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争奪戦の終わり

 それは奇跡としか言いようがなかった。

格闘技の経験どころか喧嘩もしたことがない少年が、裏世界でも並ぶ者のない無敵のボディーガードを打ち倒してしまったのだから。

だが透はその余韻に浸ることなく、ズタボロの身体に鞭を打って立ち上がる。


(まだだ……)


 透は、見逃していなかった。

殴り飛ばされる瞬間の、自動人形の表情を。


 笑っていた。


 それも、恐怖で壊れた笑みではない。勝利を確信した笑みだった。

透の精神状態の変化、腕を握る強さ、そして眉間に受けた拳の威力で自動人形は悟ったのだ。

透に宿っていた化け物が消えたのだということを。それを失った透には、もはや戦闘継続能力は残っていないということを。


(トドメ、刺さないと……)


 それでも「彼」が消え去る間際に残した言葉の通り、その力の残滓が威力を発揮したようで自動人形は倒れたまま起き上がらない。トドメを刺すなら今だ。今しかない。


 立ち上がり、一歩を踏み出した透の全身で、気絶しそうな痛みが弾ける。

気を抜けばその瞬間に意識を失ってしまいそうな極限の状態の中、透は必死に前へと進んで行く。

辺りに黒服や信者の姿はない。怖いくらいの静けさ。この状況を「彼」が作り出したというのなら、透はもう何もかもを差し出したい心境だった。だが、やはり最後は自分の手で決着をつけなければならないのだろう。透は拳を握りしめる。


(あいつさえ……あいつさえ倒してしまえば……)


 地面に転がり、死んだように動かない自動人形まであと10メートル。

裏世界の最強が、一介の高校生によってその息の根を止められようとしていた、まさにその時だった。


「止まれ! 氷神透!」


 この夜、嫌と言う程聞かされてきた怒鳴り声が、透を絶望の底に突き落とした。


「鬼頭……」


 消え入りそうな意識の領域が、口惜しさで塗り潰される。

よりにもよって、どうしてこいつが残っているのだ。ついさっき無上の感謝を捧げた相手を透は恨んだ。どうせなら、司令塔である鬼頭を真っ先に潰しておいてほしかった。

透が歩みを止めたのを確認し、鬼頭は嗜虐心を剥き出しにして笑った。


「そうだ……そのまま動くんじゃねぇぞ……少しでも妙な動きをしてみろよ? お前の大事な大事な栗夢ちゃんの喉笛を掻っ捌いてやるからよ」


 鬼頭は左腕で抱きかかえた栗夢の喉元にナイフを突きつけていた。人質という絶対のカードを手にした鬼頭の表情は万能感に酔いしれている。対する栗夢の顔には一切の感情がない。怯えも悲しみも諦めも何もかもが削ぎ落され、魂を抜かれた抜け殻のように虚空を見つめていた。


「鬼頭……お前、自分が何してるか分かってるのか? 栗夢はお前らにとっても、大切な浄化術師なんじゃないのか!」


 言いながら、透は自分が意味のない主張をしていることに気付いていた。この鬼頭という鬼畜男にとって、価値あるものは己の地位と権力のみ。教団も信徒も、同じ七導師でさえもそれを維持するための道具に過ぎないと透は理解していて、しかしそれでも、訴えずにはいられなかった。

そして鬼頭の返答は、やはり透の予想通りのものだった。


「大切な浄化術師……だぁ? ははははは! バーカ! こんなモン、いくらでも替えの効く使い捨てのコマでしかねーんだよ! 親が金持ちだったから重用したが、それも絞り尽くしたら用無しだ! さっきのガキみたいにな!」


 声ひとつ上げられず命を失った咲の姿が脳裏に蘇り、透は胸を詰まらせる。

鬼頭の握るナイフの先が栗夢の喉に食い込み、真っ赤な血が流れ落ちる。それでも栗夢は顔色一つ変えない。


「むしろよぉ、お姫様にしてやって、いい思いさせてやって、夢見させてやったんだから感謝してほしいくらいだぜ。女なんてのは皆、お姫様になるなんつー馬鹿げた妄執を一生追い続ける哀れな存在だろうが。それを叶えてやったんだからよ、むしろ感謝状と金一封くらい寄越しやがれって話だぜ」


 これは挑発ではない。嘘偽りない鬼頭の本心なのだと透は怒りに震える。

人を人とも思わない、鬼頭紫紅こそまさにブラック企業を具現化した存在であるといえた。


「……だったら、返してくれよ」


「あ?」


 しかし、だからこそ、尚更、そんな者の手に栗夢を委ねるわけにはいかない。何としてでもここで取り戻さなければならない。透は腹の底から叫んだ。


「いなくなっても困らないなら! 他にいくらでも代わりがいるなら! だったら今すぐ栗夢を返してくれ! お前らにとってはたくさんいる人形候補の一人なんだとしても、俺たちにとって栗夢は世界に一人しかいない大切な存在なんだ! いなくなったら困るし、他に代わりはいないんだ! 栗夢を大切にできないお前なんかに、栗夢と一緒にいる資格はない!」


 勢いのままに透は叫び切った。

これで本当に栗夢を返してもらえるだなんて思ってはいない。しかし、透にはもう他にやれることはなかった。


「……資格、ねぇ」


 鬼頭は不意に嘲りを引っ込めた。そして真面目な表情になって透に問いかける。


「逆に、栗夢の方に俺に協力する義務があるとしたら、どうする?」


「義務、だと?」


 思いもかけない言葉に、透は困惑する。鬼頭は続けた。


「昔砦家のパーティーで死人が出たって話、栗夢から聞いたか?」


「あ、ああ……お前らが家に来る前に」


「そのパーティーで死んだ奴ってのがなぁ、俺の弟なんだよ」


「は?」


 突如鬼頭の口から飛び出した予想外の話に、透は咄嗟に言葉を返せない。


(つまり鬼頭は、弟が死ぬ原因となった一端である栗夢に、償いをさせるために浄化術師をやらせていると? けど栗夢はそんなこと一言も……)


 鬼頭の視線が、透を飛び越えてその背後へと向けられた。

直後、芝生を踏みしめて立ち上がる音と気配が透に届く。

やられた。透が己の油断を呪うのと同時に、鬼頭の絶叫が響き渡った。


「今だ自動人形! 殺れぇえええええ!」



 ☆



「アンジュ・デ・ポーム東京本部兼東京教区文京教会……あそこね」


 砦桜の視界に礼拝堂のシルエットがはっきりと映る。


「砦栗夢と氷神透の両名は、ADP東京本部へと移送された。氷神透の処遇は不明だが、砦栗夢に関しては翌早朝に調布空港からヘリで秋田のロワイヨム・エトワーレに運ばれる手筈だろう。奪還するなら、空港に到着するまでがリミットだ」


 叢雲の隊長から報告を受けた桜は、同じく叢雲メンバーの男が運転する砦家のリムジンで東京本部へと向かっていた。

秋田行きに同行する叢雲は隊長と副隊長の二名、という透への説明に嘘はない。秋田行きのメンバーはその二人だが、それ以前の期間に限れば使えるメンバーがまた別にいたのだ。もっとも、そのうちの一人は初っ端でやられてしまったが。


 それでも、栗夢が手の届く範囲にいる、それだけで桜にとっては僥倖だった。


(絶対にここで栗夢を手中に収める。東京本部などとは比較にならない敵の総本部で、第三者の襲撃を警戒しながら奪還を試みることに比べたら、今勝負を賭けた方がよほどローリスクハイリターンだもの)


 桜は手の中の拳銃を握りしめる。

そう、栗夢の身柄さえ確保してしまえば、後はどうにでもなる。とにかく栗夢を奪い返しさえすれば……

逸る気持ちを抑えきれず、リムジンが停車しない内から桜は扉へと手を伸ばした。その指先がドアコックに触れようとした、その瞬間。突如、リムジンが急停車した。


「きゃっ! ちょっと鳫比谷(かりびや)、どうしたのよいきなり!」


 極度の緊張下であるだけに、思わず年相応の少女らしさを晒して桜は運転手・鳫比谷怜央(れお)を叱責する。その鳫比谷は数秒の間フロントガラスの向こう側を凝視していたが、やがてリムジンの運転手らしからぬチャラさで問題の発生を口にした。


「や~、お嬢様、すんません……」


 言いつつ、彼は右腕で桜にサインを送った。

「危険」

それを桜が認識した瞬間、リムジンのフロントガラスが弾け飛んだ。


「きゃああっ!」


 反射的に桜は頭を抑えて身を丸くする。

粉々になったガラスの欠片がいくつか、彼女の元に飛んでくる。


(攻撃……? 攻撃されたの……?)


「どーやら、俺らみたいな招かれざる客を警戒して、見張りを出してたみたいっすね」


 プロなのだから当然といえば当然だが、この突発的事態に際しても平然とした口調の鳫比谷に桜はいくぶんか安堵する。そして恐る恐るシートの陰から顔を出して前方を見てみると、そこには一人の執事が立っていた。

中性的な顔立ちの優男だ。しかしもちろん、見た目通りのただの執事であるわけがない。


「これはこれは、砦家本家の桜お嬢様ではないですか」


 執事は慇懃な笑みを浮かべて語り掛けてくる。

桜お嬢様ではないですか、と言われても桜はこの男と面識はない。だが、「要注意人物」であろう自分のことは知っていて当然ねと桜は身構えた。


「こんな夜更けに一体全体、何の御用でしょう?」


「頭が高ぇ執事っすね」


 けらけらと笑う鳫比谷が、再び右手でサインを寄越す。

「要警戒」

桜は身体を完全にシートの陰に隠した。


「俺が見た限りだと、とりあえずあの執事一人だけっぽいす。どーします? 突破します? それとも一旦退いときます?」


 考えている時間はない。

鬼頭がいつ栗夢を連れて出発してしまうか分からず、目の前の執事もいつまでも傍観しているばかりではないだろう。

進むか、退くか。今すぐ決めなければ。


(こちらは私と叢雲が二人。あの執事一人相手なら押し通れないことはないかしら……いいえ、こういう時は弱気になった者から負ける。ここは突破あるのみ!)


「鳫比谷! あの執事を……」


 その時、煉瓦の塀の内側から男の叫び声がした。

そして数秒遅れて、執事の後方上空を人のようなものが飛んでいく。


「……」


 桜は絶句する。

辺りが暗かったとはいえその人影が氷神透であることは間違いがなく、そして彼が飛ばされた先にあるものは、一切の足場無き崖だったからだ。



 ☆



 頭部に着弾した衝撃が、波紋の広がるように全身に及んでいく。


 中空に投げ出された透は、それによって自身が戦闘継続の不可能になるレベルのダメージを受けたということを理解した。


 ぼやけた視界の先で、敵が立っている。


 勝ち誇るでもなく、嘲笑するでもなく、ただ無表情で見下ろしてくるその顔に、透は覆し難い圧倒的な差を見せつけられた気がした。


(勝てない……今の俺じゃあ、こいつに……自動人形には、勝てない……)


 物理法則に従い、透の身体が落下を開始する。崖下へと。このままではあとほんの数秒で透は完全に意識を失うか、運が悪ければ死ぬだろう。そして目が覚めた時には、もうここには誰もいない。透の自宅を襲撃した連中も、自動人形も、そしてもちろん、栗夢も。


(力……力が欲しい……)


 透は願った。滑稽に、しかし全てを賭して。


(総てを覆せる力……立ちはだかる敵を全て捩じ伏せ薙ぎ払う力……あいつを、救える力……力が欲しい!)


 奈落の底へと落ちていく数瞬、少年は恐怖も絶望も忘れ、ただ力を欲した。

そして誓った。諦めない。負けたままではいない。こんなところで終わらない。


(俺は死なない……生きて、今度こそ栗夢を取り戻す!)


 やがて氷神透の姿は崖の上から見えなくなり、そして二度と戻ってくることはなかった。

~~~生存者一覧~~~


【七導師】

○…六芒星悠夜(27)

○…鬼頭紫紅(27)

○…砦栗夢(10)

○…陵眠(26)

○…青空爽(35)

○…???

○…???


【悪夢の手引書】

○…自動人形(??)

○…???

○…???

○…???


【ADP関係者】

○…鬼灯(??)


【十宗使徒】

○…暮地美闇(26)

○…五宝木つぐら(10)

○…奥州熊伍郎(45)

○…宝生十色(20)

○…玉那覇カマエル(27)

○…利根川暁(45)

○…忌島瞬毅(19)

○…徒花千呪(16)

○…標無鏡一(60)

○…御人形様(??)


【砦栗夢奪還有志連合】

△…氷神透(15)

○…砦桜(15)

○…六城くるみ(13)

○…叢雲隊長(??)

○…叢雲副隊長(??)

○…???

○…???

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