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白桃女学園(前編)

序ノ三スタートです。

今回と次回は白桃女学園の派閥抗争。序ノ二で繰り広げられた透と鬼頭らの栗夢争奪戦の裏で行われていた、もうひとつの戦いです。

透メインの本筋は次々回より再開です。

そんなわけで、今一度宜しくお願いします。



 1



 20XX(回生十七)年7月14日。16時15分。


 氷神透が砦栗夢と再会を果たす、その約三時間半前。

東京都町田市南端に位置する全寮制名門女子校・白桃女学園は嵐の前触れのような、押し潰されそうな緊張感で満たされていた。夏休みまで残すところあと一日となり、本来ならば浮き足立っているはずの花園は、しかし現在大半の生徒が息を殺して事態の推移を注視している。


 そんな中。


「納得がいきませんのー!」


 状況など全くお構いなしと言わんばかりの可愛い叫び声が響き渡った。

場所は学園敷地内にあるセミナーハウス「星月夜」。校舎や学生寮の建物と同様、中世ヨーロッパ風の趣あるシックな洋館。その一室に、学園第三位派閥「桜Magic(さくらまじっく)」のメンバーが集まっていた。

声は、そのうちの一人が上げたものだった。


「いくらお姉さまの命令とはいえ、籠城などという醜態、宝物院(ほうもついん)家次期当主の私には許されませんの! 正面から潔く敵を迎え撃ち、第二位派閥を打倒せしめるべきですの!」


 熱弁をふるっているのは、部屋にいる十人の中で最も背の低い少女。

宝物院ちゆみ、白桃女学園初等部の五年生。この中では一番の下っ端だった。

その彼女が上級生たちを相手に声を荒げる理由は他でもない、まさにこれから敵対派閥との戦いが始まろうとしており、それに勝ち抜くには先制攻撃より他にないと確信していたからだ。



 ☆



「派閥対抗戦」

白桃女学園での学園生活と深く結びついた、いや学園生活そのものといっていいこの制度の歴史は古く、学園創立と同時に開始されて以降、今日まで幾千幾万の修羅場を生み出してきた。


 派閥対抗戦とは、単純に言ってしまうと学園生活のオンラインゲーム化である。

生徒たちは自由にチームを結成し、定期テストや学園祭といった大規模イベントから小テストや購買の限定スイーツ争奪戦といった日々の小さなイベントまで、ありとあらゆる局面でバトルを繰り広げる。その成績に応じて与えられるポイントは様々な特典と交換することができ、また勝利を重ねることで単純に学園内でのヒエラルキーも上昇する。白桃女学園では常時700人超の生徒たちが、学園の頂を目指して覇を競っていた。


 元々白桃女学園自体が政財界に通用する女傑を養成することを目的として設立され、生徒の殆どが政財界の大物だとか資産家や名家の令嬢という強気なタイプだったこともあり、対抗戦に反対する者はほぼ皆無だった。それどころか場合によっては生徒のバトルの結果が実家の興隆に影響することから金持ちたちは我先にと娘を学園に送り込み、生徒も生徒でプライドの高いエリート揃いだったため対抗戦は年々加熱さを増していき、精神をやられて退学する生徒は毎年二桁に上るという状況だ。


 そんなエリート中のエリートが潰し合いを繰り広げる異常な学園の中でも最高峰、第二位派閥と第三位派閥が激突するという噂がまことしやかに流れていた。

第二位派閥の主・陵陽。彼女の姉である陵眠(白桃女学園OGであり、在学中は第一位派閥の主だった)の所属する宗教団体の幹部に砦栗夢という少女が就任したのだが、彼女は第三位派閥の主・砦桜の従妹であり、栗夢の奪還を狙う桜が「泥棒猫」である陽と水面下で激しく対立しているのではないかと危惧されていたのだ。


 この日の放課後、桜は派閥メンバーの六城くるみを伴って学園の外へと出かけた。誰もが、奪還作戦の協力者との打ち合わせに行ったのだと囁いた。学園に残された派閥メンバーがセミナーハウス「星月夜」に籠っていることがそれを裏付けた。留守の間に第二位派閥がメンバーに接触することを防ぐためであろうと。


 真夏の太陽が照り付ける中、静かににらみ合う二つの派閥。世間が連日続く真夏日にうだる中、白桃女学園の敷地内だけはこの冷たい戦争による凍えた空気が深雪のように堆積していたのだった。



 ☆



「お静かになさい、ちゆみさん。貴女のその誇りの高さも、行き過ぎれば単純思考と同じですわよ」


蓬生(よもぎ)お姉さま……でも……」


「貴女は自分さえ気持ちよく戦えればそれでよろしいとおっしゃいますの? そんなことでは、家を背負って立つ指導者にはなれませんわよ。トップに立つ者とは、賞賛を浴びる瞬間の何倍もの苦渋の時を耐えねばならないのですわ」


「うう……」


 尊敬する相手に諭され、さすがの超攻撃型令嬢も押し黙ってしまう。

ちゆみを窘めたのは上枝(かみえだ)蓬生、中等部の二年生で桜からこの場の指揮を任されていた。

イギリス人の母を持ち、鮮やかな金色の髪をポニーテールに結った彼女は初等部の生徒の間で密かに人気が高く、ファンクラブまであったりする(ちゆみも元メンバーだったが、抜け駆けをして除名処分となった)。しかし肝心の蓬生は桜お姉さまひとすじのため、自身に向けられる羨望や恍惚の視線には全く気付いていないのだった。


「今のところは何もないですけど……このまま無事に過ぎてくれればいいですね……」


 カーペットの上で正座しながら鶴を折っているのは中等部一年生の奥座敷(おくざしき)てまり。一応岩手県の由緒ある旅館の時期女将なのだが、性格が優しすぎて前の派閥では奴隷のような扱いを受けていた。その現場に居合わせた蓬生によって引き抜かれ、今に至る。

辛い記憶が蘇ったのか怯えの色が瞳に浮かぶてまりを安心させるように、蓬生は落ち着いた調子で答えた。


「気を抜くことはできませんけど、敷波(しきなみ)先輩もいますし、それに何と言っても第一位派閥の方が四名もおりますの。怯える必要はありませんわ」


 言いながら蓬生は扉の方に目をやった。そこには蓬生たちとは雰囲気を異にする生徒が二人、門番のように立っている。彼女たちは第一位派閥のメンバーで、この部屋の外にも二人配置されている。第二位派閥に対する抑止力として、桜が第一位派閥の主と交渉の末一日限定で借り受けてきたものだ。全員高等部の生徒であり、武術の心得もあるということで頼もしくはあったが、あくまでレンタル。「専守防衛」という契約内容以上の働きをしてくれることはないので、過信は禁物だった。


「そういうこと。いつも通りに桜が帰ってくるのを待ちましょう」


 下級生たちを安心させるように微笑みかけたのは敷波(せり)。「妹」を集めた派閥メンバーの中で唯一桜と同学年の中等部三年生だった。実は芹は砦家が秘密裏に抱えている特殊部隊・叢雲に所属する工作員であり、桜の両親の命によって娘の警護と監視を兼ねて学園に生徒として潜入していたのだった。純粋な戦闘能力では、抜きんでた存在である。もちろん思考能力も。

手許の時計に目を落としつつ、芹は思案した。


(ここから話し合いの場である喫茶店「裏庭」までは往復一時間ほど。話し合いが大体一時間から長くても二時間くらいだとすると、桜が帰ってくるのは五時半から六時の間くらいかしら。いくら第二位派閥と言えど、ここに籠城している限りそう簡単には手出しできないはず……)


 学園内に残っている桜の派閥メンバーは、この場にいる八人で全員。対する第二位派閥の人員は正規メンバーこそ同程度だったが、支配下に置いているいくつかの下位派閥を含めれば五十人ほどにまで上る。数の力に訴えられれば不利なのは否定しようがなかったが、だからこそ桜はこのセミナーハウスという要塞と、第一位派閥の生徒という護衛を用意してくれた。「妹」のために身銭を切ることを惜しまないからこそ、桜はこれほど慕われているのよねと芹は笑みを浮かべ……そこで異変に気付いた。


 部屋の気温が上がっている。


 先程まで空調が効いて快適だった部屋は、汗がにじむほどに蒸し暑くなっていた。

エアコンの前では、ちゆみがイライラした様子でリモコンのボタンを連打している。


「なんですのー! この部屋の空調、全然効いてませんわよー!」


「確かに、蒸し暑いですわね。まさか、空調が壊れてますの?」


 蓬生も上気した顔を扇子で扇いでいる。他のメンバーも同様だった。

よりにもよってこのタイミングで……とうんざりした芹だったが、しかしすぐにその可能性に思い至った。ここは天下の白桃女学園、設備への投資額は科学や体育の重点指導校の比ではない。その空調が壊れる確率など知れたものだ。ならば、考えられることは一つしかない。


(私たちの籠城に気付いた第二位派閥が、仕掛けてきた?)


 芹の思い浮かべた最悪のシナリオは、ほどなくして確信へと変わる。

部屋の空調から熱風が吹き出し始めたのだ。空調は壊れていたわけではなかった。外部の人間によって遠隔操作されていたのだ。


「上枝さん、とりあえず、ここを出た方がいいと思う。でも安心して、みんなのことは私が守るから!」


「そうですわね……みなさん! この部屋を出ますわよ!」


 蓬生の号令と同時に、ちゆみたちが扉へと駆ける。蓬生が第一位派閥の生徒に合図し、扉を開けるように促した。

だが、


「……開かない?」


 第一位派閥の生徒が何度ドアノブをひねっても、扉は頑として開くことはなかった。


「私に代わりますの!」


 大人と子供ほどの身長差がある相手からドアノブをひったくったちゆみが無我夢中でガチャガチャやり始めるが、しかし結果は同じだった。

絶望に青ざめるメンバーの後ろで、芹は奥歯を噛みしめていた。


(やられた……籠城作戦は読まれていた……)


「敷波さん! この際扉を壊して構いませんわ! 脱出を優先しますわよ!」


「……そうね」


 学園の設備損壊は重罪だ。こういったケースであっても例外は認められない。反省文や内申書への影響に加え、桜の派閥が溜め込んだポイントを過料として何分の一か徴収されてしまうだろう。しかし、そんなことを気にしている場合ではない。


「はっ!」


 気合一閃、芹の飛び蹴りが扉に炸裂する。叢雲の基礎教養として、瓦やセメントブロックくらいなら容易く叩き割れる程度の威力は身につけているので、こんな木製の扉であれば簡単に突破できる。はずだった。


「うそ……」


 だが、扉にヒビは入ったものの、外への活路が開かれるということはなかった。

感触から芹は確信する。扉の向こうに、棚や机などがバリケードのように敷き詰められているのだと。

ならばと窓を振り返ったが、遅かった。窓にも板が打ち付けられていた。芹たち十人は、この部屋の中に完全に閉じ込められてしまったのだ。


 このままでは桜が戻ってくるまでに全員蒸し焼きにされてしまう。絶体絶命の窮地に我を忘れる少女たちに追い打ちをかけるように、その声は降り注いできた。


「ごきげんよう、桜Magicのみなさん」


 室内のスピーカーから蓬生たちの耳に届いたのは、一点の邪心すら感じられない、聖女のような響き。しかしだからこそ、その声の主には容赦や譲歩といった情けが一切ないと分かる。

第二位派閥「碧天航路(へきてんこうろ)」の主、陵陽が蓬生たちに呼びかけていた。


「陵、陽……」


「なんですのー! スピーカー越しだなんて、無礼千万ですのー! 直接謁見に参りなさいですのー!」


 ざわめく少女たちにお構いなく、陽は不動のマイペースで語ってゆく。


「みなさんは当然ご存知でしょうけれど、みなさんのトップである砦桜が私の姉さんの周囲を嗅ぎまわっているの。それが、たまらなく不愉快なのよね。だから……砦桜の動きを止めるため、みなさんには人質になっていただくわ」



 ☆



「ううぅ……もうだめです……」


「奥座敷さん! 気をしっかり持って!」


 陽による宣戦布告から三十分が経過した。

エアコンから排出される熱風は設定温度の上限に達し、更に熱い風が出てくることはなくなったが、しかし既に室内は蜃気楼揺らめく砂漠のように干からびていた。

部屋からの脱出が難しいと判断した芹は、まず全員に制服を脱ぐよう指示を出した。少しでも体温を下げるための措置だったが、これが早速裏目に出た。

半端ではない思慕を募らせている蓬生の下着姿を目にしたちゆりが、盛大に鼻血を噴いて昏倒してしまったのだ。それを皮切りに、初等部組が次々と意識を失っていった。

現在では、意識を保っているのは芹と蓬生、そして第一位派閥の生徒二人のみである。


「貴女たち……いい加減に助けを求めたらどう? いくら私たちに張り付くのが任務だといっても、蒸し焼きになるのは流石にその範疇を外れているでしょう?」


 特別な訓練を受けている芹はこの程度で倒れることはない。しかし彼女以外でただ一人意識を保っている蓬生も気力で踏みとどまっている状態だし、第一位派閥の二人にしても全身に大粒の汗をかき、肩で息をしている有様だった。


「助けだと? 笑止、これしきの苦難で音を上げるようでは、女王陛下の従者など務まらん」


 令嬢というよりはそれを守護する騎士の雰囲気を持った生徒が、いやに古風な言い回しで芹の言葉を却下した。

もう一人も騎士に比べればやや穏やかではあったが、


「心配には及びません、貴女は自分のするべきことを優先してください」


 聞く耳持たずというのは同じだった。


 参ったわね……と芹は苦笑いを浮かべる。

「学園の設備損壊は重罪」

「このような状況でも例外はない」

つまり、第一位派閥の生徒に扉や窓を破壊する手伝いをさせることはできないということだ。

部屋の外にいる二人に助けを求めるのも難しい。空調のスイッチはおそらく陽が握っていて、そして彼女は最大級の警護下に置かれているはずだ。第一位派閥の生徒と言えども、たった二人では太刀打ちできないだろう。それ以前に、契約内容との兼ね合いからそこまでさせることはできない。

つまり芹たちは、桜が帰還するのを待つ他ないということだった。


「投降しろ」


 騎士が呟くように言った。


「このままでは、重篤な状態に陥る者も出かねない。ここが潮時だ。お前たちは、策略で陵陽に負けた。引き際を見極めることもまた、上に立つ者が知っておくべきことだ」


 投降。

派閥対抗戦において白旗を揚げることは、自ら捕虜となることと同義である。

その身柄は相手の支配下となり、その人事権一切は相手派閥が握ることになる。相手から気に入られた者がいれば、引き抜かれてしまうこともザラだ。そうなってしまえば、奪われた相手を取り戻すために再び戦争となる。言わずもがな、メンバーを失った状態で戦うのだからそのようなケースでの奪還成功確率は極めて低い。


(あー、これ桜に何て説明すればいいかしら)


 芹は桜のお目付け役であるため、立場的には対等、厳密に言えばやや上ということになっている。だが、あのクイーンオブシスターコンプレックス砦桜のことだ。手塩にかけて作り上げた年下の女の子ばかりの派閥のメンバーをむざむざ総取りされたなどと報告した日には……


(殺されるかもね……)


 いやはやさてさてどうしましょと芹が本気で冷や汗をかいたその時、傍らでぐったりしていた蓬生がきっぱりと言った。


「投降など、ありえませんわ」


 美しい金色の髪が頬に、首にはりつき、足元は覚束ず、今にも崩れ落ちてしまいそうな状態にも関わらず、蓬生は第一位派閥の二人をきっぱりと見据えて言いきった。


「砦桜お姉さまのお茶会メンバーという、世界で最も価値ある会員権を自ら手放すなど、これ以上ない愚挙! どれほど追いつめられようと、そんな選択をする愚妹などここには一人もおりませんわ!」


「だが、現実はどうだ」


 蓬生の気迫を真正面から受けて、それでもなお騎士は淡々と告げていく。


「その会員権とやらのために貴様は未来ある下級生たちを危険に晒すというのか? そんなものが誇りと言えるか! 金持ちの欲惚けだ!」


「て、撤回なさい! このあたくしに向かって、よくも……」


「欲惚けなどではないですの!」


 ほとんど絶叫に近い声が、澱んだ部屋の空気を切り裂いた。

第一位派閥の二人、そして芹と蓬生までも驚愕の眼差しを向けた先で、ちゆみが立っていた。

フリフリのパンツ丸出しで、彼女は腹の底から叫んだ。


「蓬生お姉さま、桜お姉さま、そして他のみんなと過ごすこの時間は、お金でなんか買えませんの! お金で買えないからこそ、必死になって守ろうとしますの! それの一体どこがおかしいと言いますの!」


「ちゆみさん……」


「……ふにゅううううう」


 言うだけ言うと、ちゆみは今度こそ力を使い果たし倒れ込んでしまった。あわてて蓬生がそれを抱きとめる。


「蓬生お姉さまは……間違ってなどいませんの。私が……保証しますの」


「……ええ、ありがとう、ちゆみさん」


 蓬生の腕の中で、ちゆみは満足そうな笑みを浮かべた。いつも強がっている彼女の、滅多に見せることのない無邪気な笑顔だった。


「中々骨があるじゃないか」


 騎士が笑っている。怪訝な顔になる芹たちに構わず、彼女は満足げに言った。


「その意気や良し! 気に入った! 陵陽などに渡すには惜しい逸材、ここはひとつ私が助太刀いたそう!」


「助太刀って、何する気?」


 下手なことして場をひっかき回さないでよねと白い目を向ける芹を尻目に、騎士はつかつかと空調の下まで歩いて行き、そして喝と同時に跳躍して機械を思い切りぶん殴った。


「えええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー?」


 あまりに唐突な展開に、芹も蓬生も目が点になってしまう。

もう一人の第一位派閥メンバーは、額を抑えていた。


 騎士はぱんぱんと手のひらを払うと、一仕事したといった充実の表情で一同に告げた。


「これで熱風は止まった! 何、礼には及ばんさ。空調の修理代など、私個人が貯めたポイントでどうにでもなる。この貸しは君たちの成長払いということにしておこう。成長した君たちが成し遂げるであろう数々の成果を、私は楽しみに待っている!」


 ぐっ、っと拳を握った騎士が白い歯を見せて笑ったのと同時に、陽からの呼びかけが再び行われた。


「ご機嫌よう、みなさん。先程砦桜が学園に戻ってきたわ。彼女の身柄と引き換えに貴女たちの身の安全は保障する約束をしたから、空調は戻してあげるわね……と言おうとしたのだけれど、先走った方がいたみたいね。駄目よぉ、学園の設備は大切に扱わないと」


 嘲りの混じった笑みの余韻を残して、陽の声は途切れた。

桜が帰ってきた。しかし捕まってしまった。おそらく、くるみも一緒に。

陽が約束を守ると仮定すれば、とりあえず自分たちへの攻撃は終息したといえる。とはいえ、陽が桜との取り引きの最中に必殺のカードとして攻撃を再開する可能性は充分にあるだろう。


(まぁ、何とか当座の危機は乗り越えたというところかしら。依然こちらが崖っぷちにたたされていることに変わりはないけれど)


 それでも、芹は不安を感じていなかった。

この程度の逆境、最悪自分一人ならどうにでもなるという自負があったことはもちろん、


「桜ならどうにかする」


 という、絶対とは言えないまでも非常に強固な信頼を桜に置いていたから。何せこっちは、物心つく前から砦桜という女傑を見続けてきたのだ。桜の凄さは、自分が一番知っていると芹は思っている。


(てゆーか、今はそれよりも……)


「え? え? ということは何だ? 私のしたことは無意味だったというのか? ひどい! そんなのってないぞぉぉぉぉぉぉ!」


 このやかましい騎士を諌めるのが先ねと、芹は溜息をついたのだった。

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