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vs自動人形

「しっかし、トラブルってのは重なるもんだな」


 機密書類や金券を手早く鞄に詰め込みながら、鬼頭は忌々しげに零す。

現在、栗夢を除いた行動可能な教団の人間は四人。そのうち三人がこの執務室にいた。

鬼頭紫紅。氷神邸からここまでの運転を担った黒服・下貝(したがい)。そしてもう一人……


(一眠りしてから出発するつもりだったが、これが長引いて騒ぎになれば面倒だ。最悪、この施設ごと始末しなけりゃならなくなる。まぁ、罪は全部あの化け物に背負ってもらうがな……)


 金庫内の書類を粗方鞄に詰め終えた鬼頭は、部下に指示を出していく。


「門の前で三分だけ待つ。それまでに決着がつかなかった場合、及び自動人形が敗北した場合には東京本部を捨てて出発する」


 は、と下貝が答える。

栗夢は未だ表情のない顔でソファに腰かけていた。生気の感じられないその姿は、本物の人形と化してしまったかのようだった。


 次いで鬼頭は、もう一人の部下に声をかける。


鬼灯(ほおずき)、お前は周囲の偵察、及びここの後始末だ」


 かしこまりましたという声が暗がりから返されたその時、廊下から砲弾が着弾したような破砕音が響いた。一切の容赦がないその音に、この場の全員が悟る。事態は、想像よりも遥かに悪い方向へと進んでいるのだと。


「私も加勢した方がよろしいでしょうか」


 鬼灯と呼ばれたその男は、場を落ち着かせるように温和な声で言った。

彼は黒服軍団とは雰囲気を異にしている。黒いスーツ姿という点でこそ同じだが、サングラスはかけておらず、髪も長く中性的な印象の顔立ちをしている。SPというより、執事といった方がしっくりくるだろう。


「いや、いい。予定変更だ」


 鞄を閉めた鬼頭は、決意の表情で宣言した。


「今すぐ出発するぞ」



 ☆



 自動人形の「全自動戦闘」には欠点がある。

あらゆる攻撃に対して予めプログラミングされた反応を、それを可能とする鍛え上げられた肉体で返していくというのは一見敵無しなようにも思えるが、決してそうではない。

プログラミングされた反応を返すということは、逆にプログラミングされていない反応はできないということだった。

殴撃、斬撃、銃撃、爆撃、彼女は訓練の中で凡そ想定されうる攻撃は一通り受けた。それらへの反応行動が身体に定着するまで、何十回、何百回、何千回と食らった。まさにパブロフの犬、認知行動療法の軍事転用。天賦の才を持つ者が地獄の鍛錬を積むことによって、自動人形は人間の域を超越し、一個の兵器と成り果たした。

しかし、だからこそ、「透」の繰り出す未知の攻撃は自動人形に届き得たのである。


(けど、余裕で回避)


 通常時の自動人形であれば、「透」の攻撃に反応できず吹き飛ばされていただろう。

だが、今の彼女は反応速度を20倍にまで高めていた。それゆえに、攻撃が目の前に飛来したことを確認し、剰え指先でそれに触れてから回避するといった芸当は充分に可能だった。


「君は、一体何?」


 回避した攻撃が背後で壁に激突する破砕音を聞きながら、自動人形は問いかける。

それに対する返答は、やはり彼女の知る氷神透とはとても合致し得ないものだった。


「俺に勝てたら教えてやるよ……来な」


 そう言って「透」は庭の方向を示す。


「こんな狭いところで戦っても、面白くないだろ」


「透」は自動人形の答えも聞かずに手近な扉を壊し、その奥の窓も割って外に出て行ってしまった。

自動人形は急いでそれを追うが、内心願ったりの展開だった。この狭い廊下では、相手の攻撃に対する回避行動が限られる。外に出てしまえば、それが解消される。


 庭に降り立った自動人形は、「透」と向かい合った。

改めてその姿を眺めてみて、やはりこいつは「氷神透ではない」と自動人形は確信する。

姿形こそ変わらない。違いがあるとすれば、夜叉のように髪がゆらゆらと揺れていることぐらいだ。

しかしその眼に宿る光の強さ、自身の勝利を一辺たりとも疑わない意志が見て取れる表情、そして全身に漲る他者を威圧するほどの生命力。これが、あの萎びたもやしみたいな氷神透のわけがない。


「先に撃たせてやるよ。どこからでもかかって来な」


「透」の放ったその言葉に、自動人形は懐かしさと感動を覚える。

裏世界では最強の域に登りつめた自動人形は、そんな挑発を気まぐれで言うことはあっても、自分が言われるということは全くない。言われたこと自体はあるが、それはまだ幼い「養成所」時代の話。彼女が自動人形を名乗る前の遥か昔のことだった。


(まさか、またハンデをもらう側になるなんて……)


 自動人形は深呼吸し、精神を研ぎ澄ます。

反応速度を、現時点で到達している最高レベルである30倍にまで引き上げる。この30倍というレベルは、その段階にこそ到達していたものの、肉体にかかる負荷が強すぎて実戦では使用したことのないものだった。

しかし、今の自動人形にそれを解放することへの躊躇はなかった。


(面白い……お前を倒して、その力も私の糧としてやる)


 彼女の胸にあったのはただひとつ、高揚感だった。

全力を振り絞り、限界さえ超越し、それでも及ばない敵の出現を彼女は待っていたのだ。


(前に戦って決着つかなかった殺し屋、徒花とかいったっけ……彼とこいつ、どっちが強いだろう。ま、試してみれば分かる)


 一切の予備動作なく、自動人形は「透」の懐へ跳んだ。

彼女は武器を持たない。その必要がないからだ。彼女の早さに対応できる者などいないのだから、相手が反応を起こす前に急所に貫手を叩き込めばいい。

だが、


「遅い」


 正確無比に心臓を抉るはずだった彼女の貫手は虚空を突き、そして「透」の声は自動人形の耳元で囁かれた。

それでも彼女は動じない。人形には動じる心などない。

突き出した右手を「透」のいる方向へと薙ぎ払う。これが当たれば捻挫や骨折などでは済まない。日本刀の斬撃に等しい切れ味で、首が斬り飛ばされるだろう。

しかし、


「この程度か」


 鎌鼬の如く襲い掛かった自動人形の右腕を、「透」はあっさりと掴んで止めた。

瞬間、彼女は理解する。

今目の前にいるのは、これまで相対したどの敵をも遥かに上回る、比較することさえ滑稽な異次元の化け物だということを。そして、そんな最悪の敵に自分は捕縛されてしまったのだという事実を。


(私は、死ぬのか)


 強敵と戦えば、必然そうなる可能性はある。だから自動人形の覚悟は最初から決まっていた。退屈なゲームの中でも、最期に血沸き肉躍るハードモードに挑戦できるなら、そこで命尽きても構わないと。


 しかし、「透」からの攻撃は訪れず、代わりに彼の言葉が自動人形の耳に届く。


「俺は、ずっと見ていた。こいつの精神の奥底から、ずっとな」


 不意に零れた「透」の言葉。

「こいつの精神の奥底から」という部分が、今喋っている存在は氷神透ではないという自動人形の確信を裏付ける。


「そりゃあお前らにはお前らの事情があんだろーよ。特にあの陵って奴は同郷だからな、どんなことをしてでも妹を救いたいって気持ちは分かる。……けどな、それとこれとは話が別なんだよ。お前らがこれまでどんな目に遭ってきて、これからどんな素晴らしい理想を実現させようとしているんだとしても、そのために他人を平気で犠牲にするなんてことは、絶対に正当化されねーんだよ!」


「それ、私に言っても意味ない。私は人形だから。鬼頭さんに言って」


 人形は命乞いをしない。自動人形は凪のように穏やかな心で自身の最期を受け入れた。


「ああ、そうさせてもらうぜ」


「透」が左腕を振りかぶる。目には見えないが、そこに途方もないエネルギーが集中していくのを自動人形は感じ、そしてこの世に別れを告げるように、その澄んだ目を閉ざした。



 ☆



「……さま……お兄さま」


 まどろみの中、自分を呼ぶ声に透は目を覚ます。

ここはどこだっけと左右を見回して、透は自分が栗夢と駆け落ちの最中だったことを思い出した。

あの夜、鬼頭たちを撃退した後、叢雲を使ってくるみたち桜の派閥メンバーの救出にも成功。全てが終わったのを見届けて、ふたりは誰にも内緒で西へ行く列車に乗り込んだ。

行き先のあてなどはない。ただ、少しでも緋斗潟村から離れようと、ふたりは東海道線と山陽線を乗り継いでひたすら西へと向かった。

途中、接続のため下車した駅の待合室で、透はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。眠い目をこすり、けだるい身体に活を入れて起き上がる。


 ホームに出ると、反対側のホームに列車が止まっていた。

丁度透の目の前の窓が開いていて、そこから栗夢が手を振っていた。


(え……?)


 なぜ栗夢がそこに? 呆然とする透の目の前で、列車が動き出す。

栗夢の姿が、ゆっくりと右手へと流れていく。透は慌ててそれを追いかけた。


「待って……待ってくれ! 栗夢、どうして……」


「お兄さま……さよなら」


「何でだよ! 何でそんな突然……何でなんだよ!」


 列車はスピードを上げ、透の視界から栗夢の姿が消える。そして数秒後には、駅のホームを後にした列車の姿が、遥か遠くで豆粒のように小さくなっていた。

透はそれを直視することもできず、ホームの端で惨めな負け犬のように項垂れていることしかできなかった。



 ☆



 目を開けるとそこには、自動人形の姿があった。

自分は右手で彼女の右手首を掴んでいて、左手は今にも殴りかからんばかりに振りあげられている。自動人形は、観念したかのように目を閉じ、無抵抗。


(つまり……さっきのは夢で、これもまた夢か?)


 どんな奇跡が起こったとしても、あの自動人形を自分などが倒してしまうなんてあるわけがない。意識を取り戻した透が目の前の光景を夢だと断定したのは、至って自然なことだった。だが直後、不自然な現象が彼を襲う。


『夢じゃねーよ』


 頭の中で声がした。

気のせいでも幻聴でもないと、その瞬間にはっきりと分かった。こんなに明瞭な声は、今まで聞いたことがない。確かに、誰かが自分に語り掛けている。


『とりあえず神殿にいた雑魚は全部片づけて、こいつも軽くやっつけられるとこだったんだが、ここで薬が切れちまってな……まぁ、「力」の残滓はしばらく残るから、そのまま思い切りぶん殴ればその女くらいは倒せるぞ』


「ま、待てよ……お前一体」


 その時、透の変化を察知した自動人形が目を開けた。

透と彼女の目が合う。殺される。透の全身を絶望と恐怖が駆け巡った。


『早くしろ! 栗夢を助けるんじゃねーのか!』


 言葉が響くと同時、透の脳裏に先程の夢の映像が強烈に蘇った。同時に、あのホームの隅で味わった悲しみ、悔しさ、惨めさといった昏い感情も全て。

栗夢を失いたくない。その切望が、透の身体を一切の拘束から解放した。

痛みも恐怖も絶望も、全てが取り払われた透は再度左の拳を握りしめる。


(細かいことはこの際どうでもいい……今はただ、目の前の敵だけを撃滅する!)


 拳も腕もバラバラに砕け散ってしまっていい。透はその身に宿る総ての力を拳に結集させ、自動人形へと振り下ろした。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 それは自動人形の30倍の反応速度を突き破り、眉間のど真ん中へと吸い込まれ、そして彼女の身体を弾丸のように撥ね飛ばした。自動人形の身体は礼拝堂の壁に激突し、撃ち落とされた鳥のように墜落した。


「はぁ……はぁ……はぁ」


 透も力を使い果たし、その場に崩れ落ちる。

声はもう聞こえない。それでも透は、爆発しそうな心臓の鼓動を抑えながら、その言葉を捧げた。

神よ、感謝します。と。

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