと思いますよぉ? ま、そんな分かり切ったことはいいんです。あなたの大事なだいじな妹たちは私たちが預かっています。この意味、分かりますよね?」


 ちゆみと同じくらいの身長しかなく、その場にいた十人ほどの生徒の中でも一番小さかったその少女は、しかし被告の運命を決定する裁判官のような上から目線で宣告した。


「砦桜。妹たちを無事に返してほしければ、私の命令に従うのです。少しでも生意気な素振りを見せたが最後、妹たちには二度と会えなくなると思っていただいて結構です! さすがにその残念な頭でも理解できましたよね? ……では、案内します。あなたたちの死に場所へね!」


 そしてふたりは部室棟の一階の一番奥の部屋、「西洋史研究会」の部室へと連行された。同好会といっても活動実績のないダミー団体、真の姿は第二位派閥「碧天航路」の本拠地である。

桜とくるみを椅子に拘束させると、陽は派閥メンバーを全て部屋の外に出した。

今この部屋には、陽、桜、くるみの三人のみである。



 ☆



 桜に素っ気ない返事をされた陽だったが、彼女の方も全く調子を変えることなく、最初の言葉の続きを話し始める。


「でも残念ながら、これは貴女の出る幕ではないわ。回生初期にこの国を揺るがした宗教浄化については、貴女も存じ上げているわね? あれと同じ惨禍が繰り返されようとしているのよ。いいえ、兵器技術の進歩した現代では、あの時よりももっと甚大な被害が発生するかもしれない。……はっきり言って、迷惑なのよ。貴女がうろちょろすることで、姉さんたちが足を引っ張られるの」


「そんなこと知らないわ。私は栗夢さえ助けられればいい」


「できるわけないわ。栗夢ちゃんを助けるどころか、テロリストに身柄を拘束されて取引の材料にされるのが関の山よ。それでもしも姉さんとの人質交換なんて要求されたら……考えただけで胸が張り裂けそう」


「ふふっ」


 神妙な表情で胸中を吐露した陽を、桜は一笑に付した。

陽の顔に、ほんの微かに苛立ちの色が浮かぶ。隣でくるみが慌てるのにも構わず、桜は言い放った。


「何が惨禍よ、甚大な被害よ。貴女だって結局姉のことしか考えていないじゃない。それが正義の側の代表者みたいな顔して説教とは、これで笑わずにいられるかしら」


 その言葉が終わらない内に、陽は無言で桜の喉を締め上げた。


「ぐっ……あっ……」


 両手を縛られている桜はほとんど抵抗らしい抵抗ができない。陽は何も言わず、無言で桜の気道を締め上げていく。


「やめて! それ以上やったらお姉さまが!」


 消える寸前の蝋燭が炎を膨らませるように、桜が最後の力を振り絞って足をばたつかせたところで、ようやく陽は手を離した。桜は咳込みながら懸命に酸素を補給する。


「……死にたいなら、いつでも殺してあげるわよ?」


 陽は笑っていた。完全に先程までの表情に戻っていた。それが逆にくるみを戦慄させた。

本気で殺す気はなかったにせよ、今の首絞めには一切の容赦や手心がなかった。にも関わらず……


(それから数秒も経たない内に、こんな穏やかな表情ができるものなの?)


くるみは、陽が秘めている狂気の一端を垣間見た気がした。


「ツインテールの可愛い貴女も、よく聞きなさい?」


 ひっ、とくるみは悲鳴を漏らしてしまう。

その目も、口も、言葉の響きも、全く怒気が感じられないにも関わらず、横目でちらりと見られたというただそれだけのことで、くるみは息の止まる思いだった。


「これ以降、私の許可なく発言することを禁じるわ。貴女の声を聞いていると、耳が腐ってしまいそうだから。いいわね?」


 こくこくとくるみは必死で頷いた。その目に映る陽は、やはり花でも愛でるような優しく慈愛に満ちた表情を浮かべている。

エリート同士が潰し合いを繰り広げるこの学園には、笑いながら相手を蹂躙する者は何人もいる。くるみ自身もそのような者を直に見たことがあった。

だが、彼女たちの笑顔には必ず相手を屈服させた満足だとか、地面を舐めさせる快感だとか、そうした不純物が含まれているものだった。


 陽の笑みにはそれがない。どこまでも澄み切っていて、慈愛さえ感じられる微笑みが、くるみには不気味でしかなかった。


「本当ならね、ロワイヨム・エトワーレ開園に伴う一連の式典が全て終わるまで、貴女の身柄をここに拘束していたいのだけど……残念ながら明日で学校はおしまいなのよね。だからせめて、私たちが学校にいられる明日までは、貴女から一切の自由を奪わせてもらうわね」


 それはつまり、いかに陽といえども夏休み期間中は桜に干渉できないということ。

それが分かって、くるみはわずかながら安堵した。学園内においては第二位派閥の主という地位に君臨する陽だが、一歩学園の外に出てしまえばその権力は地に落ちる。

実家が圧倒的な財力を誇る桜と違い、陽は成り上がりだった。元々持ち合わせている精神力・胆力に加え、数々の手練手管を駆使し、更に姉の残した権力基盤も全面的に活用してようやくこの地位に登りつめた苦労人だった。


(夏休みが始まるまであと18時間……とにかくその間はお姉さまを学園に閉じ込めて、あわよくばその間に衰弱させるとかして行動不能にしてしまおう、ってところかな)


 陽であれば、砦家の内情も知っている可能性が高い。現状、栗夢奪還のため動いている砦家の人間が桜のみだと陽が知っていれば、桜の封殺に全力を尽くすはずとくるみは考えた。

だが、桜は更にその先を見通していた。


「何か起きているのね」


 声を出すなという警告など、全く意に介していないと言わんばかりの桜の声が響く。

陽が何か言う前に、桜は畳みかけるように続けた。


「それも、教団にとってとんでもなく悪いことが。だから、何としても私の動きを封じざるを得なくなった。そうね、例えば予告より早く教団への攻撃が始まったとか。もしくは……」


 桜は敢えて焦らすような間を作り、そして今度は陽の目を正面から見据えて言った。


「栗夢に逃げられた、とか」


 ええっ、とくるみも思わず声を出してしまう。

陽の顔に、再び苛立ちの色が浮かんだ。


「許可なしに喋らないでと、言ったわよね?」


 静かな警告を、桜は当たり前のように無視して言った。


「そして、まだ見つかっていない」


 陽は何も言わなかった。

それを肯定と受け取った桜は更に続ける。


「現在ADPは栗夢の身柄拘束に向けて動いている。しかしまだ拘束には至っていない。ということは、私にとっては千載一遇の奪還のチャンス。確かに、明日まででいいから私の動きを封じておきたいところよね」


 桜の推理が一区切りついたところで、ようやく陽はやれやれと溜息をついて言った。


「……ええ、そうよ。栗夢ちゃん、脱走してしまったらしいの。教団内に手引きをした人がいたみたいね。全く、しっかりしてほしいものだわ。でも桜さん? 貴女の推理にはひとつ間違っているところがあるわよ」


「何かしら」


「教団は既に栗夢ちゃんの居場所を特定しているの。今、捕獲のための部隊が向かっているわ。おそらく数時間の内に栗夢ちゃんは身柄を拘束されるでしょうね。光明が見えた気でいたのでしょうけど、今から貴女がどう動いたところで間に合いやしないわ」


「さて、どうかしらね?」


「ふふ、その強がりがいつまで保つかしら? ……まぁ、貴女はこうして拘束されているわけだから、これを知ったところで何か意味があるとも思えないけれど」


 その時、突如部室の扉がノックされた。三回、三回、三回、合計九回。この回数は陽の側近しか知らない緊急の要件を知らせる合図であり、それを確認した陽は桜たちに背を向けて扉をわずかに開いた。

外には先程桜たちを拘束した陽の右腕を名乗る少女、香田白梅(こうだしらうめ)が息を切らせて立っていた。


「そんなに慌てて、どうかしたの? 白梅」


「陽様、妹の愛様からお電話でお言付けです!」


 その時、桜とくるみは確かに聞いた。

陵陽が、息を呑む音を。

しかもそれは年相応の、否、初等部の女児のような、幼気な声だった。


 そこで桜は陽に纏わるある噂を思い出した。陽には二人の妹がいるが、その末っ子が重い病気に罹っているらしいということ。そして陽が高額な「外泊権」をほぼ毎日行使して帰宅しているのは、そんな妹の世話をするためだということ。

確か上の妹が愛、末っ子が(くう)と言ったか。愛から言付けということは、空の身に何かあったということだろうか。


 白梅の報告から数秒の間をおいて、陽は尋ねた。その声は震えていた。


「愛は、何て?」


「『見つかったから心配しないで』とのことです!」


(……これは、どう判断したらいいものかしら)


 桜は思わず苦笑いした。

これは、戦況を決定づけるかもしれない重要な二択だ。

「見つかった」のは、栗夢なのか。それとも、末っ子関係の何かなのか。

栗夢が位置を特定されてしまった場合、ここを抜け出してから叢雲と共にする行動の手順に変更が生じる。栗夢の身柄を確保する上で、敵との戦闘の有無は最重要事項だからだ。

伝言の内容が空に関すること、例えば病気の治療法や特効薬が見つかったということであれば、栗夢はまだ逃走中である可能性が高いので、叢雲には戦闘よりも早期の身柄確保を命令することになる。


(さて、どちらかしらね……)


 陽は桜たちに背を向けたまま言った。

その声は、いつもの調子に戻っていた。


「白梅」


「はい!」


「この二人の監禁を代わってくれないかしら?」


「ええっ、いいんですか?」


 喜色を隠そうともしない白梅に苦笑しつつ、陽は言った。


「砦桜を見張るより大切な用事ができたの。大丈夫、難しい仕事ではないわ。他の子たちと交代で終業式までの間この二人を見張っていてくれればいいの。他の子には私の方から伝えておくから、とりあえず今からお願いできるかしら」


「もちろんですとも! というか、私一人で十分ですよ! 砦桜を潰すのに、この『拷問姫』香田白梅以上の適任者はおりませんです!」


「ふふっ、頼りにしているわよ」


 扉が開かれ、長いおさげの少女が入室してくる。

まさに先程、桜たちを拘束しここへ連行してきた少女、香田白梅その人だった。


「どうやら、あなたはこの私に潰される運命のようですねぇ。砦桜!」


 白梅が意地悪く笑ったが、桜は無視を決め込んだ。

白梅と入れ違いに部屋から出た陽が、廊下から桜たちに声をかける。


「そういうわけだから、後はこの子が貴女たちの面倒を見るわね。桜さん、貴女とは一度ゆっくり話をしてみたかったのだけど……それはまたの機会に、秋の夜長にでもいたしましょう」


 その顔にはもう一片の違和感も残ってはいなかった。しかし桜は先程の一瞬を、陵陽の息を呑む声を忘れることはないと心に誓う。聖なる輝きであらゆる攻撃をかき消すように思われた聖女の、たったひとつの弱点かもしれないのだ。それも、致命的な。


「またの機会があれば、ね」


 桜はにこやかに微笑んで返す。表情と台詞だけを見れば、親友同士の別れにしか見えない返事を。それを虚勢と見て取った白梅が笑った。


「機会があれば? あははは! もう敗北宣言ですか! そうですよね! ここまで追い込まれてしまっては、もはや生還の可能性など万に一つも……」


「逆よ、お馬鹿」


 だがそれは、親友同士の別れでも、虚勢でもない。


「陵陽、貴女に次がないと言っているの。私の可愛い妹たちを傷物にした罪は、派閥の壊滅という罰を以て償ってもらうわ。覚悟しておくことね」


 派閥の主が派閥の主に投げつける、宣戦布告、否、余命宣告だった。


「楽しみにしておくわ」


 この日一番の笑顔を残して、陽は部屋を出て行った。白梅がなんか顔を真っ赤にして叫んでいるが、桜にはもはやどうでもいい。

この状況を打開する布石は、最初から打ってある。あとは、「その時」が来るのを待つだけ。勝利を確信している桜は、鳥のさえずりでも聞いているかのように穏やかな心で大きく息を吐いた。



 ☆



 暗幕のせいで桜たちには外の様子が分からないが、部屋の時計がもうすぐ20時に差し掛かるのでもうすっかり日は落ちているはずだ。

桜たちがここに連行されてから、かれこれ三時間になる。


「しかし、あなたは本当に可哀想なくらいの馬鹿ですよね。この状況がまるで理解できていないのですから」


 扉を背にした白梅は、圧倒的優位に基づく愉悦をだだ漏れに漏らして邪悪に笑っている。


「何度でも言ってあげますけどね、砦桜、あなたの派閥は今日でおしまいですよ。私の予想だと、おそらく陽さまは砦桜以外の全員を一旦こちらに引き入れるでしょうね。そして全員をそれぞれ別の下部派閥に派遣するのです。名付けて、八つ裂きの刑! どうですか、恐ろしいでしょう!」


 夢中になって喋りまくる白梅の戯言になど耳を貸さず、桜はくるみに小声で語り掛ける。


「くるみさん、我慢できそうかしら?」


「うぅ……やっぱりバレちゃってましたか……」


「いつも貴女が言っているじゃない、姉妹間の秘密はダメって」


「あはは、そうですよね」


 拘束が長時間に及んだことで、当然ながら直面する問題が生理現象だ。

もう三十分くらいの間、くるみはおしっこを我慢していたのだが、しっかり者の彼女が所在なさげにもじもじしている様子を見逃す桜ではなかった。

とはいえ、申し出たところで目の前の調子乗りおちびが素直にトイレに行かせてくれるとは思えない。どす黒い笑みとともに小瓶を渡されるのがオチだろう。


「わたしなら大丈夫です。……あと一時間くらいなら、ですけど」


「なら平気よ。この俗悪な拘束プレイも、あのおちびの独演会も、直に終わりを迎えるのだからね」


「何が終わるですってぇ?」


 ずかずかと歩いてきた白梅が、桜の顔を覗き込んで威嚇する。桜には全くもって毛ほども怖くはなかったが。


「何でしたら、私が今ここで終わりにしてあげてもいいんですよぉ? これでも陽さまの右腕として両手で足りないくらいの生徒を終わらせてきてますからねぇ? さぁ、どう終わらせてほしいですかぁ? いーひっひっひ!」


 勝ち誇り、破顔する白梅。桜はそれを白けた目で見ていたが、やがてその瞬間が来たことを悟って、言った。


「終わるのは貴女よ」


 その音声が白梅の脳に届き、言葉の意味が認識され、そして彼女が何らかのリアクションを取ろうとしたその瞬間、西洋史研究会の扉は何の前触れもなく開け放たれた。


「なっ……」


 予期せぬ事態に唖然とする白梅に対し、桜は予定調和といった涼しい顔で言ってのけた。


「待っていたわよ、芹」


「……お待たせ」


 言いながら芹は部屋に侵入すると、一瞬で白梅を締め上げてしまった。床に組み伏せられた白梅は、混乱と怒りがごちゃ混ぜになった顔で喚いた。


「敷波芹、お前がどうしてここに! 星月夜は完全に包囲されていたはず……さては壁を壊したんですね! 過料ですよ過料!」


「壊してないわよ」


「え」


「私は清く正しい女学生よ? 普通に扉から出たに決まっているでしょ?」


「ありえません! だって物理的に出入り不可能だったんですから! バリケードを外からどかさない限り……」


「だから、どかしてもらったの」


「それが無理だと言っているのです! あの場には、いいえこの学園内にはバリケードを解除する人間などいないんですよ!」


「それがいたのよね~」


 白梅に馬乗りになった芹が実に愉快といった調子で悪戯っぽく笑う。しかし白梅には全く想像がつかない。自分たちは星月夜の一室に籠城していた芹たちを、部屋の扉と窓を塞ぐことで閉じ込めていた。部屋は四方を碧天航路のメンバーによって取り囲まれていた。部屋の外にいる芹の仲間は四人。そのうち二人の第一位派閥生徒にとってバリケードの撤去は任務外であり、残りの二人はここで拘束されている桜とくるみである。芹たちを助ける者など、存在しないはず……


「だ、誰なんですか……」


 屈辱に歯を食いしばり、涙目で言葉を絞り出す白梅。芹はそんな彼女に情をかけることなど一切せず、桜の拘束を外しながらあっさりと言った。


「第一位派閥の人たちよ。やっぱり先輩って頼りになるわね」


「う、嘘です! 第一位派閥があなたたちのために動くはずが……」


「そうね。でも、自分たちのためだとしたら、どうかしら?」


「じ、自分たちの?」


 恐慌状態に陥りまともにものを考えられない白梅は、鼻声で聞き返すのが精いっぱい。その様子から、この小さな悪魔もここまでねと悟った芹は、最後の情けで答えを手渡した。


「答えは、使用時間よ。桜が星月夜の利用を申請する際、設定した時間は19時59分まで。そして20時からは第一位派閥の方々が使用することになっていた。第一位派閥の先輩方からすれば、前の利用者がいつまでも出て来ないなんて迷惑な話よね。だから、力づくで明け渡させたってわけ」


 桜は星月夜に籠城した芹たちが逆に閉じ込められたケースを想定し、脱出の手段を用意していたのだ。星月夜の利用は19時59分まで。この時間までに、芹たちはセミナーハウスを明け渡さなければならない。相手が第一位派閥ともなれば、尚更だ。

桜は第一位派閥から人員を借り受けると同時に、彼女たちに20時から星月夜の利用を申請することも取り付けていた。もし蓬生たちが閉じ込められていなかったら逆に妹たちを危険に晒すことになる危険な賭けだったが、今回桜の読みは見事に的中したのだ。


「く……くうぅ……この私が、そんな単純なことを見抜けなかったなんて……悔しい……悔しいよぉ……」


 拘束を解かれ立ち上がった桜の足元で、散々自分をいたぶった少女がうずくまって嗚咽している。だが、ここで自分が逆襲しなくても、任務に失敗した彼女には陽からの罰が待っているだろう。それで充分ねと、桜は失意のおちびから視線を外した。

そんな桜に、芹が明るく発破をかける。


「ほら、門の前で鳫比谷が待ってるわよ。外泊権の申請もしてあるわ。後のことは私に任せて、行って来なさい。栗夢ちゃんのところに」


 アイコンタクトは一瞬。物心つく前から監視し監視され、お互い人生で一番長く時間を共有している二人に余計な確認は無用だった。桜は、決意の表情で扉へと向かう。


「恩に着るわ。じゃあ、行ってくるわね」


「ふたりで帰ってくるの、待ってますからね!」


 くるみの声を背に受け、廊下へ出たところで桜は走り出した。

時間が惜しい。一分一秒でも早く、栗夢のもとへ駆けつけたい。

校舎を抜け、中庭を抜け、校門へと脇目も振らずに突っ走る。


「お姉さま!」


 校門の前では、蓬生たち派閥メンバーが桜を待っていた。

みんなの無事な姿を見て、桜の顔もほころぶ。


「絶対に栗夢さんを連れて帰ってきてくださいまし! あたくしたちみんな、栗夢さんのことを待っていますわ!」


「次こそテストの点数で負かしてやるんですの! 勝ち逃げなんて許しませんの!」


 蓬生が、ちゆみが、他のみんなが口々に激励の言葉をくれる。

桜は「もちろんよ」とだけ答え、校門の前に止まっている黒塗りの車に乗り込んだ。


「場所は分かっているのね?」


「ええ、もちろん。隊長情報っすから間違いないっすよ」


 高級車の運転手にはとても相応しくない軽薄そうな男、鳫比谷はケラケラと笑って車を発進させた。スポーツカーでも操るように一気に80キロにまで踏み込む。


「文京区にある教団の東京本部っす。そこにみんないますよ」


「好都合ね」


 あっという間に国道に滑り込んだ車は、都心へと向けてひた走る。


「今夜清算するわ……全て」


 後部座席に座る桜の双眸が、決意の色に煌めく。それが何を意味しているのかは、彼女のみぞ知ることだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ